【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!

白雨 音

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8 カルヴァン/ジョアンヌ/フィリップ

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◇◇ カルヴァン ◇◇

「シャルリーヌと協力し、シリルの家庭教師を探してくれ」
家庭教師探しは家令とシャルリーヌに任せる事にし、翌日からカルヴァンは領地の騎士団本拠地に向かった。

カルヴァンは本拠地を訪れると、一、二月常駐する事は珍しく無かった。
辺境伯邸から馬で二時間程なので通えない距離では無い、要は家を空ける口実に使っていたのだ。

だが、今のカルヴァンの心持は違っていた。
長引かなければいいが…と、無意識に気を揉んでいた。

「団長、結婚おめでとうございます!」
「団長、結婚したばかりでよろしいのですか?」
「ありがとう、心配は無い」

カルヴァンは団員たちの声に応え、団長室に向かった。

さて、餌に食いついてくるか?


◇◇


「辺境伯邸から荷物が届いていますよ、こちらは手紙です」

カルヴァンが団長室に戻ると、セザールが封筒を手に待ち構えていた。
その足元には箱が一つ、無造作に置かれている。
カルヴァンは手紙を受け取り、封を開けた。
手紙は家令からで、ある夫人の訪問を知らせるものだった。

『昨日、ジョアンヌ=マイヤー男爵夫人がお見えになり、辺境伯夫人に挨拶を望まれました。
「辺境伯夫人は酷い流感に掛かりお会い出来ない」とお引き取り頂ました。
今日は辺境伯夫人宛に匿名で荷物が届きました。私の方で中身を確認した処、奥様にはお見せしない方が良いと判断致しました___』

「良い判断だ、それにしても、ジョアンヌは動きが早いな」

箱を開けると鼠の死骸が入っていた。
悪趣味極まりない___カルヴァンは嫌悪感を隠さなかった。

ジョアンヌ=マイヤー男爵夫人。
彼女は騎士団で経理を任せているフィリップの妻だが、去年、騎士団の親睦会で挨拶して以来、粘着される様になった。
カルヴァンが本拠地に来ると、決まって差し入れを持って現れる。しつこく面会を望んで来たが、彼女の狙いは分かっていた為、カルヴァンは会うのを避けていたが、そうすると、彼女の夫であるフィリップから「妻に会って欲しい」と頼まれ、断れずに何度か会った。勿論、二人切りではなく、セザールやフィリップを同席させた。それでも、隙あらば色目を使ってくるので、何度追い出したくなった事か分からない。
カルヴァンに好意を寄せる令嬢、夫人への嫌がらせも耳に届いていた。

だが、夫のフィリップは妻の思惑や嫌がらせに気付いていない。
フィリップは極めて生真面目で、妻が不貞を働くとは考えていないのだろう。
だから、「あなたの上司に挨拶をしたいの!」と頼まれれば、熱心に仲介する。
フィリップが役立たずならば無視も出来るが、フィリップは大変に有能で、人徳もある為、無碍には出来なかった。

フィリップは良いヤツなのに、何故、妻は《ああ》なのか…
自分と似たものを感じ、憐れに思えていた。

「それにしても、ここまでやるとは…あの女は狂っている」
「あなたはつくづく、変な女性に気に入られますね…同情を禁じ得ません」

セザールは従者を呼び、箱を始末させた。

「それで、どうするおつもりですか?」
「フィリップには悪いが、流石に見逃す事は出来ない、近い内に決着を付ける!」
「安心しました、あなたは意外と情け深いので、見ているこちらが手を出しそうになります」

カルヴァンは肩を竦め、机に着いた。



◆◆ ジョアンヌ ◆◆

ジョアンヌは愛するカルヴァンが結婚したという噂を聞き、居ても立ってもいられなくなった。
去年、カルヴァンを一目見た時から、ジョアンヌは恋に落ち、「彼こそが自分の運命の相手だ」と盛り上がった。
恋に盲目になった彼女には、夫フィリップの存在は、自分と愛おしい人を繋ぐキューピッドへと変わった。

カルヴァンに近付こうとあの手この手を使ったが、会って貰えなかった時も、フィリップに「あなたの上司にご挨拶をしたいの」と訴えれば、簡単に会う事が出来た。
全てが自分とカルヴァンの愛を応援している___!そんな風に思っていた矢先の、カルヴァン結婚の噂だ!
しかも、相手は、あの小娘だ!

いつの間にか、辺境伯邸の客人として入り込み、カルヴァンの大切な息子を誘惑した悪女だ!
彼女を追い払う為に辺境伯邸のメイドを買収し、荒くれ者たちを雇ってシリルを誘拐させようとしたが、計画は失敗に終わってしまった。
そのメイドが言うには、荒くれ者たちは一瞬で消し飛んだとか…
ジョアンヌには想像付かなかったが、彼等を気に留める事も無かった。計画は失敗した、ただ、それだけだ。
その後、件のメイドは酷く怯え「もう協力出来ない!」と強く断ってきた為、自分で行動する事にした。

直接、自分とカルヴァンが如何に真実の愛で結ばれているかを話すつもりでいたが、生憎、会う事は出来なかった。
執事が言うには、彼女は酷い流感に掛かったそうだ、勿論、病が移ってはいけないので、会う事は止めた。
「日頃の行いが悪い所為ね」とジョアンヌは非常に喜ばしく思った。

「それじゃ、お見舞いの品を送りましょう!」

ジョアンヌはとびきりの品を用意し、匿名で辺境伯邸に届けて貰った。
鼠の死骸、豚の心臓、腐った果物…どれもジョアンヌの満足する品だった。
きっと、あの小娘は震え上がり、病を悪化させている事だろう___
ジョアンヌは贈り物がシャルリーヌに届いていると信じて疑わなかった。
その為、彼女の目には、カルヴァンとの明るい未来がはっきりと見えていた。

「もう直ぐ、カルヴァンと結婚出来る!
ああ!やっと、私たち、結ばれるのね!」

だが、そこで夫の存在に気付いた。

「フィリップがいると結婚出来ないわね…
フィリップには死んで貰いましょう、未亡人になれば、カルヴァンも気に掛けてくれるわ!」


◆◆ フィリップ ◆◆

「君には信じ難い事だろうが…」と前置きをし、フィリップが尊敬して止まない辺境伯であり騎士団長のカルヴァンは話し始めた。

「調べの結果、シリルの誘拐を企て、ならず者を雇い、辺境伯邸に押しらせて客人に危害を加えた件の首謀者が分かった。
君の妻、ジョアンヌ=マイヤー男爵夫人だ。
その後も、我妻である辺境伯夫人宛に、小動物の死骸や腐敗物を送り付け、迷惑行為を行っている」

フィリップは顔色を失くし、茫然としていた。

「そんな…ジョアンヌが…」
「証人もいるし、裏も取れている、残念ながらこれは事実だ」
「ジョアンヌはどうなるのでしょうか?」

辺境伯の子息や妻に危害を加えた、企んだとなれば、処罰は軽くは無いとフィリップにも想像出来た。
縋る様に見ると、カルヴァンの厳しい目が自分を見返した。

「《何故》とは聞かないんだな?」

フィリップの表情が固まった。

何故か?
そんな事位、フィリップには分かっていた。
自分はジョアンヌの夫なのだから。
逆に、『そんな事も分からないのか?』と、フィリップは目の前の男を見下した。
彼の口元には笑みが浮かび、一瞬後には綺麗に消えた。

「聞きたくありません」

あなたの口からは。

「そうか、これよりジョアンヌ=マイヤー男爵夫人を拘束する、君には自宅待機を命じる」
「妻の拘束を一日だけ、待って頂けませんか?」
「それは出来ない」

カルヴァンは厳として言ったが、言葉を継いだ。

「…ジョアンヌが毒を手に入れたという情報があった、一刻も早く捕えたい」

「その毒を使う相手は、私でしょう。
ジョアンヌが本当に私を殺す気でいるか、確かめさせて頂けませんか?」

カルヴァンは『理解出来ない』という顔をした。それが、フィリップには堪らなく甘美だったが、その心中は隠し、頭を下げた。

「団長、お願いします」
「ジョアンヌ夫人が君に毒を盛ったら、どうする気だ?」
「その時は、私も諦めがつきます、気持ちを晴らしたいのです」
「だが…」

『何かする気か?殺す気か?』と聞けないのは、彼の優しさ故だろう。
カルヴァンは戦いでは幾らでも非情になれる為、恐れる者も多いのが、その実、根底では人間らしさを持っており、民を等しく愛す領主にもなれた。
フィリップはそれを利用した。

「私も騎士団員です、あなたの部下として恥じる事は致しません、どうか自分に決着を付けさせて下さい」

フィリップが誠心誠意頼むと、カルヴァンは厳しい顔であったが根負けし、「明朝までだ」と許可を出した。
ただ、側に立つ側近のセザールだけは分かっていたのだろう、許可を出した瞬間、眉を顰めていた。
だが、言質は取った、側近如きが止める事は出来ない___
フィリップは神妙な様子で礼をし、部屋を出た。


フィリップは何事も無かったかの様に、男爵家に帰り、晩餐の為の着替えをした。今夜は一番仕立ての良い礼服だ。
示し合わせた訳ではないが、食堂で待つ妻も又、美しく着飾っていた。
死にゆく僕の為に着飾ってくれたのだと思うと、愛おしさで胸がいっぱいになった。

「フィリップ、今夜はあなたの好物を作らせたのよ!」

彼女の言葉通り、テーブルに並ぶ料理はどれもフィリップの好物ばかりだった。
彼女は自分の何もかもを覚えていてくれている、それは、自分を愛しているからに他ならない。

ジョアンヌ自身は、カルヴァンに恋をしていると思っているが、それは幻に過ぎない。
カルヴァンの魅力が、純真なジョアンヌを狂わせてしまったのだ。
だが、カルヴァンを責める気は無かった。

騎士団員に入った当初、フィリップは周囲との体力差に挫折し掛けていた。そんなフィリップに声を掛け、「君は実務の方が向いている」と経理に抜擢してくれたのは、他でもないカルヴァンだった。
カルヴァンは誰からも敬愛されて然るべき方なのだ。

ジョアンヌが目覚めるのを待とうと思っていた。
ジョアンヌは何れ自分の元に戻って来る、それを僕は両手を広げて受け入れるのだ!

あいつが、ジョアンヌの罪を暴かなければ、そうなっていたのに___

「ジョアンヌ、君に贈り物があるよ」
「まぁ!何かしら?」
「ネックレスだよ、綺麗な碧色の宝石なんだ、君に似合うよ、着けてあげるね」

ジョアンヌは喜び、背を正し、目を閉じた。
ほらね、僕は君の事なら、なんでも分かるんだよ。

フィリップは小瓶の液体をワインに零し、何食わぬ顔で彼女の美しい項にネックレスを着けた。

「乾杯しようか」
「ええ、私たちの愛に」
「永遠の愛に」

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