【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!

白雨 音

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唇が離れても、熱い息を感じ、再び触れたくなる。
碧色の瞳は熱を孕んでいる、わたしと同じ気持ちよね?強請る様に唇を寄せたが、

「おやすみ」

彼はわたしの額に唇を落とし、部屋を出て行ってしまった。
額へのキス…まるで、シリルにするみたいに…

「子供じゃないわよ!」

十五歳の年の差はあるが、そんなもの、いつの間にか全然感じなくなっていた。
彼もわたしを求めてくれていると思ったのに…

「でも、今日は謝らなかったわ」

そんな小さな光が、わたしの胸を照らした。


◇◇


翌日、わたしたちはシリルに《聖なる石》を持たせてみた。
残念ながら、何の作用も見られず、シリルには不思議そうにされたが、「これはね、ラピスラズリという宝石の原石で…」と石の説明をして誤魔化した。

シリルの目に巣食う《魔気》をどうやって《聖なる石》へ移すかは、カルヴァンに探して貰い、わたしは挿絵にあるお札の様な物を作る事にした。
挿絵には石を箱に入れるとあるので、箱も必要だ。因みに、挿絵の石も原石風だ。
それにしても用意した石が大きく、嵩張ってしまうのは困りものだ。
「大は小を兼ねる…わよね?」大きさで諸々カバー出来る事を期待しよう。

黒い染料を使い、模様を描き、広げて乾かす…
流石にこれはシリルに見られてはいけないので、シリルの勉強、訓練の時間に自分の部屋で作業した。
そうして、夜には書斎へ行き、カルヴァンと情報交換をした。

「凄いな、そっくりだ」
「えへへ、こういうの得意なの」昔(前世)取った杵柄??
「箱はどういったものが良いだろう?挿絵では普通の木箱に見えるが…」
「木箱で良いんじゃないかしら?」
「封印となれば、頑丈な物が良いだろう?」

あれ程《呪術》を嫌っていた人が、わたしより詳しくなっているなんて!
カルヴァンには素質があるんじゃないかしら?本人はきっと、顔を顰めるでしょうけど!
そんな事を想像して含み笑いをしていると、「何か悪さを考えているな?」と頬を引っ張られた。

「もう!伸びちゃうでしょう!」
「ははは!」

最近、こんなやり取りが多くなった。
子供扱いしたいのかしら?それで、わたしとの事をうやむやにするつもり?
だけど、突っ込んでは聞けない、《契約婚》を盾に取られたら、わたしは何も言えなくなるもの…

元より、《愛》は含まれない。
わたしも喜んだ筈なのに、今は、「嫌だ」と叫んでいる。

カルヴァンが望んでくれたら、わたしは幾らでも応えるのに…!


◇◇


その日の昼過ぎ、一台の馬車が辺境伯邸に入って来た。
馬車から降りたのは、若く美しい令嬢だった。
迎えに出た執事は驚いたが、顔には出さずに型通りの挨拶をした。

「どちら様でしょうか」
「グラディエ子爵の娘、シャルリーヌです、姉を訪ねて来ました」

執事はいよいよ混乱したが、やはり顔には出さずに、玄関近くの応接室へ通した。



「奥様、お客様がお見えです、その…妹様と伺っております」

伝えてきたメイドは困惑していたが、わたしに気にする余裕は無く、気付かなかった。
わたしは「直ぐに行きます」とだけ言い、応接室へ急いだ。

どうして、《シャルリーヌ》がこの家に?
しかも、《妹》と名乗るなんて…まさか、入れ替わりを暴露するつもりで?
血の気が引き、わたしは走るスピードを上げた。

「二人きりにして頂戴」

わたしは扉の前のメイドに言うと、中へ入った。
長ソファの真中で優雅に座っているのは、正に《シャルリーヌ》だった。
ミルクティ色の癖の無い真直ぐな髪、アンニュイな雰囲気を纏う、紅茶のカップを手にしている姿からも品の良さが分かる。
だが、その装いは以前の自分の様に、華やかだった。

「あなた、どうしてここに?」

「あら、ご挨拶ね、お姉様、自分を取り戻しに来たと言えばいいかしら?」

《シャルリーヌ》とは思えない程に、彼女は堂々としており、饒舌だった。

「あなた、本当に《シャルリーヌ》なの?」
「勿論、私が本物の《シャルリーヌ》よ、ただ、お姉様の真似をしていた所為で、少し抜けなくなっちゃったみたい、ふふふ」

わたしが知る《シャルリーヌ》とは違う。
いつも俯いていて、碌に会話も出来ない、臆病で内気な娘、それが《シャルリーヌ》だ。
だけど、本当の《シャルリーヌ》はこんな子だったの?わたしが《シャルリーヌ》を知らないだけ?

