【完結】灰かぶりの花嫁は、塔の中

白雨 音

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黒い子犬は、ボヌール《幸せ》と名付けた。
わたしを幸せにしてくれる犬だ、そして、彼自身も、幸せであって欲しい___

ボヌールは、生後半年近く経っている小型犬で、
成長しても、あまり大きくならないと言っていた。
ランメルトはボヌール用に、籠のベッドや餌等を用意してくれていた。
犬には食べさせてはいけない物もあるらしく、リストをくれた。
犬を育てるなど、初めての事で、知らない事も多く、段々と不安になってきた。

「ちゃんと育てられるでしょうか、もし、死なせる様な事になったら…」

「それでは、本を差し上げましょう、大丈夫ですよ、
何かあればベルを鳴らして下さい、使用人にも伝えておきます___」

使用人に知られたら、アラード卿にも知られるのではないか…
それも心配の種だったが、ランメルトの言葉通りであれば、
あまり気付かない人の様なので、それを祈るしかない。

「明日の午後、様子を見に参ります、その時にでも本をお持ちしましょう」

ランメルトはこの館に住んでいるが、勤めは王都だった。
馬で通っているが、王都までは馬を飛ばしても三時間近く掛かる。
その為、ランメルトは早朝に館を出、帰って来るのは夜が更けてからだ。
遅くなる場合には、館には戻らず、王都で泊まる。
休みは週末の二日間…その貴重な時間を使い、訪問してくれたのだ。

「ありがとうございます、ランメルト…こんなに良くして下さって…」

わたしには、それを受ける権利など無いというのに…
罪悪感から、つい、申し訳無いと顔に出してしまうわたしに、
何も知らないランメルトは、邪気の無い笑顔を向けた。

「今日は、あなたの喜ぶ顔が見られて、僕も大変満足しました。
明日、またお会いしましょう、お義母さん」

ランメルトが去った部屋は、酷く静かに思えた。
まるで、光が消えてしまったかの様だ。
寂しさから、扉を眺めていると、ボヌールが駆けて来て、わたしの足元をくるくると周った。

「キャンキャン!」

高い声で吠える。
まるで、わたしの気持ちが分かるみたいだ。
わたしはボヌールを抱き上げた。

「慰めてくれるのね、ありがとう、ボヌール…きゃ!」

ぺろぺろと顔を舐められ、わたしは笑い出していた。





部屋だけでなく、わたし自身の変わり様に、メイドたちは勿論気付いていた。
その上、犬まで飼い始めたのだ。

鍵を開け、扉を開けて入って来たメイドに、ボヌールは駆けて行き、
「キャンキャン」と吠えた。

「やだ!何で犬がいるのよ!?もう!止めなさいよ!煩いわね!」

メイドは怒ったが、ボヌールは頻りに吠えている。
わたしは慌ててボヌールを抱き上げた。

「すみません、お仕事の邪魔をしてしまって…」
「奥様の犬ですか…邪魔をされては困ります」
「はい、気を付けます…」

不機嫌な顔のメイドに向かい、ボヌールはまた吠えた。
ランメルトは【番犬】と言っていたので、その役目を果たしているのだろう。

「ボヌール、吠えなくていいのよ、食事を持って来てくれたのだから…」

メイドが「失礼します!」と出て行き、わたしはボヌールを下ろした。
例によって、メイドたちの会話が耳に届く。

「今日は犬がいたわ!煩くて汚らしい犬!」
「毎日、どうなってるんだろうね!」
「旦那様は、若い妻を気に入ったんでしょうよ!」
「あの人、ちゃんとすれば、それなりに見れるわね、驚いたわ…」
「そりゃ、伯爵令嬢だもの、元はいいのよ、痩せ過ぎだけど!」
「でも、あの旦那様が、閉じ込めておく位だもの…」
「ああ!本当に、夜な夜なナニをしてるのかしら!気になるわ!!」
「止めておきなさいよ、旦那様を怒らせると怖いわよ!」

メイドたちは、ランメルトが訪ねて来た事や、贈り物をしてくれていた事は知らない様だ。
メイドたちは、食事を運んで来る以外、ここには近付かないからだろう。
わたしは、ほっと息を吐き、ボヌールの餌を用意した。


夜はベッドの側に、ボヌールのベッドである籠を置いた。
ボヌールは柔らかいクッションの入った籠を気に入っていて、丸くなり眠った。
可愛らしい姿に、見ているだけで癒される。

「おやすみなさい、ボヌール」

ベッドに入り、上掛けを引き上げ、わたしはその事に気付いた。
おやすみなさい、なんて言ったのは、いつぶりだろうか…

その夜はゆっくり眠る事が出来た。
知らない者が入ってくれば、この小さな番犬が知らせてくれるだろうと思えたのだ。
それに、明日の午後、またランメルトが訪ねて来てくれる。
彼に会えると思うと、明日を迎えるのが楽しみになった。
贈り物が届くという7日間よりも、余程…





昼食を終え、わたしはお茶の準備をした。
ランメルトが来たら、直ぐに出せる様に。

ボヌールはわたしに纏わり付き、わたしが行く所には何処にでも付いて来た。
本当に可愛い犬だ。

「さぁ、用意が出来たわ」

今日は、ランメルトに贈られたワンピースを身に着けている。
化粧も少し、してみた。
レディーズメイドから教わった様にはやってみたものの、自分で化粧を
するのは初めてで、出来栄えに関しては、わたしには分からなかった。

