【完結】灰かぶりの花嫁は、塔の中

白雨 音

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「僕が好んで食べるのは、そうですね…例えば、目玉焼きとベーコン」
「それでしたら、出来ますわ」
「パンケーキはいかがですか?」
「はい、出来ます」
「ほら、これで、お義母さんの作った朝食が食べられます」

ランメルトが悪戯っぽい笑みを見せるので、わたしの緊張も解けた。

「次は、昼食ですね…サンドイッチはいかがですか?」
「ローストビーフは難しいですわ」
「それは調理場から盗って来ましょう、卵、トマト、ジャム…」
「それなら、出来ますわ」
「スコーン」
「はい、出来ます」
「それでは、今度、ピクニックに行きましょう」

ランメルトがサラリと言い、わたしは「え?」と聞き返していた。

「気候も良いですし、ボヌールを連れて行くと喜びますよ」

それは、正に、先程想像していた事で、その提案にわたしは強く惹かれた。
だが、アラード卿の顔が頭を過り、わたしは『それ』を思い出した。
わたしは人質だ、アラード卿の許しも無く、塔から出来る事は出来無い___

「それは…出来ませんわ…アラード卿はお許しにならないでしょう…」

「父はあなたを大切にしているんですね…」

ランメルトが静かに呟く。
だが、それは誤解だ。
否定も肯定も出来ず、俯いていると、ランメルトが明るい声で言った。

「大丈夫ですよ、僕が連れ出したのだと言えば、父も怒る事はありません」

ランメルトは自信がある様だが、わたしにはとてもそうは思えなかった。
アラード卿は、粗野で短気そうだった。
それとも、あの厳つい大男は、息子には甘いのだろうか?

「そうでしょうか…」

「はい、父は僕に借りがあるんです」

借り?

「父は母を死に追い遣った人ですから。
それ以来、父は僕の顔をまともに見る事が出来ないんです」

そんな…!

「あんな人ですけど、一応、そういう感情はある様です…」

ランメルトが薄く笑みを見せる。
だが、その深い青色の目は、悲しい色をしていた。

「お父様を、許せないのですか?」

「許せませんね、恐らく一生、許す事はありません」

ランメルトは目を逸らし、抑揚の無い口調で、だが、はっきりと告げた。

「あの人が僕を見て、母を思い出せば、母も喜ぶでしょう。
母にとって、一番はあの人でしたから、
あの人に忘れられる事は、きっと一番辛いでしょう___」

母親の為に、父親を許さないでいるのだろうか?
そんな風に聞こえた。

「でも、それでは…あなたは、父親まで失ってしまいますわ…」

母親を亡くしてから、十三年…
彼はその間、母親を亡くしただけでなく、父親までいなかったのだ。
辛い時に、支え合えないなんて…

わたしは、母が家を出た時、父に慰めを求めた。
それは、ただの一度も叶えられなかったが…

ランメルトの父親は、わたしの父とは違い、少なくとも彼を愛している。
そうでなければ、どうして、息子の顔を見る事が出来無いというのか…
それなのに、ランメルトは、母親の為に、父親を受け入れないのだ…

寂しくない筈は無いのに…
辛くない筈は無いのに…

「父は、元々忙しい人でしたから、それ程苦ではありません」

ランメルトはふっと笑い、肩を竦めた。

「母が亡くなって以降、『お互い干渉しない』、
そんなルールが、僕たちの間にはあるんです」

ランメルトは平然と、普通の事の様に言うが、わたしにはそれが正しいとは思え無かった。
彼らの事を知らない者が、それを判断してはいけないだろうが…

こんなの、悲し過ぎるわ…

わたしは頭を振っていた。

「…何故、あなたが泣くんですか?」

声と共に、その手で頬を拭われた。
わたしはその手を掴み、また涙を零した。

ボヌールが「クゥーン…」と鳴きながら、わたしの足元にすり寄って来て、
わたしは我に返った。
慌てて、ランメルトの大きな手を放した。

「すみません!」

ボヌールを抱き上げ、顔を隠した。

「いえ、今日はこの辺で失礼します…」

ランメルトは席を立つと、部屋を出て行った。
それは、来た時とは全く違い、素っ気無い所作だった。

「怒らせてしまったかしら…」

少し前まで、あれ程胸が高鳴り、幸せな気持ちでいたのに…
自分の失態で、すっかり消えてしまった。
溜息が洩れる。
ボヌールが慰めるように顔を舐めてきて、わたしは「ありがとう」と、小さな頭を撫でた。

他人の家庭に、踏み込むような真似は、してはいけない。
だが、彼らの事を思うと、悲しく、胸が苦しくなるのだ。
そこに、愛はあるのに…


◇◇


わたしは、ランメルトを怒らせてしまったのでは…と、不安でいた。
だが、わたしから彼に連絡を取る事は出来無い。
そして、ランメルトは、平日は仕事なので、会えないと分かっている。
週末を待つしかない___

わたしはなるべく考えない様にし、
ランメルトから貸して貰った、犬についての本を読み始めた。

わたしは13歳頃までは家庭教師も付き、勉強を習っていたが、
将来の役には立たないと、辞めさせられた。
その後は、家の小間使いの様な仕事をさせられていたので、本を読む余裕など無かった。
そんな事もあり、本を開いてみたものの、知らない言葉が多く、
意味が分からない箇所が多かった。

