海のそばの音楽少年～あの日のキミ

1-1 ２人で暮らす家

　７月５日、木曜日。午前４時半。

　俺の名前は久田悠人ひさだゆうと。大学一年生だ。クーラーが効いて涼しい寝室内は、普段通りに快適だ。目を覚ました後、いつもより早めにベッドから出た。二度寝すると起きられなくなるし、生活習慣を変えたからでもある。ここへ引っ越して来るまでは、大学の寮で暮らしていた。その頃は、授業に間に合う程度に、ギリギリまで寝ていた。コンビニで買ってきたパン類が朝食だったが、今では環境が変わり、温かい朝食が待っている。

　シャワーから出てキッチンへ向かうと、恋人の早瀬が朝食の支度をしてくれていた。珈琲のいい匂いまで漂っている。

（こういうのって、いいな……）

　小学校３年生の頃から両親が別居している。仕事が忙しいことを口実にされて、俺は父方の祖母の家で暮らしていた。祖母は厳しい人だったが、優しくて、目いっぱいの愛情を注いでくれた。

　その祖母が、俺が高校へ入る直前に亡くなった。その時から俺は一人暮らしになった。実家に戻ったものの、両親は不在だ。仕事で忙しいというのが理由だったが、それぞれに恋人がいて、その人と暮らしているから帰ってこないのが真相だった。

　俺は毎日、通いのお手伝いさんが作ってくれた料理を食べた。夕方に来てもらい、朝と夜の分を作ってくれた。夕食は温かいが、朝食は冷めたものを食べた。美味しくて量もあるのに、ちっとも食べた気がしなかった。

　弁護士の父からは、司法試験に合格しろと命令された。弁護士にさせるつもりだ。今から専門の塾へ通い、勉強に専念できるようにと、マンションを借りようとされた。それを断ったのは、一人の家に帰りたくなかったからだ。狭くて騒がしい大学の寮は寂しくなかった。それでも、心にぽっかりと穴が開いていた。その穴を埋めたのが音楽だ。

　エレキギターを演奏している時は、無心になれる。大学の先輩と友人との５人で、ハードロックのバンドを組んだ。その中には桜木聡太郎という、憧れの人がいる。その桜木さんがバイト先の楽器店に来てくれた時、怪しい男が彼に付きまとっていた。それが早瀬だった。

　変質者の早瀬を追い払おうと、モップを手にして助けに向かった。その場で誤解だと分かり、お詫びとして早瀬から食事に誘われた。それが出会いだった。早瀬からはすぐに告白された。お互いのことが分からないのに、上手くいくわけがない。そう思っていた。この間、早瀬からこう言われた。

（恋人同士になった瞬間が、ゴールじゃないよ。これからがスタートだ。ケンカをして仲直りをしよう。そうしているうちに、お互いのことが分かるようになるんだよ）
（出会って２か月も経っていなくても関係ない。悠人君、愛している）

　もちろん、俺も愛していると返事をした。今月中に新居へ引っ越す。そこは海のそばのような場所だ。再開発地区であり、人口の島のような場所だ。遊覧船等の水辺で楽しめるスポットまである。早瀬が俺のために選んでくれた家だ。