海のそばの音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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 新しい自分のデスクは、役員室と営業企画部長のそばだ。つまりは黒崎のデスクと近い位置にある。昨日までのデスクの反対方向で、大して離れていない。これが何を意味するのか?秘書をやらされるということだ。さすがに甘やかす余裕はない。その対象者が現れて、そばの椅子に腰かけた。特に用がないのは顔を見なくても分かっている。何あれば座ることはない。

「……早瀬。怪我をしていないだろう」
「これですか……」

 デスクに置いてあるのは、悠人の使用済みの絆創膏だ。3つ全てを並べているのは、無くさないためだ。書斎に置くと悠人にバレるし、ゆっくり指輪のデザインを考えたい理由もある。黒崎に説明すると、小さく吹き出された。

「笑えるだろう?俺もそうだよ」
「……ケンカをしたのか」
「ああ。ヒーローとクランが登場した。心のドアを開けない裕理さんは嫌いだ!って。駅に着いてからは、ラインを入れてこなくて、イラついて電話した。もう電話すら出てくれない」

 アドバイスを求めたところで、自分の考えを直さないと同じことの繰り返しだ。今日の約束を守るだろうが、本当に帰られそうだ。強引に引き止めると逆効果だ。連れて帰ることも出来ない。指輪は後日でも逃げやしないが、肝心の悠人が逃げてしまう。

 はあ……。本日11度目のため息をついたところで、黒崎が夏樹に電話をかけ始めた。18時に黒崎製菓前に来いということ、4人で食事をしようかと誘っている。OKの返事があったところで、電話を終えていた。

「圭一さん、ありがとう」
「しっかり捕まえておけ。他にアドバイスが必要か?」
「体験談を教えてくれ。夏樹君を追いかけた時、逃げられたよね。どうやって解決した?」
「退路を絶って追い詰めた。俺しか選べないように」
「今はそうでもないだろう?」
「外では素っ気なくしている。関心を引きたい」
「ふうん……。関心を引くためか。ふむふむ」

 これでいいアイデアが浮かんだ。連絡を寄越せと言い続けると頑なになる。それならば、反対のことをしよう。さっそくラインを開き、悠人へメッセージを打ちこんだ。

「……今日の待ち合わせ。無理に来なくてもいい。ごめんね……」
「おい、それはやめておけ」
「……もう送信した」
「すぐに電話をかけて謝れ。夏樹にかわってもらう」
「すぐに撤回すると男らしくない。あの子が嫌う」
「いじっぱり。……祝賀会のことだが」
 
 黒崎が笑った後、昇進祝賀会の日程調整の話題を振ってきた。今回は祝ってもらう側のため、その件の社内メールは届いていない。日程のことで黒崎が調整役になってくれたわけだ。メールを転送してもらい、目を通した。今回の幹事は、平田と南波だ。そつなくこなすタイプというより、突拍子のないことをやからす2人だ。彼らが幹事なら、くだけたものなるだろう。その方がありがたい。リラックスしたものを好んでいるからだ。騒がしいものも好きだ。大きく変化している。

「『早瀬部長代理昇進のお祝い会開催について。お疲れさまです。平田です。このたび、早瀬室長が部長代理に昇進されるにあたり、営業企画部のメンバーでお祝い会を開催することとなりました……日時:12月12日、18時スタート……会場:ガストロノミー・ミュール……ご予定もおありかと思いますが、ぜひご出席くださいますようご案内申しあげます。……なお、準備の都合上、12月5日までに幹事の平田まで、出欠ご連絡をいただければ幸いです』」
「俺たちの誕生日を外してくれたようだね。行こう」
「平田に伝えておく。橋本の歓迎会は別の日程だ」
「一緒にしてもらっていいのに。橋本なら気にしないだろう。俺から声を掛ける。それならいいだろう。……平田ーー!」
「はい!」

 近くにいた平田に声をかけ、橋本室長との歓迎会も兼ねるように伝えた。もちろん二つ返事だった。今の時期は気を遣う。飲み会続きで疲れているだろう。

「……早瀬。違和感がない」
「そうかな。自信がついたんだろう。あとは悠人だ……」
「……夏樹に言われたことがある。守られるだけじゃ嫌だと。良いことも悪いことも見たいと。悠人君も同じだろう」
「あの子は俺が守ってあげないと……」
「……それが寂しいのかもしれない」
「やっと分かった。今日はカミナリを落とされる覚悟をした」

 こうしている間も、気になって仕方がない。悠人から雷が落とされればいいのだが。昼の休憩を終えて、夕方までに片づける仕事に取り掛かった。
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