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7 カルヴァン
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◇◇ カルヴァン ◇◇
カルヴァンは最初シャルリーヌを書斎に呼び付けるつもりでいたが、彼女が怪我をしている事を思い出し、自分の方が訊ねる事にした。
だが、部屋には彼女の姿は無く、メイドに「シャルリーヌ様はシリル様のお部屋です」と聞き、息子の部屋に行く事になった。
「私だ、入るぞ」
一応声を掛けて部屋に入ると、床にカードがばら撒かれ、シャルリーヌとシリルが側に座り、それを覗き込んでいた。
その珍妙さに思わず「何をしている?」と声が漏れた。
シャルリーヌが顔だけで振り返り、真剣な顔つきで、
「神経衰弱…記憶力を上げるカードゲームです」と答えた。
カルヴァンは興味を惹かれ、目的も忘れて、二人の上から観察した。
カードを一枚捲り、次に捲ったカードが一枚目と数字が同じであれば、取る。違っていれば、カードを元に戻す…場所や数字を覚えておく必要があるという事だ。
カルヴァンが驚いたのは、自分の番になったシリルが、あまりにも手早くカードを引っ繰り返し、取っていた事だ。
家庭教師も匙を投げるシリルが…?
カルヴァンには目の前のシリルが優秀に見え、以前の家庭教師からの評価と重ならなかった。
「待ってーーー!連続は三回までよ!シャッフル!!」
シャルリーヌが突然声を上げ、勢い良くカードを掻き混ぜ始めたので、カルヴァンはビクリとした。
カードを掻き混ぜた彼女は「これでどうだ!」と胸を張った。子供相手に大人気ない…シャルリーヌに対する見解も変わってきた。
シリルも流石にこの妨害には勝てず、カードの数字は外れた。
「ああ!残念…」
カルヴァンは無意識に言っており、振り返った二つの顔に気付き、手で口元を覆った。
「す、すまない、邪魔をしたな」
「邪魔だなんて!お父様もご一緒にどうぞ!」
「いや、私は遠慮しよう」
「ああ、自信が無いんですね?息子に負ける訳にはいかないですもんね~」
シャルリーヌがニヤニヤと笑っている。
こんな女だったのか?全く、見解を謝った…
シリルはといえば、オッドアイの瞳を大きく見開きカルヴァンをじっと見ている。それが何かを求めている様に感じて無碍には断れなくなった。
「途中からは良くない、私に不利だ」
「それじゃ、最初からやりましょう、シリルも良い?」
シリルは大きく頷き、取っていたカードを戻した。
シャルリーヌとシリルが散らばったカードを掻き混ぜる。シャルリーヌは歌いながら。
何て楽しそうなのだろう…
彼女といるシリルは、《普通の子供》にしか見えなかった。
その後のゲームでは、シリルが勝ち、二回目のゲームではカルヴァンが勝った。
「ここまでにしよう、少々シャルリーヌに用事があってね」とゲームを止めた。
乳母にシリルを連れて行く様に言うと、シリルは小さな唇を尖らし、不満を訴えたが、シャルリーヌが「また後でね」と言うと大人しく頷き、出て行った。
シリルはシャルリーヌに良く懐いている。それに、シャルリーヌはシリルの扱いが上手い___
カルヴァンは是が非でも、この婚姻を纏めたいと思った。
「シャルリーヌ、怪我の具合はどうだ?寝ていなくても良いのか?」
カルヴァン自身、今更の問に呆れた。気まずく思ったが、当の彼女は普段通りだった。
「お陰様で良くなりました、まだ痣はありますが、痛みはほとんどありません」
「それは良かった」
カルヴァンは咳払いをして本題に入った。
「シャルリーヌ、私との婚姻の事だが、覚えているだろうか?」
「はい、わたし、ゲームでは手を抜いているんです、記憶力に問題はありませんわ」
手を抜いているとは思えなかったが…
『待って待って!取らないで~!』『嘘っ!ここに有ったよね?誰か移動させたでしょう!』等々、彼女は自分が不利になるとしつこく物申していた。
礼儀正しいカルヴァンはサラリと流し、続けた。
「それなら話は早いな、君と正式に契約を交わしたい、つまりは、婚姻を結びたいのだが、その前に、確認しておきたい事がある」
シャルリーヌの表情はどこか他人事の様に見えたが、カルヴァンは推し進めた。
「君は、呪術の類をどう思う?」
「呪術ですか?」
彼女は緑色の目を一瞬大きくし、探る様にこちらを見たが、それも当然だ。
呪術など、社交界で話題に上がるものではない。
「私はそういう類のものが嫌いだ、生理的に受け付けない、他人を呪うなど、暴力と同じだ。
恥ずべき行為であり、許されないと思っている。
君がこの家に呪術の類を持ち込む事があれば、即、出て行って貰う、約束出来るか?」
「わたしは呪術など使いませんが、あなたが安心なさるのなら、お約束しますわ」
カルヴァンはその言葉に満足し、頷いた。
手を叩くと待機していたセザールが書類を手に入って来た。
セザールは彼女の前に書類を広げ、ペンを置くと、「こちらの契約書にサインをお願いします」と促した。
カルヴァンはシャルリーヌから必要なサインを貰うと、直ぐに部屋を出た。
書斎に向かいながら、セザールに命じた。
「直ぐに手続きしてくれ、それと、《トラバース辺境伯は結婚した》と話を広めてくれ」
「承知致しました、ですが、結婚の誓いくらいは教会ですべきではありませんか?それに、指輪は?
