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第十九章 婚約者として過ごす日々
翠色のドレス
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翌朝、アレクと二人の朝食を終えた後。
「リィカ様、この後は本日の晩餐のための準備を行います」
「……ふぇ?」
侍女に言われた言葉に、首を傾げた。
今日の夕飯は、王族勢揃いで食べるとは聞いた。リィカの数日遅れで、今日からレーナニアが王宮に来て泊まるからだ。
皆が揃ったところで一緒に食事をすると言われて頷いたのは、朝食前のことだ。身内だけの集まりだとも言われたので、パーティーのような準備はないだろうと思っていたのだが。
「何の準備をするんだ?」
そう聞いたのは、アレクである。質問している辺り、アレクも知らないということだ。問われた、いつもいる年配の侍女は何ということもないように、サラッと答えた。
「無論、晩餐に着て頂くドレスの準備です。アレクシス殿下にも、相応の格好をして頂きますので、ご承知置き下さいませ」
「……………普段着でいいんじゃないのか?」
アレクの長めの沈黙は、疑問と不満が漂っていたが、侍女が気にした様子はない。
「実は、若い侍女たちが張り切っております。美しく着飾るのが好きな侍女はレーナニア様を。可愛く着飾るのが好きな侍女はリィカ様を、それぞれ着付けしたいと。国王陛下へ具申し、了承を得ました」
「………………」
「そして、女性のみ着飾って男性は普段着というわけには参りませんので。両殿下にも正装して頂きます」
「………………はぁ」
アレクが顔に手を当てて、大きなため息をついた。リィカは状況が分かっていないのか、目をパチパチさせているだけだ。
「全く、なぜ父上は許可を出すんだ」
「侍女の練習になるからではないでしょうか。今後、王族となられるお二方です。一言にドレスといっても、千差万別です。色、形、素材、その他装飾品を含めた様々なもの、何が主人となるお二方に合うのか合わないのか、それを知ることが大切です」
「……そうか」
まともな返事が返ってきてしまった。これでは反論のしようがない。そして、侍女の練習が必要なのは、レーナニアではなくリィカだろう。
レーナニアは今までも沢山のドレスを着てきたのだ。今さら一から知る必要はない。逆にリィカはこれまで数着程度着たのみ。色々試して知ることが必要なのだ。
「今日、鏡を作ろうと思ったのに」
リィカが話を理解して、残念そうに言った。国王とアークバルトに頼まれた鏡作りがまだできていないので、それをやろうと思っていたのだ。だが、この分では諦めるしかないだろう。
しかし、もっと時間に余裕があるのかと思ったら、王宮暮らしは存外忙しいのだろうか。
「なぁリィカ、俺は二人きりで過ごせると思っていたんだが?」
アレクがおもむろにそう言って、リィカの手を取った。そのまま当たり前のように、その手の平に口付けをする。その途端にボンと顔が赤くなるリィカは、いつまでたっても慣れないようだ。
「い、いってくるっ!」
宣言して、取られた手を振れば、アレクは素直に手を離す。
さっさと歩き出したリィカに、一礼した侍女が後を追うのを、アレクは残念そうな顔で見送ったのだった。
※ ※ ※
侍女に案内されて部屋に入ったリィカは、首を傾げた。
おそらく着せ替え人形にされるんだろうと、覚悟はしている。何度か参加したパーティーで、ドレスを決めたときのように。
部屋には色とりどりのドレスが多数あるんだろうなと思いつつ入ったのだが、目に入った光景が意外だった。
確かにドレスは多い。多いのだが、すべて緑系統の色のドレスだったのだ。どれも緑と言える色なのに、同じ色がないのがすごい。
「リィカ様、ご足労頂きまして、ありがとうございます」
部屋にいた数人の侍女が、そう言って頭を下げる。確かに若いけれど、リィカよりは年上だ。けれど、リィカと似たり寄ったりな年齢のような感じの侍女もいる。
リィカの表情がわずかに引き攣った。やはり頭を下げられるのは苦手だ。自分も同じように返していいならいいが、それもできない。
「ドレス、緑色だけなんだね」
どう返していいか分からなかったので、一つ頷くだけに留めて、疑問を口にした。すると、挨拶を口にした侍女が、ほんの少し口元を綻ばせた。
「はい。後々、様々な色を試したく存じますが、一番重要なのはこの色です。……アレクシス殿下の目の色ですので」
