海のそばの音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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 どこからか、いい匂いがしている。もう朝になったのだろうか?たしか夏樹と佳代子さんが来てくれていた。あの後、すぐに眠くなり、ソファーで寝転がった。大きな窓からは夜空が見えている。ということは、夜だろう。早瀬が帰ってきたのか気になった。

「裕理さん?帰ってきたのかな?」

 起き上がろうとすると、ふんわりした感触が顔に当たった。こげ茶色の、ネコの形をしたクッションがある。これに突っ伏して寝ていたのだろう。見たことがないものだ。ボーっとして、また目を閉じた。

「ゆうとくーん、ご飯だよ」
「ん……?」

 そばで早瀬の声がした。心待ちにしていたものなのに、寝起きが悪いから起き上がれない。せめて目を開けようとすると、まぶたを引っ張られる感覚があった。

「目を開けようね。パチ」
「パチ……」
「……どっこいしょ」
「どっこいしょ……」
「……グーーン」
「グーーン、んん!?」

 アホみたいに復唱してしまった。早瀬から両手を掴まれて抱き起されていた。ニットを着ているから、随分前に帰っていたのだろう。まだ頭が働かないから、されるがままになっている。さらに瞼を引っ張られて、頬もつねられた。

「んがーーっ」
「……もう起きないと寝れなくなるぞ?明日は出かけるんだろう?」
「行ってもいいの?」
「……駄々っ子には降参だ。機嫌よく店へ連れて行きたい」
「へへへ。起きるよ!」

 嬉しいことを聞いたから、さっさと起きる気になった。もしかすると喧嘩になるかもと思っていたぐらいだ。苦笑しているから、本当は行かせたくないのだろう。早瀬の手を取り、自分の額に当てさせた。

「もう熱は下がったよ」
「はいはい。すぐに食べられるから、手を洗っておいで」
「うん。おかえりなさい!」
「ただいま」
「あ……」
「どうした?」

 どうしよう?口にしていいものか迷った。いつもと雰囲気が違うからだ。スッキリしているような、疲れたような感じだ。仕事で何かあったとしか思えない。

「仕事で何かあった?」
「良いことがあった。どうしたんだ?」
「イメージが違うからだよ。また二人いる感じ」
「俺しかいないぞ。さあ、立って」
「うん!」

 気のせいかな?さっきの早瀬は嬉しそうにしていたから、言葉どおりだろう。その手を取って立ち上がった時、左手首に赤い跡がついていることに気がついた。掴まれたようなものだ。やっぱり何かあったのか。

「この赤いのは、どうしたんだよ?指の形に見えるよ?」
「これか。オフィスで騒いでいた奴がいたから止めた。その時のものだ」
「巻き添えになったの?」
「部下が危なかったから止めようとした。明日が辞令式だから、何もするなと言われて、俺の方が止められた。その時に出来たんだろう。帰る時は気がつかなかった」
「そんなことがあったんだ……」
「君には正直に言う約束だ。先に昇進したことが気に入らない人がいた。枝川に因縁をつけて挑発していた。俺が何かすれば、昇進が飛ぶと思ってだろう」
「どうしてそんなことされないといけなんだよ!裕理さんは頑張ってるのに」

 本当にこれだけで済んだのか?腹が立って、言葉が出てこない。ヘトヘトになって帰って来て、少し痩せたのに。俺でも分かるぐらいだから、想像以上に頑張っているのだろう。なんて理不尽なことだ。

「そうやって、腹を立ててもらえて嬉しい。でも、もう終わったことだ」
「そうだけど。モヤモヤするよ。何か処罰はないの?」
「それはね。そうすると、かえって混乱するんだ」
「泣き寝入りってこと?」
「ウーン、どう説明しようかな?」

 早瀬が苦笑しながら頭を撫でてきた。説明が足らなかったねと。これでは困らせているだけだ。冷静に話を聞いて、納得することが必要だろう。いつまで経っても、こんな反応しかできない。

「部下に庇ってもらった。かえって良い結果になった。みんなが仲良くなった」
「それはよかったよ。……因縁をつけてきた人はどうなった?」
「戦いごっこをしたことはあるか?」
「うん。男同士でバタバタやった。怪我もしたよ」
「戦いごっこだっと判断した。みんなが納得できた。元通りになった。その相手は、何のお咎めなしにはならない」
「でもさ。軽い処分になるんじゃないの?被害者がいないってことだから。騒いだってだけの処分だよね?不当な処分は出来ないよね?」
「鋭いね。よく勉強している」

 茶化すように撫でられて、何でもなかったふりをされた。こういう展開が欲しいわけではない。もっと対等に話したい。しかし今の自分には無理だと自覚している。もどかしい。

「どうして許すんだよ?上司の立場じゃん」
「処分することが全てじゃないからだ。利益を考えての判断だった。その時は俺も腹が立っていたけど、昇進が飛ぶ可能性があった。そうなると周りも混乱するし、支障が出る。それに今は君がいるから、守るべきものがある」
「うん……」

 嬉しいことを言われたはずなのに、心の中は反対だ。納得がいかない。これまで積み重なっての結果のはずだ。
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