あなたは兎も角、シャルリーヌ様は初婚ですよ?」
「初婚も何も、そもそも契約婚だ、必要無いだろう」
「そういう所ですよ、彼女が必要なのでしょう?精々、愛想尽かされない様になさって下さいね」
「おまえの所は円満な夫婦でいいな」
「ええ、私を見習いなさい、主殿」
セザールの軽口にカルヴァンは失笑した。
セザールとは王立貴族学園時代からの付き合いで、気心も知れており、信頼出来た。能力も勿論、問題無い。
良く自分なんかの右腕に収まっていると不思議な位だ。
心配掛けたからな…
前妻との結婚でカルヴァンは精神を病んだ、その時、自分を助ける為に文官の職を退き、側近となり仕えてくれた。
今もまだセザールには心配を掛けている、安心させる為にもシャルリーヌと上手くやらなくてはいけないと思うのだった。
◇
《辺境伯夫人》の印として指輪は効果的だ___
カルヴァンはセザールの案の一つを採用し、指輪を嵌めて貰う事にした。
トラバース辺境伯家は歴史も古く、代々受け継がれる指輪がある。
前妻にも形式上贈ろうとしたが、一瞥しただけで「必要ございませんわ」とあしらわれた為、引き出しの奥で眠っていた。
その夜、カルヴァンはシャルリーヌを部屋に来る様、執事に託けたが、彼女からの返事は「シリルの寝かしつけが終わってから行きます」というものだった。
彼女が自分を全く意識していない所か、同等の立場でいる事に驚いた。
カルヴァンは硬派だが見目が良く、辺境伯子息という立場もあり、昔から女性たちの注目の的で、素っ気ない態度を取る者は居なかった。
シャルリーヌの態度は新鮮であり、そして、カルヴァンを困惑させた。
執事にも、「ああ、そうか…分かったと伝えてくれ」と彼らしからぬ、気の抜けた声で伝言を頼んでいた。
夜半過ぎ、漸く現れたシャルリーヌは、昼間と同じ格好をしていた。
カルヴァンはその事に安堵し、心証を良くしたのだが、無表情の奥にそれを隠した。
「シャルリーヌ、指輪を着けて欲しい」
威厳を持って伝えたが、その返事は軽いものだった。
「契約結婚と疑われない為ですね」
そうして、彼女はさっさと自分で指に嵌めた。
トラバース辺境伯家で代々受け継がれる、歴史ある品なのだが…
前妻の事もあり、『女性は骨董にロマンを感じないのだろう』と内心で嘆息した。
「これ、もしかして、古いモノですか?」
彼女が手を翳し、指輪を見ながら言った時、カルヴァンは不覚にも胸を躍らせてしまった。
「ああ、我がトラバース辺境伯家で代々受け継がれる指輪で、三代辺境伯ルーベンが名工に作らせた、歴史的にも価値がある。
我が一族に認められた証として、婚姻の際に渡される」
「凄いですねー、確かに、渋みがあります。
彫りが細かいし、流行に左右されない、良い品ですね!」
渋み?鈍い金色の事か?
