6 / 21
6 カルヴァン
しおりを挟む
◇◇ カルヴァン ◇◇
シャルリーヌ=グラディエ子爵令嬢が辺境伯邸に到着したのは、カルヴァンが結婚の打診を送ってから一月と経ってはいなかった。
《取り急ぎ》とは書いておいたが、まさかこれ程早くに来るとは思っておらず、カルヴァンも館の者たちも正直焦った。
グラディエ子爵が優秀なのか、それとも厄介払いをしたいのか…嫌な考えが浮かび、頭を振って追い出した。
シャルリーヌはパーティで見掛けた通り、もの静かで陰気な感じのする娘で、カルヴァンを安心させた。
反抗が出来る様な娘では無い、彼女ならば、この話を受けてくれるだろう___
カルヴァンが必要としているのは、生身の女ではない、都合の良い人形で、彼女は理想的に見えた。
嬉々として契約結婚の概要を話し、息子シリルに引き合わせたものの、そこで想定外の事が起こった。
シャルリーヌが気を失ったのだ。
乳母は「長旅の疲れ」と言ったが、側近のセザールは「どうせ怖い顔をしていたんでしょう、少しは愛嬌を見せなさい」と呆れていた。
カルヴァンは常々、顔が怖いとか、威圧感があるとか言われている為、若い娘に恐れられても納得だった。
『だが、困ったな…』と内心で呟いた。
何といっても、彼女は自分の再婚相手で、息子の世話係だ、再々気を失われては周囲から怪しまれるかもしれない。
だが、じっくり対策を練る時間は無かった、領主であり騎士団長を務めるカルヴァンは、この時期激務を抱えていたのだ。
魔獣調査へ向かう時間は着々と迫っていた。寧ろ、留守にする前に一目でも会えた事は、運が良かったと言える。
気を失った女性を置いて出掛ける等、非道だと言う者もいるだろうが、カルヴァンは然程気にしてはいなかった。
大抵の事であれば、優秀な使用人たちが何とかしてくれる。
そして、何とか出来ない事は、カルヴァンにも手に負えない、その事は、前妻との六年間で嫌という程思い知っていた。
シャルリーヌとシリルの事は、彼女が逃げずにいてくれたら《及第点》、と思っていた。
シリルは普通の子供とは違っている。六歳になっても喋らない。前妻とは会話をしていたのかもしれないが、カルヴァンはシリルが喋るのを聞いた事が無かった。
それに、シリルは殻に閉じ籠っていて、必要無いと判断した事は無視する傾向がある。その為、皆シリルを持て余すのだ。
老年の乳母は経験もあり何とか辞めずにいてくれるが、持て余しているのは一緒だった。
それだけではない、シリルは恐らく、呪われている…
カルヴァンはそれに気付きながらも、見て見ぬ振りをしている。
辺境伯という地位、騎士団長という力を持ちながらも、彼はどうしてもそれと向き合う事が出来ないでいた。
だから、他人にも多くは求めない。
自分が任務から帰った時、シャルリーヌがまだいてくれれば、それで良いと___
だが、まさか、二週間ぶりに帰った時、シャルリーヌがボロボロになっているとは思ってもみなかった。
《最悪》というのは、何故、いつも想定していない時に起こるのか…
カルヴァンは、頭に包帯を巻き、青い顔をした彼女を茫然と眺めつつ、魂が抜けそうになった。
全てを投げ出して逃げたくなるのは、魔獣の討伐でも戦でもない、決まって日常だった。
ああ…帰って来なければ良かった。
頭の中で嘆息し、無理矢理思考を現実に戻した。
「シャルリーヌ嬢、話を聞こう」
真剣な視線を向ければ、彼女の膝にしがみ付いていた小さな息子シリルが『キッ』とこちらを睨んだ。
何やら左目から黒い靄を出しながら…
稀にだが、シリルの左目から黒い靄が出る。その事に気付いたのは、前妻が亡くなってからだ。
それまでカルヴァンは碌にシリルに会う事が出来なかった為、気付き様が無かった。
やはり、カルヴァンは見なかった事にし、目を反らした。
「ネリー、シリルを連れて行ってくれ」
小さな子供に聞かせる話ではないとの気遣いだが、シリルの気に入るものでは無かったらしく、黒い靄は更に濃くなった。
不味いな…
黒い靄が何であるかは知らない、考えたくもなかったが、良い物である筈は無い。
助け舟を出したのは意外にも、シャルリーヌだった。彼女は優しくシリルの背中を擦りながら声を掛けた。
「シリル、わたしは大丈夫よ、お父様とお話をさせてくれる?
