海のそばの音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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 バタン、ガーーー。

 乗っていたタクシーが走り去った。マンションの車寄せで降りると、冷たい風が吹いてきた。植え込まれた木や花からは、いい匂いがしている。春や夏のものとは違う、冬の気配だ。すっかり寒くなった。

(出会ったのは5月だったもんな。七夕、夏、引っ越し、バンドコンテスト、ハロウィン。もうそろそろ7カ月になるのかー)

「寒いだろう。入ろう」
「うん。重いだろ?少し持つよ」
「だーめ。持たせてやらない」
「たくさんあるのに……」
「引っ越しのバイトで培った腕力だ。気にするな」
「裕理さんって、力があるもんね。そのバイト、長くやったの?」
「いや、半年ぐらいだ。けっこう指先を挟むことがあった。それから後は、カフェと合気道の講師のバイトをした。卒業まで」
「合気道を教えられるんだね。初めて知ったよ」
「柔道や空手は怪我をする。子供の頃に身体を鍛えるために習った。親父からの勧めだった」
「仲のいいお父さんのことだね!会ってみたいなあ。あ……」

 どうしよう?いくら仲がよくても、母親とはそうでないと聞いている。触れられたくないかもしれない。自分がそうであったように。

「気を遣うな。親父には会ってもらいたい。向こうもそう言っているんだよ」
「そうなんだ?いつでもいいよ!」
「まだ仕事でバタバタしているはずだ。もう少し経ってからだ」
「うんっ」
「面白い人だ。気が合うと思う」
「裕理さんのお父さんだもんね」

 千尋製菓の跡目争いのことが思い浮かんだ。コンビニに入った時に、週刊誌の表紙に見出しがあった。ついページを開いてしまった、引退する社長の跡目を狙って、役員が争っていると書かれていた。役員や上の役職は身内が多くて、うまくいかないという。変な噂が立ったことで業績不振に陥る可能性も出ているとあった。

 元から不振ぎみなのは言われていたことで、こっそりとネットで調べた。落ちていく企業のパターンだといえる。大学の授業でしか習っていない自分でも分かるものだった。

 お父さんは社員からに好かれていて、応援する人が多い。婿養子であること、優しい人すぎて発言力が弱いとも書かれていた。

 写真の男性は、温厚そうな人だった。それなのに、いい子のふりをする必要があるほどに、絡み合った家だと想像している。

 お父さんのことが心配だろう。何も話してくれないから寂しい。聞いたところで、何も出来ないからだろう。話すだけでも楽になるというのは、自分勝手な考えだろうか?しっかりした奴になって相談されるようになりたい。
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