彼女の言う事は良く分からないが、褒めている事は分かり、カルヴァンは「うん、うん」と頷いた。
「それでは、シリルが結婚するまで、わたしが大事に預かっておきますね」
「いや、君との婚姻は五、六年程度だ」
「ツッコミ、ありがとうございます!」
意味が分からないのだが…これが、若さか…
軽く眩暈を覚え、カルヴァンは自分が酷く年を取った気分になった。
「カルヴァン様の指輪もあるんですか?」
「ああ、揃いの物だ」
「指輪、入ります?」
カルヴァンは指輪を出し、左薬指に嵌めた。
「ピッタリですね!トラバース辺境伯家の男性は代々、逞しいんですね!」
シャルリーヌに悪気はないが、カルヴァンの頭には線の細いシリルの姿が浮かび、返事に困った。
「話しは終わりだ、シャルリーヌ」と追い出そうとしたが、シャルリーヌは背をピンと伸ばし、挑戦的な表情になった。
「それでは、わたしの方の話をしますね!」
カルヴァンは再び困惑し、それから顔を顰めた。夜の誘いと思ったからだ。
これだから、女は嫌いなんだ___不機嫌を隠そうとしなかったが、シャルリーヌに少しも怯えた様子は無く、寧ろ、その緑色の目は更に光を増した。
「カルヴァン様、一刻も早く、シリルに家庭教師を雇って下さい!
シリルはとても賢い子です、記憶力の良さはお分かりですよね?それだけじゃなく、分厚い本も読めるんですよ!数字にも強いと見ました!シリルは神童に違いありません!
教育は早い方が良いです!辺境伯家はお金持ちですし、最高の教育を受けさせるべきです!!」
熱心にまくし立てられ、カルヴァンは自分の早とちりが恥ずかしくなった。
顎を擦りつつ、内心でシャルリーヌに詫びた。
「シリルを高く買ってくれてうれしいが…シリルは喋れないだろう?集中力も乏しい。
家庭教師を雇った事もあるが、匙を投げられた」
「口が聞けなくても学ぶ事は出来ます、そんなの言い訳に過ぎません!
そんな、怠け者の家庭教師ではなく、教育者のプライドを持った家庭教師を呼んで下さい!
シリルは賢いので、柔軟な考え方の出来る人が良いと思います」
シャルリーヌは言いたいだけ言い、「それでは、お休みなさい、旦那様」とさっさと部屋を出て行った。
「なんて娘だ…」
カルヴァンは嵐が去ったかの様な気分だった。
だが、シリルの事を真剣に考えてくれていると分かり、カルヴァンの胸は温かくなった。
良かった…
あの子を愛してくれる者がいた…
カルヴァンは最初シャルリーヌを書斎に呼び付けるつもりでいたが、彼女が怪我をしている事を思い出し、自分の方が訊ねる事にした。
だが、部屋には彼女の姿は無く、メイドに「シャルリーヌ様はシリル様のお部屋です」と聞き、息子の部屋に行く事になった。
「私だ、入るぞ」
一応声を掛けて部屋に入ると、床にカードがばら撒かれ、シャルリーヌとシリルが側に座り、それを覗き込んでいた。
その珍妙さに思わず「何をしている?」と声が漏れた。
シャルリーヌが顔だけで振り返り、真剣な顔つきで、
「神経衰弱…記憶力を上げるカードゲームです」と答えた。
カルヴァンは興味を惹かれ、目的も忘れて、二人の上から観察した。
カードを一枚捲り、次に捲ったカードが一枚目と数字が同じであれば、取る。違っていれば、カードを元に戻す…場所や数字を覚えておく必要があるという事だ。
カルヴァンが驚いたのは、自分の番になったシリルが、あまりにも手早くカードを引っ繰り返し、取っていた事だ。
家庭教師も匙を投げるシリルが…?
