18 / 60
18 ネックレスだけ
しおりを挟む「邸の使用人たちは、皆マリリンが私の恋人だと思っていたのか?」
私はガブリエルに訊ねた。
彼は戦地では私の隊にいて共に戦っていた。勿論スコットのことも知っているし、マリリンのことも知っている。
「旦那様、いえ隊長。私はスコットとマリリンのことを知っていますし、戦地でマリリンが隊長の恋人ではなかったと分かっています。けれど、邸に帰ってからのマリリン親子に対する扱い方は間違いです。隊長の接し方で、使用人たちに誤解が生じても仕方がないと思います」
「まさか……私が間違えただと!」
隊で共に命を懸けた部下からも、そのよう言われるとは思ってもみなかった。
彼は私の考えを分かっているものだと思っていた。
「新しく入った使用人たちは、隊長の恋人はマリリンで、奥様はお飾りだと思っているでしょう。かくいう私ですら、隊長の気持ちはマリリンにあるのだろうと思っていました」
まさか、自分だけ気が付いていなかったのか。晒し物にされたような屈辱感。
私はガブリエルに睨みつけるような眼差しを向けると、妻の部屋へ向かい足を進めた。
「ダミア、もうソフィアは荷物を運び出したのか……」
私は妻の部屋へ入り、中を見渡した。
まったく飾り気も何もない殺風景な部屋だった。
「はい。ご自分のお洋服などは持って行かれました」
「家具など大型の物はそのままだが、ドレスや、バッグや靴、宝飾品も全て運び出したのか」
「奥様がお召しになっていた高価なドレスは全てレンタルだとお聞きしています」
……レンタル?
「まさか……侯爵夫人がレンタルドレスなど、聞いたこともない。よくパーティーなどに参加していると聞いたが」
「全てレンタル品でした」
ダミアはメモを取り出すと、今までにレンタルだった物のリストを読み上げていく。
「なぜだ……」
「戦時中の貧乏性が身についているのよと、ご本人はおっしゃっていました」
恥だとは思わなかったのか!
「金がなかったわけではないだろう。私は十分に夫人の予算を渡しているつもりだが?」
ダミアもそれは知っているだろう。なぜ使わなかった。夫としての面目がない。
私に対する当てつけか!
「戦時中、我が領は決して裕福な状態ではありませんでした。ドレスや宝石などの贅沢品は必要ありませんでしたので、奥様は全て、食糧に変えられました」
食料に……自分の持ち物をすべて食糧に変えただと?
「戦時中の話ではない!私が邸に帰ってから彼女にはプレゼントを渡していただろう。誕生日にはダイヤモンドのネックレスを贈ったはずだ」
ダミアはメモ帳をめくり、ソフィアの誕生日の日の出来事を読み上げた。
◇
先月、ちょうど私が帰還して、八カ月目のことだ。
ソフィアは二十三歳になった。
「旦那様はお仕事の目処が立つからと、ソフィア様の誕生日に食事をしようとおっしゃっていました。奥様はレストランの予約はせず邸で少し豪華な食事ができればと準備されるように申されました」
そうだ。あの日は邸の食事で十分だとソフィアが言っていると聞き、店の予約はしなかった。その代わり、いつもより良い食事を用意するのと、プレゼントも値が張る物を頼んだ。
「古くから邸に仕えるコックは腕によりをかけて食事の準備をしました。その日は、偶然でしたがアーロン様がお誕生日を迎えられた日と重なりました」
「あ、あれは……仕方がなかった!マリリンがアーロンの誕生日を黙っていたのだ。気を使ってその日まで言わなかった。アーロンにとっては初めての誕生日だったのだ」
「勿論存じています。私はあった事実だけを申し上げております」
「ぷ、プレゼントにダイヤのネックレスを渡した」
「ええそうです。その日、旦那様を少し待ちますと奥様はおっしゃられて、食堂でお待ちになっていました。二時間ほどでしょうか。そしてプレゼントを執事のモーガンから受け取られました。以上です」
帰宅してすぐに、マリリンがアーロンと共に泣いていると聞いた。
何があったと訊ねると、誕生日なのだが、誰にも祝ってもらえないこの子が不憫でと泣いているのだという。
アーロンの出産時に立ち会ったにも拘らず、忘れていたことにショックを受けた。
生まれて最初の記念すべき日だ。
何故、ソフィアと重なっていたことに気が付かなかったんだろうと、その時は自らの失態に呆れてしまった。
ソフィアには前々から準備していたダイヤのネックレスがある。でもアーロンには何も用意していなかった。
今回はアーロンと共に過ごし、また改めてソフィアの誕生日は祝おうと思った。
「奥様は旦那様から頂いたネックレスを置いて行かれました。一番上の引き出しに入っています」
私はソフィアのチェストの中を覗いた。
帰って来てから私がソフィアに渡したプレゼントが、そのまま並べてあった。
ハンドクリーム。アメジストのネックレス。ダイヤのネックレス。パールのネックレス(これは母の形見の品だった)。
これだけ?これだけだったのか……
確かに彼女の好みもあるだろうから、ドレスなどはプレゼントしていないが。ハンドクリーム以外は全てネックレスだ。
そもそも彼女はネックレスが好きだったのだろうか。
「奥様はご自分の予算を使い、ちゃんと必要な物はお買いになっていました。けれど、その額は、マリリン様の予算の十分の一にも満たないでしょう」
なんだと……私は驚きのあまり、動揺を隠せなかった。
「これは想像ですが、奥様がレストランの予約をされなかったのは、前回のように急にキャンセルになると辛いからではないでしょうか」
8,274
あなたにおすすめの小説
わたしのことがお嫌いなら、離縁してください~冷遇された妻は、過小評価されている~
絹乃
恋愛
伯爵夫人のフロレンシアは、夫からもメイドからも使用人以下の扱いを受けていた。どんなに離婚してほしいと夫に訴えても、認めてもらえない。夫は自分の愛人を屋敷に迎え、生まれてくる子供の世話すらもフロレンシアに押しつけようと画策する。地味で目立たないフロレンシアに、どんな価値があるか夫もメイドも知らずに。彼女を正しく理解しているのは騎士団の副団長エミリオと、王女のモニカだけだった。※番外編が別にあります。
私は側妃なんかにはなりません!どうか王女様とお幸せに
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のキャリーヌは、婚約者で王太子のジェイデンから、婚約を解消して欲しいと告げられた。聞けば視察で来ていたディステル王国の王女、ラミアを好きになり、彼女と結婚したいとの事。
ラミアは非常に美しく、お色気むんむんの女性。ジェイデンが彼女の美しさの虜になっている事を薄々気が付いていたキャリーヌは、素直に婚約解消に応じた。
しかし、ジェイデンの要求はそれだけでは終わらなかったのだ。なんとキャリーヌに、自分の側妃になれと言い出したのだ。そもそも側妃は非常に問題のある制度だったことから、随分昔に廃止されていた。
もちろん、キャリーヌは側妃を拒否したのだが…
そんなキャリーヌをジェイデンは権力を使い、地下牢に閉じ込めてしまう。薄暗い地下牢で、食べ物すら与えられないキャリーヌ。
“側妃になるくらいなら、この場で息絶えた方がマシだ”
死を覚悟したキャリーヌだったが、なぜか地下牢から出され、そのまま家族が見守る中馬車に乗せられた。
向かった先は、実の姉の嫁ぎ先、大国カリアン王国だった。
深い傷を負ったキャリーヌを、カリアン王国で待っていたのは…
※恋愛要素よりも、友情要素が強く出てしまった作品です。
他サイトでも同時投稿しています。
どうぞよろしくお願いしますm(__)m
《完結》愛する人と結婚するだけが愛じゃない
ぜらちん黒糖
恋愛
オリビアはジェームズとこのまま結婚するだろうと思っていた。
ある日、可愛がっていた後輩のマリアから「先輩と別れて下さい」とオリビアは言われた。
ジェームズに確かめようと部屋に行くと、そこにはジェームズとマリアがベッドで抱き合っていた。
ショックのあまり部屋を飛び出したオリビアだったが、気がつくと走る馬車の前を歩いていた。
これ以上私の心をかき乱さないで下さい
Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。
そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。
そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが
“君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない”
そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。
そこでユーリを待っていたのは…
あなただけが私を信じてくれたから
樹里
恋愛
王太子殿下の婚約者であるアリシア・トラヴィス侯爵令嬢は、茶会において王女殺害を企てたとして冤罪で投獄される。それは王太子殿下と恋仲であるアリシアの妹が彼女を排除するために計画した犯行だと思われた。
一方、自分を信じてくれるシメオン・バーナード卿の調査の甲斐もなく、アリシアは結局そのまま断罪されてしまう。
しかし彼女が次に目を覚ますと、茶会の日に戻っていた。その日を境に、冤罪をかけられ、断罪されるたびに茶会前に回帰するようになってしまった。
処刑を免れようとそのたびに違った行動を起こしてきたアリシアが、最後に下した決断は。
婚約破棄の代償
nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」
ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。
エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。
あなたに未練などありません
風見ゆうみ
恋愛
「本当は前から知っていたんだ。君がキャロをいじめていた事」
初恋であり、ずっと思いを寄せていた婚約者からありえない事を言われ、侯爵令嬢であるわたし、アニエス・ロロアルの頭の中は真っ白になった。
わたしの婚約者はクォント国の第2王子ヘイスト殿下、幼馴染で親友のキャロラインは他の友人達と結託して嘘をつき、私から婚約者を奪おうと考えたようだった。
数日後の王家主催のパーティーでヘイスト殿下に婚約破棄されると知った父は激怒し、元々、わたしを憎んでいた事もあり、婚約破棄後はわたしとの縁を切り、わたしを家から追い出すと告げ、それを承認する書面にサインまでさせられてしまう。
そして、予告通り出席したパーティーで婚約破棄を告げられ絶望していたわたしに、その場で求婚してきたのは、ヘイスト殿下の兄であり病弱だという事で有名なジェレミー王太子殿下だった…。
※史実とは関係なく、設定もゆるい、ご都合主義です。
※中世ヨーロッパ風で貴族制度はありますが、法律、武器、食べ物などは現代風です。話を進めるにあたり、都合の良い世界観となっています。
※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。
【完結】婚約破棄はしたいけれど傍にいてほしいなんて言われましても、私は貴方の母親ではありません
すだもみぢ
恋愛
「彼女は私のことを好きなんだって。だから君とは婚約解消しようと思う」
他の女性に言い寄られて舞い上がり、10年続いた婚約を一方的に解消してきた王太子。
今まで婚約者だと思うからこそ、彼のフォローもアドバイスもしていたけれど、まだそれを当たり前のように求めてくる彼に驚けば。
「君とは結婚しないけれど、ずっと私の側にいて助けてくれるんだろう?」
貴方は私を母親だとでも思っているのでしょうか。正直気持ち悪いんですけれど。
王妃様も「あの子のためを思って我慢して」としか言わないし。
あんな男となんてもう結婚したくないから我慢するのも嫌だし、非難されるのもイヤ。なんとかうまいこと立ち回って幸せになるんだから!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる