眠れる森の星空少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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 早瀬が住んでいるマンションへ到着した。意外な気分だ。タワーマンションや、デザイナーズ物件に住んでいるといったイメージを持っていたが、彼が住んでいるのは、一軒家のようなマンションだった。明るくて生活感がある。

「一戸建て感覚で住める。専用の庭はないけど、部屋から外を眺めると落ち着ける。本当は高い階の眺めを楽しみたかったんだけどね」
「ふむふむ。今の会社に入社が決まったからなのか。そうだよねー、通勤に便利で楽器が弾ける家なんて、すぐに見つからないよね」
「即入居できたよ。タイミングがよかった。そんなに意外なのか?俺の事はどう見えているんだ?」
「ええ?『俺』って?僕じゃないの?」
「それは社会人としての言い方だよ。君とは遠慮のない関係だ。だから、これから『俺』って言う。ふむふむ?」

 またイジッてきた。まともに取り合う気になれない。

 玄関扉を開くと、ナチュラル仕様の空間が広がっていた。壁がクリーム色っぽくて明るい感じだ。でも、置いてある家具はスタイリッシュ系だから、不思議な気分だ。

「はい、どうぞ」 
「お邪魔します。一人暮らしなのに広いんだねー」
「楽器関係の物を置いてあるからだよ」
「ヴァイオリンの他にもあるの?」 
「あるよ。こっちにおいで」 

 向かいの部屋へ通されて、思わず声を上げた。俺が欲しかったギター関係の機材が置かれていたからだ。

「わあーっ。どうしてアンプがあるんだよ?」 
「ギターを弾くからだよ。5年前だけどね。今はヴァイオリンしか弾いていない。また弾きたくなるかもしれないから、機材は置いてある」
「そうなんだ……」
「この部屋が防音になっている。夜に弾いてもOKだよ」
「いいなー」

 実家にはアンプを置いてある。プリンターぐらいの大きさだから、寮の部屋へ置くことは可能だった。しかし、楽器用の防音がされていないから、使用が禁止されている。ここにあるのは憧れのメーカーの物だ。おまけに何時でも練習可能だなんて、うらやましい。そのことを早瀬に言うと、ふむふむという返事が返ってきた。またイジってこられたから言い返すと、早瀬が笑った。  

「そうか。寮は楽器の使用が禁止されているんだね。いつ練習しているんだ?」 
「寮の中にあるレクリエーション室だよ。他にも練習してる子がいるよ。時間が決められているし、他の事でも使っているから、好きな時間には弾けないんだ。あとは、バンドの練習スタジオだよ」
「好きな時間に弾きたいよね?」 
「うん。就職したら頑張って、ここみたいなマンションに住むよ」 

 隣の部屋も見せてもらった。大きな棚には、何冊もの楽譜が置かれていた。興味のある楽譜や、探していた楽譜が何冊も見つかった。 

「この曲があるんだね。もう売っていないんだよ」
「大学入学後に買ったものだ。色んなものがあるだろう?」 
「大事に使うから、貸してもらえないかな?」 

 ネットでも店頭でも手に入らない楽譜を手に取った。真剣に早瀬のことを見つめて頼んだ。いい返事がもらえるといいなと思っていると、OKの返事が出た。

「ありがとう!」 
「その代わりに、ここで練習してくれ」
「どうして?」
「せっかく貸すんだ。上手になってもらいたい。満足に練習できる環境が必要だ。いつでもおいで」
「いや……、レクリエーション室で十分だよ」

 いつでも早瀬とは会いたくない。その度に苛められるに決まっている。

 さらに、この部屋の奥に連れて行かれて、ドアが開かれた。そこは小さめの部屋だった。

「悠人君。こっちを見て。ウォークインクローゼットだよ。丁度いい広さだから、使わない機材を置いてある。ほら……」
 
 早瀬が立っているそばには、暗い色のカバーが掛けられていた。そのカバーを取ると、憧れのメーカーのギターが、スタンドに立て掛けられていた。そして、そのギターを早瀬が手に取って、俺に差し出してきた。 

「持ってごらん」 
「わあーっ」
「エフェクターだ。これはね……」 
「ああ……っ」 

 喉から手が出そうな程に欲しかったギターだ。感激のあまり呆然としていると、他のカバーが取り外された。そこにあったのもギターの機材だ。

 これが俺の部屋なら、どんなに良かっただろう。これ以上、この部屋にいるわけにはいかない。早瀬からの誘いに乗ってしまう恐れがある。だから、アリアのギターを返して踵を返した。

「ありがとう!もう出るよ……」
「そっちの部屋で弾いてごらん」 
「いや、それをやると……」 

 もちろん弾きたいに決まっている。しかしそうすると、ここに通いたくなるだろう。すると、早瀬がギターを差し出して来た。

「しばらく弾いていないんだ。この子が可哀想だと思わないか?弾いてあげてほしい。俺は5年間も弾いていなくて、指が動かない」 
「ああー、えーっと……」
「はい、そっちの部屋へ行こう」 

 強引に背中を押されて、もう我慢の限界になった。憧れのギターとアンプを繋いで、気兼ねなくギターを弾き始めてしまった。 
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