20 / 21
20
しおりを挟む
唇が離れても、熱い息を感じ、再び触れたくなる。
碧色の瞳は熱を孕んでいる、わたしと同じ気持ちよね?強請る様に唇を寄せたが、
「おやすみ」
彼はわたしの額に唇を落とし、部屋を出て行ってしまった。
額へのキス…まるで、シリルにするみたいに…
「子供じゃないわよ!」
十五歳の年の差はあるが、そんなもの、いつの間にか全然感じなくなっていた。
彼もわたしを求めてくれていると思ったのに…
「でも、今日は謝らなかったわ」
そんな小さな光が、わたしの胸を照らした。
◇◇
翌日、わたしたちはシリルに《聖なる石》を持たせてみた。
残念ながら、何の作用も見られず、シリルには不思議そうにされたが、「これはね、ラピスラズリという宝石の原石で…」と石の説明をして誤魔化した。
シリルの目に巣食う《魔気》をどうやって《聖なる石》へ移すかは、カルヴァンに探して貰い、わたしは挿絵にあるお札の様な物を作る事にした。
挿絵には石を箱に入れるとあるので、箱も必要だ。因みに、挿絵の石も原石風だ。
それにしても用意した石が大きく、嵩張ってしまうのは困りものだ。
「大は小を兼ねる…わよね?」大きさで諸々カバー出来る事を期待しよう。
黒い染料を使い、模様を描き、広げて乾かす…
流石にこれはシリルに見られてはいけないので、シリルの勉強、訓練の時間に自分の部屋で作業した。
そうして、夜には書斎へ行き、カルヴァンと情報交換をした。
「凄いな、そっくりだ」
「えへへ、こういうの得意なの」昔(前世)取った杵柄??
「箱はどういったものが良いだろう?挿絵では普通の木箱に見えるが…」
「木箱で良いんじゃないかしら?」
「封印となれば、頑丈な物が良いだろう?」
あれ程《呪術》を嫌っていた人が、わたしより詳しくなっているなんて!
カルヴァンには素質があるんじゃないかしら?本人はきっと、顔を顰めるでしょうけど!
そんな事を想像して含み笑いをしていると、「何か悪さを考えているな?」と頬を引っ張られた。
「もう!伸びちゃうでしょう!」
「ははは!」
最近、こんなやり取りが多くなった。
子供扱いしたいのかしら?それで、わたしとの事をうやむやにするつもり?
だけど、突っ込んでは聞けない、《契約婚》を盾に取られたら、わたしは何も言えなくなるもの…
元より、《愛》は含まれない。
わたしも喜んだ筈なのに、今は、「嫌だ」と叫んでいる。
カルヴァンが望んでくれたら、わたしは幾らでも応えるのに…!
◇◇
その日の昼過ぎ、一台の馬車が辺境伯邸に入って来た。
馬車から降りたのは、若く美しい令嬢だった。
迎えに出た執事は驚いたが、顔には出さずに型通りの挨拶をした。
「どちら様でしょうか」
「グラディエ子爵の娘、シャルリーヌです、姉を訪ねて来ました」
執事はいよいよ混乱したが、やはり顔には出さずに、玄関近くの応接室へ通した。
◇
「奥様、お客様がお見えです、その…妹様と伺っております」
伝えてきたメイドは困惑していたが、わたしに気にする余裕は無く、気付かなかった。
わたしは「直ぐに行きます」とだけ言い、応接室へ急いだ。
どうして、《シャルリーヌ》がこの家に?
しかも、《妹》と名乗るなんて…まさか、入れ替わりを暴露するつもりで?
血の気が引き、わたしは走るスピードを上げた。
「二人きりにして頂戴」
わたしは扉の前のメイドに言うと、中へ入った。
長ソファの真中で優雅に座っているのは、正に《シャルリーヌ》だった。
ミルクティ色の癖の無い真直ぐな髪、アンニュイな雰囲気を纏う、紅茶のカップを手にしている姿からも品の良さが分かる。
だが、その装いは以前の自分の様に、華やかだった。
「あなた、どうしてここに?」
「あら、ご挨拶ね、お姉様、自分を取り戻しに来たと言えばいいかしら?」
《シャルリーヌ》とは思えない程に、彼女は堂々としており、饒舌だった。
「あなた、本当に《シャルリーヌ》なの?」
「勿論、私が本物の《シャルリーヌ》よ、ただ、お姉様の真似をしていた所為で、少し抜けなくなっちゃったみたい、ふふふ」
わたしが知る《シャルリーヌ》とは違う。
いつも俯いていて、碌に会話も出来ない、臆病で内気な娘、それが《シャルリーヌ》だ。
だけど、本当の《シャルリーヌ》はこんな子だったの?わたしが《シャルリーヌ》を知らないだけ?