カルヴァンには目の前のシリルが優秀に見え、以前の家庭教師からの評価と重ならなかった。
「待ってーーー!連続は三回までよ!シャッフル!!」
シャルリーヌが突然声を上げ、勢い良くカードを掻き混ぜ始めたので、カルヴァンはビクリとした。
カードを掻き混ぜた彼女は「これでどうだ!」と胸を張った。子供相手に大人気ない…シャルリーヌに対する見解も変わってきた。
シリルも流石にこの妨害には勝てず、カードの数字は外れた。
「ああ!残念…」
カルヴァンは無意識に言っており、振り返った二つの顔に気付き、手で口元を覆った。
「す、すまない、邪魔をしたな」
「邪魔だなんて!お父様もご一緒にどうぞ!」
「いや、私は遠慮しよう」
「ああ、自信が無いんですね?息子に負ける訳にはいかないですもんね~」
シャルリーヌがニヤニヤと笑っている。
こんな女だったのか?全く、見解を謝った…
シリルはといえば、オッドアイの瞳を大きく見開きカルヴァンをじっと見ている。それが何かを求めている様に感じて無碍には断れなくなった。
「途中からは良くない、私に不利だ」
「それじゃ、最初からやりましょう、シリルも良い?」
シリルは大きく頷き、取っていたカードを戻した。
シャルリーヌとシリルが散らばったカードを掻き混ぜる。シャルリーヌは歌いながら。
何て楽しそうなのだろう…
彼女といるシリルは、《普通の子供》にしか見えなかった。
その後のゲームでは、シリルが勝ち、二回目のゲームではカルヴァンが勝った。
「ここまでにしよう、少々シャルリーヌに用事があってね」とゲームを止めた。
乳母にシリルを連れて行く様に言うと、シリルは小さな唇を尖らし、不満を訴えたが、シャルリーヌが「また後でね」と言うと大人しく頷き、出て行った。
シリルはシャルリーヌに良く懐いている。それに、シャルリーヌはシリルの扱いが上手い___
カルヴァンは是が非でも、この婚姻を纏めたいと思った。
「シャルリーヌ、怪我の具合はどうだ?寝ていなくても良いのか?」
カルヴァン自身、今更の問に呆れた。気まずく思ったが、当の彼女は普段通りだった。
「お陰様で良くなりました、まだ痣はありますが、痛みはほとんどありません」
「それは良かった」
カルヴァンは咳払いをして本題に入った。
「シャルリーヌ、私との婚姻の事だが、覚えているだろうか?」
「はい、わたし、ゲームでは手を抜いているんです、記憶力に問題はありませんわ」
手を抜いているとは思えなかったが…
『待って待って!取らないで~!』『嘘っ!ここに有ったよね?誰か移動させたでしょう!』等々、彼女は自分が不利になるとしつこく物申していた。
礼儀正しいカルヴァンはサラリと流し、続けた。
「それなら話は早いな、君と正式に契約を交わしたい、つまりは、婚姻を結びたいのだが、その前に、確認しておきたい事がある」
シャルリーヌの表情はどこか他人事の様に見えたが、カルヴァンは推し進めた。
「君は、呪術の類をどう思う?」
「呪術ですか?」
彼女は緑色の目を一瞬大きくし、探る様にこちらを見たが、それも当然だ。
呪術など、社交界で話題に上がるものではない。
「私はそういう類のものが嫌いだ、生理的に受け付けない、他人を呪うなど、暴力と同じだ。
恥ずべき行為であり、許されないと思っている。
君がこの家に呪術の類を持ち込む事があれば、即、出て行って貰う、約束出来るか?」
「わたしは呪術など使いませんが、あなたが安心なさるのなら、お約束しますわ」
カルヴァンはその言葉に満足し、頷いた。
手を叩くと待機していたセザールが書類を手に入って来た。
セザールは彼女の前に書類を広げ、ペンを置くと、「こちらの契約書にサインをお願いします」と促した。
カルヴァンはシャルリーヌから必要なサインを貰うと、直ぐに部屋を出た。
書斎に向かいながら、セザールに命じた。
「直ぐに手続きしてくれ、それと、《トラバース辺境伯は結婚した》と話を広めてくれ」
「承知致しました、ですが、結婚の誓いくらいは教会ですべきではありませんか?それに、指輪は?