あなたの安全の為にも、お父様にしっかりと対策をして貰わなきゃ!」
彼女の言葉は驚く程効果があった、黒い靄はスッと消えていた。
「君は、随分とシリルと仲良くなったのだな…」
驚きが口から出て、カルヴァンは手で口元を隠した。
彼女はニコリと笑った。
「そうなんです!シリルはとっても良い子ですね!可愛いし!あんな子の継母になれるなんて、うれしいわ!」
無邪気に笑い、はしゃいだ様に言う。
彼女は《誰》だ?
カルヴァンは浮かんだ疑惑に眉を潜めた。
パーティで見掛けた女性と目の前の女性は、《真逆》だ。
まさか、シャルリーヌ=グラディエ子爵令嬢は、実家や社交の場では本性を隠しているのか?
グラディエ子爵家では冷遇されている様だから、身を護る為か?
そうであれば、完全に見誤った…
だが…
「シリルをそんな風に言ってくれた者は、君が初めてだ、ありがとう」
《ありがとう》、だって?
まるで、良い父親であるかの様に振る舞っている自分が信じられなかった。
碌に顔も合わせない、会いもしない、愛せもしない自分が…
カルヴァンはさっさと話題を変えた。
「シャルリーヌ、事件の事を聞かせて欲しい」
シャルリーヌは冷静で、事件の事も詳細に覚えていた。
カルヴァンは家令から聞いた事と照らし合わせながら考慮した。
最近、シャルリーヌとシリルは、午前中は庭を散歩し、遊ぶ事を日課にしていた。
それは館の者であれば、誰もが知る事だった。
その日もいつもと同じように庭を散歩し、ボール遊びが出来るお気に入りの場所、裏庭に向かっていた。
何処からともなく、荒くれ者の男たちが三人出て来て、シリルを連れて行こうとした為、シリルを連れて逃げたが追いつかれてしまい、暴力を受けた。気付くと、荒くれ者たちはいなくなっていて、その頃になり、使用人たちが駆け付けて来た。
シャルリーヌが庇ったお陰でシリルに怪我は無かった。
シャルリーヌは知らないが…
家令の話では荒くれ者の男三人は、深手を負い、塀の下で息絶えていた。体を引き裂かれ、塀にぶつかったのか骨も砕けていたと。
荒くれ者だったから良いが、貴族や使用人であれば大問題になっただろう…それを考えるとカルヴァンは頭が痛かった。
だが、誰がやったかは証明出来ない筈だ…
「シリルを護ってくれて感謝する、こんな事態を引き起こしたのは私の不手際だ、危険な目に遭わせ、怪我まで負わさせてすまなかった。
今後は護衛を増やすと約束しよう」
「ありがとうございます、ですが、今回の事は計画的に思えます」
カルヴァンもそれには気付いていた。言わなかったのは、彼女が知る必要は無いと思ったからだ。
「ああ、こちらで精査する、任せて欲しい。
それで、君の方は大丈夫か?何か必要な物があれば言ってくれ、それと、怪我が治るまでは何もしなくていい、静養してくれ」
カルヴァンはさっさと話を切り上げ、部屋を出た。
何かと鋭いのは困る、シリルの事に気付かれたくない、人に知られればシリルに危険が及ぶ。
もし、シリルを殺せと言われたら…
いや、そんな事は無い、と頭を振る。
シリルを愛してはいない、だが、責任はある___
カルヴァンは自分にそう言い聞かせていた。
カルヴァンも今回の事は計画的だと思っていた。
荒くれ者が昼間に辺境伯邸の敷地内に紛れ込むなど考え難い。普通であれば、夜を狙うだろう。
彼等の目的は《シリル》だったらしい、それ以上は分からないが、断言出来るのは、館内に共犯者、若しくは主犯がいるという事だ。
