【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!

白雨 音

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家令はシリルを北棟から本館に移し、メイドに世話をさせた様だ。
カルヴァンは意外にも、数時間で館に戻って来たらしく、慌ただしくなった。
そうして、数時間後、ザザのいる部屋にカルヴァンが現れた。
彼はザザに口止めをし、それを条件にこれまでの給金に加え、上乗せした金を払ってくれ、馬車を用意してくれた。
ザザはシリルを恐れるあまり、修道院に逃げ込んだのだった。

「あの時は、シリル様が悪魔憑きに見えましたから…きっと、私自身の恐怖がそう見せていたんですね…
今思えば、シリル様も巻き込まれただけ、奥様とカーラが研究か何か知りませんが、失敗なさったのでしょう。
そうでなければ、辺境伯邸の皆様がご無事でいられる筈はありません…」

わたしは「その通りですわ」と微笑み返したが、内では疑念を持っていた。
メレーヌはシリルに巣食う魔物?魔の力?を呼び起こしてしまったのではないか?挙句、制御出来なかったのではないか?
それとも、メレーヌのしようとしている事に反発したシリル…若しくは魔物が…自発的に攻撃したのか?
何にしても、それをはっきりさせる術は無いし、はっきりさせた所で誰の得にもならない。
寧ろ、真実は分からない方がシリルには良い。


辺境伯邸に帰り、直ぐにシリルの部屋を訪ねた。
家庭教師の時間は終わっていて、晩餐の支度を始めている頃だ。
今日は用事で留守にすると言っていたので、さぞ寂しがっているだろう。

「シリル、ただいま!遅くなってごめんなさい!」

着替えを済ませ、ソファで本を読んでいたシリルは、パッと顔を上げた。
「あー!あー!」と声を上げながら駆けてきて、わたしのスカートにしがみ付いた。

「寂しかったわよね?ごめんなさいね、今日も沢山勉強した?」
「あー…、うん!」

え??

「今、《うん》って言った?」

シリルはコクコクと頷いた。

「《うん》って、言えたのね!シリル、凄いわ!凄い凄い!!」

わたしはシリルを抱き上げ、ぐるぐると回った。
六歳児は重たいから直ぐにへばってしまったけど…ああ、腰が…

「シリル、食堂で待っていて、直ぐに着替えて行くから!旦那様に報告しなきゃ!きっと驚くわよ!」

わたしはもう一度シリルを抱き締めると、急いで自分の部屋に走った。



食堂まで走り、扉の前で息を整え、ツンと澄まして中に入ると、カルヴァンもシリルも既に席に着いていた。
カルヴァンはどういう訳か立ち上がり、わたしの椅子を引いてくれた。こんな事、初めてだ!

「帰って来たな」
「当たり前でしょう?晩餐までに帰るって、シリルと約束したもの、ね?」

わたしがさり気なく促すと、賢いシリルは意図を汲み…

「うん!」

答えた。
どうよ??と、わたしはドヤ顔でカルヴァンを見た。
カルヴァンは目を見開き、シリルを見て…「幻聴だろうか?」とボケたので、わたしは耳を引っ張ってやりたくなったが、大人気ないので代わりに助言をあげた。

「こういう時は、褒めてあげるんですよ!沢山ね!」
「ああ、シリル…驚いた、凄い、頑張ったな…これからも精進しなさい」

堅いし、六歳児に向けての言葉とは思えないが、カルヴァンとしては最高レベルの褒め言葉なのだと、この数ヶ月の付き合いで分かってしまった。それに、当のシリルも満足そうだ。
『旦那様も精進なさってね』と心の中で返し、わたしは笑みを見せた。

「シリル、今度は《お母様》を練習しましょうね」
「うん!」
「《お父様》はどうだ?」
「うん!」

シリルは良い子だ。
このまま、ずっと、ずっと、良い子でいてね…
《闇》の力なんて必要無い位に、幸せになって…


その夜、シリルを寝かし付けた後、カルヴァンがわたしの部屋を訪れた。

「シャルリーヌ、戻って来てくれてありがとう」

カルヴァンは真剣に、わたしが帰って来ないのではと心配していた様だ。
その《心配》が、わたしには心外なのだけど!

「晩餐の時にも言いましたけど、《当たり前》です、わたしはシリルが好きだもの。
辛い過去を聞いたら、もっともっと、シリルを幸せにしてあげたくなったわ!」

「君は、強いな…」

碧色の瞳が熱を持ってわたしを見る。
ドキリと胸が鳴った。
訳も無く、顔が熱くなる。
大きくごつごつとした手がわたしの頬に触れ、わたしは息をするのも忘れていた。

彼の顔がゆっくりと近付いて、わたしたちの距離を消す…

「すまない!」

急に肩を押され、わたしは我に返った。
カルヴァンはわたしに背を向け、頭を掻き混ぜた。

「君に失礼な事をした…私の落ち度だ、許して欲しい」

落ち度?
間違いだったというの?
雰囲気に流されただけ?ああ、そうでしょうとも!あなたは、女嫌いですもんね!!
悪態を吐きながらも、目の奥がツンとし、わたしは気を引き締めた。

「あーあ、もう少し遅ければ、ひっぱたいてやろうと思ってたのに、残念!
さー、帰って下さい、今日は疲れたから、もう寝たいんです」

わたしは冗談にして、カルヴァンを部屋から追い出した。

「バカ…」

カルヴァンのバカ、バカ、バカ!

あと僅か、どちらかが少しでも動いていたら、触れていた。
瞼を震わせ、その時を待っていたのに…

わたしのバカ…

「押し倒してやれば良かったのよ!」


◇◇


あれからシリルは多くの単語を喋れる様になった。
勿論、最初は《お母様》で、次に《お父様》だった。
わたしとカルヴァンは手を取り合って喜び合ったが、正気に戻ったカルヴァンにまたもや振り払われた挙句、謝罪された。

もう!なんなのよ、この男!!

手を握るくらい、恋人じゃなくたってするのに、変に意識しちゃって!自意識過剰なんじゃない??
まぁ、女性不審、女性嫌いらしいから、神経質なのかもしれないけど…
でも、わたしが無理矢理握った訳じゃないのよ??寧ろ、そっちから握って来た癖に!!

わけわかんない!!

もう、カルヴァンなんか、知らないんだから!!

何度も無視しようと思ったが、気まずくなりたくないので、出来なかった。
そんな事になったら、シリルが変に思うじゃない…
わたしはシリルの継母なんだから、シリルを不安にさせる訳にはいかない。
そうよ、これは断じて言い訳ではない!


シリルは今、護身術の訓練に熱を入れている。
カルヴァンは約束していた通り、シリルに剣と武術の先生を雇ってくれたのだ。

名はノーマン、白髪白髭の老年で、右腕を失くしているが、しっかりしていて腕も確かだ。
元は王都の騎士団の隊長をしていたが、戦の際に右腕を失い、その後は後方支援に移った。数年前に妻を亡くし、子供も巣立った為、今は独りで隠居暮らしをしている。
カルヴァンはノーマンの現役時代に世話になったと言う。ノーマンの方もカルヴァンを覚えていて、喜んで誘いを受けてくれた。

ノーマンは片腕なので、相手を必要とする時には、警備の騎士団員に声が掛かる。皆、喜んで相手をしてくれている。

シリルはこれまでマイペースで自由な所があったが、ノーマンに習う様になり、姿勢も良くなり、礼儀作法も心掛ける様になった。
背を正し、「お母様」と呼ばれると、なんだか大人になってしまったみたいで寂しくなってしまう。
将来はカルヴァンみたいになるかしら?


シリルが家庭教師や訓練で忙しくしているので、わたしは暇になってしまった。
家令と相談して、辺境伯夫人の仕事を教えて貰いながら始めた。
それから、料理をさせて貰う事にした。
シリルたちの訓練終わりに、料理人が軽食を用意するのだが、応援の意味で何か作ってあげたくなったのだ。
前世では自炊していたので相応の知識はあるし、道具の使い方さえ教えて貰えば十分だった。とはいえ、まずは簡単な物からだ。

サンドイッチにしたが、皆の好みが分からなかったので、色々と作ってみた。
ノーマン先生はお年だから、柔らかい物がいいかな?
警備の騎士団員は若いから腹持ちの良い物がいいわよね?
なんて、考えながらメニューを決めるのは楽しい。勿論、シリルの好みは分かっている!

「美味いー!このソースなんだ!?肉にめっちゃ合うぞ!!」

警備のジャスパーは期待通りにバケットのサンドイッチに齧り付いた。
因みに、彼が絶賛しているのは、焼き肉のタレを目指して色々混ぜてみた濃い味のソースだ。

「ノーマン先生はいかがですか?お口に合いますでしょうか?」
「とても美味しいですぞ、お気遣いありがたい」

ノーマンは卵焼きサンドが好きな様だ。

「シリルも美味しい?」

シリルにはジャムサンドとキュウリ(っぽい、野菜の)サンドだ。
ジャムはシリルの好きなベリーで作った。キュウリサンドにはマヨネーズっぽいソースを作り、使っている。
手間は愛情よ♪
シリルは目を大きくして、「美味しい!です!」と答えた。
因みに、シリルは単語を繋げるのが上手くなってきた。元々、本は読めるのだから、声をスムーズに出せる様になれば問題は無い。

「喜んで貰えてうれしいわ、今日はわたしが作ったのよ♪」

種明かしをすると、三人はわたしを見て、時が止まったかの様な反応をした後、酷く驚いた。

「え!ええ!?辺境伯夫人が自らですか!??」
「それは、大変に有難い、見事な腕前ですな」
「お母様!凄い!美味しいっ!」

あら、まぁ!称賛の声って気持ちいイイわ~♪ほほほー!!

「ああ、作ったと言っても、パンは料理人が焼いたのよ?」
「いや、美味しいっす!辺境伯夫人のセンスっすよ!」
「この美しい卵焼きは見事ですぞ、もっと自慢なさって良いですぞ」
「お母様、凄い!凄い!」

ジャスパーもノーマンも沢山食べてくれたが、シリルは「美味しい」と言ってくれたのに、残してしまった。
多めには作っていたが、それにしても、いつもより食べていないわ…

「シリル、本当は美味しくなかった?ソースが微妙だった?ジャムが甘くなかった?ごめんなさい…」

一番はシリルに喜んで貰いたかったので、気落ちしてしまった。

「違う!」

シリルはサンドイッチの皿を両手に持ち、キラキラな目でわたしを見た。

「お母様、作った、の、お父様、にも、あげる!」
「お父様にあげる為に、取って置いたの?」
「はい!」

ああ、何て、優しい子なのかしら…!
とても、あのカルヴァンの息子とは思えない、思い遣りだわ!

「でも、お父様は要らないんじゃないかしら…」

カルヴァンはジャムとキュウリよりも、肉が好きだろう。

「お父様に、あげる!お父様に、食べて欲しいの!」

!!!!!

「シリル!あなた、上手に喋れたじゃない!凄いわ!」

わたしは感動で思わずシリルを抱き締めた。
だが、シリルには怒られてしまった。

「今、そういうの、じゃない、の!」

ううう、すみませんでした。


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