【完結】灰かぶりの花嫁は、塔の中

白雨 音

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「ちっ!またアラード卿が来ているのか!あいつめ、行く先々に出て来おって!」
「まったく、目触りですわね!」

聞き覚えのある声と、アラード卿の名に、わたしは声の方へ視線を向けた。
驚く事に、そこには、父マチアスと継母カサンドラの姿があった。

「!?」

わたしは息を飲み、茫然と二人を見た。
家を出た時ぶりに見るが、着飾っているものの、二人に特に変化は見えなかった。

アラード卿は、両親が来ると知っていて、わたしを連れて来たのだろうか?
会わせてくれようという親切心なのか、それとも、金を返せという催促なのか…
何にしても、デシャン家の事情を知らないアラード卿は、見当違いな事をしている___
わたしは恐ろしくなり、二人に気付かれない様にその場を抜け出した。

玄関ホールに居れば、ランメルトにも分かるだろうと、そちらへ向かうと、
調度、一人の男性客が遅れて入って来た所だった。

「おや、見掛けない顔だな、何処のお嬢さんだい?」
「わたしは、アラード卿の…」
「ふうん、客引きにしてはいいドレスだ、流石、嘗ての英雄は違うなー」

男からジロジロと見られ、居心地が悪かった。

「それで、一晩幾らだい?」
「ち、違います、わたしはアラード卿の…」
「ああ、アラード卿の後で構わないさ、明日来てよ、住所は…」

男が勝手に誤解し、話を進めて行くので、わたしは怖くなり、頭を振った。

「なんだよ、いいだろう?ちゃんと金は払うからさー、
君みたいな若い娘は久しぶりだ、優しくするよ…」

男に無遠慮に頬を撫でられ、ぞっとした。
反射的にわたしが背を向けると、男は面白がった。

「初々しいなー、始めてどの位?肌も綺麗だもんなー」

項に手を這わされ、わたしは「ひっ!」と身を竦めた。
逃げたかったが、わたしは恐怖で足が竦んでしまっていた。
男がゴクリと唾を飲み、体を寄せて来た。

「いいねー、そそられるよ、連れ攫いたいなー…」

「連れ攫われては困る、彼女は僕の連れだ___」

ランメルトの声に、わたしは安堵した。
目を上げると、ランメルトが不穏な目付きで、男の肩を掴んでいた。
怒りを押し殺した様な表情に、先程までとは違う恐怖を感じ、震えた。

「なんだ、君は、その汚い手を離したまえ!」

男は抵抗を見せたが、ランメルトにはまるで通じなかった。
ランメルトはそのまま男を押し退けると、わたしの肩を抱き助け出してくれた。
だが、男も黙ってはいない、顔を真っ赤にしいきり立った。

「なんて失礼なヤツだ!私を誰だと思っている!チャスティン伯爵子息だぞ!
分かったら、その娘を返して貰おう!」

「お断りします、彼女は僕の連れだと言ったでしょう」

「ならば、アラード卿に言い付けてやるからな!彼女の客は、アラード卿だ!」

男は、どうだ恐れ入っただろう!と踏ん反り返ったが、それはただ、
ランメルトの怒りに油を注いだだけだった。

「口を慎め!彼女は娼婦ではない!アラード卿夫人だ!」

男は目を丸くし、「へ?」と、間の抜けた声を出した。
そして、大きく笑い出す。

「まさか!アラード卿が再婚したなど、聞いた事が無い!
しかも、そんな、相手は小娘じゃないか!」

「これ以上、義母を侮辱するなら、僕が相手になる!」

「義母!?義母だって!?そんな小娘が!」

男は引き攣ったような笑い声を上げた。
わたしは居た堪れず、「ランメルト、行きましょう」と促したが、
ランメルトは動かず、男を睨み付けていた。

「ランメルト、いいの、行きましょう…」

わたしが再度促した時だ、アラード卿が剣を持ち、笑いながら現れた。

「ははは!面白い!我が妻には、一夜だけ、娼婦になって貰おう!
この娼婦には、おまえたちの内、どちらか勝った者の相手をさせる!」

アラード卿が二人に剣を放った。
アラード卿の顔は赤い、酔っているのだろう。
男はポカンとしているが、ランメルトは血相を変えた。

「何を馬鹿な事を!彼女はあなたの妻ですよ!」

「娼婦に間違われるなど、俺の妻ではない!そうだな?クリスティナ」

冷たい目で見られ、わたしは震え上がった。
アラード卿の目が、『卑しい盗人の娘』と言っているように見えたのだ。
金の形に嫁がされたのだ、娼婦と似た様なものではないか…
娼婦と言われても仕方は無い…
わたしは自分が惨めに思え、涙が零れた。

「あなたは、自分の妻に何て事を…!!」
「来い、クリスティナ!おまえは賞品だ___」

ランメルトの非難を無視し、アラード卿はわたしの腕を掴み、乱暴に引き寄せた。
酷い酒の臭いに咽そうになった。

「さぁ、どうした、二人共、この娼婦が欲しくないのか?
中々いい女だぞ、なぁ、クリスティナ…」

腕をわたしの肩に回し、顔を寄せ囁くアラード卿に、わたしは恐怖しか感じなかった。

「二人共、剣を抜け!魔法は禁止だ、いいな___」

荒々しい、アラード卿の声に押され、二人は剣を抜く。
それは、偽物でも飾りでも無い、本物の剣だ。
それに気付き、わたしは立ち場も忘れ、息を飲んだ。

「アラード卿、二人を止めて下さい!怪我をしますわ!」
「いいから、黙って見てろ!」

アラード卿の目は、ギラギラと輝いている。
それは、野生の獣を思わせた。
だが、楽しんでいるのは、アラード卿だけだ。
いや、それと、あのチャスティン伯爵子息という男…
彼は剣を手に、奇妙な笑みを浮かべていた。

「悪いな、英雄には及ばないが、剣には自信があるんだぜ!」

男が剣を構え、ランメルトに向かって行った。

「!!」

男は言うだけあり、凄い速さで剣を繰り出した。
だが、派手さの割に、一向に手応えは無い。
繰り出される剣先を、ランメルトは寸前で交わしている様だ。

男も手応えが無い事に気付き、「あれ?何で当らねーんだ?」と焦り出した。
それを眺める、アラード卿の目だけが、輝きを増している。
「よし!いいぞ!いい動きだ!」と、観戦に夢中になっている。
わたしはアラード卿とは別の意味で、二人から目が離せなかった。

ああ、どうか、無事でいて…ランメルト!

祈りが通じたのか、ランメルトの出した剣が、男の剣を弾き飛ばした。
カラーン!大きな音を立て、剣は大理石の床に転がった。
男は茫然としていた。

ランメルトは剣を鞘に仕舞うと、アラード卿に向かって放った。
勝ったというのに、ランメルトの顔は、不機嫌そのものだった。

「どうした、勝ったんだ、もっと喜べ!ほら、賞品だ、持って行け!」

アラード卿がわたしの背を押し、ランメルトに押し付けた。
ランメルトは、わたしを支えてはくれたが、体は固く、怒りに満ちていた。

「二度とこの様な真似はしないで下さい!彼女は物ではない!」

「いいや、俺の所有物だ、そうだな、クリスティナ?」

アラード卿の不敵な笑みに、わたしはたどたどしく頷くのが精一杯だった。
青くなり震えているわたしを、ランメルトは同情したのか、気遣ってくれた。

「いきましょう、お義母さん、あの人は酔っているんです…」

ランメルトの手が、優しくわたしの背を押し、促した。
わたしはその優しさに縋ってしまいそうになった。
だが、それは出来無い、何も知らないランメルトに縋るなど、してはいけない。
もし、真実を知れば、ランメルトはわたしを軽蔑するだろう…
わたしを助けた事を、後悔するだろう…


ランメルトと共に馬車に乗り、それが走り出してからも、わたしたちの間には、
奇妙な沈黙があった。それを破ったのは、ランメルトだった。

「父の非礼を謝ります…」
「そんな必要はありませんわ…」

アラード卿は、わたしを好きにする権利があるのだから。
ランメルトに謝られては、それこそ、罪悪感に胸が痛む。

「あなたこそ、わたしの為に、危ない目に遭わされて…
わたしの方こそ、あなたに謝らなくてはいけません…
怪我はありませんでしたか?」

「心配して下さって、ありがとうございます、怪我はしていませんので、安心して下さい」

漸く、ランメルトの顔に微笑が戻り、わたしは安堵した。
だが、ランメルトはまた重い息を吐いた。

「父があなたを侮辱したのは、本心ではありません。
父は酔っていたし、誰かが喧嘩をするのを観たかったんですよ…」

わたしは、観戦していた時の、アラード卿の目の輝きを思い出した。

「だが、その為に、自分の妻を、あんな目に遭わせるなど、とても許せるものではない!
もし、僕ではなく、他の誰かだったら、あなたは今頃どうなっていたか…!」

ランメルトの手は、怒りに耐える様に、強い力で膝を掴んでいた。
彼は、わたしを想い、心配してくれている…
それだけで、わたしの胸は明るくなった。

「『誰か』などありませんわ」と、わたしは頭を振った。

「アラード卿は、あなたがいたからこそ、あの様な事をなさったのでしょう…
あなたが勝つと思っていらしたのだわ…」

きっと、アラード卿は、息子の勇姿を観たかったのだ。

「そんな風に、簡単に許さないで下さい!
僕が父に剣を習っていたのは、もうずっと前の事です、
勝てるかどうかなど、あの人には分からないでしょう…」

ランメルトが忌々し気に言う。

「でも、あなたはつい先程、『僕ではなく他の誰かだったら』と言われましたわ。
ランメルトは、剣で勝つ自信がおありだったのですね?」

「…魔法学園でも剣は習います」

ランメルトは零したが、きっと、父親の手解きの方が身に付いているのだろう。
ランメルトはランメルトで、それを父親に知られたくなかったのではないだろうか?
アラード卿もまた、それを期待していた?それで、あれ程熱狂していたのだろうか___

「父に、酷い事はされていませんか?」

不意に聞かれ、わたしは先日のアラード卿との事を思い出し、ビクリとしてしまった。

「いえ、何もありません…」

真実味が無いだろう事は、自分でも分かっていた。
わたしは言葉を継いだ。

「ランメルトが言っていた通り、女性に暴力を振るう方ではありませんわ」

「酷い事とは、必ずしも暴力だけではありません…」

ランメルトの言う通りだ。
わたしはデシャン家で、暴力と呼べるものを受けた事は無い。
だが、酷い言葉で詰られ、冷たい目で見られ、無視され…
家族として受け入れて貰えなかった。
愛情を貰えない___それが一番辛かった。

「愛されたい…」

思わず零してしまっていた。
ランメルトが息を飲むのが分かった。
わたしは唇を噛み、窓の方に顔を向けた。
暗く、何も見えなかったが、わたしはいつまでも眺めていた。


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