塀を乗り越えるか、裏門から侵入し、二人が来るのを待ち伏せていた事を考えると、シャルリーヌとシリルの習慣を知っていて、警備の動きを知る者の情報、手引きが必要だからだ。
残念ながら、荒くれ者たちは皆死んでしまった為、共犯者を見付ける事は難しい。
一応、形だけは家令に使用人たちの事情聴取をさせた。
事情聴取をした際、シャルリーヌを良く思わないメイドが数名いた。彼女たちはシャルリーヌの実家よりも家格が上で、下の者、しかも年下に仕えたくないらしい。彼女たちはシャルリーヌを貶めようと讒言をした。
「シャルリーヌ様は食事を運んだ際、気に入らないと作り直させました、とても横暴な方です」
「シャルリーヌ様は酷く高圧的で酷い言葉をお使いになります」
「シャルリーヌ様はシリル様に沢山贈り物をされ、懐柔されたんです」
「シャルリーヌ様は旦那様がいないと知るや、直ぐに街へ遊びに行かれました、男好きなんですよ」
彼女たちの話と他の使用人たちからの話を照らし合わせると、真実は直ぐに見えた。
食事を作り直させ件は、軽食を頼まれたメイドがわざと自分で質素な料理を作り、持っていき、それをシャルリーヌが厳しく諫めたという事だった。
料理人が、メイドが料理を残飯入れに投げ捨て、暴言を吐いている所を見ていた。話を聞いて呆れたと言っていた。
「そりゃ、怒って当たり前だ、奥様じゃなくても怒るさ、首にならなかっただけマシだと思いな」と諫め、辺境伯邸に相応しい軽食を作って持って行かせたのだが、メイドは未だ恨みに思っているらしい。
そのメイドは直ぐに館を出て行く様言い渡した。勿論、紹介状は持たせなかった。
街へ遊びに出掛けたというのは、買い物の為で、護衛のロバートとメイドのポレットも一緒で、二人から詳しく聞いた。
シャルリーヌに浮ついた処は無く、男の陰も無かった。彼女は終始買い物に専念しており、二人と一緒に食事をし、使用人たちに土産まで買ったという。
シャルリーヌはシリルの為に必要だと思う物を取り揃えたかった様だ。
シリルはクマの人形を持ち歩いている、それは前妻や自分が買い与えなかったものだ。
乳母の話では、シャルリーヌは一日中、シリルと一緒にいて、遊びを教えたり、本を読み聞かせたりしていた。
特に、夜はシリルが眠るまで本を読んでやるので、そのまま一緒に寝ている事も多いという。
これまで、そこまでしてくれた者はいない。
乳母もシリルの世話はあくまで仕事であり、適度に距離を取っている。それが普通なのだが、シリルが求めているのは、シャルリーヌの様な存在だったらしい。
『カルヴァン、いいから早い内に再婚しろ、手遅れになる前に《まとも》な女性に育てさせるんだ』
父の言葉を思い出し、カルヴァンは口を結んだ。
全くその通りらしい…、シャルリーヌはシリルに《必要》だ___
シャルリーヌを悪く言うメイドたちは、家令から考えを改める様に伝えて貰ったが、聞き入れない者たちもいた。
「仕方もございません、貴族にとっては爵位や家格が全てですから、シャルリーヌ様はお若いですし…」
「ならば、シャルリーヌの家よりも爵位の低い者を雇うか?」
カルヴァンが意地悪半分、本気半分で言うと、家令も考えを改めた様だ。
爵位の低い家の者を雇っても良いのだが、使える者は少ない。教育に酷く時間を割く事になる為、一人二人なら良いが、それが大半になれば仕事に支障が出てしまう。
「旦那様は騙されています!私は旦那様の為に申しあげているのです!」