「私は《シャルリーヌ》に戻って、トラバース辺境伯夫人になるから、
お姉様は《アマンディーヌ》に戻って、オノレ=ドロン伯爵と結婚してね、式は一月後よ。
お姉様の為に、最高の結婚相手を選んであげたから、感謝してね」

シャルリーヌが口の端をキュっと上げた。
醜悪な笑みに、わたしはまるで以前の自分を見ている気がした。
他人が嫌がる事を分かっていて、弄ぶ…

「シャルリーヌ、ごめんなさい、例えアマンディーヌに戻っても、わたしは出て行かないわ。
わたし、カルヴァンとシリルを愛しているの」

わたしは誠心誠意、真摯に告げたが、シャルリーヌには通じなかった。

「あら、お姉様、お忘れですの?
カルヴァン様が望んだのは《シャルリーヌ》よ、慎ましく上品な令嬢なの、お姉様みたいな性悪な女じゃない」

カルヴァンとシリルは、わたしの過去を知らない。
シャルリーヌはそれをバラすと脅しているの?カルヴァンとシリルは、わたしを軽蔑するかもしれない…
心臓がバクバクとしていた。

「あなたにしてきた事は、本当に悪かったと思っているわ、だけど、ここに居たのはあなたではなく、《わたし》なの!」

「ええ、あなたが奪ったものね、あの時の私がどんなに喜んだか幸せだったか、お姉様に分かって?
あの大英雄の辺境伯に見初められたの!これまでお姉様の陰で誰からも見て貰えなかった私を、彼は見つけてくれた!
ああ、彼こそが運命の人なんだわ!そう思ったのに、お姉様が無理矢理奪い取ったのよ!
だから、私、決めたの、一番良い時に、返して貰おうって。
お姉様がした事を、返すだけよ、自業自得って言うのでしょう?」

「ごめんなさい、あなたの気持ちも考えずに…
他の物は全部あなたに譲るわ!だけど、カルヴァンとシリルは譲れないの!お願いよ、シャルリーヌ…」

コンコン…
扉が叩かれ、わたしはギクリとした。
家令の声で「旦那様です」と告げられ、目の前が真っ暗になった。

「どうぞ、お入り下さい」

答えたのはシャルリーヌだった。
扉は開かれ、カルヴァンが堂々とした歩みで入って来た。
わたしは青くなったが、シャルリーヌは口の端をキュっと上げて、立ち上がった。

「ようこそ、妻の妹と伺いました、挨拶が遅れてすまない」

「ああ!カルヴァン様!お会い出来るのを楽しみにしておりました!
私が本物の《シャルリーヌ》ですの!」

シャルリーヌは優雅にカーテシーをした。
カルヴァンは怪訝そうにシャルリーヌを見ると、わたしを振り返った。

「どういう事か説明して貰えるか、姉妹が同じ名とは聞いていない」

「あら!同名ではありませんわ、私が本物の《シャルリーヌ》です。
私の名を騙り、まんまとあなた様の妻に収まったのは、私の姉《アマンディーヌ》ですの」

「本当か?」とカルヴァンはわたしを見る。
わたしは逡巡しつつも、「はい」と頷くしか無かった。
嘘を吐いた処で、直ぐに真実は露見するだろう、わたしは《シャルリーヌ》ではないのだから…
わたしは立ち上がると、深々と頭を下げた。

「カルヴァン様、わたしはシャルリーヌの姉、アマンディーヌで間違いございません。
《シャルリーヌ》の名を騙っておりました事、申し訳ございませんでした」

「姉は私に辺境伯様から結婚の打診が来た事を酷く妬み、私に成りすます事を思い付いたのです。
私は姉や両親に虐げられていた為、逆らう事は許されませんでした。
ですが、これ以上、あなた様を騙し続ける事は出来ません!私が本物の《シャルリーヌ》です!
あなたがお望みになられた妻です!」

わたしはシャルリーヌの言葉を俯いて聞いた。震える唇を噛み、両手を握りしめて。

「そうか…経緯を知らず、あなたには余計な苦労を掛けてしまったな、シャルリーヌ嬢。
丁度、婚姻の無効を申し出るつもりでいた」

え!?と、わたしはカルヴァンを見た。
そんな話は聞いていない、まさか、本当に、わたしは疎まれていたの?
優しくしてたのは嘘だったの?わたしに気がある振りをしていただけ?どうして?

「まぁ!そうでしたの!やはり、姉には辺境伯夫人など務まりませんでしたでしょう、姉は傲慢で意地悪で怠け者で、遊び暮らすしか能のない女ですから!」

それは以前とはいえ、自分に違いなく、わたしは恥ずかしさで消えたくなった。
例え出て行くとしても、カルヴァンとシリルに軽蔑されたく無かった。そう思うのは、都合が良過ぎるだろうか?
わたしは自分の握った手を見て、彼の返事を待った。

「いや、彼女は十分過ぎる程役に立ってくれているよ」

幻聴かと思った。
まさか、そんな筈ない…
信じられず目を上げると、優しい微笑みと出会い、ドキリとした。

「私を支え、時には叱り、時には助言をくれる、私が知る一番賢い女性だ。
それに、シリルを愛し導く良き母親であり、使用人たちからも信頼されている。
彼女は私が望んだ以上の女性だった、彼女以上に我が辺境伯夫人に相応しい女性はいないと思っている」

カルヴァンは噛みしめる様に言うと、シャルリーヌの方を見た。

「シャルリーヌ嬢は知らないだろうが、私たちの婚姻は契約婚だった、君が来ていても私は同じ提案をした。
夫婦の関係は無い、形式的な辺境伯夫人であり、シリルの母親役、それだけだ。
だが、彼女といる内に、彼女を愛する様になった。
契約婚など破棄し、本当の婚姻を結びたくなったんだ、君と…アマンディーヌ」

カルヴァンに名を呼ばれ、感情がぶわっと高ぶり、わたしは涙していた。

「君が何者でもいい、過去など構わない、ここに来てからの君を好きになったんだ」

嘗て、わたしが言った事を返してくれたのだと分かった。

「カルヴァン!」
「私の名を呼び捨てにする生意気さも好きだ」

もう!!
わたしはカルヴァンの胸に飛び込もうとしたが、シャルリーヌが遮った。

「あなたも同じだったのね!《私》を見初めたんじゃない!誰でも良かったのね!
許さない___!!」

シャルリーヌが宝石箱を取り出し、その蓋を開けた。
中から黒い靄が噴き出し、カルヴァンを襲う。

「止めて___!!」

わたしの絶叫と、扉が開くのが同時だった。
駆け込んで来たシリルから、更に強大な黒い靄が上がり、カルヴァンに向かって行く。

「カルヴァン!!」

黒い靄でカルヴァンの姿が見えなくなる。
カルヴァンを助けなければ___わたしの頭に浮かんだのは、《聖なる石》だった。
《聖なる石》はもしもの時の為に、シリルの傍に置く事にしていた、つまり、シリルに付き添っている者が持っている…

「旦那様!」

家令が異変を察して駆け込んで来た。わたしは彼の持つ木箱に気付き、それを奪った。
蓋を開け、わたしは黒い靄の塊に向かい、突進した。

「《聖なる石》よ!カルヴァンを助けて!!」

わたしの叫びに呼応するかの様に、黒い靄がみるみる《聖なる石》へと吸い込まれて行く。

そうよ!全部吸い込んじゃって___!!


幾らもしない内に、黒い靄は消えていた。
「ガチャン」と音がしてシャルリーヌの持つ宝石箱が落ち、後を追う様に彼女の体が床に崩れ落ちた。
シリルはぼんやりと立ち尽くしている。
カルヴァンは不思議そうに周囲を眺め、自分の体を確かめていた。

ラピスラズリの原石は今や半分以上黒くなり、石の中で奇妙に蠢いていた。
わたしは震える手で蓋を閉め、鍵を掛け、お札と一緒に紐でグルグル巻きにした。
取り敢えず、これで、大丈夫…よね?
わたしはそれをテーブルに置き、シリルの元へ向かった。膝を着いて怪我をしていないか確かめる…

「シリル、大丈夫?怪我はしていない?」
「うん、お父様を助けなきゃって、そしたら、僕の体から黒いものが出て行って…」

そこで意識は無くなった様だ。

「シリル、あなたの左目…色が変わっているわ!」

赤色だった瞳が…その奥に黒いものを宿していた瞳が…
今は綺麗な碧色を見せていた。

「僕の目?」
「ええ、あなたの瞳、お父様と同じで、綺麗な碧色よ…」

シリルは目を大きく見開いた。

「お父様といっしょ!?本当!?
お父様!僕の目、お父様と一緒ですか!?」

シリルがカルヴァンの足元に抱き着き、見上げる。
カルヴァンはじっと見下ろすと、「ああ、同じ碧色だ」と微笑み返し、抱きしめた。

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