「私は《シャルリーヌ》に戻って、トラバース辺境伯夫人になるから、
お姉様は《アマンディーヌ》に戻って、オノレ=ドロン伯爵と結婚してね、式は一月後よ。
お姉様の為に、最高の結婚相手を選んであげたから、感謝してね」
シャルリーヌが口の端をキュっと上げた。
醜悪な笑みに、わたしはまるで以前の自分を見ている気がした。
他人が嫌がる事を分かっていて、弄ぶ…
「シャルリーヌ、ごめんなさい、例えアマンディーヌに戻っても、わたしは出て行かないわ。
わたし、カルヴァンとシリルを愛しているの」
わたしは誠心誠意、真摯に告げたが、シャルリーヌには通じなかった。
「あら、お姉様、お忘れですの?
カルヴァン様が望んだのは《シャルリーヌ》よ、慎ましく上品な令嬢なの、お姉様みたいな性悪な女じゃない」
カルヴァンとシリルは、わたしの過去を知らない。
シャルリーヌはそれをバラすと脅しているの?カルヴァンとシリルは、わたしを軽蔑するかもしれない…
心臓がバクバクとしていた。
「あなたにしてきた事は、本当に悪かったと思っているわ、だけど、ここに居たのはあなたではなく、《わたし》なの!」
「ええ、あなたが奪ったものね、あの時の私がどんなに喜んだか幸せだったか、お姉様に分かって?
あの大英雄の辺境伯に見初められたの!これまでお姉様の陰で誰からも見て貰えなかった私を、彼は見つけてくれた!
ああ、彼こそが運命の人なんだわ!そう思ったのに、お姉様が無理矢理奪い取ったのよ!
だから、私、決めたの、一番良い時に、返して貰おうって。
お姉様がした事を、返すだけよ、自業自得って言うのでしょう?」
「ごめんなさい、あなたの気持ちも考えずに…
他の物は全部あなたに譲るわ!だけど、カルヴァンとシリルは譲れないの!お願いよ、シャルリーヌ…」
コンコン…
扉が叩かれ、わたしはギクリとした。
家令の声で「旦那様です」と告げられ、目の前が真っ暗になった。
「どうぞ、お入り下さい」
答えたのはシャルリーヌだった。
扉は開かれ、カルヴァンが堂々とした歩みで入って来た。
わたしは青くなったが、シャルリーヌは口の端をキュっと上げて、立ち上がった。
「ようこそ、妻の妹と伺いました、挨拶が遅れてすまない」
「ああ!カルヴァン様!お会い出来るのを楽しみにしておりました!
私が本物の《シャルリーヌ》ですの!」
シャルリーヌは優雅にカーテシーをした。
カルヴァンは怪訝そうにシャルリーヌを見ると、わたしを振り返った。
「どういう事か説明して貰えるか、姉妹が同じ名とは聞いていない」
「あら!同名ではありませんわ、私が本物の《シャルリーヌ》です。
私の名を騙り、まんまとあなた様の妻に収まったのは、私の姉《アマンディーヌ》ですの」
「本当か?」とカルヴァンはわたしを見る。
わたしは逡巡しつつも、「はい」と頷くしか無かった。
嘘を吐いた処で、直ぐに真実は露見するだろう、わたしは《シャルリーヌ》ではないのだから…
わたしは立ち上がると、深々と頭を下げた。
「カルヴァン様、わたしはシャルリーヌの姉、アマンディーヌで間違いございません。
《シャルリーヌ》の名を騙っておりました事、申し訳ございませんでした」
「姉は私に辺境伯様から結婚の打診が来た事を酷く妬み、私に成りすます事を思い付いたのです。
私は姉や両親に虐げられていた為、逆らう事は許されませんでした。
ですが、これ以上、あなた様を騙し続ける事は出来ません!私が本物の《シャルリーヌ》です!
あなたがお望みになられた妻です!」
わたしはシャルリーヌの言葉を俯いて聞いた。震える唇を噛み、両手を握りしめて。
「そうか…経緯を知らず、あなたには余計な苦労を掛けてしまったな、シャルリーヌ嬢。
丁度、婚姻の無効を申し出るつもりでいた」
え!?と、わたしはカルヴァンを見た。
そんな話は聞いていない、まさか、本当に、わたしは疎まれていたの?
優しくしてたのは嘘だったの?わたしに気がある振りをしていただけ?どうして?
「まぁ!そうでしたの!やはり、姉には辺境伯夫人など務まりませんでしたでしょう、姉は傲慢で意地悪で怠け者で、遊び暮らすしか能のない女ですから!」
それは以前とはいえ、自分に違いなく、わたしは恥ずかしさで消えたくなった。
例え出て行くとしても、カルヴァンとシリルに軽蔑されたく無かった。そう思うのは、都合が良過ぎるだろうか?
わたしは自分の握った手を見て、彼の返事を待った。
「いや、彼女は十分過ぎる程役に立ってくれているよ」
幻聴かと思った。
まさか、そんな筈ない…
信じられず目を上げると、優しい微笑みと出会い、ドキリとした。
「私を支え、時には叱り、時には助言をくれる、私が知る一番賢い女性だ。
それに、シリルを愛し導く良き母親であり、使用人たちからも信頼されている。
彼女は私が望んだ以上の女性だった、彼女以上に我が辺境伯夫人に相応しい女性はいないと思っている」
カルヴァンは噛みしめる様に言うと、シャルリーヌの方を見た。
「シャルリーヌ嬢は知らないだろうが、私たちの婚姻は契約婚だった、君が来ていても私は同じ提案をした。
夫婦の関係は無い、形式的な辺境伯夫人であり、シリルの母親役、それだけだ。
だが、彼女といる内に、彼女を愛する様になった。
契約婚など破棄し、本当の婚姻を結びたくなったんだ、君と…アマンディーヌ」
カルヴァンに名を呼ばれ、感情がぶわっと高ぶり、わたしは涙していた。
「君が何者でもいい、過去など構わない、ここに来てからの君を好きになったんだ」
嘗て、わたしが言った事を返してくれたのだと分かった。
「カルヴァン!」
「私の名を呼び捨てにする生意気さも好きだ」
もう!!
わたしはカルヴァンの胸に飛び込もうとしたが、シャルリーヌが遮った。
「あなたも同じだったのね!《私》を見初めたんじゃない!誰でも良かったのね!
許さない___!!」
シャルリーヌが宝石箱を取り出し、その蓋を開けた。
中から黒い靄が噴き出し、カルヴァンを襲う。
「止めて___!!」
わたしの絶叫と、扉が開くのが同時だった。
駆け込んで来たシリルから、更に強大な黒い靄が上がり、カルヴァンに向かって行く。
「カルヴァン!!」
黒い靄でカルヴァンの姿が見えなくなる。
カルヴァンを助けなければ___わたしの頭に浮かんだのは、《聖なる石》だった。
《聖なる石》はもしもの時の為に、シリルの傍に置く事にしていた、つまり、シリルに付き添っている者が持っている…
「旦那様!」
家令が異変を察して駆け込んで来た。わたしは彼の持つ木箱に気付き、それを奪った。
蓋を開け、わたしは黒い靄の塊に向かい、突進した。
「《聖なる石》よ!カルヴァンを助けて!!」
わたしの叫びに呼応するかの様に、黒い靄がみるみる《聖なる石》へと吸い込まれて行く。
そうよ!全部吸い込んじゃって___!!
幾らもしない内に、黒い靄は消えていた。
「ガチャン」と音がしてシャルリーヌの持つ宝石箱が落ち、後を追う様に彼女の体が床に崩れ落ちた。
シリルはぼんやりと立ち尽くしている。
カルヴァンは不思議そうに周囲を眺め、自分の体を確かめていた。
ラピスラズリの原石は今や半分以上黒くなり、石の中で奇妙に蠢いていた。
わたしは震える手で蓋を閉め、鍵を掛け、お札と一緒に紐でグルグル巻きにした。
取り敢えず、これで、大丈夫…よね?
わたしはそれをテーブルに置き、シリルの元へ向かった。膝を着いて怪我をしていないか確かめる…
「シリル、大丈夫?怪我はしていない?」
「うん、お父様を助けなきゃって、そしたら、僕の体から黒いものが出て行って…」
そこで意識は無くなった様だ。
「シリル、あなたの左目…色が変わっているわ!」
赤色だった瞳が…その奥に黒いものを宿していた瞳が…
今は綺麗な碧色を見せていた。
「僕の目?」
「ええ、あなたの瞳、お父様と同じで、綺麗な碧色よ…」
シリルは目を大きく見開いた。
「お父様といっしょ!?本当!?
お父様!僕の目、お父様と一緒ですか!?」
シリルがカルヴァンの足元に抱き着き、見上げる。
カルヴァンはじっと見下ろすと、「ああ、同じ碧色だ」と微笑み返し、抱きしめた。
碧色の瞳は熱を孕んでいる、わたしと同じ気持ちよね?強請る様に唇を寄せたが、
「おやすみ」
彼はわたしの額に唇を落とし、部屋を出て行ってしまった。
額へのキス…まるで、シリルにするみたいに…
「子供じゃないわよ!」
十五歳の年の差はあるが、そんなもの、いつの間にか全然感じなくなっていた。
彼もわたしを求めてくれていると思ったのに…
「でも、今日は謝らなかったわ」
そんな小さな光が、わたしの胸を照らした。
◇◇
翌日、わたしたちはシリルに《聖なる石》を持たせてみた。
残念ながら、何の作用も見られず、シリルには不思議そうにされたが、「これはね、ラピスラズリという宝石の原石で…」と石の説明をして誤魔化した。
シリルの目に巣食う《魔気》をどうやって《聖なる石》へ移すかは、カルヴァンに探して貰い、わたしは挿絵にあるお札の様な物を作る事にした。
挿絵には石を箱に入れるとあるので、箱も必要だ。因みに、挿絵の石も原石風だ。
それにしても用意した石が大きく、嵩張ってしまうのは困りものだ。
「大は小を兼ねる…わよね?」大きさで諸々カバー出来る事を期待しよう。
黒い染料を使い、模様を描き、広げて乾かす…
流石にこれはシリルに見られてはいけないので、シリルの勉強、訓練の時間に自分の部屋で作業した。
そうして、夜には書斎へ行き、カルヴァンと情報交換をした。
「凄いな、そっくりだ」
「えへへ、こういうの得意なの」昔(前世)取った杵柄??
「箱はどういったものが良いだろう?挿絵では普通の木箱に見えるが…」
「木箱で良いんじゃないかしら?」
「封印となれば、頑丈な物が良いだろう?」
あれ程《呪術》を嫌っていた人が、わたしより詳しくなっているなんて!
カルヴァンには素質があるんじゃないかしら?本人はきっと、顔を顰めるでしょうけど!
そんな事を想像して含み笑いをしていると、「何か悪さを考えているな?」と頬を引っ張られた。
「もう!伸びちゃうでしょう!」
「ははは!」
最近、こんなやり取りが多くなった。
子供扱いしたいのかしら?それで、わたしとの事をうやむやにするつもり?
だけど、突っ込んでは聞けない、《契約婚》を盾に取られたら、わたしは何も言えなくなるもの…
元より、《愛》は含まれない。
わたしも喜んだ筈なのに、今は、「嫌だ」と叫んでいる。
カルヴァンが望んでくれたら、わたしは幾らでも応えるのに…!
◇◇
その日の昼過ぎ、一台の馬車が辺境伯邸に入って来た。
馬車から降りたのは、若く美しい令嬢だった。
迎えに出た執事は驚いたが、顔には出さずに型通りの挨拶をした。
「どちら様でしょうか」
「グラディエ子爵の娘、シャルリーヌです、姉を訪ねて来ました」
執事はいよいよ混乱したが、やはり顔には出さずに、玄関近くの応接室へ通した。
◇
「奥様、お客様がお見えです、その…妹様と伺っております」
伝えてきたメイドは困惑していたが、わたしに気にする余裕は無く、気付かなかった。
わたしは「直ぐに行きます」とだけ言い、応接室へ急いだ。
どうして、《シャルリーヌ》がこの家に?
しかも、《妹》と名乗るなんて…まさか、入れ替わりを暴露するつもりで?
