22 / 259
2-18(早瀬視点)
しおりを挟む
18時。
本館一階のロビーで、悠人のことを待っている。夏樹の病室へ見舞いに行っているところだ。ソファーの背にもたれ掛かり、天井を仰いだ。
本日の出来事を振り返ると、怒涛の勢いで推し進めた事を、今更ながら自覚をした。プロポーズをして結婚の誓いを立て、悠人が慌てている状態を知りながらも、強引に進めた。
少々の罪悪感はある。嫌われる可能性もあったが、気持ちに変わりがないから押し通した。実家が無くなる事で泣いている悠人には、俺という存在がいる事を教えたかったからだ。
「しっかり勉強させよう。野菜の好き嫌いを無くさせて……」
これでは保護者だ。年齢が離れているし、大学生だから仕方がないのか?年上ぶって接しているものの、俺に子供っぽい部分があることを知られるのは時間の問題だ。色んな事を思い巡らせていると、人の気配を感じて振り向いた。
「ああ……。圭一さん」
「悠人君が夏樹と話したがっていたから遠慮をした」
「気にしなくてもいいのに」
「お前に聞きたかったことがある。社内では避けたい話だ」
「どんな話だ?」
「千尋製菓のことだ」
「知れ渡っているのか。叔父が社長の座を退く。祖父は会長職に留まったままだ」
代表取締役社長の座を退く事になり、さっそく跡目争いが起きている。父を担ぎ上げている者がいるが、本人は代表取締役社長になるつもりはない。縁の下の力持ちとしての役割を、引退まで全うすることを望んでいる。すると、黒崎が言った。
「千尋製菓のことは、限られた者しか知られていない。お前のことでは、まだ手を打てる範囲だ」
「俺が向こうに移る可能性を言っているのか?」
「その通りだ。声を掛けられただろう?」
「そうだけどね……。親父は戻って来なくていいと言っている。俺もそうするつもりはない」
自分の意志で黒崎ホールディングスと黒崎製菓を選んだ。手助けをしたいのなら、最初から千尋製菓を選んでいる。父とは対等に並び合いたいという思いがあるからだ。黒崎にも理解されている。
「黒崎製菓に留まってくれるのは有難い。こちらも条件を出すことにした」
「何の条件だ?」
「……経営陣の一人として、お前のことを迎える意思がある。まずは部長代理職を、数年先には取締役会のメンバーへ考えている。受けてもらえないか?」
「いい条件だけど……。俺はまだ30歳だぞ」
黒崎製菓は成果重視の面があるが、納得しない人間がいるだろう。入社したばかりであり、人脈等の基盤が薄い状況の中にいる。
「それだけ必要としている」
「話を受けさせてもらうよ。あんたが49歳の誕生日で退くまでは、船を沈まさないように努力するよ」
「ありがとう」
お互いの肩を叩き合った。この短いやり取りで、今後のことが決定した。あっさりとした関係が心地いい。
「そうだ。別件で報告したいことがある」
「どうしたの?」
「夏樹のことだ。親父の養子になることが決まった。黒崎姓を名乗らせる」
「とうとうか……」
以前から聞いている話だ。法的な繋がりを求めている事だけでなく、黒崎社長が、夏樹を経営者候補として育てたがっているからだ。
「夏樹君へ期待しているんだな。当然のことだ……」
「期待するなと言ってある。お前はどうなんだ?」
「悠人に午前中にプロポーズをして、ここの教会で誓いを立てた。久田さんの関係で来ていたんだ。悠人のことを奪うと宣言した」
「そうか。何か助けは必要か?」
「今のところは何もないよ。俺にもパートナーが出来た。頑張って稼がないとね」
悠人はウジウジして駄々をこねて、すぐに機嫌が悪くなる。そして、はしゃぎ回って泣いて笑って、走り回っている。それが大きな魅力だ。黒崎に話しているうちに、悠人の尻に敷かれたいと思ってしまった。
本館一階のロビーで、悠人のことを待っている。夏樹の病室へ見舞いに行っているところだ。ソファーの背にもたれ掛かり、天井を仰いだ。
本日の出来事を振り返ると、怒涛の勢いで推し進めた事を、今更ながら自覚をした。プロポーズをして結婚の誓いを立て、悠人が慌てている状態を知りながらも、強引に進めた。