「あんな性悪な女が奥様になるなんて、認められません!」
「あなた方は、旦那様が性悪女に騙される様な愚か者、と言いたいのですか?」
「い、いえ、あの女が誘惑し、誑かしているんです!」
「旦那様がお選びになった奥様を軽視する事は、旦那様を軽視したも同然です。
直ぐに荷物を纏めて出て行く様に___」
事情聴取をした際、怪しい者がいるにはいたが、疑いの範囲内だった。
密偵を雇い、街で聞き込みをさせると、荒くれ者を雇いたいと探していた者がいた事が分かった。
荒くれ者たちの仲間は、雇われて行った者たちが帰って来ないので不審に思っていた様だ。すんなりと口を割った。
「ご領主様の息子を誘拐してよー、それを乳母の落ち度って事にして、館から追い出したいんだってさ。
ご領主様を誘惑する性悪女だとか…大事なご領主様の為っていわれりゃ、一肌脱ぐかって思うわなー。
別に危害を加えるつもりはないから、罪にはなんねーって言ってたぜ」
「けど、あいつ等、何で帰って来ないんだ?」
「顔バレしたら領にいられないから逃げたんじゃないか?報酬も良かったんだろう?」
「あー、そっか、薄情な奴等だなぁ」
「依頼主は辺境伯様の使用人だろう?」
「しらねーが、貴族の女に違いないぜ、金払いが良かった。
フードで顔は隠れてたが、特徴的な鼻だった、声もこう、高くてねっとりしてて…」
カルヴァンは密偵から報告を受け、誘拐劇に心底呆れ、シャルリーヌを陥れる罠だったと知り、憎々しく思った。
碌でも無い事を考える者がいたものだ___
だが、その女の特徴を聞き、その顔は険しくなった。
「分かった、ご苦労だった」
カルヴァンは報酬を支払い、密偵を帰した。
相手が《あの女》であれば、下手に手出しは出来ない。
この上は、さっさとシャルリーヌを妻にするべきか___
シャルリーヌ=グラディエ子爵令嬢が辺境伯邸に到着したのは、カルヴァンが結婚の打診を送ってから一月と経ってはいなかった。
《取り急ぎ》とは書いておいたが、まさかこれ程早くに来るとは思っておらず、カルヴァンも館の者たちも正直焦った。
グラディエ子爵が優秀なのか、それとも厄介払いをしたいのか…嫌な考えが浮かび、頭を振って追い出した。
シャルリーヌはパーティで見掛けた通り、もの静かで陰気な感じのする娘で、カルヴァンを安心させた。
反抗が出来る様な娘では無い、彼女ならば、この話を受けてくれるだろう___
カルヴァンが必要としているのは、生身の女ではない、都合の良い人形で、彼女は理想的に見えた。
嬉々として契約結婚の概要を話し、息子シリルに引き合わせたものの、そこで想定外の事が起こった。
シャルリーヌが気を失ったのだ。
乳母は「長旅の疲れ」と言ったが、側近のセザールは「どうせ怖い顔をしていたんでしょう、少しは愛嬌を見せなさい」と呆れていた。
カルヴァンは常々、顔が怖いとか、威圧感があるとか言われている為、若い娘に恐れられても納得だった。
『だが、困ったな…』と内心で呟いた。
何といっても、彼女は自分の再婚相手で、息子の世話係だ、再々気を失われては周囲から怪しまれるかもしれない。
だが、じっくり対策を練る時間は無かった、領主であり騎士団長を務めるカルヴァンは、この時期激務を抱えていたのだ。
魔獣調査へ向かう時間は着々と迫っていた。寧ろ、留守にする前に一目でも会えた事は、運が良かったと言える。
気を失った女性を置いて出掛ける等、非道だと言う者もいるだろうが、カルヴァンは然程気にしてはいなかった。