血の気が引き、わたしは走るスピードを上げた。
「二人きりにして頂戴」
わたしは扉の前のメイドに言うと、中へ入った。
長ソファの真中で優雅に座っているのは、正に《シャルリーヌ》だった。
ミルクティ色の癖の無い真直ぐな髪、アンニュイな雰囲気を纏う、紅茶のカップを手にしている姿からも品の良さが分かる。
だが、その装いは以前の自分の様に、華やかだった。
「あなた、どうしてここに?」
「あら、ご挨拶ね、お姉様、自分を取り戻しに来たと言えばいいかしら?」
《シャルリーヌ》とは思えない程に、彼女は堂々としており、饒舌だった。
「あなた、本当に《シャルリーヌ》なの?」
「勿論、私が本物の《シャルリーヌ》よ、ただ、お姉様の真似をしていた所為で、少し抜けなくなっちゃったみたい、ふふふ」
わたしが知る《シャルリーヌ》とは違う。
いつも俯いていて、碌に会話も出来ない、臆病で内気な娘、それが《シャルリーヌ》だ。
だけど、本当の《シャルリーヌ》はこんな子だったの?わたしが《シャルリーヌ》を知らないだけ?
「私は《シャルリーヌ》に戻って、トラバース辺境伯夫人になるから、
お姉様は《アマンディーヌ》に戻って、オノレ=ドロン伯爵と結婚してね、式は一月後よ。
お姉様の為に、最高の結婚相手を選んであげたから、感謝してね」
シャルリーヌが口の端をキュっと上げた。
醜悪な笑みに、わたしはまるで以前の自分を見ている気がした。
他人が嫌がる事を分かっていて、弄ぶ…
「シャルリーヌ、ごめんなさい、例えアマンディーヌに戻っても、わたしは出て行かないわ。
わたし、カルヴァンとシリルを愛しているの」
わたしは誠心誠意、真摯に告げたが、シャルリーヌには通じなかった。
「あら、お姉様、お忘れですの?
カルヴァン様が望んだのは《シャルリーヌ》よ、慎ましく上品な令嬢なの、お姉様みたいな性悪な女じゃない」
カルヴァンとシリルは、わたしの過去を知らない。
シャルリーヌはそれをバラすと脅しているの?カルヴァンとシリルは、わたしを軽蔑するかもしれない…
心臓がバクバクとしていた。
「あなたにしてきた事は、本当に悪かったと思っているわ、だけど、ここに居たのはあなたではなく、《わたし》なの!」
「ええ、あなたが奪ったものね、あの時の私がどんなに喜んだか幸せだったか、お姉様に分かって?
あの大英雄の辺境伯に見初められたの!これまでお姉様の陰で誰からも見て貰えなかった私を、彼は見つけてくれた!
ああ、彼こそが運命の人なんだわ!そう思ったのに、お姉様が無理矢理奪い取ったのよ!
だから、私、決めたの、一番良い時に、返して貰おうって。
お姉様がした事を、返すだけよ、自業自得って言うのでしょう?」
「ごめんなさい、あなたの気持ちも考えずに…
他の物は全部あなたに譲るわ!だけど、カルヴァンとシリルは譲れないの!お願いよ、シャルリーヌ…」
コンコン…
扉が叩かれ、わたしはギクリとした。
家令の声で「旦那様です」と告げられ、目の前が真っ暗になった。
「どうぞ、お入り下さい」
答えたのはシャルリーヌだった。
扉は開かれ、カルヴァンが堂々とした歩みで入って来た。
わたしは青くなったが、シャルリーヌは口の端をキュっと上げて、立ち上がった。
「ようこそ、妻の妹と伺いました、挨拶が遅れてすまない」
「ああ!カルヴァン様!お会い出来るのを楽しみにしておりました!
私が本物の《シャルリーヌ》ですの!」
シャルリーヌは優雅にカーテシーをした。
カルヴァンは怪訝そうにシャルリーヌを見ると、わたしを振り返った。
「どういう事か説明して貰えるか、姉妹が同じ名とは聞いていない」
「あら!同名ではありませんわ、私が本物の《シャルリーヌ》です。
私の名を騙り、まんまとあなた様の妻に収まったのは、私の姉《アマンディーヌ》ですの」
「本当か?」とカルヴァンはわたしを見る。
わたしは逡巡しつつも、「はい」と頷くしか無かった。
嘘を吐いた処で、直ぐに真実は露見するだろう、わたしは《シャルリーヌ》ではないのだから…
わたしは立ち上がると、深々と頭を下げた。
「カルヴァン様、わたしはシャルリーヌの姉、アマンディーヌで間違いございません。
《シャルリーヌ》の名を騙っておりました事、申し訳ございませんでした」
「姉は私に辺境伯様から結婚の打診が来た事を酷く妬み、私に成りすます事を思い付いたのです。
私は姉や両親に虐げられていた為、逆らう事は許されませんでした。
ですが、これ以上、あなた様を騙し続ける事は出来ません!私が本物の《シャルリーヌ》です!
