眠れる森の星空少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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 レストランから出て、2人で夜道を歩いているところだ。梅雨の季節なのに今日は晴れている。今夜は湿気が少なくて風が気持ちいいから、車を降りて、湾沿いの遊歩道まで来た。

 小さな花が咲き誇る花壇のそばまで連れて行かれた後、歩道のフェンスに体を押し付けられた。そして、両方の肩に置かれた手の重みを感じて、唇が触れそうになった瞬間、顔を背けた。たまには仕返しをしたいからだ。

「悠人君。聞きたいことがある」
「なに?」 

 俯いたままで返事をすると、顎を持ち上げられた。視線の先には真剣な眼差しがあった。今日の大学のことかも知れない。ここで目を逸らすと逆効果なのに、少しだけ目を逸らしてしまった。 

「今日、大学で何があった?」
「何もないよ?」
「学食のビデオ通話で、夏樹君が絡まれたと言っていたよね?解決済みでも教えてほしい」
「成績のことで妬んできたから言い返したんだよ。教室の空気が重くなったから、相手の口にマフィンを押し込んだよ。みんなが一斉に笑って終わり」
「それは夏樹君から聞いた。他にあるんだろう?ちゃんと話すんだ」 
「それだけだってば」
「『それだけ』の顔をしていない。嘘も誤魔化しも下手だよ。正直に話してくれ」 
「うん……」
「夏樹君の家に遊びに行ったのは、今朝のことがあったせいだと思っていたけど。迎えに行って顔を見たら、それだけには思えなかった。奥村君も絡んでいたのか?」
「うん……」 
「肝心な時に何も言わないのは駄目だ」
「言いたくない」 

 早瀬を傷つけるかも知れない。奥村のことは自分にも責任がある。北添から言われた、『久田って思わせぶりだよな』 の言葉通りだ。高校生の時のアイツにも、同じことを言われた。ただ一緒に遊んで話しただけなのに。

「悠人君。俺の方を見るんだ」
「だって……」 
「何を聞いても驚かない。いつまでもそんな顔をさせたくない」 
「うん……」
「悠人!」
「迷惑を掛けるから言いたくない」 
「黙っていることが迷惑だ」
「……っ」
「噛みつくぞ?」 
「え?」 
「頭からガジガジやる。いいのかな?」 

 早瀬の顔がいじめっ子になっていた。抱き寄せられている腕が離れて、ゆっくりと頭を引き寄せられた。肩に頬を寄せていると安心してきて、話す勇気が出た。

「実はね……」 
「ゆっくりでいいよ」
「うん……」

 北添からの言葉を言った。アイツから言われたこととの共通点があることも。その時、悲しさと情けなさが襲ってきたことや、苛立ちが起きた事を打ち明けた。早瀬は相槌だけ打ってくれて、全てを話し終えた時に謝られた。

「ごめん。俺が余計なことをした」
「そんなことないよ」
「守るつもりだった。簡単に追い払えると思っていたよ。認識が甘かった。反省した」 
「もう終わったことだよ」 
「そうとは限らない。悠人君のことが好きになって、どうしても付き合いたい奴は出てくる。その度に邪魔をして守る」 
「女の子じゃないし」 
「女の子の方が強いよ」
「なんだよー」 

 自分もそう感じている。腹が立ったから否定したいが、それしか言い返せなかった。俺を見て早瀬が苦笑した後、額同士をくっつけてきた。お互いに目を開けたままだ。

「君が強いことは知っているよ。夏樹君や桜木君のことも守った。でも、俺の前では弱いままでいてくれ。立場がなくなる」
「立場って?」 
「存在意義。君のSPだよ。身辺警護の仕事を奪わないでくれ」 

 どうしよう。胸が痛くなった。甘い雰囲気になるのは照れくさいから避けたくて、わざと目を背けた。すると、早瀬が笑い声を立てた。だから、思い切って言った。

「裕理さんって、馬鹿じゃないの?」 
「馬鹿だよ」 
「あんなことやったから、面倒くさいことになったんだからね。反省しろよ……」 
「反省する。中途半端すぎてやり返された。次は一発で仕留める」 
「本当に?約束を破るんじゃないの?」 
「うーん。可愛くないなあ。本心を言えなくて、ウジウジしている君のほうが良かったな」
「な、なんだよ……。ウジウジしている事も見破っていたんだね……」
「どっちも好きだ。急に変われないのは当然だ。それまで手を焼きそうだな」 
「だったら、別れたらいいだろ」 
「やることもやっていないのに?」 
「バ……、バ……」
「馬鹿な子ほど可愛い?お互い様だよ。キスをしよう」
「何するんだよ!」  

 早瀬の胸を両手で持って押した。キス以上のことを期待しているのに、今はしたくない。それでも暴れ回って拒否することも出来ない。どうやってこの矛盾を理解しよう。

「観念しろ」
「キャラを変えるなよ」
「もう黙れ」 
「んっ、んんーっ」 

 軽く触れ合った後、温かいものに絡め取られた。濃厚なキスだ。翻弄されながらも子供扱いされているのに、急に強引に変わられると戸惑うばかりだ。

「キス以上の期待はどうなった?」
「気が変わったもん。何もしたくないよ!」 
「行ったり来たりか。落ち着きがないね。そういうところも好きだよ」
 
 耳元で囁かれた声に体が震えた。そして、フラつく足元を支えられて、車へ乗り込んだ。その後、早瀬の家へ連行された。苛められる覚悟をしながら。
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