あなたは兎も角、シャルリーヌ様は初婚ですよ?」
「初婚も何も、そもそも契約婚だ、必要無いだろう」
「そういう所ですよ、彼女が必要なのでしょう?精々、愛想尽かされない様になさって下さいね」
「おまえの所は円満な夫婦でいいな」
「ええ、私を見習いなさい、主殿」
セザールの軽口にカルヴァンは失笑した。
セザールとは王立貴族学園時代からの付き合いで、気心も知れており、信頼出来た。能力も勿論、問題無い。
良く自分なんかの右腕に収まっていると不思議な位だ。
心配掛けたからな…
前妻との結婚でカルヴァンは精神を病んだ、その時、自分を助ける為に文官の職を退き、側近となり仕えてくれた。
今もまだセザールには心配を掛けている、安心させる為にもシャルリーヌと上手くやらなくてはいけないと思うのだった。
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《辺境伯夫人》の印として指輪は効果的だ___
カルヴァンはセザールの案の一つを採用し、指輪を嵌めて貰う事にした。
トラバース辺境伯家は歴史も古く、代々受け継がれる指輪がある。
前妻にも形式上贈ろうとしたが、一瞥しただけで「必要ございませんわ」とあしらわれた為、引き出しの奥で眠っていた。
その夜、カルヴァンはシャルリーヌを部屋に来る様、執事に託けたが、彼女からの返事は「シリルの寝かしつけが終わってから行きます」というものだった。
彼女が自分を全く意識していない所か、同等の立場でいる事に驚いた。
カルヴァンは硬派だが見目が良く、辺境伯子息という立場もあり、昔から女性たちの注目の的で、素っ気ない態度を取る者は居なかった。
シャルリーヌの態度は新鮮であり、そして、カルヴァンを困惑させた。
執事にも、「ああ、そうか…分かったと伝えてくれ」と彼らしからぬ、気の抜けた声で伝言を頼んでいた。
夜半過ぎ、漸く現れたシャルリーヌは、昼間と同じ格好をしていた。
カルヴァンはその事に安堵し、心証を良くしたのだが、無表情の奥にそれを隠した。
「シャルリーヌ、指輪を着けて欲しい」
威厳を持って伝えたが、その返事は軽いものだった。
「契約結婚と疑われない為ですね」
そうして、彼女はさっさと自分で指に嵌めた。
トラバース辺境伯家で代々受け継がれる、歴史ある品なのだが…
前妻の事もあり、『女性は骨董にロマンを感じないのだろう』と内心で嘆息した。
「これ、もしかして、古いモノですか?」
彼女が手を翳し、指輪を見ながら言った時、カルヴァンは不覚にも胸を躍らせてしまった。
「ああ、我がトラバース辺境伯家で代々受け継がれる指輪で、三代辺境伯ルーベンが名工に作らせた、歴史的にも価値がある。
我が一族に認められた証として、婚姻の際に渡される」
「凄いですねー、確かに、渋みがあります。
彫りが細かいし、流行に左右されない、良い品ですね!」
渋み?鈍い金色の事か?
彼女の言う事は良く分からないが、褒めている事は分かり、カルヴァンは「うん、うん」と頷いた。
「それでは、シリルが結婚するまで、わたしが大事に預かっておきますね」
「いや、君との婚姻は五、六年程度だ」
「ツッコミ、ありがとうございます!」
意味が分からないのだが…これが、若さか…
軽く眩暈を覚え、カルヴァンは自分が酷く年を取った気分になった。
「カルヴァン様の指輪もあるんですか?」
「ああ、揃いの物だ」
「指輪、入ります?」
カルヴァンは指輪を出し、左薬指に嵌めた。
「ピッタリですね!トラバース辺境伯家の男性は代々、逞しいんですね!」
シャルリーヌに悪気はないが、カルヴァンの頭には線の細いシリルの姿が浮かび、返事に困った。
「話しは終わりだ、シャルリーヌ」と追い出そうとしたが、シャルリーヌは背をピンと伸ばし、挑戦的な表情になった。
「それでは、わたしの方の話をしますね!」
カルヴァンは再び困惑し、それから顔を顰めた。夜の誘いと思ったからだ。
これだから、女は嫌いなんだ___不機嫌を隠そうとしなかったが、シャルリーヌに少しも怯えた様子は無く、寧ろ、その緑色の目は更に光を増した。
「カルヴァン様、一刻も早く、シリルに家庭教師を雇って下さい!
シリルはとても賢い子です、記憶力の良さはお分かりですよね?それだけじゃなく、分厚い本も読めるんですよ!数字にも強いと見ました!シリルは神童に違いありません!
教育は早い方が良いです!辺境伯家はお金持ちですし、最高の教育を受けさせるべきです!!」
熱心にまくし立てられ、カルヴァンは自分の早とちりが恥ずかしくなった。
顎を擦りつつ、内心でシャルリーヌに詫びた。
「シリルを高く買ってくれてうれしいが…シリルは喋れないだろう?集中力も乏しい。
家庭教師を雇った事もあるが、匙を投げられた」
「口が聞けなくても学ぶ事は出来ます、そんなの言い訳に過ぎません!
そんな、怠け者の家庭教師ではなく、教育者のプライドを持った家庭教師を呼んで下さい!
シリルは賢いので、柔軟な考え方の出来る人が良いと思います」
シャルリーヌは言いたいだけ言い、「それでは、お休みなさい、旦那様」とさっさと部屋を出て行った。
「なんて娘だ…」
カルヴァンは嵐が去ったかの様な気分だった。
だが、シリルの事を真剣に考えてくれていると分かり、カルヴァンの胸は温かくなった。
良かった…
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