海のそばの音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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 ヒューー……。カラカラカラー……。

 冬の冷たい空気が吹き込んできた。その冷たさに震えつつ、シャッターの表示を見つめた。無言だったのは束の間で、同時に吹き出して笑った。

「裕理さーん。定休日って書いてあるじゃん!」
「……定休日だと?金曜日はないだろう」
「あ……、商品の入れ替えだったさ。仕方ないよ」
「あああ……」
「あああ?何か思い出した?」
「店員から聞いていた……」
「ぷぷぷっ。かっこわるーーー!」
「……立ち直れない」

 早瀬がしゃがみ込んでしまった。なんでもできる人なのに、いきなり詰めが甘くなった。この状況には覚えがある。遠慮なく、それを口にした。

「裕理さーん。そそっかしいのがうつったねー?」
「あああ……」
「ぷぷぷっ。カッコ悪くてもいい。カッコよくてもいい。そのままの裕理さんが大好き!」

 早瀬の背中に抱きついた。コート越しに感じる体温が愛おしい。せっかくここまで来たのだから、こんなことをしてみたい。

 早瀬のコートのポケットを探り、使用済みの絆創膏を取り出した。すると、ポケットの中には、新しい絆創膏の箱も入っていた。

「あれー?なんで?」
「圭一さんにもらった。意味を聞いていない」
「ふむふむ……へへへ……。こういうことだね!」

 いいことを思いついた。カサカサと絆創膏を取り出した後、フィルムを剥いだ。それを早瀬の左手の薬指へ巻き付けた。

「裕理さん。この使用済みの絆創膏を、俺の指に通してよ。ここで一足先に、"指輪交換"をしたい」
「……言い切ったね?」
「後悔していないよ。本物は後日でいい」
「……気が変わらないうちにか?」
「もうっ。そういうことじゃないよ。偏屈男」
「これがユーリだよ」
「全部、ユーリさんだよー」

 じゃれ合ってお茶を濁したくない。ここからは真剣になろう。しっかりと手を握り、早瀬の目を見つめて告げた。ロマンチックでも特別感もない。グダグダのプロポーズだ。

「裕理さん。俺と結婚してください」
「よろこんで……」
「わわわっ」
「ふーーっ」
「倒れ込むなよーー」
「ホッとして力が抜けた。おやすみ」
「起きてよーー!ロマンチックにしてよ」
「むり……」

 どうしよう?この先のことを暗示しているようにしか思えない。完璧な人がグダグダになり、寄りかかって重し掛かって、思い切りヨロけて転ぶ。そして、泥だらけになって立ち上る。喧嘩をして仲直り。遠慮なく言い合って、笑い合いたい。

「裕理さん!起きてよ!」
「ここで寝る……」
「もうっ」
「引きずってタクシーに乗せてくれ……」
「もう……」
「モウモウ……」
「メエメエ……。違うから~」

 これじゃプロポーズも指輪交換も出来ない。今日は諦めようかと思って立ち上がると、いきなり腕を引かれた。その反動でバランスを崩して、覆い被さるように倒れこんだ。ちゃんと受け止めてくれたが、ひやっとした。

「もうっ、あぶないだろー……」
「このままでいてくれ」
「うん……」
「ほんの少しだけ」
「うん……」

 変な体勢のままで、縋り付くようにして抱きついた。早瀬が深呼吸をした後、絆創膏の抜け殻を取り出した。それを俺の左手の薬指に通した。使用済みだからブカブカだ。落っこちそうだから右手で押さえていると、お互いに笑いが込み上げてきた。

 プロポーズは声に出さない方法で伝え合った。その返事についても同じだ。お互いの左手の薬指につけている絆創膏がその答えだった。

 すっかり雪が止み、南の空には、アンタレスが赤く輝いていた。それを座り込んだままで見上げて、微笑み合った。いつまでも。now and for ever.

<END>
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