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17-12(早瀬視点)
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13時半。
20階のオフィスで休憩中だ。午前中の辞令式の後、営業企画部内の各部署にあいさつ回りをした。その間には、取引先より昇進祝いのメールが寄せられていた。社内では、課長職以上への昇進祝いのメールを送ることは禁止されている。それでも送られて来る。
メッセージボックスのタイトルを見た。重要な取引先のものが入り、すぐに対応して返信しておいた。後に残っているのは社内のもので、個人的な祝いメール、祝賀会を開くという連絡メールだ。そのひとつをひらいた。
「『部長代理、総括ご昇進、おめでとうございます。……お疲れさまです。このたびは、おめでとうございます。早瀬さんの仕事への取り組み方や、誰に対しても真摯に向き合われる姿勢を、いつも尊敬しております。これからますますお忙しくなると思いますが、今後のさらなるご活躍と……お祈りいたします……取り急ぎ、メールにてお祝い申しあげます 経営企画部、高田』」
「『黒崎製菓株式会社 営業企画部 早瀬様。……いつもお世話になっております。…株式会社R&Wの高野でございます。日頃より早瀬様の仕事に対する姿勢や取り組みを近くで拝見し、敬服しておりましたため、自分のことのように嬉しく思っております。どうかご健康には留意され、ますますご活躍されますことをお祈り申しあげます。……取り急ぎ、略儀ながらメールにて失礼いたします』」
「高野からか。他人行儀だな。同じグループ会社なのに」
高野は27歳という年齢ながら、会社では一目を置かれた存在だ。深川副社長からの信頼が厚く、本人もいい奴だ。何度も飲みに行った仲だというのに、こういう面では線を引ける男だ。
デスクに置いてあるスマホには、ラインが数件入った。高野からのプライベートとしてのものと、今朝のニュースを見た同級生や楽団仲間からだ。
同級生の蔵之介からも届いた。俺と佐久弥が取り残していたものを片づけたことで、今では前に進めた。心置きなく進んだはいいが、肝心の悠人のことを置き去りにしてしまった。お前は後ろの方で待っておけ。そう言い置いて道路を整えた。たまに振り返ってはいたが、取り残されていると思わせてしまった。草を引き抜かせておけばよかったのか?
「草むらには虫がいるからなあ。指先を切るかも知れないし、汚したくなかった……」
はあ……。本日9度目のため息をついた。我慢していたが、今の状況では出てきてしまう。何度も電話をしたのに、一切の反応がない。この一か月を振り返れば、返信がないのは当然だろう。忙しさを口実にして、ラインの返信を減らしていたからだ。素っ気ないふりをしていた。こういう会話があったからだ。
(裕理さん、俺のことを、めっちゃ追いかけてきたもんね)
(……好きだからだよ。よく逃げていたね?)
(追いかけると逃げたくなるんだよ。今だって……)
(え?)
(ううん、何でもないよ)
追いかけると逃げるのだと、初めて知った。絶えず恋人がいたが、追いかけたことがなかった。付き合い始めるまでにアプローチはしたが、数回のことだ。恋愛に貪欲ではないからだ。それでも相手を作ったのは、寂しさを紛らわせるためだ。
悠人のことは逃したくない。少々は素っ気ないふりをして、物足りないさを感じさせることにした。恋愛マニュアルサイトや、本を参考にした。世話になる日が来るとは思わなかった。
「釣った魚にエサをやらない、か。見事に失敗した……。ビーフシチュー、作ってやりたいな。食べてくれるかな……」
頭の中には、ハロウィンイベントのメリーゴーランドが存在している。クルクルと回っているのは、後悔というものだ。
今どこにいる?
何をしている?
誰かと会っているのか?
マメに連絡させているのは、心配だけが理由ではない。他の誰かのことが気になるからだ。ここまで嫉妬深くて、独占欲の強い男だとは知らなかった。
はあ……。本日10度目のため息をついた。こんなものを吐いたところで、本音を吐けやしない。だからこそ、こういう結果になっただろう。やっと自覚した。
20階のオフィスで休憩中だ。午前中の辞令式の後、営業企画部内の各部署にあいさつ回りをした。その間には、取引先より昇進祝いのメールが寄せられていた。社内では、課長職以上への昇進祝いのメールを送ることは禁止されている。それでも送られて来る。
メッセージボックスのタイトルを見た。重要な取引先のものが入り、すぐに対応して返信しておいた。後に残っているのは社内のもので、個人的な祝いメール、祝賀会を開くという連絡メールだ。そのひとつをひらいた。
「『部長代理、総括ご昇進、おめでとうございます。……お疲れさまです。このたびは、おめでとうございます。早瀬さんの仕事への取り組み方や、誰に対しても真摯に向き合われる姿勢を、いつも尊敬しております。これからますますお忙しくなると思いますが、今後のさらなるご活躍と……お祈りいたします……取り急ぎ、メールにてお祝い申しあげます 経営企画部、高田』」
「『黒崎製菓株式会社 営業企画部 早瀬様。……いつもお世話になっております。…株式会社R&Wの高野でございます。日頃より早瀬様の仕事に対する姿勢や取り組みを近くで拝見し、敬服しておりましたため、自分のことのように嬉しく思っております。どうかご健康には留意され、ますますご活躍されますことをお祈り申しあげます。……取り急ぎ、略儀ながらメールにて失礼いたします』」
「高野からか。他人行儀だな。同じグループ会社なのに」
高野は27歳という年齢ながら、会社では一目を置かれた存在だ。深川副社長からの信頼が厚く、本人もいい奴だ。何度も飲みに行った仲だというのに、こういう面では線を引ける男だ。
デスクに置いてあるスマホには、ラインが数件入った。高野からのプライベートとしてのものと、今朝のニュースを見た同級生や楽団仲間からだ。
同級生の蔵之介からも届いた。俺と佐久弥が取り残していたものを片づけたことで、今では前に進めた。心置きなく進んだはいいが、肝心の悠人のことを置き去りにしてしまった。お前は後ろの方で待っておけ。そう言い置いて道路を整えた。たまに振り返ってはいたが、取り残されていると思わせてしまった。草を引き抜かせておけばよかったのか?
「草むらには虫がいるからなあ。指先を切るかも知れないし、汚したくなかった……」
はあ……。本日9度目のため息をついた。我慢していたが、今の状況では出てきてしまう。何度も電話をしたのに、一切の反応がない。この一か月を振り返れば、返信がないのは当然だろう。忙しさを口実にして、ラインの返信を減らしていたからだ。素っ気ないふりをしていた。こういう会話があったからだ。
(裕理さん、俺のことを、めっちゃ追いかけてきたもんね)
(……好きだからだよ。よく逃げていたね?)
(追いかけると逃げたくなるんだよ。今だって……)
(え?)
(ううん、何でもないよ)
追いかけると逃げるのだと、初めて知った。絶えず恋人がいたが、追いかけたことがなかった。付き合い始めるまでにアプローチはしたが、数回のことだ。恋愛に貪欲ではないからだ。それでも相手を作ったのは、寂しさを紛らわせるためだ。
悠人のことは逃したくない。少々は素っ気ないふりをして、物足りないさを感じさせることにした。恋愛マニュアルサイトや、本を参考にした。世話になる日が来るとは思わなかった。
「釣った魚にエサをやらない、か。見事に失敗した……。ビーフシチュー、作ってやりたいな。食べてくれるかな……」
頭の中には、ハロウィンイベントのメリーゴーランドが存在している。クルクルと回っているのは、後悔というものだ。
今どこにいる?
何をしている?
誰かと会っているのか?
マメに連絡させているのは、心配だけが理由ではない。他の誰かのことが気になるからだ。ここまで嫉妬深くて、独占欲の強い男だとは知らなかった。
はあ……。本日10度目のため息をついた。こんなものを吐いたところで、本音を吐けやしない。だからこそ、こういう結果になっただろう。やっと自覚した。
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