旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます

おてんば松尾

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22 新しい生活

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司教に嘘をつくことは大罪だ。
それをやってのけられたのはステラの力があったから。

そしてこの国での私の「侯爵の妻」という貴族の身分は消えた。

バーナードがすんなり離婚に応じてくれれば、こんな面倒な手段に出る必要はなかった。けれど彼は私とは離婚しないと言った。だから、やむなく司教承諾離婚という方法を取ることになってしまった。

司教承諾離婚は子を授からない夫婦に対して出される証明書だ。
子供ができた事実を隠し、証明書を発行してもらった。司教を騙したのだ。この先、知らぬ存ぜぬでは通せないだろう。

『私はどんなことがあっても、ソフィア様についていきます』
ミラの言葉に後押しされ、私は国を出る決意をした。


あの時、旦那様との閨は数えるほどしかなかった。だから、本当に妊娠しているかどうか不安だった。使用人たちに知られないように身分を隠し、王都の医師に診てもらった。

もし間違いだったら笑いものにされるだろう。邸にはマリリンさんもいる。
皆に知られると邸での私の立場も悪くなりそうだった。

だから私の妊娠はステラと侯爵家の邸では侍女のミラしか知らない。

離婚が成立したら国を出ると、モーガン、ダミア、コンタン、ガブリエルそして古くからいる信頼できる使用人たちに告げた。

そして旦那様が家を留守にしている間に邸から出ることにした。
古くからの使用人の中には、奥様についていきたいと言ってくれる者も沢山いた。
けれど、ここに残り、この領地を守って欲しいと彼らを説得した。

「私は不幸になる為に国を出たわけではないわ。幸せを掴むために出たの」

「ええ。分かっています。大丈夫です。ソフィア様ほど強い女性を私は知りませんから、何の心配もしていませんわ」

ミラはそう言って私の手を握りしめた。言葉とは裏腹に彼女の手が震える。


こんな状態で女が二人、半ば強引に屋敷を出てきた。不安なのは当然だろう。ミラには申し訳ない。
私は心に誓った。
彼女もお腹の子供も、全部まとめて私が責任をもって幸せにしてみせる。

隣国は巨大な国だ。文明も発達していて鉄道もある。
隣国の国王は戦争を嫌い、 中立的な立場から国際社会に向けて平和構想の提示を行う。その考えが他国の支持を得、強国となった。

この国の王都銀行は世界銀行と呼ばれ、我が国の通貨も扱っている。
将来的にマザーハウスを自国だけではなく世界に広げたいという計画の元、コンタンが会社名義の口座を世界銀行であるこの銀行につくってくれた。
私には今、ある程度自由に使えるお金が銀行口座に入っている。

ステラは、公金は動かせないけどこれは餞別だと言って、自分の持っていた宝石を私にくれた。一つで平民なら一生暮らせるだろう代物だった。

マザーハウスは思いのほかうまくいっている。
サイクスの繊維業が目覚しい業績を上げ、そこからの収益がマザーハウスの経営を軌道に乗せた。

ステラ基金からの援助もあり、今では王都に二つマザーハウスができた。
マザーハウスはコンタンに代表の座を譲り、私の名前『ソフィアハウス』と新しく命名され今後全国にその場を広げていくだろう。

祖国で私は名前だけの存在となった。






「ボルナット国の王都は凄いですね。新しい物をたくさん見ました。ドレスもわざわざパニエで膨らますのは古いみたいで、動きやすいシンプルな物が多いそうです」

ミラはボルナットの王都に借りたアパルトマンの窓から通りを見下ろした。

「凄いわね。ここへ来てから驚くことが沢山あるわ。女性の人権もちゃんと守られているし、街で職業婦人も沢山見かけたわ」

「ええ!ここのアパルトマンのオーナーは女性のようです。平民だって言ってらっしゃいますけど、多分元貴族でしょうね。ソフィア様といっしょですわね」

ふふふ、と楽しそうに笑った。
ミラはこのアパルトマンに住んでいるマリーという女性と仲良くしているらしく、いろんな情報を仕入れてきてくれる。

この街が子育てに適しているのかはわからないけど、少なくともこのアパルトマンの警備は厳重だし、この通りの治安は良さそうだった。

ステラが私に協力するにあたり一つ条件を出された。

それは、逃亡する先をボルナットにすること。

その理由は、来年ステラがボルナットの王太子と結婚するからだ。
それは政略結婚で以前から決められていたことだった。

王女である彼女は自ら結婚相手は選べない。
ボルナットは戦争で平和を維持するのではなく政治で平和を維持する。この政略結婚はその政治的な意味合いを持っている。
たとえステラの心の中にコンタンがいたとしても、王女である以上、自分の気持ちなどは関係ない。王家の血を引く者たちの宿命だ。

誰かがドアをノックした。

「まぁ、まただわ!」

ミラが大きな花束を持って部屋に入ってきた。
アパルトマンのオーナーが沢山お花を頂いたからと、私の部屋にもお裾分けに持ってきてくれるのだ。

「アパルトマン中、お花で溢れてるわね」

「ええ。とても綺麗ですね」

ミラはうっとり花束を見つめる。
世の中にはこんなにも男性に愛される女の人がいるのだなと感心した。

もうこの先、自分には訪れることはないだろう。男性との愛や恋や結婚等は無縁の物となる。
でも、私には代わりに、愛おしい守るべき大切なものがある。
新しい命がお腹の中にいるから、最高に幸せだ。


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