「…………!」
リィカの頬が、わずかに赤くなる。左手の薬指に嵌まっている指輪に、思わず手を持っていってしまう。
「レーナニア様は碧のドレスになります。お相手の男性の色を身に纏うのは、基本中の基本ですので」
「……そ、そうですか」
アークバルトの目の色は、碧色だ。……という、どうでもいいことを思い出して、恥ずかしさから意識を逸らせようとしてみたが、無理だった。侍女たちの微笑ましいものを見たような笑顔が、なんか嫌だ。
「それでは始めさせて頂きます」
「……どうぞ」
まともに侍女たちを見られず、視線を逸らせながらリィカは返答したのだった。
※ ※ ※
(つかれたぁ……)
ようやくドレスの着付けが終わったのは、晩餐の少し前である。朝から何時間かけてやったのか。昼食も軽くつまんだだけで終わった。
着せ替え人形にされているだけの自分がこれだけ疲れているのに、動き回っている侍女に疲れている様子がないのが、すごい。
着ているのは、色々な緑色のグラデーションがかかったドレスだ。
ドレスによっては肩丸出しの、胸元ギリギリのドレスもあったりするが、私的な晩餐の席ということで、今着ているのは露出は少ないドレスだ。
試しに露出が多いのは苦手だと言ってみると、侍女たちは少し考える風になり、「かしこまりました」と返答してくれた。とは言っても、今後聞いてもらえるのかどうかは分からない。
ちなみに、途中でアレクが様子を見に来たのだが、リィカが何かを言う前に侍女たちが追い返してくれていた。
「とても可愛らしくてお似合いです、リィカ様」
「あ、ありがとう」
満足しました、という顔の侍女たちに言われて、リィカは少しはにかんだ。これだけ時間をかけたのだから、お世辞ということもないだろう。
(鏡で見たいなあ。小さいのしかないけど)
残念なのは、自分で自分の姿を見られないこと。手元にある鏡は、Dランクの魔石で作った手の平サイズの鏡だけなので、ドレス姿を見るには物足りない。大きいのも作っておけば良かった、と思ったところでドアがノックされた。
「そろそろ時間だが、どうなった?」
アレクの声だ。リィカが立ち上がりかけたが、侍女がドアを開ける方が早かった。
「どうぞ中へ」
「ああ。……っ!」
促されて入ってきたアレクは、リィカを一目見ると、口元を手で押さえた。そのまま動かないアレクに不安になる。
「ええと、どこか、変……?」
「…………」
アレクは無言のままだが、ツカツカとリィカに近寄ると、いきなり抱きしめた。
「ひゃっ!?」
「こんなの可愛すぎるだろう……。晩餐なんて放置して、このまま部屋へ連れて帰りたい……」
「駄目に決まっております」
アレクのつぶやきに冷静に返したのは、いつもついている年配の侍女である。
「そろそろお時間です。リィカ様を離してエスコートなさいませ」
「……分かったよ」
渋々とリィカから手を離す。解放されてリィカはホッとするが、顔が熱い。手でパタパタ扇いでいると、アレクが「ほら」と左手を差し出した。
「行くぞ」
「あ、う、うん」
「部屋ではなく、晩餐の席へ、ですからね」
「分かっているっ!」
わざわざ念を押してきた侍女にアレクは叫んで、困った顔をしたリィカがそれでも手を重ねたのを確認して、歩き出したのだった。
※ ※ ※
「リィカさん、可愛いですね」
「レーナ様、きれい……」
晩餐の席に着く前に顔を合わせた女性二人は、お互いに褒め合う。が、リィカにレーナニアの言葉は耳に入っていない。
レーナニアは本当に綺麗だった。
ロングの金髪を結い上げて、両脇から一房ずつ髪が垂れている。首回りの露出はリィカより多めだが、そこにいくつも宝石がついた大ぶりのネックレスをつけていて、露出が気にならない。
リィカのレースが多く使われているドレスに対して、レーナニアのドレスにはそういったものがほとんどないが、スカート部分にはドレープがきいている。
同じ年齢のはずなのに、レーナニアの方が綺麗で大人っぽい。
「すごく、きれいです」
この人はもうすぐ結婚するんだなと思ったら、なぜか涙が出た。レーナニアが少し驚いた顔をして、そのままリィカに近づくと手を背中に回した。
「リィカさんだって、すごく可愛いですよ。ああもう、アレクシス殿下にあげてしまうのが、もったいないです」
もらい泣きでもしたのか、なぜかレーナニアも涙声である。
「……どういう意味ですか、義姉上」
「そもそも、別にリィカはレーナのものじゃないからね」
アレクがやや憮然として、アークバルトは呆れていた。
「リィカ様、この後は本日の晩餐のための準備を行います」
「……ふぇ?」
侍女に言われた言葉に、首を傾げた。
今日の夕飯は、王族勢揃いで食べるとは聞いた。リィカの数日遅れで、今日からレーナニアが王宮に来て泊まるからだ。
皆が揃ったところで一緒に食事をすると言われて頷いたのは、朝食前のことだ。身内だけの集まりだとも言われたので、パーティーのような準備はないだろうと思っていたのだが。
「何の準備をするんだ?」
そう聞いたのは、アレクである。質問している辺り、アレクも知らないということだ。問われた、いつもいる年配の侍女は何ということもないように、サラッと答えた。
「無論、晩餐に着て頂くドレスの準備です。アレクシス殿下にも、相応の格好をして頂きますので、ご承知置き下さいませ」
「……………普段着でいいんじゃないのか?」
アレクの長めの沈黙は、疑問と不満が漂っていたが、侍女が気にした様子はない。
「実は、若い侍女たちが張り切っております。美しく着飾るのが好きな侍女はレーナニア様を。可愛く着飾るのが好きな侍女はリィカ様を、それぞれ着付けしたいと。国王陛下へ具申し、了承を得ました」
「………………」
「そして、女性のみ着飾って男性は普段着というわけには参りませんので。両殿下にも正装して頂きます」
「………………はぁ」
アレクが顔に手を当てて、大きなため息をついた。リィカは状況が分かっていないのか、目をパチパチさせているだけだ。
「全く、なぜ父上は許可を出すんだ」
「侍女の練習になるからではないでしょうか。今後、王族となられるお二方です。一言にドレスといっても、千差万別です。色、形、素材、その他装飾品を含めた様々なもの、何が主人となるお二方に合うのか合わないのか、それを知ることが大切です」
「……そうか」
まともな返事が返ってきてしまった。これでは反論のしようがない。そして、侍女の練習が必要なのは、レーナニアではなくリィカだろう。
レーナニアは今までも沢山のドレスを着てきたのだ。今さら一から知る必要はない。逆にリィカはこれまで数着程度着たのみ。色々試して知ることが必要なのだ。
「今日、鏡を作ろうと思ったのに」
リィカが話を理解して、残念そうに言った。国王とアークバルトに頼まれた鏡作りがまだできていないので、それをやろうと思っていたのだ。だが、この分では諦めるしかないだろう。
しかし、もっと時間に余裕があるのかと思ったら、王宮暮らしは存外忙しいのだろうか。
「なぁリィカ、俺は二人きりで過ごせると思っていたんだが?」
アレクがおもむろにそう言って、リィカの手を取った。そのまま当たり前のように、その手の平に口付けをする。その途端にボンと顔が赤くなるリィカは、いつまでたっても慣れないようだ。
「い、いってくるっ!」
宣言して、取られた手を振れば、アレクは素直に手を離す。
さっさと歩き出したリィカに、一礼した侍女が後を追うのを、アレクは残念そうな顔で見送ったのだった。
※ ※ ※
侍女に案内されて部屋に入ったリィカは、首を傾げた。
おそらく着せ替え人形にされるんだろうと、覚悟はしている。何度か参加したパーティーで、ドレスを決めたときのように。
部屋には色とりどりのドレスが多数あるんだろうなと思いつつ入ったのだが、目に入った光景が意外だった。
確かにドレスは多い。多いのだが、すべて緑系統の色のドレスだったのだ。どれも緑と言える色なのに、同じ色がないのがすごい。
「リィカ様、ご足労頂きまして、ありがとうございます」
部屋にいた数人の侍女が、そう言って頭を下げる。確かに若いけれど、リィカよりは年上だ。けれど、リィカと似たり寄ったりな年齢のような感じの侍女もいる。
リィカの表情がわずかに引き攣った。やはり頭を下げられるのは苦手だ。自分も同じように返していいならいいが、それもできない。
「ドレス、緑色だけなんだね」
どう返していいか分からなかったので、一つ頷くだけに留めて、疑問を口にした。すると、挨拶を口にした侍女が、ほんの少し口元を綻ばせた。
「はい。後々、様々な色を試したく存じますが、一番重要なのはこの色です。……アレクシス殿下の目の色ですので」
「…………!」
リィカの頬が、わずかに赤くなる。左手の薬指に嵌まっている指輪に、思わず手を持っていってしまう。
「レーナニア様は碧のドレスになります。お相手の男性の色を身に纏うのは、基本中の基本ですので」
「……そ、そうですか」
アークバルトの目の色は、碧色だ。……という、どうでもいいことを思い出して、恥ずかしさから意識を逸らせようとしてみたが、無理だった。侍女たちの微笑ましいものを見たような笑顔が、なんか嫌だ。
「それでは始めさせて頂きます」
「……どうぞ」
まともに侍女たちを見られず、視線を逸らせながらリィカは返答したのだった。
※ ※ ※
(つかれたぁ……)
ようやくドレスの着付けが終わったのは、晩餐の少し前である。朝から何時間かけてやったのか。昼食も軽くつまんだだけで終わった。
着せ替え人形にされているだけの自分がこれだけ疲れているのに、動き回っている侍女に疲れている様子がないのが、すごい。
着ているのは、色々な緑色のグラデーションがかかったドレスだ。
ドレスによっては肩丸出しの、胸元ギリギリのドレスもあったりするが、私的な晩餐の席ということで、今着ているのは露出は少ないドレスだ。
試しに露出が多いのは苦手だと言ってみると、侍女たちは少し考える風になり、「かしこまりました」と返答してくれた。とは言っても、今後聞いてもらえるのかどうかは分からない。
ちなみに、途中でアレクが様子を見に来たのだが、リィカが何かを言う前に侍女たちが追い返してくれていた。
「とても可愛らしくてお似合いです、リィカ様」
「あ、ありがとう」
満足しました、という顔の侍女たちに言われて、リィカは少しはにかんだ。これだけ時間をかけたのだから、お世辞ということもないだろう。
(鏡で見たいなあ。小さいのしかないけど)
残念なのは、自分で自分の姿を見られないこと。手元にある鏡は、Dランクの魔石で作った手の平サイズの鏡だけなので、ドレス姿を見るには物足りない。大きいのも作っておけば良かった、と思ったところでドアがノックされた。
「そろそろ時間だが、どうなった?」
アレクの声だ。リィカが立ち上がりかけたが、侍女がドアを開ける方が早かった。
「どうぞ中へ」
「ああ。……っ!」
促されて入ってきたアレクは、リィカを一目見ると、口元を手で押さえた。そのまま動かないアレクに不安になる。
「ええと、どこか、変……?」
「…………」
アレクは無言のままだが、ツカツカとリィカに近寄ると、いきなり抱きしめた。
「ひゃっ!?」
「こんなの可愛すぎるだろう……。晩餐なんて放置して、このまま部屋へ連れて帰りたい……」
「駄目に決まっております」
アレクのつぶやきに冷静に返したのは、いつもついている年配の侍女である。
「そろそろお時間です。リィカ様を離してエスコートなさいませ」
「……分かったよ」
渋々とリィカから手を離す。解放されてリィカはホッとするが、顔が熱い。手でパタパタ扇いでいると、アレクが「ほら」と左手を差し出した。
「行くぞ」
「あ、う、うん」
「部屋ではなく、晩餐の席へ、ですからね」
「分かっているっ!」
わざわざ念を押してきた侍女にアレクは叫んで、困った顔をしたリィカがそれでも手を重ねたのを確認して、歩き出したのだった。
※ ※ ※
「リィカさん、可愛いですね」
「レーナ様、きれい……」
晩餐の席に着く前に顔を合わせた女性二人は、お互いに褒め合う。が、リィカにレーナニアの言葉は耳に入っていない。
レーナニアは本当に綺麗だった。
ロングの金髪を結い上げて、両脇から一房ずつ髪が垂れている。首回りの露出はリィカより多めだが、そこにいくつも宝石がついた大ぶりのネックレスをつけていて、露出が気にならない。
リィカのレースが多く使われているドレスに対して、レーナニアのドレスにはそういったものがほとんどないが、スカート部分にはドレープがきいている。
同じ年齢のはずなのに、レーナニアの方が綺麗で大人っぽい。
「すごく、きれいです」
この人はもうすぐ結婚するんだなと思ったら、なぜか涙が出た。レーナニアが少し驚いた顔をして、そのままリィカに近づくと手を背中に回した。
「リィカさんだって、すごく可愛いですよ。ああもう、アレクシス殿下にあげてしまうのが、もったいないです」
もらい泣きでもしたのか、なぜかレーナニアも涙声である。
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「そもそも、別にリィカはレーナのものじゃないからね」
アレクがやや憮然として、アークバルトは呆れていた。
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