少々の罪悪感はある。嫌われる可能性もあったが、気持ちに変わりがないから押し通した。実家が無くなる事で泣いている悠人には、俺という存在がいる事を教えたかったからだ。
「しっかり勉強させよう。野菜の好き嫌いを無くさせて……」
これでは保護者だ。年齢が離れているし、大学生だから仕方がないのか?年上ぶって接しているものの、俺に子供っぽい部分があることを知られるのは時間の問題だ。色んな事を思い巡らせていると、人の気配を感じて振り向いた。
「ああ……。圭一さん」
「悠人君が夏樹と話したがっていたから遠慮をした」
「気にしなくてもいいのに」
「お前に聞きたかったことがある。社内では避けたい話だ」
「どんな話だ?」
「千尋製菓のことだ」
「知れ渡っているのか。叔父が社長の座を退く。祖父は会長職に留まったままだ」
代表取締役社長の座を退く事になり、さっそく跡目争いが起きている。父を担ぎ上げている者がいるが、本人は代表取締役社長になるつもりはない。縁の下の力持ちとしての役割を、引退まで全うすることを望んでいる。すると、黒崎が言った。
「千尋製菓のことは、限られた者しか知られていない。お前のことでは、まだ手を打てる範囲だ」
「俺が向こうに移る可能性を言っているのか?」
「その通りだ。声を掛けられただろう?」
「そうだけどね……。親父は戻って来なくていいと言っている。俺もそうするつもりはない」
自分の意志で黒崎ホールディングスと黒崎製菓を選んだ。手助けをしたいのなら、最初から千尋製菓を選んでいる。父とは対等に並び合いたいという思いがあるからだ。黒崎にも理解されている。
「黒崎製菓に留まってくれるのは有難い。こちらも条件を出すことにした」
「何の条件だ?」
「……経営陣の一人として、お前のことを迎える意思がある。まずは部長代理職を、数年先には取締役会のメンバーへ考えている。受けてもらえないか?」
「いい条件だけど……。俺はまだ30歳だぞ」
黒崎製菓は成果重視の面があるが、納得しない人間がいるだろう。入社したばかりであり、人脈等の基盤が薄い状況の中にいる。
「それだけ必要としている」
「話を受けさせてもらうよ。あんたが49歳の誕生日で退くまでは、船を沈まさないように努力するよ」
「ありがとう」
お互いの肩を叩き合った。この短いやり取りで、今後のことが決定した。あっさりとした関係が心地いい。
「そうだ。別件で報告したいことがある」
「どうしたの?」
「夏樹のことだ。親父の養子になることが決まった。黒崎姓を名乗らせる」
「とうとうか……」
以前から聞いている話だ。法的な繋がりを求めている事だけでなく、黒崎社長が、夏樹を経営者候補として育てたがっているからだ。
「夏樹君へ期待しているんだな。当然のことだ……」
「期待するなと言ってある。お前はどうなんだ?」
「悠人に午前中にプロポーズをして、ここの教会で誓いを立てた。久田さんの関係で来ていたんだ。悠人のことを奪うと宣言した」
「そうか。何か助けは必要か?」
「今のところは何もないよ。俺にもパートナーが出来た。頑張って稼がないとね」
悠人はウジウジして駄々をこねて、すぐに機嫌が悪くなる。そして、はしゃぎ回って泣いて笑って、走り回っている。それが大きな魅力だ。黒崎に話しているうちに、悠人の尻に敷かれたいと思ってしまった。
0
あなたにおすすめの小説
恋人はメリーゴーランド少年だった~永遠の誓い編
夏目奈緖
BL
「恋人はメリーゴーランド少年だった」続編です。溺愛ドS社長×高校生。恋人同士になった二人の同棲物語。束縛と独占欲。。夏樹と黒崎は恋人同士。夏樹は友人からストーカー行為を受け、車へ押し込まれようとした際に怪我を負った。夏樹のことを守れずに悔やんだ黒崎は、二度と傷つけさせないと決心し、夏樹と同棲を始める。その結果、束縛と独占欲を向けるようになった。黒崎家という古い体質の家に生まれ、愛情を感じずに育った黒崎。結びつきの強い家庭環境で育った夏樹。お互いの価値観のすれ違いを経験し、お互いのトラウマを解消するストーリー。
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
僕の恋人は、超イケメン!!