大抵の事であれば、優秀な使用人たちが何とかしてくれる。
そして、何とか出来ない事は、カルヴァンにも手に負えない、その事は、前妻との六年間で嫌という程思い知っていた。
シャルリーヌとシリルの事は、彼女が逃げずにいてくれたら《及第点》、と思っていた。
シリルは普通の子供とは違っている。六歳になっても喋らない。前妻とは会話をしていたのかもしれないが、カルヴァンはシリルが喋るのを聞いた事が無かった。
それに、シリルは殻に閉じ籠っていて、必要無いと判断した事は無視する傾向がある。その為、皆シリルを持て余すのだ。
老年の乳母は経験もあり何とか辞めずにいてくれるが、持て余しているのは一緒だった。
それだけではない、シリルは恐らく、呪われている…
カルヴァンはそれに気付きながらも、見て見ぬ振りをしている。
辺境伯という地位、騎士団長という力を持ちながらも、彼はどうしてもそれと向き合う事が出来ないでいた。
だから、他人にも多くは求めない。
自分が任務から帰った時、シャルリーヌがまだいてくれれば、それで良いと___
だが、まさか、二週間ぶりに帰った時、シャルリーヌがボロボロになっているとは思ってもみなかった。
《最悪》というのは、何故、いつも想定していない時に起こるのか…
カルヴァンは、頭に包帯を巻き、青い顔をした彼女を茫然と眺めつつ、魂が抜けそうになった。
全てを投げ出して逃げたくなるのは、魔獣の討伐でも戦でもない、決まって日常だった。
ああ…帰って来なければ良かった。
頭の中で嘆息し、無理矢理思考を現実に戻した。
「シャルリーヌ嬢、話を聞こう」
真剣な視線を向ければ、彼女の膝にしがみ付いていた小さな息子シリルが『キッ』とこちらを睨んだ。
何やら左目から黒い靄を出しながら…
稀にだが、シリルの左目から黒い靄が出る。その事に気付いたのは、前妻が亡くなってからだ。
それまでカルヴァンは碌にシリルに会う事が出来なかった為、気付き様が無かった。
やはり、カルヴァンは見なかった事にし、目を反らした。
「ネリー、シリルを連れて行ってくれ」
小さな子供に聞かせる話ではないとの気遣いだが、シリルの気に入るものでは無かったらしく、黒い靄は更に濃くなった。
不味いな…
黒い靄が何であるかは知らない、考えたくもなかったが、良い物である筈は無い。
助け舟を出したのは意外にも、シャルリーヌだった。彼女は優しくシリルの背中を擦りながら声を掛けた。
「シリル、わたしは大丈夫よ、お父様とお話をさせてくれる?
あなたの安全の為にも、お父様にしっかりと対策をして貰わなきゃ!」
彼女の言葉は驚く程効果があった、黒い靄はスッと消えていた。
「君は、随分とシリルと仲良くなったのだな…」
驚きが口から出て、カルヴァンは手で口元を隠した。
彼女はニコリと笑った。
「そうなんです!シリルはとっても良い子ですね!可愛いし!あんな子の継母になれるなんて、うれしいわ!」
無邪気に笑い、はしゃいだ様に言う。
彼女は《誰》だ?
カルヴァンは浮かんだ疑惑に眉を潜めた。
パーティで見掛けた女性と目の前の女性は、《真逆》だ。
まさか、シャルリーヌ=グラディエ子爵令嬢は、実家や社交の場では本性を隠しているのか?
グラディエ子爵家では冷遇されている様だから、身を護る為か?
そうであれば、完全に見誤った…
だが…
「シリルをそんな風に言ってくれた者は、君が初めてだ、ありがとう」
《ありがとう》、だって?
まるで、良い父親であるかの様に振る舞っている自分が信じられなかった。
碌に顔も合わせない、会いもしない、愛せもしない自分が…
カルヴァンはさっさと話題を変えた。
「シャルリーヌ、事件の事を聞かせて欲しい」
シャルリーヌは冷静で、事件の事も詳細に覚えていた。
カルヴァンは家令から聞いた事と照らし合わせながら考慮した。
最近、シャルリーヌとシリルは、午前中は庭を散歩し、遊ぶ事を日課にしていた。
それは館の者であれば、誰もが知る事だった。
その日もいつもと同じように庭を散歩し、ボール遊びが出来るお気に入りの場所、裏庭に向かっていた。
何処からともなく、荒くれ者の男たちが三人出て来て、シリルを連れて行こうとした為、シリルを連れて逃げたが追いつかれてしまい、暴力を受けた。気付くと、荒くれ者たちはいなくなっていて、その頃になり、使用人たちが駆け付けて来た。
シャルリーヌが庇ったお陰でシリルに怪我は無かった。
シャルリーヌは知らないが…
家令の話では荒くれ者の男三人は、深手を負い、塀の下で息絶えていた。体を引き裂かれ、塀にぶつかったのか骨も砕けていたと。
荒くれ者だったから良いが、貴族や使用人であれば大問題になっただろう…それを考えるとカルヴァンは頭が痛かった。
だが、誰がやったかは証明出来ない筈だ…
「シリルを護ってくれて感謝する、こんな事態を引き起こしたのは私の不手際だ、危険な目に遭わせ、怪我まで負わさせてすまなかった。
今後は護衛を増やすと約束しよう」
「ありがとうございます、ですが、今回の事は計画的に思えます」
カルヴァンもそれには気付いていた。言わなかったのは、彼女が知る必要は無いと思ったからだ。
「ああ、こちらで精査する、任せて欲しい。
それで、君の方は大丈夫か?何か必要な物があれば言ってくれ、それと、怪我が治るまでは何もしなくていい、静養してくれ」
カルヴァンはさっさと話を切り上げ、部屋を出た。
何かと鋭いのは困る、シリルの事に気付かれたくない、人に知られればシリルに危険が及ぶ。
もし、シリルを殺せと言われたら…
いや、そんな事は無い、と頭を振る。
シリルを愛してはいない、だが、責任はある___
カルヴァンは自分にそう言い聞かせていた。
カルヴァンも今回の事は計画的だと思っていた。
荒くれ者が昼間に辺境伯邸の敷地内に紛れ込むなど考え難い。普通であれば、夜を狙うだろう。
彼等の目的は《シリル》だったらしい、それ以上は分からないが、断言出来るのは、館内に共犯者、若しくは主犯がいるという事だ。
塀を乗り越えるか、裏門から侵入し、二人が来るのを待ち伏せていた事を考えると、シャルリーヌとシリルの習慣を知っていて、警備の動きを知る者の情報、手引きが必要だからだ。
残念ながら、荒くれ者たちは皆死んでしまった為、共犯者を見付ける事は難しい。
一応、形だけは家令に使用人たちの事情聴取をさせた。
事情聴取をした際、シャルリーヌを良く思わないメイドが数名いた。彼女たちはシャルリーヌの実家よりも家格が上で、下の者、しかも年下に仕えたくないらしい。彼女たちはシャルリーヌを貶めようと讒言をした。
「シャルリーヌ様は食事を運んだ際、気に入らないと作り直させました、とても横暴な方です」
「シャルリーヌ様は酷く高圧的で酷い言葉をお使いになります」
「シャルリーヌ様はシリル様に沢山贈り物をされ、懐柔されたんです」
「シャルリーヌ様は旦那様がいないと知るや、直ぐに街へ遊びに行かれました、男好きなんですよ」
彼女たちの話と他の使用人たちからの話を照らし合わせると、真実は直ぐに見えた。
食事を作り直させ件は、軽食を頼まれたメイドがわざと自分で質素な料理を作り、持っていき、それをシャルリーヌが厳しく諫めたという事だった。
料理人が、メイドが料理を残飯入れに投げ捨て、暴言を吐いている所を見ていた。話を聞いて呆れたと言っていた。
「そりゃ、怒って当たり前だ、奥様じゃなくても怒るさ、首にならなかっただけマシだと思いな」と諫め、辺境伯邸に相応しい軽食を作って持って行かせたのだが、メイドは未だ恨みに思っているらしい。
そのメイドは直ぐに館を出て行く様言い渡した。勿論、紹介状は持たせなかった。
街へ遊びに出掛けたというのは、買い物の為で、護衛のロバートとメイドのポレットも一緒で、二人から詳しく聞いた。
シャルリーヌに浮ついた処は無く、男の陰も無かった。彼女は終始買い物に専念しており、二人と一緒に食事をし、使用人たちに土産まで買ったという。
シャルリーヌはシリルの為に必要だと思う物を取り揃えたかった様だ。
シリルはクマの人形を持ち歩いている、それは前妻や自分が買い与えなかったものだ。
乳母の話では、シャルリーヌは一日中、シリルと一緒にいて、遊びを教えたり、本を読み聞かせたりしていた。
特に、夜はシリルが眠るまで本を読んでやるので、そのまま一緒に寝ている事も多いという。
これまで、そこまでしてくれた者はいない。
乳母もシリルの世話はあくまで仕事であり、適度に距離を取っている。それが普通なのだが、シリルが求めているのは、シャルリーヌの様な存在だったらしい。
『カルヴァン、いいから早い内に再婚しろ、手遅れになる前に《まとも》な女性に育てさせるんだ』
父の言葉を思い出し、カルヴァンは口を結んだ。