あなたがお望みになられた妻です!」
わたしはシャルリーヌの言葉を俯いて聞いた。震える唇を噛み、両手を握りしめて。
「そうか…経緯を知らず、あなたには余計な苦労を掛けてしまったな、シャルリーヌ嬢。
丁度、婚姻の無効を申し出るつもりでいた」
え!?と、わたしはカルヴァンを見た。
そんな話は聞いていない、まさか、本当に、わたしは疎まれていたの?
優しくしてたのは嘘だったの?わたしに気がある振りをしていただけ?どうして?
「まぁ!そうでしたの!やはり、姉には辺境伯夫人など務まりませんでしたでしょう、姉は傲慢で意地悪で怠け者で、遊び暮らすしか能のない女ですから!」
それは以前とはいえ、自分に違いなく、わたしは恥ずかしさで消えたくなった。
例え出て行くとしても、カルヴァンとシリルに軽蔑されたく無かった。そう思うのは、都合が良過ぎるだろうか?
わたしは自分の握った手を見て、彼の返事を待った。
「いや、彼女は十分過ぎる程役に立ってくれているよ」
幻聴かと思った。
まさか、そんな筈ない…
信じられず目を上げると、優しい微笑みと出会い、ドキリとした。
「私を支え、時には叱り、時には助言をくれる、私が知る一番賢い女性だ。
それに、シリルを愛し導く良き母親であり、使用人たちからも信頼されている。
彼女は私が望んだ以上の女性だった、彼女以上に我が辺境伯夫人に相応しい女性はいないと思っている」
カルヴァンは噛みしめる様に言うと、シャルリーヌの方を見た。
「シャルリーヌ嬢は知らないだろうが、私たちの婚姻は契約婚だった、君が来ていても私は同じ提案をした。
夫婦の関係は無い、形式的な辺境伯夫人であり、シリルの母親役、それだけだ。
だが、彼女といる内に、彼女を愛する様になった。
契約婚など破棄し、本当の婚姻を結びたくなったんだ、君と…アマンディーヌ」
カルヴァンに名を呼ばれ、感情がぶわっと高ぶり、わたしは涙していた。
「君が何者でもいい、過去など構わない、ここに来てからの君を好きになったんだ」
嘗て、わたしが言った事を返してくれたのだと分かった。
「カルヴァン!」
「私の名を呼び捨てにする生意気さも好きだ」
もう!!
わたしはカルヴァンの胸に飛び込もうとしたが、シャルリーヌが遮った。
「あなたも同じだったのね!《私》を見初めたんじゃない!誰でも良かったのね!
許さない___!!」
シャルリーヌが宝石箱を取り出し、その蓋を開けた。
中から黒い靄が噴き出し、カルヴァンを襲う。
「止めて___!!」
わたしの絶叫と、扉が開くのが同時だった。
駆け込んで来たシリルから、更に強大な黒い靄が上がり、カルヴァンに向かって行く。
「カルヴァン!!」
黒い靄でカルヴァンの姿が見えなくなる。
カルヴァンを助けなければ___わたしの頭に浮かんだのは、《聖なる石》だった。
《聖なる石》はもしもの時の為に、シリルの傍に置く事にしていた、つまり、シリルに付き添っている者が持っている…
「旦那様!」
家令が異変を察して駆け込んで来た。わたしは彼の持つ木箱に気付き、それを奪った。
蓋を開け、わたしは黒い靄の塊に向かい、突進した。
「《聖なる石》よ!カルヴァンを助けて!!」
わたしの叫びに呼応するかの様に、黒い靄がみるみる《聖なる石》へと吸い込まれて行く。
そうよ!全部吸い込んじゃって___!!