「難しいわ…犬種によっても、違うみたい…ボヌールは何犬なのかしら?」
「クゥン?」
「分からないわよね」

分からない箇所をメモ書きにしたいが、わたしは、ペンも紙も持っていなかった。
本を開いて唸っていると、ボヌールが『遊ぼう』と催促して来て、わたしは本を閉じた。

「そうね、気分転換しましょう!」





水曜日になり、小包が届けられた。

食事を運んで来た時に、ついでに包みを渡された。
誰からとも言われず、メイド自身も知らない様だったが、
包みを開け、中を見て、わたしは送り主が誰か、直ぐに分かった。
それは、三冊の料理のレシピ本で、《家庭料理》、《菓子》、そして《犬の餌》だ。

「ランメルトからだわ!きっと、仲直りの品ね!」

わたしは、それを抱きしめた。
わたしの喜びが伝わったのか、ボヌールが興奮し、
「キャンキャン」と鳴きながら、わたしの周りを駆け回った。

わたしは夢中で、料理本を読んだ。


金曜日には、白いフリルの付いたエプロン、そして食材が届けられた。
小麦粉に、卵、野菜、バターにジャム…

「ピクニックに行くつもりかしら?」

これだけ用意されては、断る事は出来ない。
それに、断って、また気まずくなりたくなかった…いや、何より、断りたくなかった。

わたしはメイドに、「明日の昼食は自分で作るので必要無い」と伝えた。
メイドは驚きながらも、「畏まりました」とだけ言い、部屋を出て行った。
勿論、外ではしっかり噂されていた。

「自分で食事を作る、ですって!」
「伯爵令嬢が料理なんて出来る?」
「まぁ、一食抜いた所で、死にはしないわよ」
「火事にならなきゃいいけど!」





土曜日、わたしは贈られた白いエプロンを身に着け、朝からピクニックの準備を始めた。
小さな竈でスコーンを焼きながら、パンを薄切りにし、卵のフィリングや
薄切りにしたハム、トマトを挟んだ。
それを入れるバスケットは持っていないので、取り敢えずは皿の上に並べ、
布巾を被せておいた。ボヌールの餌も別に包んでおく。
水筒の様な物があれば、紅茶も用意出来たが、当然ながら、わたしは持っていない。

「わたしは、何も持っていないわね…」

今まで、これ程、物が足りないと思った事は無かった。
ここにある全ての物が、ランメルトから贈られた物だ。
ランメルトは必要な物を良く分かっている…
わたしはボヌールを抱き上げた。

「その、最たるものはあなたよ、ボヌール!」

ボヌールはうれしそうに、わたしの顔を舐めた。

「今日、ピクニックに行けるといいわね」

窓から外を見る。
良く晴れていて、気持ちが良さそうだ。

「もし、ランメルトが来なかったら、二人で窓辺で食事をしましょうね」

ボヌールと自分に言い聞かせ、わたしはボヌールを床に下ろした。
ピクニック用に、着替えなければいけない。
何を着ようかと考えながら、白いエプロンを外し、わたしは階段へ向かった。


オリーブグリーンのワンピースに着替え、茶色いブーツを履き、
自分の姿を鏡に映してみた。
出来栄えは自分では測れず、ボヌールに聞く。

「ボヌール、どうかしら?」
「キャンキャン!」

ボヌールはうれしそうに吠えていたので、良しとした。
わたしはボヌールを抱き上げる。

「あなたにもお洒落をしてあげたいけど…ごめんなさいね」

わたしには何も無い。
残念に思うわたしを慰めようと、ボヌールはわたしの顔を舐めた。


調度、わたしたちが階下に降りた時、コンコンと扉が叩かれた。
わたしは「どうぞ!」と声を掛け、戸口へ急いだ。
扉が開き、そこに期待した通りの姿があり、わたしの胸は高鳴った。

「ランメルト!ああ、良かった、来て下さって!」

わたしはうれしさのあまり、いつもは決して言わない様な事を、
想いのままに、口にしていた。

「待っていて下さったんですか?お義母さん、うれしいですね」

ランメルトが微笑み、わたしを軽く抱擁した。
わたしもその体にそっと腕を回した。
最初の時は緊張したが、少しだけ触れた頬と体が、今日はうれしいと感じる。

「わたし、この間は出過ぎた事を言ってしまって…
あなたが気を悪くしたんじゃないかと…申し訳ありませんでした」

「いえ、あなたに気を悪くした訳ではありません。
あなたは心配して下さったのでしょう、うれしかった…
ただ…これは、僕の問題で…
僕の方こそ、感じ悪くしてしまってすみませんでした」

蟠りが解けた気がし、わたしは安堵した。

「いいえ!あなたが謝る事など、何もありませんわ…」

ランメルトが訪ねて来てくれて良かった…
もう、二度と来てくれないかと思うと怖かったのだ。
それを考えないようにするのが、どれだけ大変だったか…

わたしは彼の顔をみつめ、何度も頷いた。


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