【完結】灰かぶりの花嫁は、塔の中

白雨 音

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アラード卿は、気の付く人ではないが、それを補える程の、行動力と財力があった。
女性が着飾るのに、どれだけ手間が掛かるか、想像出来ないであろう
アラード卿に、わたしはレディーズメイドをお願いした。
すると、翌日の朝遅くには、レディーズメイドが到着し、手際良く、
わたしを貴夫人に仕立て上げてくれた。

ただ、一つ失念していたのは、宝飾を一つも持っていなかった事だ。
レディーズメイドは唖然としていたが、わたしは「後で夫に貰いますので…」と
適当な事を言い、誤魔化した。

「ですが、髪飾りもありませんし…」
「問題ありません」

問題は大ありだが、救いがあるとすれば、
アラード卿はそれを『恥』と思わないだろう、という事だった。

わたしが胸を張り、アラード卿の前に現れると、彼は「いい時間だ、行くぞ」と
言っただけだった。
ランメルトが作ってくれたドレスは素晴らしく、目を見張る物だというのに…
それとも、わたしが着た事で魅力が半減したのだろうか?
ランメルトからこういう人だと聞いてはいたが、わたしは自分の姿が不安になってきた。
アラード卿夫人に見えるだろうか?

「犬はどうだ、大人しく預けられたか?」

馬車が走り出し、アラード卿が聞いてきた。

「いえ、不安そうでしたわ…置いて行くなど、初めてですもの…」

一度、ランメルトと町へ出た時には、魔法で眠らせてくれたので、
ボヌールは気付く事も無かった。
今日は、使用人に連れて行かれる事に激しく抵抗し、
「キュゥーン、キュゥーン」と悲しげに鳴いていて、辛かった。

ああ、わたしも魔法が使えたら良かったのに…

「良い機会だ、慣らしておけばいい」
「でも、まだ子犬ですもの…可哀想ですわ…」
「フン、甘やかしだな」

わたしは幼い頃、両親の愛を欲した。
その事が今も残っているのかもしれない。
ボヌールに自分の幼い頃を重ねてしまうのだ…

「甘やかしていては、立派な番犬にはならんぞ」
「番犬にするつもりはありません…」
「ならば、ただの役立たずか?」
「いえ、ボヌールはわたしの家族ですわ」

居てくれるだけでいい。
心を和ませてくれる、愛すべき家族。

「家に帰れば、家族がいるだろう、手紙は書いたのか?」

確かに、父とは血は繋がっているが…
果たして、あの家に、家族と呼べる者がいるだろうか?
わたしは内心で皮肉に笑う。

「いえ、申し訳ありません、明日には必ず…」
「フン、どうせ二日酔いでは無理だろう」
「お酒は飲みませんので…」

当然の様に言われ、わたしは否定したが、酷く驚かれた。

「何故だ?夜会でする事といえば、酒を飲む位しかないぞ?」
「そうなのですか?わたしは夜会に出た事がありませんので…
その、大人の方の、という意味です」

わたしは苦し紛れに誤魔化した。
幸い、アラード卿は気付いていなかった。

「おまえ、何歳だ?」
「…21歳です」
「若いな、俺より三十歳以上も離れているのか!?」

何度か言っていた気がするが、今更ながら、アラード卿は驚いている。
これで、本当は『19歳』などと知れば、一体どんな顔をするか…

「息子との方が、年が近いじゃないか!」
「はい、ランメルトは二歳上になります」
「息子の年位、知っておるわ!」

ランメルトの年を知っているなど、意外だった。
どれだけ溺愛しているか、伺えた。

羨ましいわ…

わたしは父親に愛されていない。
少なくとも、愛を感じた事が無い。
いや、育てて貰っておいて、それは薄情だろうか?
だが、わたしが欲しいのは、一つの抱擁だったり、笑顔だったり、優しさだ…

「ランメルトは幸せですわ、父親に愛されていますもの…」

「フン、まるで、おまえは父親に愛されていないみたいだな…
ああ、そうか、確か、今の父親とは血が繋がっていないのか?」

クリスティナの事だ___わたしは緊張し身を固くした。
アラード卿は気付かずに続ける。

「それにしては、あいつはいつもおまえを自慢していたぞ?
愛されていないなど、思い違いだろう___」

わたしは答えられなかった。
酷く惨めだったが、泣かない様にと耐えた。
泣いてしまったら、折角の化粧が台無しになる、そして、アラード卿はというと、
そんなわたしの事などお構いなしに、パーティに引き出すのだ___
その地獄を思えば、耐えられた。

アラード卿も会話に飽きたのか、前を向き、書物を取り出し読み始めた。
車内は静寂に包まれる。馬は構わずに、王都へと直走った。





侯爵の館で開かれた夜会だった。
馬車が玄関に着き、わたしはアラード卿に続いて馬車を降りた。

アラード卿は、堂々とした佇まいで、慣れた様子で、館に入って行く。
館の者たちも、客人も、皆親し気にアラード卿に声を掛け、歓迎した。

「アドルフ!待っていたわよ!」
「アドルフ!君が来ないと始まらんよ!」
「おや、そちらの可愛い令嬢はどなたかな?」
「アドルフ、おまえの隠し子じゃないだろうな?」

客人たちは、アラード卿の隣に立つ、わたしに気付き始めた。
好奇の目で見られ、わたしは恥ずかしくなった。

「馬鹿を言うな、俺の妻だ」

アラード卿がサラリと言い、周囲は騒然となった。

「妻だって!?おまえ、いつ再婚したんだ!?」
「水臭いじゃないか、何故教えてくれなかったんだ!」
「再婚!?そんな、聞いて無いわ!」
「アドルフ、冗談でしょう?あなたが再婚だなんて…」
「それに、こんな…若い娘と…」

好奇の目から一転、不審の目に変った。
特に、女性たちからの視線は鋭く憎しみさえ感じ、わたしは慄いた。
だが、アラード卿に縋りたくとも、彼はさっさと皆が集まる方へと歩いて行く。

「俺が再婚するのが不満か?いいか、俺の妻には手を出すなよ、捻り潰してやる」

アラード卿の目が光り、男性たちは一瞬にして引いた。

「ああ、勿論だ、手なんか出すかよ」
「再婚おめでとう、アドルフ!」
「乾杯しよう!アドルフの再婚に!」

皆、ワイングラスを手に取り、乾杯すると、飲み始めた。
アラード卿はわたしの事など忘れ、男性たちと会話を始めた。
わたしはどうして良いか分からず、少し離れた所に立ち、それを眺めた。

女性達が囁き合う声が聞こえてきた。

「再婚なんて、本当かしら?」
「嘘に決まってるじゃない!」
「あんな若い娘とだなんて…まだ子供よ!?」
「子供が出来たのかしら?」
「娘の親に責任を取らされたのかもね!」
「だって、ほら、放って置かれてるじゃないの!新婚だってのに!」
「まぁ!可哀想!」
「可哀想なのは、あんな娘を押し付けられたアドルフの方よ!」

酷い言葉の数々に、わたしは居た堪れなくなった。
何処へ行っても、わたしは歓迎されないのだ。

「アラード卿夫人、お名前は何とおっしゃるの?」

気付くと、数名の貴夫人たちに囲まれていた。

「クリスティナです…」
「お幾つ?若いのね」
「21歳です」
「アドルフとは何処で知り合われたの?」
「それは…」
「あら、答えられませんの?それとも、答えたくないのかしら?」
「いえ…」
「ねぇ、アドルフの赤ちゃんがいるの?」
「いえ!」
「本当かしら?」

彼女たちの視線がわたしの腹部に集中し、わたしは恥ずかしさと恐ろしさで、
頭を振って否定を示した。

「それなら、何故、結婚するの?あのアドルフが___」

まるで、責められている様で、わたしは恐ろしくなった。

「教えて欲しいですわよね~」
「ええ、何とかおっしゃって、アラード夫人」
「まぁ!大人しい方ね!それでは、社交の場には馴染めませんわよ」
「あら!アラード卿夫人、首飾りはどうなさったの?」

誰かがそれに気付き、わたしは手で胸元を押さえた。

「まぁ!アラード卿夫人が、首飾りの一つも無いだなんて!」
「耳飾りもですわ!それに、髪も何もお付けにならないのね?」
「こんな礼儀知らずの小娘と再婚するなんて!」

夫人たちの笑い声に、わたしは益々顔を上げられなくなった。
不意に、わたしは剥き出しの肩を掴まれた。
ギクリとして顔を上げると、その手は男性のもので、そして、わたしの側に
立っていたのは、紺色の礼服に身を包んだ、ランメルトだった___
驚きに、わたしは目を見張っていた。

「失礼、義母に用があるのですが、場を外してもよろしいでしょうか?」

ランメルトがサラリと言うと、貴夫人たちは色めき立った。

「あら!…あなた、ランメルトね!?」
「ランメルトがパーティに来るなんて!」
「アドルフの息子よ!まぁ、立派になって!」
「確か、事務官をしているのでしょう?」
「事務官だなんて!凄いわね…」

夫人たちの会話は気にせずに、ランメルトはわたしの肩を抱いたまま、
そこから連れ出してくれた。

皆から離れ、ランメルトはわたしの肩から手を離した。

「困っていた様なので、お連れしました、余計でしたか?」

「いえ、助かりました…どうして良いか分からず…この様な場所は初めてで…
わたし、本当に、何一つ、満足に出来無くて…恥ずかしいわ…」

わたしは動揺のあまり、今にも泣きそうになり、余計な事を口走ってしまっていた。

「大丈夫ですよ、落ち着いて下さい」
「でも、アラード卿に、恥を掻かせてしまいましたもの…」

とうとう、涙が零れてしまった。
きっと、ランメルトの顔を見て、安堵し、気が緩んでしまったのだ。
両手に顔を伏せようとしたが、ランメルトに止められた。

「お義母さん、化粧が崩れますよ…」

彼はそっと、ハンカチを押しあて、涙を拭いてくれた。

「すみません…すみません…」
「大丈夫です、父は恥を掻かされたなど思いませんよ、気付いてもいないでしょう」
「でも、後で、あの方たちから、何か言われるかもしれません…」
「それで、父が妻を守れない様な男だと思いますか?」

本当の結婚で、正式な妻ならば、守ってくれるかもしれない。
だが、わたしは本当の妻にはなれていない、いや、人質の身だ___
わたしは頭を振った。
ランメルトはそれを良い方に解釈し、わたしの背を慰める様にポンポンと叩いた。

「それにしても、父がお義母さんを連れて来るとは…父と上手くいっている様ですね」

これも答え難い質問だ。
わたしは「分かりませんが…」と濁した。

「父は王都でのパーティの後は、いつも王都にある別邸に泊まっています。
お義母さんもそちらに泊まるのでしょう?」

「そんな!帰らなくては!ボヌールが待っていますもの!」

館に戻るとばかり思って出て来たのだ、
わたしは悲しく鳴いていたボヌールを思い出し、青くなった。

「そうですか…良ければ、僕と一緒に館に帰りますか?
時間も掛かりますし、もう出られた方が良いでしょう…」

「でも、途中で抜けても大丈夫でしょうか?」

「問題ありませんよ、大勢のパーティでは、誰がいつ抜けようと、いつ来ようと気にしないものです。
父には僕から話します、ですが、本当に、よろしいのですか?」

「何がですか?」

「父と、一緒に居たいのではないかと…」

「いえ、ボヌールが待っていますもの」

考える余地も無いとばかりに答えると、
ランメルトは何か言いたげだったが、飲み込み、頷いた。

「それでは、少し待っていて下さい」

ランメルトがアラード卿の元へ向かい、わたしは息を吐いた。

ああ、ランメルトが居てくれて良かった!
危うく、館に戻れない所だったわ!

わたしの頭の中は、ボヌールの事でいっぱいで、
ランメルトが何を匂わせているかなど、全く思い付きもしなかった。

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