幾らもしない内に、黒い靄は消えていた。
「ガチャン」と音がしてシャルリーヌの持つ宝石箱が落ち、後を追う様に彼女の体が床に崩れ落ちた。
シリルはぼんやりと立ち尽くしている。
カルヴァンは不思議そうに周囲を眺め、自分の体を確かめていた。
ラピスラズリの原石は今や半分以上黒くなり、石の中で奇妙に蠢いていた。
わたしは震える手で蓋を閉め、鍵を掛け、お札と一緒に紐でグルグル巻きにした。
取り敢えず、これで、大丈夫…よね?
わたしはそれをテーブルに置き、シリルの元へ向かった。膝を着いて怪我をしていないか確かめる…
「シリル、大丈夫?怪我はしていない?」
「うん、お父様を助けなきゃって、そしたら、僕の体から黒いものが出て行って…」
そこで意識は無くなった様だ。
「シリル、あなたの左目…色が変わっているわ!」
赤色だった瞳が…その奥に黒いものを宿していた瞳が…
今は綺麗な碧色を見せていた。
「僕の目?」
「ええ、あなたの瞳、お父様と同じで、綺麗な碧色よ…」
シリルは目を大きく見開いた。
「お父様といっしょ!?本当!?
お父様!僕の目、お父様と一緒ですか!?」
シリルがカルヴァンの足元に抱き着き、見上げる。
カルヴァンはじっと見下ろすと、「ああ、同じ碧色だ」と微笑み返し、抱きしめた。
725
あなたにおすすめの小説
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
【完結】『推しの騎士団長様が婚約破棄されたそうなので、私が拾ってみた。』
ぽんぽこ@3/28新作発売!!
恋愛
【完結まで執筆済み】筋肉が語る男、冷徹と噂される騎士団長レオン・バルクハルト。
――そんな彼が、ある日突然、婚約破棄されたという噂が城下に広まった。
「……えっ、それってめっちゃ美味しい展開じゃない!?」
破天荒で豪快な令嬢、ミレイア・グランシェリは思った。
重度の“筋肉フェチ”で料理上手、○○なのに自由すぎる彼女が取った行動は──まさかの自ら押しかけ!?
騎士団で巻き起こる爆笑と騒動、そして、不器用なふたりの距離は少しずつ近づいていく。
これは、筋肉を愛し、胃袋を掴み、心まで溶かす姉御ヒロインが、
推しの騎士団長を全力で幸せにするまでの、ときめきと笑いと“ざまぁ”の物語。
婚約破棄されて去ったら、私がいなくても世界は回り始めました
鷹 綾
恋愛
「君との婚約は破棄する。聖女フロンこそが、真に王国を導く存在だ」
王太子アントナン・ドームにそう告げられ、
公爵令嬢エミー・マイセンは、王都を去った。
彼女が担ってきたのは、判断、調整、責任――
国が回るために必要なすべて。
だが、それは「有能」ではなく、「依存」だった。
隣国へ渡ったエミーは、
一人で背負わない仕組みを選び、
名前が残らない判断の在り方を築いていく。
一方、彼女を失った王都は混乱し、
やがて気づく――
必要だったのは彼女ではなく、
彼女が手放そうとしていた“仕組み”だったのだと。
偽聖女フロンの化けの皮が剥がれ、
王太子アントナンは、
「決めた後に立ち続ける重さ」と向き合い始める。
だが、もうエミーは戻らない。
これは、
捨てられた令嬢が復讐する物語ではない。
溺愛で救われる物語でもない。
「いなくても回る世界」を完成させた女性と、
彼女を必要としなくなった国の、
静かで誇り高い別れの物語。
英雄が消えても、世界は続いていく――
アルファポリス女子読者向け
〈静かな婚約破棄ざまぁ〉×〈大人の再生譚〉。
料理スキルしか取り柄がない令嬢ですが、冷徹騎士団長の胃袋を掴んだら国一番の寵姫になってしまいました
さら
恋愛
婚約破棄された伯爵令嬢クラリッサ。
裁縫も舞踏も楽器も壊滅的、唯一の取り柄は――料理だけ。
「貴族の娘が台所仕事など恥だ」と笑われ、家からも見放され、辺境の冷徹騎士団長のもとへ“料理番”として嫁入りすることに。
恐れられる団長レオンハルトは無表情で冷徹。けれど、彼の皿はいつも空っぽで……?