刃
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?
学校一のイケメンとひとつ屋根の下
おもちDX
BL
高校二年生の瑞は、母親の再婚で連れ子の同級生と家族になるらしい。顔合わせの時、そこにいたのはボソボソと喋る陰気な男の子。しかしよくよく名前を聞いてみれば、学校一のイケメンと名高い逢坂だった!
学校との激しいギャップに驚きつつも距離を縮めようとする瑞だが、逢坂からの印象は最悪なようで……?
キラキライケメンなのに家ではジメジメ!?なギャップ男子 × 地味グループ所属の能天気な男の子
立場の全く違う二人が家族となり、やがて特別な感情が芽生えるラブストーリー。
全年齢
握るのはおにぎりだけじゃない
箱月 透
BL
完結済みです。
芝崎康介は大学の入学試験のとき、落とした参考書を拾ってくれた男子生徒に一目惚れをした。想いを募らせつつ迎えた春休み、新居となるアパートに引っ越した康介が隣人を訪ねると、そこにいたのは一目惚れした彼だった。
彼こと高倉涼は「仲良くしてくれる?」と康介に言う。けれど涼はどこか訳アリな雰囲気で……。
少しずつ距離が縮まるたび、ふわりと膨れていく想い。こんなに知りたいと思うのは、近づきたいと思うのは、全部ぜんぶ────。
もどかしくてあたたかい、純粋な愛の物語。
回転木馬の音楽少年~あの日のキミ
夏目奈緖
BL
包容力ドS×心優しい大学生。甘々な二人。包容力のある攻に優しく包み込まれる。海のそばの音楽少年~あの日のキミの続編です。
久田悠人は大学一年生。そそっかしくてネガティブな性格が前向きになれればと、アマチュアバンドでギタリストをしている。恋人の早瀬裕理(31)とは年の差カップル。指輪を交換して結婚生活を迎えた。悠人がコンテストでの入賞等で注目され、レコード会社からの所属契約オファーを受ける。そして、不安に思う悠人のことを、かつてバンド活動をしていた早瀬に優しく包み込まれる。友人の夏樹とプロとして活躍するギタリスト・佐久弥のサポートを受け、未来に向かって歩き始めた。ネガティブな悠人と、意地っ張りの早瀬の、甘々なカップルのストーリー。
<作品時系列>「眠れる森の星空少年~あの日のキミ」→「海のそばの音楽少年~あの日のキミ」→本作「回転木馬の音楽少年~あの日のキミ」
ミルクと砂糖は?
もにもに子
BL
瀬川は大学三年生。学費と生活費を稼ぐために始めたカフェのアルバイトは、思いのほか心地よい日々だった。ある日、スーツ姿の男性が来店する。落ち着いた物腰と柔らかな笑顔を見せるその人は、どうやら常連らしい。「アイスコーヒーを」と注文を受け、「ミルクと砂糖は?」と尋ねると、軽く口元を緩め「いつもと同じで」と返ってきた――それが久我との最初の会話だった。これは、カフェで交わした小さなやりとりから始まる、静かで甘い恋の物語。
雪解けを待つ森で ―スヴェル森の鎮魂歌(レクイエム)―
なの
BL
百年に一度、森の魔物へ生贄を捧げる村。
その年の供物に選ばれたのは、誰にも必要とされなかった孤児のアシェルだった。
死を覚悟して踏み入れた森の奥で、彼は古の守護者である獣人・ヴァルと出会う。
かつて人に裏切られ、心を閉ざしたヴァル。
そして、孤独だったアシェル。
凍てつく森での暮らしは、二人の運命を少しずつ溶かしていく。
だが、古い呪いは再び動き出し、燃え盛る炎が森と二人を飲み込もうとしていた。
生贄の少年と孤独な獣が紡ぐ、絶望の果てにある再生と愛のファンタジー
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる