海のそばの音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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 12時半。

 都内にある『南国温泉物語』に到着した。たくさんの種類の風呂と温泉プールがある施設だ。夏樹と森本が温泉好きだから、よく来るようになった。ここで風呂に入って食事をした後、プレゼント選びに行く予定だ。

 風邪を引いたばかりだから、温泉に入るのはやめてこうと言われた。しかし、せっかくだから楽しみたい。露天風呂で浸かると約束して、入ることになった。

 カタカタ……。

 広い脱衣場には、ロッカーが並んでいる。平日だから混んでいないのに、隅っこを選ぶ習性は共通点だ。服を脱いだ後、ロッカーのカギを手首につけた。夏樹が浴場の扉を開いた後、声をかけてきた。

「ゆうとー、カギを忘れないでね?」
「はーい」

 自分もタオルを持って浴場に向かった。男同士だから、何も恥ずかしくない。普通に話しながらシャワーのコーナーへ行き、身体を洗い終えた。

 ジャーー、ギュ……。

 シャワーで使ったところを洗い流した。石のつい立てごしに、夏樹が顔をのぞかせた。真っ白い肌には、赤い点々がついている。キスマークというものだ。惜しげもなく、さらけ出している。見ているこっちは照れくさい。

「ゆうとー?恥ずかしいの?」
「裸は恥ずかしくないよ……」
「ああ~、そういうことか~」
「な、なな、な、何が?そういうこと、な、わけー?」
「スタッカートで話せるんだね。すごいよ……」
「そういうことじゃないけど……」
 
 うまく誤魔化せてホッとしたのは、束の間だった。俺の隣に腰かけてきたからだ。夏樹の髪の毛からは、水滴が落ちている。ふっくらした下唇が濡れて、湯気で赤みが増している。長いまつ毛も濡れていて、色気を放った視線が向けられた。男に見惚れてドキドキするなんて、早瀬のせいだ。

「ひいいいっ」
「どうしたんだよ~?」
「鼻にお湯が入ったんだよ。ふぇーーくしょん!」
「もう浸かった方がいいよ。はいはい、行こうね~」
「う、うん」

 さっきのことを誤魔化せたようだ。キスマークとドキドキしたことの両方だ。気分をリセットするには丁度いいと思い、近くにあった広い湯船に入った。すると、夏樹がウンウンと頷き始めた。俺の背中に触っている。

「な、な、な、なに?」
「さっきは湿疹が出てると思って見てたんだ。これって蕁麻疹だよね?」
「そうだよ!じんましん!」
「上手くいっているんだね~。恥ずかしくないよ?」

 夏樹がにっこりと笑った。蕁麻疹が恥ずかしいのか?と。天然ボケに助けられているから、このままスルーしよう。しかし、さらに指先が肌を辿っていく。

「ひいいいいっ」
「これって新しいやつだね。甘いムードなんだろ?ね?ね?」
「なななんのことだよ?蕁麻疹と、どういう繋がりがあるんだよ?」
「キスマークのことを言っているんだよ。直接的な表現は照れくさいだろ?だからこそ、ボカした表現にしているんだ」
「ふむふむ……」

 そういうことか。アセモ、湿疹、じんましん。物は言いようだな。妙なことで感心していると、ツンツンを指で突き始められた。恥ずかしいのと、親友にドキドキしている動揺で、頭の中はパニックだ。

 ザバーーッ。バシャン!

 全ての妄想を振り切ろうと、湯船から立ち上った。お湯が跳ねて波まで出来た。そんな俺のことを見ても、夏樹が感慨深そうにしている。

「昨夜のじんましんだよね~」
「昨日の夜は何もしてないよ!」
「朝なんだ?早瀬さんって、パワーがあるんだね~」
「朝もヤッてないから!あ……」

 どうしよう?風呂に入っている人から、一斉に視線を向けられた。脱衣場もシャワーも人が居なかったから油断していた。隣のヒノキ風呂にはお爺さんがいて、露天風呂への扉を開けているオジサンがいる。

「あの……」
「でもさ~。こことここは新しいやつだよ?」
「それはないから。ああ、ほんとだ」

 夏樹が教えてくれたのは、左のわき腹のキスマークだ。昨日の風呂ではついていなかった。ということは、寝ている間につけられたものだ。起きた時には元通りに話ができたが、喧嘩中には変わりない。それなのに、心の余裕があったということだ。早瀬にとっては、その程度のことだったのか?モヤモヤしているのがアホらしい。大人と子供の大きな差だろうか?

「……悠人、ごめんね。言い過ぎたよ」
「違うんだよ。寝てる間に付けるなって言っておいたんだ。それなのに付けられたんだ」
「……そっか~。なかなかねえ。ウンウン」
「うん……白黒つけてほしいんだ……」
「……赤しかないからねえ」
「そういう意味じゃないよ。どっちかにしろってこと」
「0か100ってことだよね?白黒思考のことだろ?」
「知っているんだ?」
「うん。黒崎さんから注意されたことがあるよ。白黒、グレー。お前は別の色を追加するってさ」

 夏樹が目を閉じて頷いた。その姿はベテランというもので、達観しているようにも感じた。
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