全くその通りらしい…、シャルリーヌはシリルに《必要》だ___
シャルリーヌを悪く言うメイドたちは、家令から考えを改める様に伝えて貰ったが、聞き入れない者たちもいた。
「仕方もございません、貴族にとっては爵位や家格が全てですから、シャルリーヌ様はお若いですし…」
「ならば、シャルリーヌの家よりも爵位の低い者を雇うか?」
カルヴァンが意地悪半分、本気半分で言うと、家令も考えを改めた様だ。
爵位の低い家の者を雇っても良いのだが、使える者は少ない。教育に酷く時間を割く事になる為、一人二人なら良いが、それが大半になれば仕事に支障が出てしまう。
「旦那様は騙されています!私は旦那様の為に申しあげているのです!」
「あんな性悪な女が奥様になるなんて、認められません!」
「あなた方は、旦那様が性悪女に騙される様な愚か者、と言いたいのですか?」
「い、いえ、あの女が誘惑し、誑かしているんです!」
「旦那様がお選びになった奥様を軽視する事は、旦那様を軽視したも同然です。
直ぐに荷物を纏めて出て行く様に___」
事情聴取をした際、怪しい者がいるにはいたが、疑いの範囲内だった。
密偵を雇い、街で聞き込みをさせると、荒くれ者を雇いたいと探していた者がいた事が分かった。
荒くれ者たちの仲間は、雇われて行った者たちが帰って来ないので不審に思っていた様だ。すんなりと口を割った。
「ご領主様の息子を誘拐してよー、それを乳母の落ち度って事にして、館から追い出したいんだってさ。
ご領主様を誘惑する性悪女だとか…大事なご領主様の為っていわれりゃ、一肌脱ぐかって思うわなー。
別に危害を加えるつもりはないから、罪にはなんねーって言ってたぜ」
「けど、あいつ等、何で帰って来ないんだ?」
「顔バレしたら領にいられないから逃げたんじゃないか?報酬も良かったんだろう?」
「あー、そっか、薄情な奴等だなぁ」
「依頼主は辺境伯様の使用人だろう?」
「しらねーが、貴族の女に違いないぜ、金払いが良かった。
フードで顔は隠れてたが、特徴的な鼻だった、声もこう、高くてねっとりしてて…」
カルヴァンは密偵から報告を受け、誘拐劇に心底呆れ、シャルリーヌを陥れる罠だったと知り、憎々しく思った。
碌でも無い事を考える者がいたものだ___
だが、その女の特徴を聞き、その顔は険しくなった。
「分かった、ご苦労だった」
カルヴァンは報酬を支払い、密偵を帰した。
相手が《あの女》であれば、下手に手出しは出来ない。
この上は、さっさとシャルリーヌを妻にするべきか___
674
あなたにおすすめの小説
【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】
佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。
新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。
「せめて回復魔法とかが良かった……」
戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。
「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」
家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。
「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」
そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。
絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。
これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。
P.S. 推し活に夢中ですので、返信は不要ですわ
汐瀬うに
恋愛
アルカナ学院に通う伯爵令嬢クラリスは、幼い頃から婚約者である第一王子アルベルトと共に過ごしてきた。しかし彼は言葉を尽くさず、想いはすれ違っていく。噂、距離、役割に心を閉ざしながらも、クラリスは自分の居場所を見つけて前へ進む。迎えたプロムの夜、ようやく言葉を選び、追いかけてきたアルベルトが告げたのは――遅すぎる本心だった。
※こちらの作品はカクヨム・アルファポリス・小説家になろうに並行掲載しています。
王女様は温かいごはんが食べたい ~冷えた王宮料理を変えたら、オープンキッチンと政略婚約がついてきました~
しおしお
恋愛
異世界の王女リリアーヌは、前世の記憶を持つ転生者。
豪華絢爛な王宮で暮らし始めた彼女だったが、ひとつだけどうしても耐えられないことがあった。
――食事が、冷めているのだ。
どれほど立派な料理でも、ぬるいスープや冷めた肉ではホッとできない。
「温かいごはんが食べたい」
そのささやかな願いを口にしたことから、王宮ではなぜか大騒動が巻き起こる。
地下厨房からの高速搬送。
専用レーンを爆走するカートメイド。
扉の開閉に命をかけるオープナー。
ついには食堂に火を持ち込むオープンキッチンまで誕生して――!?
温かさは、ホッとさせてくれる。
それは料理だけではなく、人との距離まで少しずつ変えていくものだった。
冷えた王宮に湯気と笑顔を取り戻す、
食と温かさをめぐる宮廷日常コメディ!
-
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
行き遅れのお節介令嬢、氷の公爵様と結婚したら三人娘の母になりました
鳥柄ささみ
恋愛
お節介焼きで困っている人を放っておけないシアは、数多のご令嬢達から人気の令嬢だ。毎日ファンレターが届き、社交界に出れば令嬢に取り囲まれるほどである。
けれど、それに反比例するように男性からの人気はなく、二十七だというのに嫁の貰い手もないため、毎日母から小言をもらっていた。
そんなある日のこと、突然公爵家から縁談の話が。
シアは公爵家がなぜ自分に縁談など持ち掛けるのかと訝しく思いつつ話を受けると、なんと公爵の後妻として三人の娘の母代わりになれと言われる。
困惑するも、自分へ縁談を持ちかけた理由を聞いて、お節介なシアは嫁ぐこと決めたのだった。
夫になるレオナルドはイケメンなのに無表情で高圧的。三人の娘も二女のアンナを除いて長女のセレナも三女のフィオナもとても反抗的。
そんな中でもお節介パワーを発揮して、前向きに奮闘するシアの物語。
※他投稿サイトにも掲載中
【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~
いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。
地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。
「――もう、草とだけ暮らせればいい」
絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。
やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる――
「あなたの薬に、国を救ってほしい」
導かれるように再び王都へと向かうレイナ。
医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。
薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える――
これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
物置部屋に追いやられた伯爵令嬢ですが、公爵様に見初められて人生逆転しました〜妹の引き立て役だったのに、今では社交界の花と呼ばれています〜
丸顔ちゃん。
恋愛
伯爵家の令嬢セレナは、実母の死後、継母と義妹に虐げられて育った。
与えられた部屋は使用人以下の物置、食事は残飯、服はボロ。
専属侍女も与えられず、家の運営や帳簿管理まで押し付けられ、
失敗すれば鞭打ち――それが彼女の日常だった。
そんなある日、世間体のためだけに同行させられた夜会で、
セレナは公爵家の跡取りレオンと出会う。
「あなたの瞳は、こんな場所に閉じ込めていいものではない」
彼はセレナの知性と静かな強さに一瞬で心を奪われ、
彼女の境遇を知ると激怒し、家族の前で堂々と求婚する。
嫁ぎ先の公爵家で、セレナは初めて“人として扱われ”、
広い部屋、美味しい食事、優しい侍女たちに囲まれ、
独学で身につけた知識を活かして家の運営でも大活躍。
栄養と愛情を取り戻したセレナは、
誰もが振り返るほどの美しさを開花させ、
社交界で注目される存在となる。
一方、セレナを失った伯爵家は、
彼女の能力なしでは立ち行かず、
ゆっくりと没落していくのだった――。
虐げられた令嬢が、公爵の愛と自分の才能で幸せを掴む逆転物語。
婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた
夕景あき
恋愛
人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。
そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。
婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる