眠れる森の星空少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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9-1 魔法使いの家

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 6月9日、日曜日。午前8時半。 

 緩やかな坂になっている住宅街を早瀬の車が進んでいく。今日は夏樹の家へ遊びに行く日だ。早瀬と2人で選んだ土産が後部座席にある。しゃぶしゃぶを食べに行った日から、俺達は喧嘩やすれ違いをしていない。仲睦まじく土産を選べたと思う。それが嬉しくて、後部座席を振り返っていると車酔いになりそうになり、早瀬から笑われてしまった。 

「夏樹から聞いたんだ。実家ではトマトを育てていたんだって。今はプランターで九条ネギとニラ、ミント、プチトマト、大葉を育てているんだ。遊びに行った時に見せてもらったよ。レース編みもやっていたんだ。俺とは性格が反対だよ」 
「それは言える。温泉施設のプールで遊ぶか、露天風呂で過ごす違いだ。今日はバタバタ走り回れるね。外は車が多くて危ないからね。よかったね」
「俺は小学生じゃないよ」
「色んな虫が棲んでいそうだ。楽しみだね?」 
「……」 
「あれ?虫は苦手だったかな?」 
「苦手……」 
「キッチンの黒いヤツだけかと思っていたよ」 
「全般がダメ……」 
「土を掘り起こすと色々と……、楽しみだね?」
「子供みたいな嫌がらせを言うなよー」

 早瀬の身体をバシバシ叩いてやった。それでも笑い続けているから無駄なのか。気を紛らわそうとスマホを見ると、父からの着信はなかった。
 
「お父さんから折り返しがないだろう?」 
「うん。今日は休みのはずだけど。そのうちかかってくるよ」 

 今朝、父親に電話を掛けた。早瀬と暮らすことを伝えるためだ。 早瀬は大丈夫だと言うが、すんなり納得するとは思えない。嫌な思いをするのは自分だけでいい。用件だけ伝えた後、電話を切るつもりだ。 

(でもなあ。裕理さんとは仕事で会う機会があるし、何か言うかもしれない……)

 それが引っかかっている一番の理由だ。母からは連絡が来るが、恋人と暮らしているのを知った後は追い払うようにして電話を切っている。 

「悠人君、心配ない。SPの俺がいる」 
「エロいSPだよね」 
「へえ~?どうしてエロいのかな?」
「知らないよ!あ、お父さんから電話が来た……」 
「公園があるから停めるよ。時間はまだある」 
「ありがとう」
 
 父から電話が入った。車が右折して公園のそばに行った。俺は停車するのを待たずに電話に出た。さっさと用件を言ってしまいたいからだ。

「もしもし」
「お前の方から珍しいな。何があった?」 
「寮を出るからその連絡だよ。一緒に暮らしたい人がいるから」 
「同級生の子か?」 
「社会人だよ。今年31歳の男の人。付き合っているんだ。その人のマンションへ行くから」
「相手の名前と勤務先を教えろ」 
「それを先に聞くわけ?いつからとか聞かないわけ?」 
「まずは相手のことだ」

  胸がチクチク痛くなった。どういう付き合いをしているのか?いつから?同性だろう?そういう質問が飛んでくる前に、相手の『名刺』を知りたがっている。大企業に勤めている相手ならいいのか? 父に聞きたいことがたくさんある。ありすぎて黙っていると、父の声が固くなった。 こうして言葉に詰まった時には、威圧感を感じている。

「悠人。名前も言えない相手なのか?」
「お父さんには言いたくない!」 
「反抗か」
「もう大学をやめ……、裕理さん!?」 

 電話がつながったまま、横から伸びた手にスマホを奪い取られた。そして、止める間もなく、早瀬が話し始めた。

「もしもし。お久しぶりです、黒崎製菓の早瀬です」
「……」
「はい。悠人君とはバイト先で知り合いました。会社の近くです。ええ、そうでしたね」 
「……」 
「とんでもない。その節はお世話になりました。はい、業務は順調です」 

 話しぶりからも、ごく普通の空気が流れている。早瀬の横顔には笑顔が浮かんでいるし、内容は聞けないものの、スピーカーから漏れ聞こえてくれる声のトーンは落ち着いている。何も怒っていないように聞こえる。
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