海のそばの音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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2-18(早瀬視点)

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 18時。

 本館一階のロビーで、悠人のことを待っている。夏樹の病室へ見舞いに行っているところだ。ソファーの背にもたれ掛かり、天井を仰いだ。

 本日の出来事を振り返ると、怒涛の勢いで推し進めた事を、今更ながら自覚をした。プロポーズをして結婚の誓いを立て、悠人が慌てている状態を知りながらも、強引に進めた。

 少々の罪悪感はある。嫌われる可能性もあったが、気持ちに変わりがないから押し通した。実家が無くなる事で泣いている悠人には、俺という存在がいる事を教えたかったからだ。

「しっかり勉強させよう。野菜の好き嫌いを無くさせて……」

 これでは保護者だ。年齢が離れているし、大学生だから仕方がないのか?年上ぶって接しているものの、俺に子供っぽい部分があることを知られるのは時間の問題だ。色んな事を思い巡らせていると、人の気配を感じて振り向いた。

「ああ……。圭一さん」
「悠人君が夏樹と話したがっていたから遠慮をした」
「気にしなくてもいいのに」
「お前に聞きたかったことがある。社内では避けたい話だ」
「どんな話だ?」
「千尋製菓のことだ」
「知れ渡っているのか。叔父が社長の座を退く。祖父は会長職に留まったままだ」

 代表取締役社長の座を退く事になり、さっそく跡目争いが起きている。父を担ぎ上げている者がいるが、本人は代表取締役社長になるつもりはない。縁の下の力持ちとしての役割を、引退まで全うすることを望んでいる。すると、黒崎が言った。

「千尋製菓のことは、限られた者しか知られていない。お前のことでは、まだ手を打てる範囲だ」
「俺が向こうに移る可能性を言っているのか?」
「その通りだ。声を掛けられただろう?」
「そうだけどね……。親父は戻って来なくていいと言っている。俺もそうするつもりはない」

 自分の意志で黒崎ホールディングスと黒崎製菓を選んだ。手助けをしたいのなら、最初から千尋製菓を選んでいる。父とは対等に並び合いたいという思いがあるからだ。黒崎にも理解されている。

「黒崎製菓に留まってくれるのは有難い。こちらも条件を出すことにした」
「何の条件だ?」
「……経営陣の一人として、お前のことを迎える意思がある。まずは部長代理職を、数年先には取締役会のメンバーへ考えている。受けてもらえないか?」
「いい条件だけど……。俺はまだ30歳だぞ」

 黒崎製菓は成果重視の面があるが、納得しない人間がいるだろう。入社したばかりであり、人脈等の基盤が薄い状況の中にいる。

「それだけ必要としている」
「話を受けさせてもらうよ。あんたが49歳の誕生日で退くまでは、船を沈まさないように努力するよ」
「ありがとう」

 お互いの肩を叩き合った。この短いやり取りで、今後のことが決定した。あっさりとした関係が心地いい。

「そうだ。別件で報告したいことがある」
「どうしたの?」
「夏樹のことだ。親父の養子になることが決まった。黒崎姓を名乗らせる」
「とうとうか……」

 以前から聞いている話だ。法的な繋がりを求めている事だけでなく、黒崎社長が、夏樹を経営者候補として育てたがっているからだ。

「夏樹君へ期待しているんだな。当然のことだ……」
「期待するなと言ってある。お前はどうなんだ?」
「悠人に午前中にプロポーズをして、ここの教会で誓いを立てた。久田さんの関係で来ていたんだ。悠人のことを奪うと宣言した」
「そうか。何か助けは必要か?」
「今のところは何もないよ。俺にもパートナーが出来た。頑張って稼がないとね」

 悠人はウジウジして駄々をこねて、すぐに機嫌が悪くなる。そして、はしゃぎ回って泣いて笑って、走り回っている。それが大きな魅力だ。黒崎に話しているうちに、悠人の尻に敷かれたいと思ってしまった。
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