メイドたちも、夫人に見合う恰好をしていた方が、安心出来る様で、
怪しむような目で見られる事は無くなった。
きっと、最初のわたしは、浮浪者の様に見えたのだろう。

改めて見てみると、わたしが家から持たされて来たワンピースや靴は、
質素で色褪せ、滲みもあり、くたびれていた。
わたしはそれらを家から持って来た鞄に入れ、ベッドの下に押しやったのだった。

「これからはあなたの時間よ、ボヌール!
寝室まで競争しましょう、いい?それじゃ、スタート!」

わたしは階段に向かって走り出す。
ボヌールは理解したのか、していないのか、わたしに付いて走り出した。
そして、小さな体で一気に階段を駆け上がると、扉の前でクルクルと回っていた。

「速いのね!降参だわ!でも、帰りはどうかしら?」

わたしは階段の上まで来ると、踵を返し、階段を降り始めた。
すると、ボヌールは勢い良くわたしの脇を通り抜けて行った。
階段にも慣れている様だ。

「凄いわ!あなたには敵わないわね!」

わたしは窓辺に椅子を置き、座った。
ボヌールを膝に乗せ、外を眺める。
窓の外は、手入れのされた芝生が、なだらかに広がっている。
ボヌールも窓枠に前足を掛け、外を見つめている様だった。

「駆け回ると気持ちが良いでしょうね…」

明るい日差しの中、芝生を駆け回るボヌールと、
それを眺める自分とランメルトの姿を想像し、わたしは「はっ」とした。
ボヌールが振り返り、その黒く綺麗な目で見つめるので、わたしは決まりが悪くなった。

「何でもないの、ごめんなさい…わたしったら、何を期待しているのかしらね…」

ランメルトの親切をいつまでも期待してはいけないわ。
自分に言い聞かせるも、鼓動は静まってくれない…
ボヌールの小さな頭を撫でていると、

コンコン。

扉が叩かれ、わたしは慌ててボヌールを下へ降ろし、
「はい、どうぞ」と立ち上がった。

鍵が外され、扉が開き、ランメルトが姿を見せた。
今日は、長袖のアイボリーのシャツに、黒い太いベルト、黒いズボン、
ブーツ…と、くだけた格好をしている。
だけど、似合っている、素敵に見えるわ…
わたしはそんな事を思ってしまい、息を飲んだ。

ボヌールは屈託なく彼の元へと駆けて行き、ランメルトを迎えた。
ランメルトは体を屈め、ボヌールを撫でると、顔を上げ、笑顔を見せた。

「ボヌールはいい子にしていましたか?」
「はい、とっても可愛くて、いい子ですわ」
「そうですか、それは良かった」

話しながらわたしの所へ来たかと思うと、彼はそのまま、わたしを軽く抱擁した。

「!?」

頬を合わせる挨拶の抱擁…家族であれば当然かもしれないが、
家庭に恵まれていなかったわたしには、そんな習慣は無かった。
驚き固まるわたしを余所に、彼は手にしていた本を差し出した。

「本をお持ちしました、読んでみて下さい」
「あ、ありがとうございます…」

わたしは震える手でそれを受け取った。
ランメルトがそれに気付いていない事を願いながら…

「そうだわ、ランメルト、お茶はいかがですか?」
「ありがとうございます、頂きます」

わたしは気持ちを切り替え様と、彼をテーブルに促し、調理場に立った。
背を向けている間に、気を静めよう…わたしは湯を沸かし、紅茶を淹れた。
紅茶の香りは好きだ、気持ちを落ち着かせてくれる。
わたしはその香りを吸い込むと、棚に向かった。
彼が贈ってくれた菓子を仕舞っている。
何が好きか分からなかったので、ショコラを選んだ。

「どうぞ、昼食は召し上がりましたか?」
「はい、食べて来ました、ありがとうございます」

食べていないと言っても、この部屋には彼から贈られた物しか置いていなかった。
ランメルトは「美味しい」と満足そうに紅茶を飲む。

「お義母さんは、紅茶を淹れるのが上手ですね」
「そんな!普通ですわ…」

紅茶など、誰が淹れても同じだろう。
それか、紅茶の葉が上等なのかもしれない。

「手慣れていますし、料理もされるんじゃないですか?」
「簡単な物でしたら…」

家では、野菜の下拵えや調理の手伝いはしていたが、
それは料理の途中の話で、最後まで一人で作る事は無かった。
それでも、長年やっているので、作り方は頭に入っていた。

「良かったら、今度何か僕に作って頂けますか?」
「ランメルトに召し上がって頂く様な料理は出来ませんわ!」

とんでもない!と恐縮するわたしを、彼は面白がったのかもしれない。

「僕が食べそうな料理…例えば?」
「ええ…それは…名も知らない、複雑な料理ですわ」

ランメルトは吹き出し、笑った。

目の前で、楽しそうに笑う彼に、わたしは喜びを感じていた。
こんな風に、自分の前で幸せそうに笑う誰かを見た事は無かった。
少なくとも記憶の中には無い。

ああ、時間が止まればいいのに!

そんな風に思っている自分に気付き、わたしは驚いた。
こんな事を思うのは、間違いだろうか?いけない事だろうか?

相手は、形式だけの夫の息子だ。
でも、ランメルトはそれを知らない。
わたしを本当の義母だと思い、慕ってくれている…
それなら、わたしもその様に振る舞っても良いのではないか…
わたしはその誘惑に抗えない気がした。

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