温かいシチューで兵の心を癒し、香草の香りで団長の孤独を溶かす。気づけば彼の灰色の瞳は、わたしだけを見つめていた。
――料理しかできないはずの私が、いつの間にか「国一番の寵姫」と呼ばれている!?
胃袋から始まるシンデレラストーリー、ここに開幕!
【完結】氷の王太子に嫁いだら、毎晩甘やかされすぎて困っています
22時完結
恋愛
王国一の冷血漢と噂される王太子レオナード殿下。
誰に対しても冷たく、感情を見せることがないことから、「氷の王太子」と恐れられている。
そんな彼との政略結婚が決まったのは、公爵家の地味な令嬢リリア。
(殿下は私に興味なんてないはず……)
結婚前はそう思っていたのに――
「リリア、寒くないか?」
「……え?」
「もっとこっちに寄れ。俺の腕の中なら、温かいだろう?」
冷酷なはずの殿下が、新婚初夜から優しすぎる!?
それどころか、毎晩のように甘やかされ、気づけば離してもらえなくなっていた。
「お前の笑顔は俺だけのものだ。他の男に見せるな」
「こんなに可愛いお前を、冷たく扱うわけがないだろう?」
(ちょ、待ってください! 殿下、本当に氷のように冷たい人なんですよね!?)
結婚してみたら、噂とは真逆で、私にだけ甘すぎる旦那様だったようです――!?
【完結】モブ令嬢としてひっそり生きたいのに、腹黒公爵に気に入られました
22時完結
恋愛
貴族の家に生まれたものの、特別な才能もなく、家の中でも空気のような存在だったセシリア。
華やかな社交界には興味もないし、政略結婚の道具にされるのも嫌。だからこそ、目立たず、慎ましく生きるのが一番——。
そう思っていたのに、なぜか冷酷無比と名高いディートハルト公爵に目をつけられてしまった!?
「……なぜ私なんですか?」
「君は実に興味深い。そんなふうにおとなしくしていると、余計に手を伸ばしたくなる」
ーーそんなこと言われても困ります!
目立たずモブとして生きたいのに、公爵様はなぜか私を執拗に追いかけてくる。
しかも、いつの間にか甘やかされ、独占欲丸出しで迫られる日々……!?
「君は俺のものだ。他の誰にも渡すつもりはない」
逃げても逃げても追いかけてくる腹黒公爵様から、私は無事にモブ人生を送れるのでしょうか……!?
「白い結婚最高!」と喜んでいたのに、花の香りを纏った美形旦那様がなぜか私を溺愛してくる【完結】
清澄 セイ
恋愛
フィリア・マグシフォンは子爵令嬢らしからぬのんびりやの自由人。自然の中でぐうたらすることと、美味しいものを食べることが大好きな恋を知らないお子様。
そんな彼女も18歳となり、強烈な母親に婚約相手を選べと毎日のようにせっつかれるが、選び方など分からない。
「どちらにしようかな、天の神様の言う通り。はい、決めた!」
こんな具合に決めた相手が、なんと偶然にもフィリアより先に結婚の申し込みをしてきたのだ。相手は王都から遠く離れた場所に膨大な領地を有する辺境伯の一人息子で、顔を合わせる前からフィリアに「これは白い結婚だ」と失礼な手紙を送りつけてくる癖者。
けれど、彼女にとってはこの上ない条件の相手だった。
「白い結婚?王都から離れた田舎?全部全部、最高だわ!」
夫となるオズベルトにはある秘密があり、それゆえ女性不信で態度も酷い。しかも彼は「結婚相手はサイコロで適当に決めただけ」と、面と向かってフィリアに言い放つが。
「まぁ、偶然!私も、そんな感じで選びました!」
彼女には、まったく通用しなかった。
「なぁ、フィリア。僕は君をもっと知りたいと……」
「好きなお肉の種類ですか?やっぱり牛でしょうか!」
「い、いや。そうではなく……」
呆気なくフィリアに初恋(?)をしてしまった拗らせ男は、鈍感な妻に不器用ながらも愛を伝えるが、彼女はそんなことは夢にも思わず。
──旦那様が真実の愛を見つけたらさくっと離婚すればいい。それまでは田舎ライフをエンジョイするのよ!
と、呑気に蟻の巣をつついて暮らしているのだった。
※他サイトにも掲載中。
【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~
降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる