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一刻も早く、トラバース辺境伯邸に帰りたかった。
早くシリルを助けたい、それに、早く二人に会いたい___
トラバース辺境伯領が間近になった時だった、これまで順調に進んでいた馬車が、急に速度を落とし、停まった事に気付いた。
「どうした!」ロバートが鋭く御者に聞くと、「騎士団です!」と返って来た。
「私が見て来ます」
ロバートが馬車を降り、わたしは窓から外を見た。
成程、騎士団の騎馬隊がこちらに向かって来ていた。しかも、掲げている旗から、トラバース辺境伯の騎士団だと分かった。
「何かあったのかしら…」
不安に見ていると、騎馬隊たちはわたしたちの馬車の前で停まった。先頭の一人がこちらに向かって来る…
黒髪に精悍な顔立ち、そして逞しい体…
「カルヴァン!?」
わたしは思わず馬車から飛び出していた。
「ロバート、ご苦労だったな、変わりは無いか?」
「はい、奥様はご無事でございます」
堅い挨拶を交わしているロバートの脇をすり抜け、わたしはカルヴァンに詰め寄っていた。
「カルヴァン!どうしたの!?まさか、シリルに何か…」
「安心しろ、シリルは無事だ、少し前に、この辺で賊が出たと報告があったから、様子を見に来た」
「こんな、大所帯で??」
騎馬隊二十人引き連れて??
「カルヴァン、本当は、わたしを迎えに来てくれたんでしょう?」
わたしがニヤリとして言うと、カルヴァンは意外にも「うっ」と押し黙った。
ええ!??本当に迎えに来てくれてたの!??
「手紙一枚で勝手に出て行った妻を迎えに来る夫など、いると思うか?」
「いたとしたら、余程の愛妻家ね」
「それか余程の馬鹿だ」
「それじゃ、勝手に出て行ったのに、夫と息子に早く会いたくて、馬車を急がせて帰って来た妻は?」
わたしを見下ろす碧色の目を、わたしはじっと見つめ返した。
そっと、大きな手がわたしの頬に触れる。
ああ、カルヴァンだ!そう思うと、切なく胸が疼き、自分の手をそっと重ねた。
「おかえり、戻って来てくれて有難う、シャルリーヌ」
「お礼なんて必要ないけど、ただいま、カルヴァン」
わたしが微笑みを返すと、カルヴァンも微笑み、キスを…とは、ならなかった。
カルヴァンはパッと手を離すと、急に踵を返し、「戻るぞ!」とキビキビ指示を出した。
「ええ~、ガッカリです!」
「団長は照れ屋だから…」
「団長~~」
ポレットとロバート、他の団員達は嘆息したが、カルヴァンは完全に無視をし、「早く馬車に戻れ」とわたしを急かした。
「総員倣え!これより帰還する!」
カルヴァンの号令の元、騎馬隊は整列し進行、馬車はその後ろに続いた。
帰還って、我が家に帰るだけなんだけど??
呆れつつも、わたしのニヤニヤは収まらなかった。
だって、迎えに来てくれたのよ?あのカルヴァンが!
馬鹿でも何でもいい、だって、わたしはうれしいんだもん!!
「仲直りしてくれる気になったのよね?」
わたしが辺境伯邸に帰ると、シリルが迎えに出て来てくれた。
カルヴァンの部下から知らせを受けていたのだ。
「お母様!おかえりなさい!」
わたしは飛びついてきたシリルをしっかりと抱き締め返した。
ああ!この体温が懐かしい!!
「ただいま、シリル!会いたかったわ!!」
「僕も、会いたかったです!!お母様、ご無事でしたか?お祖母様のお加減はいかがですか?今度は僕も一緒に行きます!お母様独りでは心配です!僕、ちょっとだけど、強くなったんです!」
離れていた間にまたお喋りが上手になっている、それに、わたしを護ろうとしてくれていて、その成長がうれしかった。
シリルが喋り続けるのをわたしは「うん、うん」と頷きながら聞いた。
「シリル、シャルリーヌは疲れているから、部屋で話しなさい」
「はい、お母様疲れさせてしまってすみません、お部屋へお連れします」
シリルが小さな手を差し出し、わたしをエスコートしてくれ、胸がキュンとしてしまった。
疲れなど吹き飛んでしまったが、大切にされる事がうれしくて、言わないでおいた。
この日はシリルと一緒に過ごし、思い切り甘やかしてあげた。
一月近くも寂しい思いをさせてしまったのだから、当然だ。
寝かし付けの際には、「僕が寝ている間に、いなくならないでね」と手を握られたので、本当に悪い事をしたと胸が痛んだ。
「約束するわ」わたしはシリルの額にキスをした。
シリルを寝かし付けた後は、カルヴァンに呼ばれていた為、書斎に向かった。
カルヴァンはいつも通り、机に着いていたが、わたしを見てサッと立ち上がり、手紙を差し出して来た。
「シャルリーヌ、これを、君の実家からだ。
渡すのが遅くなってすまない、君たちの邪魔をするとシリルに嫌われると思ってな」
シリルを不安にさせたくなかったのね、でも、わたしも同じだ。
「ええ、分かっているわ、それに、見舞いに来いという手紙ではない筈よ」
緊急の用件とは思わなかったが、だからと言って特に心当たりもなく、わたしは封を切り、便箋を開いた。
さっと目を通したわたしは、「ええ!?」と思わず声を上げてしまった。
「どうかしたのか?」
「ええ、それが…アマンディーヌの結婚が決まったそうです…」
アマンディーヌ、つまり、中身は妹のシャルリーヌだ。
「それは良かったな」
「ええ、でも、相手はどんな方かしら…」
両親は妹に厳しい、まともな相手を選んでいれば良いが、まさか、金目当てで碌でも無い男を選んでいたら…
「オノレ=ドロン伯爵ですって、ご存じですか?」
「いや、私は社交にはほとんど出ないからな、気になるなら探らせよう」
「ありがとうございます、妹には幸せになって貰いたいんです」
「妹?姉ではないのか?」
「え?ああ、姉です、疲れて言い間違えましたわ!おほほほ!」
《疲労》は良い言い訳だ!助かった!
「それでは、本題に入る」
カルヴァンが言うと上司と部下みたいに思えるわ。
「はい、家を出てからの事ね…」何から話そうかと考えていると、当のカルヴァンが遮った。
「実は、君に密偵を付けていたので、大凡の事は分かっている」
密偵!だから、迎えに来る事が出来たのね…
「長旅ともなれば護衛一人では何かと不足だ。勿論ロバートに不足は無いが、状況次第では生かされない事も大いにあるだろう」
例えば騎馬隊二十人とかね?
「君が《聖なる石》を探しに出かけた事は分かっていたが、どう動くかまでは分からなかった。
まさか、フレミー侯爵子息を見つけ出し、侯爵に恩を売るとは考えもしなかったが…
それは、君の《先き読み》の力と関係があるのか?」
わたしは思わず吹き出しそうになった。
そういえば、そんな事をセザールに言ったんだった!
セザールがあんまり感じ悪かったから、鼻を明かしてやりたかったのよね。
だけど、そんな事までカルヴァンに報告するなんて思わなかった。
「フレミー侯爵領は鉱山を持っているし、フレミー侯爵家は宝石に詳しい、君の目的にも合致する。
君を知らなければ、子息を誘拐した大元は君ではないかと疑った位だ」
「ご冗談を…ダニエルが誘拐された時、わたしは小娘だったわ。
《先読み》だけど、詳細は分からないのよ、ただ、ぼんやりと見える事があるの。
多分、守護霊か何かが、わたしの願いが叶う様に道を示してくれているんだと思うわ…」
ぼんやりと、人ならざるものの所為にしたのだが、直ぐにカルヴァンが呪術系が嫌いだと思い出した。
「あなたは、こういうの嫌いだったわよね?もう言わないわ」
「確かに、確証の無い事に振り回されるのは困る、だが、今回は良い事をしたのだから、君の力を称賛する。
フレミー侯爵の気持ちは分かるからな…」
カルヴァンの想いに、胸がキュっとした。
『シリルを愛せない』と言ったカルヴァンが、今ではこんなにもシリルを愛している…それがうれしい。
例え魔眼のままでも、シリルはきっと大丈夫___そう思える程に。
勿論、シリルの為に出来る事は何でもするし、力を尽くすわ!
「フレミー侯爵から、《聖なる石》の情報を得て、最高級の石を持ち帰りました。
あなたは、まだわたしの考えに反対ですか?」
カルヴァンは「フッ」と鼻で笑い、「そう見えるか?」と言った。
「いいえ、《聖なる石》をご覧になりますか?」
カルヴァンが見たいと言ったので、彼にわたしの部屋まで来て貰った。
「こちらです___」
わたしは子供の頭程の大きさの包みをカルヴァンの前に置き、布を取った。
「これが《聖なる石》か…原石なんだな?」
「はい、フレミー侯爵家に伝わる《聖なる石》も原石でしたので、あやかりました」
「幾らだ、君は金を持っていなかっただろう?」
野暮ではあるけど、金額は気になるわよねー。
わたしは手持ちの宝飾品やドレスを売って金にし、それを手付金にした事、残りの代金はダニエルの件の謝礼となった事を話した。
「分かった、フレミー侯爵には私から礼を言っておく。
君の宝飾品とドレスは新しく買う事にする、異論は認めないぞ」
カルヴァンがキッパリと言い、わたしは頷くしか無かった。
「君は《聖なる石》の使い方を知っているのか?」
「いいえ、本を取り上げられましたから」と、責任転嫁しておいた。
「それについては、悪かった、だが、代わりに私の方で調べておいた」
ん??
幻聴かと思い、二度見してしまったが、カルヴァンは真面目な顔を崩さずに続けた。
「使い方ははっきりしないが、《聖なる石》は魔物の瘴気《魔気》を吸い込む力があり、古くはこの方法で取り憑かれた者を救っていた様だ。
《魔気》を吸った石は封印され、埋められたという記述があった、これだ___」
カルヴァンが懐から本を取り出して見せた。
挿絵が幾つかあり、黒いものを吸い込む石の絵、そして、それを箱に入れ、お札を貼る絵…封印に使うお札の様な物は大きく描かれていた。文字なのか記号なのか、判別は出来ないが、ノスタルジックを感じた。
「君は絵が描けるだろう、これを用意出来るか?」
「描けますけど、画材は何を使えば良いのか…」
色の指定はないし、インクの指定も無い。無難に黒だろうか?と思った時、カルヴァンが「黒かもな」と言ったので驚いた。
「メレーヌが儀式で使っていたものは、黒だった」
「そう…それなら、黒で作ってみるわ」
「ああ、頼む」
奇妙な空気が流れた。
カルヴァンが一気に老けた様に見えた。メレーヌの事を思い出したから?
「カルヴァン、辛いなら忘れて」
「シリルの事が終われば忘れる」
「それがいいわ」
カルヴァンが苦しむ事は無い。
いや、前妻の事で苦しんで欲しくない、前妻の事なんて忘れて欲しい___
こんな事に嫉妬するなんて、馬鹿みたいね…
「君は何も聞かないんだな?」
「あなたが話したいなら聞くわ、だけど、話さなくてもいい。
わたしは、わたしと出会ってからのあなただけでいいもの」
カルヴァンの右腕がわたしを抱き寄せたかと思うと、唇を塞がれていた。
熱くて、強い…
きっと、こんな風だと夢に描いていたものより、ずっと力強く、強引で、わたしは熱に飲み込まれていた。
早くシリルを助けたい、それに、早く二人に会いたい___
トラバース辺境伯領が間近になった時だった、これまで順調に進んでいた馬車が、急に速度を落とし、停まった事に気付いた。
「どうした!」ロバートが鋭く御者に聞くと、「騎士団です!」と返って来た。
「私が見て来ます」
ロバートが馬車を降り、わたしは窓から外を見た。
成程、騎士団の騎馬隊がこちらに向かって来ていた。しかも、掲げている旗から、トラバース辺境伯の騎士団だと分かった。
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黒髪に精悍な顔立ち、そして逞しい体…
「カルヴァン!?」
わたしは思わず馬車から飛び出していた。
「ロバート、ご苦労だったな、変わりは無いか?」
「はい、奥様はご無事でございます」
堅い挨拶を交わしているロバートの脇をすり抜け、わたしはカルヴァンに詰め寄っていた。
「カルヴァン!どうしたの!?まさか、シリルに何か…」
「安心しろ、シリルは無事だ、少し前に、この辺で賊が出たと報告があったから、様子を見に来た」
「こんな、大所帯で??」
騎馬隊二十人引き連れて??
「カルヴァン、本当は、わたしを迎えに来てくれたんでしょう?」
わたしがニヤリとして言うと、カルヴァンは意外にも「うっ」と押し黙った。
ええ!??本当に迎えに来てくれてたの!??
「手紙一枚で勝手に出て行った妻を迎えに来る夫など、いると思うか?」
「いたとしたら、余程の愛妻家ね」
「それか余程の馬鹿だ」
「それじゃ、勝手に出て行ったのに、夫と息子に早く会いたくて、馬車を急がせて帰って来た妻は?」
わたしを見下ろす碧色の目を、わたしはじっと見つめ返した。
そっと、大きな手がわたしの頬に触れる。
ああ、カルヴァンだ!そう思うと、切なく胸が疼き、自分の手をそっと重ねた。
「おかえり、戻って来てくれて有難う、シャルリーヌ」
「お礼なんて必要ないけど、ただいま、カルヴァン」
わたしが微笑みを返すと、カルヴァンも微笑み、キスを…とは、ならなかった。
カルヴァンはパッと手を離すと、急に踵を返し、「戻るぞ!」とキビキビ指示を出した。
「ええ~、ガッカリです!」
「団長は照れ屋だから…」
「団長~~」
ポレットとロバート、他の団員達は嘆息したが、カルヴァンは完全に無視をし、「早く馬車に戻れ」とわたしを急かした。
「総員倣え!これより帰還する!」
カルヴァンの号令の元、騎馬隊は整列し進行、馬車はその後ろに続いた。
帰還って、我が家に帰るだけなんだけど??
呆れつつも、わたしのニヤニヤは収まらなかった。
だって、迎えに来てくれたのよ?あのカルヴァンが!
馬鹿でも何でもいい、だって、わたしはうれしいんだもん!!
「仲直りしてくれる気になったのよね?」
わたしが辺境伯邸に帰ると、シリルが迎えに出て来てくれた。
カルヴァンの部下から知らせを受けていたのだ。
「お母様!おかえりなさい!」
わたしは飛びついてきたシリルをしっかりと抱き締め返した。
ああ!この体温が懐かしい!!
「ただいま、シリル!会いたかったわ!!」
「僕も、会いたかったです!!お母様、ご無事でしたか?お祖母様のお加減はいかがですか?今度は僕も一緒に行きます!お母様独りでは心配です!僕、ちょっとだけど、強くなったんです!」
離れていた間にまたお喋りが上手になっている、それに、わたしを護ろうとしてくれていて、その成長がうれしかった。
シリルが喋り続けるのをわたしは「うん、うん」と頷きながら聞いた。
「シリル、シャルリーヌは疲れているから、部屋で話しなさい」
「はい、お母様疲れさせてしまってすみません、お部屋へお連れします」
シリルが小さな手を差し出し、わたしをエスコートしてくれ、胸がキュンとしてしまった。
疲れなど吹き飛んでしまったが、大切にされる事がうれしくて、言わないでおいた。
この日はシリルと一緒に過ごし、思い切り甘やかしてあげた。
一月近くも寂しい思いをさせてしまったのだから、当然だ。
寝かし付けの際には、「僕が寝ている間に、いなくならないでね」と手を握られたので、本当に悪い事をしたと胸が痛んだ。
「約束するわ」わたしはシリルの額にキスをした。
シリルを寝かし付けた後は、カルヴァンに呼ばれていた為、書斎に向かった。
カルヴァンはいつも通り、机に着いていたが、わたしを見てサッと立ち上がり、手紙を差し出して来た。
「シャルリーヌ、これを、君の実家からだ。
渡すのが遅くなってすまない、君たちの邪魔をするとシリルに嫌われると思ってな」
シリルを不安にさせたくなかったのね、でも、わたしも同じだ。
「ええ、分かっているわ、それに、見舞いに来いという手紙ではない筈よ」
緊急の用件とは思わなかったが、だからと言って特に心当たりもなく、わたしは封を切り、便箋を開いた。
さっと目を通したわたしは、「ええ!?」と思わず声を上げてしまった。
「どうかしたのか?」
「ええ、それが…アマンディーヌの結婚が決まったそうです…」
アマンディーヌ、つまり、中身は妹のシャルリーヌだ。
「それは良かったな」
「ええ、でも、相手はどんな方かしら…」
両親は妹に厳しい、まともな相手を選んでいれば良いが、まさか、金目当てで碌でも無い男を選んでいたら…
「オノレ=ドロン伯爵ですって、ご存じですか?」
「いや、私は社交にはほとんど出ないからな、気になるなら探らせよう」
「ありがとうございます、妹には幸せになって貰いたいんです」
「妹?姉ではないのか?」
「え?ああ、姉です、疲れて言い間違えましたわ!おほほほ!」
《疲労》は良い言い訳だ!助かった!
「それでは、本題に入る」
カルヴァンが言うと上司と部下みたいに思えるわ。
「はい、家を出てからの事ね…」何から話そうかと考えていると、当のカルヴァンが遮った。
「実は、君に密偵を付けていたので、大凡の事は分かっている」
密偵!だから、迎えに来る事が出来たのね…
「長旅ともなれば護衛一人では何かと不足だ。勿論ロバートに不足は無いが、状況次第では生かされない事も大いにあるだろう」
例えば騎馬隊二十人とかね?
「君が《聖なる石》を探しに出かけた事は分かっていたが、どう動くかまでは分からなかった。
まさか、フレミー侯爵子息を見つけ出し、侯爵に恩を売るとは考えもしなかったが…
それは、君の《先き読み》の力と関係があるのか?」
わたしは思わず吹き出しそうになった。
そういえば、そんな事をセザールに言ったんだった!
セザールがあんまり感じ悪かったから、鼻を明かしてやりたかったのよね。
だけど、そんな事までカルヴァンに報告するなんて思わなかった。
「フレミー侯爵領は鉱山を持っているし、フレミー侯爵家は宝石に詳しい、君の目的にも合致する。
君を知らなければ、子息を誘拐した大元は君ではないかと疑った位だ」
「ご冗談を…ダニエルが誘拐された時、わたしは小娘だったわ。
《先読み》だけど、詳細は分からないのよ、ただ、ぼんやりと見える事があるの。
多分、守護霊か何かが、わたしの願いが叶う様に道を示してくれているんだと思うわ…」
ぼんやりと、人ならざるものの所為にしたのだが、直ぐにカルヴァンが呪術系が嫌いだと思い出した。
「あなたは、こういうの嫌いだったわよね?もう言わないわ」
「確かに、確証の無い事に振り回されるのは困る、だが、今回は良い事をしたのだから、君の力を称賛する。
フレミー侯爵の気持ちは分かるからな…」
カルヴァンの想いに、胸がキュっとした。
『シリルを愛せない』と言ったカルヴァンが、今ではこんなにもシリルを愛している…それがうれしい。
例え魔眼のままでも、シリルはきっと大丈夫___そう思える程に。
勿論、シリルの為に出来る事は何でもするし、力を尽くすわ!
「フレミー侯爵から、《聖なる石》の情報を得て、最高級の石を持ち帰りました。
あなたは、まだわたしの考えに反対ですか?」
カルヴァンは「フッ」と鼻で笑い、「そう見えるか?」と言った。
「いいえ、《聖なる石》をご覧になりますか?」
カルヴァンが見たいと言ったので、彼にわたしの部屋まで来て貰った。
「こちらです___」
わたしは子供の頭程の大きさの包みをカルヴァンの前に置き、布を取った。
「これが《聖なる石》か…原石なんだな?」
「はい、フレミー侯爵家に伝わる《聖なる石》も原石でしたので、あやかりました」
「幾らだ、君は金を持っていなかっただろう?」
野暮ではあるけど、金額は気になるわよねー。
わたしは手持ちの宝飾品やドレスを売って金にし、それを手付金にした事、残りの代金はダニエルの件の謝礼となった事を話した。
「分かった、フレミー侯爵には私から礼を言っておく。
君の宝飾品とドレスは新しく買う事にする、異論は認めないぞ」
カルヴァンがキッパリと言い、わたしは頷くしか無かった。
「君は《聖なる石》の使い方を知っているのか?」
「いいえ、本を取り上げられましたから」と、責任転嫁しておいた。
「それについては、悪かった、だが、代わりに私の方で調べておいた」
ん??
幻聴かと思い、二度見してしまったが、カルヴァンは真面目な顔を崩さずに続けた。
「使い方ははっきりしないが、《聖なる石》は魔物の瘴気《魔気》を吸い込む力があり、古くはこの方法で取り憑かれた者を救っていた様だ。
《魔気》を吸った石は封印され、埋められたという記述があった、これだ___」
カルヴァンが懐から本を取り出して見せた。
挿絵が幾つかあり、黒いものを吸い込む石の絵、そして、それを箱に入れ、お札を貼る絵…封印に使うお札の様な物は大きく描かれていた。文字なのか記号なのか、判別は出来ないが、ノスタルジックを感じた。
「君は絵が描けるだろう、これを用意出来るか?」
「描けますけど、画材は何を使えば良いのか…」
色の指定はないし、インクの指定も無い。無難に黒だろうか?と思った時、カルヴァンが「黒かもな」と言ったので驚いた。
「メレーヌが儀式で使っていたものは、黒だった」
「そう…それなら、黒で作ってみるわ」
「ああ、頼む」
奇妙な空気が流れた。
カルヴァンが一気に老けた様に見えた。メレーヌの事を思い出したから?
「カルヴァン、辛いなら忘れて」
「シリルの事が終われば忘れる」
「それがいいわ」
カルヴァンが苦しむ事は無い。
いや、前妻の事で苦しんで欲しくない、前妻の事なんて忘れて欲しい___
こんな事に嫉妬するなんて、馬鹿みたいね…
「君は何も聞かないんだな?」
「あなたが話したいなら聞くわ、だけど、話さなくてもいい。
わたしは、わたしと出会ってからのあなただけでいいもの」
カルヴァンの右腕がわたしを抱き寄せたかと思うと、唇を塞がれていた。
熱くて、強い…
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