【完結】灰かぶりの花嫁は、塔の中

白雨 音

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その日、昼食のワゴンの上、料理の皿と共に、それは置かれていた。
白い封筒、宛先はこの館で、クリスティナの名になっている。
だが、差し出し人の名は、《ルイーズ》とあった。

ルイーズ。

わたしの知る、ルイーズは一人しかいない。

「母が手紙を!?」

半信半疑だったが、期待せずにいるのは難しかった。
逸る気持ちを抑えつつ、急いで封を切り、便箋を取り出した。
それは一枚だけで、書かれていた文字も、僅かだった。

《会いたい、内緒で》

日時と場所の地図が書かれてあり、《ルイーズ》とサインがあった。

母が、わたしに会いたがっている!
母が家を出て、初めての事だ。
今までは、わたしがデシャン家に居たからだろうか?
父に見つかれば、どんな事になるか…わたしでも恐ろしくなる。

《クリスティナ》と宛名に書かれているという事は、母はわたしの事を調べてくれていたのだ!

「母に会いたい!」

だが、館の者にわたしがクリスティナで無いと気付かせてはいけない。
母も《内緒で》と書いている。
誰にも気付かれない様にしなくては…

「会うだけだもの、大丈夫よ…」

わたしは母に会いに行くと決め、その日…明日を楽しみにしたのだった。





翌日の午後、わたしは、一番飾りの少ないワンピースを選び、身に着けた。
髪は丸め、一つだけ持っている帽子を被る。そして、ブーツを履く。
母からの手紙は、ワンピースのポケットに入れた。

ボヌールにリードを付け、抱えて塔を出て、館の回廊を歩いた。
擦れ違う使用人には、「散歩に行きます」と言っておいた。
館の玄関を出た所でボヌールを下ろし、散歩を装い前庭を歩いた。
呼び止められる事は無く、門を出た時には、安堵の息が洩れた。

指定された場所は、館を出て、なだらかな道を真っ直ぐに下りた先にある、
水車小屋となっていた。
母はもう来ているだろうか…
わたしは緊張と期待で落ち着かず、早足になっていた。
何も知らないだろうボヌールは、うれしそうに尻尾を揺らし、
短い足を忙しなく動かしながら、わたしの隣に付いて来ていた。

水車小屋が見えて来て、わたしは自分を抑えられなくなった。
だが、水車小屋に向かい、駆け出した時だ、脇の茂みから三人の男が現れ、
わたしの行く手を塞いだ。

「きゃ!?」
「あんたが、クリスティナか?」

男たちの人相や服装は、まるでならず者で、良い事は想像出来ず、
わたしは咄嗟に踵を返した。

「当たりだぜ!捕まえろ!」

あっという間に追い付かれ、わたしは腕を取られた。
「キャ…!!」叫ぼうとしたが、口を塞がれ、強い力で拘束される。

「うう…!!」
「おい、早くしろ!」

小瓶を突き付けられ、嗅がされると、頭がクラリとし、意識が遠退いていった。
「キャンキャン!!」と吠えるボヌールの声に、わたしは最後の力でリードを離した。


どれ位経ったのか、ガタガタと揺れる中、わたしは目を覚ました。
そして、自分の置かれた状況に恐怖した。
ここは、荷馬車の中だろう、端に荷物が積まれている。そんな中、
わたしは口を布で塞がれ、両手を後で縛られ、転がされていた。

見張りなのか、男が一人荷物に寄り掛かって座り、寝ていた。
わたしを襲ったのは男三人だった、残りの二人は、御者席だろうか?

逃げなくては…!

そう思うも、荷馬車は動いているし、縛られていては、どうしようもない。

ボヌールは無事だったかしら?

男たちに怪我させられていなければ良いが…
ボヌールが館に帰っていれば、きっと、誰かが異変に気付いてくれるだろう…
わたしが助かる方法はそれしかない。
とはいえ、わたしの居る場所までは分からないだろう。
わたしは一体、どうなるのだろうか…恐怖に泣きそうになる。

そういえば、母はどうしただろうか?
周囲を見る限り、わたしの他に掴まっている者はいない様だ。
わたしは安堵する。

それに、不思議なのは、彼らがわたしを「クリスティナ」と確認して襲って来た事だ。
誰かが、わたしを攫う様に指示したのだろうか?
何故、わたしを?それとも、わたしではなく、標的はクリスティナ本人だろうか?


夜になり、馬車が停まった。
何処かは分からないが、音が聞こえて来ないので、町からは離れているのだろう。
わたしは眠っているフリをし、耳を澄ませ、気配から様子を伺っていた。

「よし、今夜はこの辺で野宿するか!」
「ああ、飯だ!飯だ!」

男たちは馬車を降りた。

「酒もあるぜ!」
「おう!好きなだけ飲め!」
「報酬もたっぷり貰えるしな」
「けど、嫌な依頼だな、本当に殺るんすか?」
「馬鹿、殺るつもりなら、とっくに殺ってるさ、異国に売れば両方から金が入るだろ」
「流石、兄貴!」
「貴族の娘は高く売れるらしいぜ!」
「こりゃいいや!」

わたし…若しくはクリスティナを殺そうと、依頼した者がいる!?

わたしの頭に、手紙が浮かんだ。
あれが、もし、誘き出す為の罠だったとしたら…
だが、母である筈がない!
今まで会いにも来なかった人に、わたしを殺す理由なんてないだろう。

母の名で呼び出したのだとすれば、わたしをコレットだと知る者だろう。
標的はわたし?
だけど、お金を払ってまで、わたしを殺したい人なんて…

ふっと、父の顔が浮かんだ。
まさか!と、即座に打ち消してみたものの、疑いが浮かんできた。

わたしは毎日の様に、父に手紙を送っている。
アラード卿へ、お金と短剣を返して欲しいと。
父から返事が来た事は無い。もし、父がそれを疎ましく思っていたら…

ゾクリとする。

だが、幾ら、わたしに怒ったからといって、金を払い、他人に依頼をしてまで、
殺そうとするだろうか?わたしは、父の実の娘だ。

だが、母の名で呼び出せるのは、父、カサンドラ、義姉妹しかいない。
義姉妹がそんな事をする理由は無い。
考えられるのは、父か、カサンドラだ…

父ではないわ!きっと、カサンドラよ!
父がそんな事をする筈は無いもの___!

父では無いと思いたかった。
だが、そう思えば思う程に、疑いが沸いて来る。
わたしは頭を振った。

兎に角、今は、ここから逃げるのよ!

殺すつもりは無いとはいえ、このままでは、異国に売られてしまう。

男たちは酒盛りを始めたらしく、賑やかな声が聞こえている。
男たちが酔って寝てしまえば、逃げ出す機会もあるだろう…
わたしは何とか縄から抜け出そうと、手を動かした。


縄が緩んで来て、手を抜く事が出来た。
わたしはそのまま、慎重に様子を伺った。
男たちはまだ賑やかに酒盛りをしている。
男たちが寝るのを待つつもりでいたが、もし、男たちが荷馬車に上がって来たらと思うと、
恐怖の方が勝り、じっとしていられなくなった。
わたしは息を詰め、そっと、荷馬車を覆う布を捲り、外を覗いた。

何処かの山中らしく、木々や茂みに囲まれている。
馬車が往来する山道の脇に荷馬車を置き、少し開けた場所で、
男たちは焚火をし、楽し気に酒を飲んでいた。

男たちはかなり酔っているし、話に夢中だ。
そっと抜け出せば、気付かれないのでは…
わたしはそれを決め、慎重に荷馬車を覆う布の下から這う様にし、馬車を降りた。
そして、体を低くし、山道に添う茂みへ向かった。

長く寝ていた事と、緊張で、上手く足が動かなかったが、
何とか気付かれずに抜け出す事が出来た様だった。
幸い、月灯りが届く山道が、道を示してくれている。
このまま道を辿って行けば、麓に着く筈だ。
男たちに見つからない様、わたしは山道に添う茂みの中を歩いた。
今の内に、男たちから出来るだけ遠くに離れなければ!


「おい!あの女!何処へ行きやがった!」

随分離れたつもりだったが、男たちの声が聞こえて来て、わたしは身が竦んだ。

「くそ!酔いが醒めちまったぜ!見付けたら、ただじゃおかねーからな!」
「おまえは向こうだ!」
「おう!」

バサバサ!
ザッザ!!

男たちの持つ、松明の灯りが点々と見える。
山道を添っていては、みつかってしまう___
わたしは山道から、道の無い場所へと、木々に身を隠しながら向かった。

お願い!こっちへ来ないで!!

前方に松明とは違う、月明かりが見え、集落があればと望みを託す。
だが、茂みを抜けたわたしは、足を踏み外した。
体が斜面を滑り落ちて行く。

「!!」

何かに掴まろうとしたが、掴める物は無く、勢いのまま、空に放り出された。
一瞬の筈なのに、ランメルトやボヌール、アラード卿の顔が浮かんだ。

嫌!!死にたくない!!
___!!

気付くと、わたしの周りにあった抵抗は、全て消えていた。
まるで、時が止まったかの様に感じられ、恐る恐る目を開ける。
そこには、何も無く、わたしは空中に浮かんでいた。

「っ!?」

驚きと恐怖で、掴む物を求めたが、何も掴めない。
叫び出しそうになったが、不意に、わたしの体がゆっくりと降下を始めた。
そして、柔らかい場所へと収まったのだった。

「!?」

そこが、誰かの腕の中だという事に気付き、ギクリとした。

「無事ですか?」

その声に、わたしは息を吐く。
身を任せても大丈夫だと、強張りが解けていく…

「はい…」

何とか答えると、下に下ろされ、そして…強く抱きしめられた___


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