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つらいことがあっただろう。どうして言ってくれないのか?聞くだけなら出来るし、負担にならないよう気をつけるのに。ここで泣いてどうする?自分に負けたのも同然だ。悲しくて泣いていない。何も出来ない自分が、悔しくてたまらない。唇が震えているのは、嗚咽だけのせいではないだろう。両手だって震えている。ギュッと握って、怒りを堪えた。ここで爆発させたとして、早瀬には関係ない。自分に対しての怒りだからだ。ここで表面に出せば、謝られるに決まっている。
「悠人。やっと怒れるようになったか」
「そうだよ!自分に怒っているんだ。裕理さんにじゃないよ……」
「俺に怒れ。君が自分を責めてどうする。そうやってドアを閉めないでくれ」
「え?裕理さんが閉めているじゃん!あ……」
どうしよう?こんな展開を望んでいないのに。早瀬の心を慰めて寄り添いたいのに。反対のことをしている。このままでは平行線どころか、離れてしまいそうだ。
ドアって何?早瀬の心にあるものだろう?それを開けたくてたまらなくて、ずっと見つめていた。書斎のようにノックする勇気がなくて、立ち止まっている。もしかして、自分のことだろうか?俺の方にこそ、存在していたのか?
「裕理さん。俺ね、書斎のドアをノックできないん だ。言葉で、コンコンって言ってるもん」
「毎回だ。触れることが怖いのか?」
「うん……」
「だから君には言えない」
「え?なんで?」
「今でも悩んでいるのに、これ以上の負担をかけたくない。まだ19歳だ。これから大人の世界を知る時期だ。少しずつ進ませたい。いっぺんに出来ないだろう?そこまで器用な子じゃない。……お父さんに約束したことを覚えているか?……責任を持って導くと」
「大学のことだろ?」
「それだけじゃない。お父さんは分かっているはずだ。ちゃんとやっていけるように、育てていく約束をした」
「どうして?パートナーなのに?」
対等に見られていなかったのか。自分が子供っぽいせいだ。前に進まなくて困っているからだ。そんな子に、どうして大人扱いが出来るというのか?負担になりたくないのに、荷物になっていたのか。
「高速道路のような道を歩かせたい。少しでもつまづかせたくないからだ。君はよく転ぶし、怪我をする。自分でも立ち上がることは出来ても、周りを気にしている。ますます落ち込んでいるだろう。どうして自分はこうなのか?って。自信が付くまでは……」
どうして、他の子のように出来ないのか?夏樹のように出来ないのか?解けたはずの呪いが、再び架けられようとしている。自分自身によって。
「自信がつくまで守ってくれるんだ?」
「その先もだ」
「だめだだめだーー!」
「俺の考えは変わらない。言うことを聞いてくれ」
「裕理さん。俺が何もできないから?」
「君に力が無いとは言っていない。いじめてもいない。真剣だ」
「分かってるよ……」
これでは平行線だ。頭を冷やそう。ディベートの授業では、どれだけ冷静に話を聞けるのかが重要だ。夏樹の切り返し方はどんなものだろう?いつも冷静に話を聞いて、ブレた部分を指摘する。そして、相手の言い分を崩していく。嫌な顔をしようが泣きそうになろうが、躊躇することはない。授業の終わりに、夏樹がディベートの相手と喧嘩になりかけたときのことを思い出した。
(……俺達はやるべきことをやっているんだ)
「……お前の言い方がキツイんだよ!)
(その練習時間だよ。嫌なら、他の学科で単位を取ればいい)
(法学部を選択するには必要だ)
(だったら納得いくまでやれよ)
(その言い方が、それが……)
(八つ当たりはやめようね)
(人の輪に入れないだろ?そんなんじゃ……)
(この時間と関係ない。それが分からない子とは、付き合わなくていい)
(……)
相手は何も言い返すことができなくなった。あの思い切りの強さが、自分には欠けている。いつも人の顔色をうかがっている。夏樹だから、黒崎さんのパートナーが務まっている。だったら自分はどうなのか?早瀬はすごい人だ。そんな人と釣り合うのか?
早瀬のことを見つめると、二つの感情が出ている。戸惑って、困っている顔。何としてでも意志を貫きたいという顔。自分はどんな顔をしているだろう?
泣いている?
笑っている?
寂しがっている?
触れれば届く距離にいるのに、触れたら透けてしまいそうだ。この間の、理想の実家の夢のように。祖母に触れようとすると向こうに突き抜けて、その体温を感じることが出来なかった。心が弱った時に見せてくれる夢だ。
どんな夢を見ているのだろう?ここまで大事にされている。ヘトヘトになるまで働いて、家庭を守ってくれる。
贅沢なことで悩んでいる。差し伸べられた手を取り、整えてもらった道を歩けばいいのに。たったそれだけのことだ。自分のちっぽけなプライドなんて、捨ててしまえ。
「悠人。やっと怒れるようになったか」
「そうだよ!自分に怒っているんだ。裕理さんにじゃないよ……」
「俺に怒れ。君が自分を責めてどうする。そうやってドアを閉めないでくれ」
「え?裕理さんが閉めているじゃん!あ……」
どうしよう?こんな展開を望んでいないのに。早瀬の心を慰めて寄り添いたいのに。反対のことをしている。このままでは平行線どころか、離れてしまいそうだ。
ドアって何?早瀬の心にあるものだろう?それを開けたくてたまらなくて、ずっと見つめていた。書斎のようにノックする勇気がなくて、立ち止まっている。もしかして、自分のことだろうか?俺の方にこそ、存在していたのか?
「裕理さん。俺ね、書斎のドアをノックできないん だ。言葉で、コンコンって言ってるもん」
「毎回だ。触れることが怖いのか?」
「うん……」
「だから君には言えない」
「え?なんで?」
「今でも悩んでいるのに、これ以上の負担をかけたくない。まだ19歳だ。これから大人の世界を知る時期だ。少しずつ進ませたい。いっぺんに出来ないだろう?そこまで器用な子じゃない。……お父さんに約束したことを覚えているか?……責任を持って導くと」
「大学のことだろ?」
「それだけじゃない。お父さんは分かっているはずだ。ちゃんとやっていけるように、育てていく約束をした」
「どうして?パートナーなのに?」
対等に見られていなかったのか。自分が子供っぽいせいだ。前に進まなくて困っているからだ。そんな子に、どうして大人扱いが出来るというのか?負担になりたくないのに、荷物になっていたのか。
「高速道路のような道を歩かせたい。少しでもつまづかせたくないからだ。君はよく転ぶし、怪我をする。自分でも立ち上がることは出来ても、周りを気にしている。ますます落ち込んでいるだろう。どうして自分はこうなのか?って。自信が付くまでは……」
どうして、他の子のように出来ないのか?夏樹のように出来ないのか?解けたはずの呪いが、再び架けられようとしている。自分自身によって。
「自信がつくまで守ってくれるんだ?」
「その先もだ」
「だめだだめだーー!」
「俺の考えは変わらない。言うことを聞いてくれ」
「裕理さん。俺が何もできないから?」
「君に力が無いとは言っていない。いじめてもいない。真剣だ」
「分かってるよ……」
これでは平行線だ。頭を冷やそう。ディベートの授業では、どれだけ冷静に話を聞けるのかが重要だ。夏樹の切り返し方はどんなものだろう?いつも冷静に話を聞いて、ブレた部分を指摘する。そして、相手の言い分を崩していく。嫌な顔をしようが泣きそうになろうが、躊躇することはない。授業の終わりに、夏樹がディベートの相手と喧嘩になりかけたときのことを思い出した。
(……俺達はやるべきことをやっているんだ)
「……お前の言い方がキツイんだよ!)
(その練習時間だよ。嫌なら、他の学科で単位を取ればいい)
(法学部を選択するには必要だ)
(だったら納得いくまでやれよ)
(その言い方が、それが……)
(八つ当たりはやめようね)
(人の輪に入れないだろ?そんなんじゃ……)
(この時間と関係ない。それが分からない子とは、付き合わなくていい)
(……)
相手は何も言い返すことができなくなった。あの思い切りの強さが、自分には欠けている。いつも人の顔色をうかがっている。夏樹だから、黒崎さんのパートナーが務まっている。だったら自分はどうなのか?早瀬はすごい人だ。そんな人と釣り合うのか?
早瀬のことを見つめると、二つの感情が出ている。戸惑って、困っている顔。何としてでも意志を貫きたいという顔。自分はどんな顔をしているだろう?
泣いている?
笑っている?
寂しがっている?
触れれば届く距離にいるのに、触れたら透けてしまいそうだ。この間の、理想の実家の夢のように。祖母に触れようとすると向こうに突き抜けて、その体温を感じることが出来なかった。心が弱った時に見せてくれる夢だ。
どんな夢を見ているのだろう?ここまで大事にされている。ヘトヘトになるまで働いて、家庭を守ってくれる。
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