40 / 259
3-17(早瀬視点)
しおりを挟む
コンサートホール会場の控え室フロアにいる。ざわついた中で、佐久弥と向かい合っている。外に出ようにも、彼はギタリストとして顔を知られており、スタッフが頻繁に通り過ぎていく場所で話すことにした。
壁にもたれ掛かって俺の方を見ているのは、5年目に別れた恋人であり、音楽仲間でもある幼馴染みの『久弥』だ。ずいぶんと印象が変化した。純粋で真っ直ぐだった幼馴染みが変わってしまった。それは、俺のせいだ。
「久弥……」
「5年ぶりに会って、あの顔はないだろう。久しぶり。元気だったか?……それぐらい言えよ」
「言えない状況を作ったのは誰だ?」
「俺だね。悠人君のギターが上手くってさ。話したかったんだよ。お前と息が合っていたし。楽しそうに弾いていたね?話している時もだけど」
「本題に入る。余計なことをするな。用件はこれだけだ」
「そういうところは変わっていないね。悠人君だけの限定の顔だったわけ?」
「変わったのかもしれない。いつからなのかは知らない」
きっと悠人と出会った時から変化したのだと思っている。誰と付き合っても楽しさを感じなかった。ただの退屈しのぎをしたいが為の恋人を求めていた。悠人に対しては、全く違う感情を持っている。
「裕理……。変わったよ。あの時、ここに居るお前なら別の道があったよ。会社員の道を選んだとしても」
「そうだな。自分でもそう思う。悠人の存在があるからこそだ」
佐久弥が眉をひそめた。心の底から嫌がっている時の顔だ。ちゃんと覚えている。意外と自分は血が通っていたのかと驚いた。
「分かっているよ。よりを戻したくて言っていない。そもそも会うつもりはなかった。あの日、黙って出て行ったままでいるつもりだった」
「いなくなって驚いた」
「へえ、少しはグサッときた?」
「ああ。何も思わないわけがない」
あの夜、大喧嘩をした。佐久弥が寂しさから他の男と会うようになり、自分には止める権利がないと思っていた。それが溝を生み、二度と会わない選択をした。
佐久弥が笑った。俺も同じように笑った。腹を立てているというのに。こんな時でさえも、俺達は双子のようだ。憧れを恋愛感情だと勘違いし、恋人らしいことをしなかった。それだけ近い存在だった。
「そうやって笑うところも変わった。さっきは怒り狂っていたくせに。俺じゃ駄目だったんだな」
「そうだ。さっきのことは許していない」
「そうだろうね。今の顔も十分、怒っているよーー」
佐久弥の言葉を聞くと、悠人の父親の姿が脳裏に浮かんだ。冷たい人だと思っていたのに、今では血の通った人に変わったと言っていた。あの日、悠人がこう言った。俺やお母さんじゃだめだったんだねと。あれほどの悲しい顔を間近で見て、彼の父親に対して苛立ちが起きた。それが今、自分に跳ね返ってきた。
「久弥。あの日、謝れなかった」
「俺も謝っていない。気にしていないよ」
「ここで謝る。ごめん」
「ゆうちゃん……」
「放っておいて悪かった」
「はあー。そう来たか。マジで変わり過ぎだよー」
佐久弥が溜め息をついた。あの日は目すら合わさなかったのに、お互いの目を見ている。すると、佐久弥が吹き出して笑い出した。
「どうしたんだ?」
「んー?こうやって見つめ合っても、時間が戻ってこないって実感したからだよ。5年は長いよ。もう好きだったことも忘れてる」
「俺は好きだった」
「ありがとう。出て行ってから後悔した。裕理もそう?」
「もちろん」
「これでお互いに『さようなら』が出来た。5年越しだよ」
「ああ……」
目の前にいるのは5年前の久弥だ。彼の前にいるのも5年前の自分だ。ここでやっと本当に別れることが出来た。久弥も同じ気持ちだと言った。晴れやかな顔になっている。自分もそうだろうか?悠人に自信を持って会えるだろうか?きっと今、心配しているだろう。
「悠人のところへ戻るよ」
「謝っていたって伝えてくれる?直接、伝えたいけど無理だろう?」
「ああ、やめておいてくれ」
「そうか。悠人君のことが気に入ったのは本心だよ。自分にないものを持っているから。邪魔するかも。ままごと婚だから」
「やめろ」
「へえ、燃えてきたよ」
「久弥!」
「怖い顔をするなよ。出番を呼びに来るだろうから戻るよ。控え室は反対方向だから良かったね」
「……」
佐久弥が手をヒラヒラと振って去って行った。少しでも早く悠人の不安を取り除きたくて、すぐに戻れる距離だが、電話をかけた。2コールで電話がつながった。
「もしもしっ、裕理さん」
「おまたせ。今からそっちへ行く」
「遠いの?迎えに行くよ」
「1分以内に着く。寝ていていいよ」
「寝ないよ!」
「ほんとかな?じっとしていろ、迷子になるから」
プツ。電話を切った後、ホッとした。居場所がここにあると感じたからだ。すぐに悠人が待つ部屋へと向かった。泣いているなら苛めてやろうと思いながら。
壁にもたれ掛かって俺の方を見ているのは、5年目に別れた恋人であり、音楽仲間でもある幼馴染みの『久弥』だ。ずいぶんと印象が変化した。純粋で真っ直ぐだった幼馴染みが変わってしまった。それは、俺のせいだ。
「久弥……」
「5年ぶりに会って、あの顔はないだろう。久しぶり。元気だったか?……それぐらい言えよ」
「言えない状況を作ったのは誰だ?」
「俺だね。悠人君のギターが上手くってさ。話したかったんだよ。お前と息が合っていたし。楽しそうに弾いていたね?話している時もだけど」
「本題に入る。余計なことをするな。用件はこれだけだ」
「そういうところは変わっていないね。悠人君だけの限定の顔だったわけ?」
「変わったのかもしれない。いつからなのかは知らない」
きっと悠人と出会った時から変化したのだと思っている。誰と付き合っても楽しさを感じなかった。ただの退屈しのぎをしたいが為の恋人を求めていた。悠人に対しては、全く違う感情を持っている。
「裕理……。変わったよ。あの時、ここに居るお前なら別の道があったよ。会社員の道を選んだとしても」
「そうだな。自分でもそう思う。悠人の存在があるからこそだ」
佐久弥が眉をひそめた。心の底から嫌がっている時の顔だ。ちゃんと覚えている。意外と自分は血が通っていたのかと驚いた。
「分かっているよ。よりを戻したくて言っていない。そもそも会うつもりはなかった。あの日、黙って出て行ったままでいるつもりだった」
「いなくなって驚いた」
「へえ、少しはグサッときた?」
「ああ。何も思わないわけがない」
あの夜、大喧嘩をした。佐久弥が寂しさから他の男と会うようになり、自分には止める権利がないと思っていた。それが溝を生み、二度と会わない選択をした。
佐久弥が笑った。俺も同じように笑った。腹を立てているというのに。こんな時でさえも、俺達は双子のようだ。憧れを恋愛感情だと勘違いし、恋人らしいことをしなかった。それだけ近い存在だった。
「そうやって笑うところも変わった。さっきは怒り狂っていたくせに。俺じゃ駄目だったんだな」
「そうだ。さっきのことは許していない」
「そうだろうね。今の顔も十分、怒っているよーー」
佐久弥の言葉を聞くと、悠人の父親の姿が脳裏に浮かんだ。冷たい人だと思っていたのに、今では血の通った人に変わったと言っていた。あの日、悠人がこう言った。俺やお母さんじゃだめだったんだねと。あれほどの悲しい顔を間近で見て、彼の父親に対して苛立ちが起きた。それが今、自分に跳ね返ってきた。
「久弥。あの日、謝れなかった」
「俺も謝っていない。気にしていないよ」
「ここで謝る。ごめん」
「ゆうちゃん……」
「放っておいて悪かった」
「はあー。そう来たか。マジで変わり過ぎだよー」
佐久弥が溜め息をついた。あの日は目すら合わさなかったのに、お互いの目を見ている。すると、佐久弥が吹き出して笑い出した。
「どうしたんだ?」
「んー?こうやって見つめ合っても、時間が戻ってこないって実感したからだよ。5年は長いよ。もう好きだったことも忘れてる」
「俺は好きだった」
「ありがとう。出て行ってから後悔した。裕理もそう?」
「もちろん」
「これでお互いに『さようなら』が出来た。5年越しだよ」
「ああ……」
目の前にいるのは5年前の久弥だ。彼の前にいるのも5年前の自分だ。ここでやっと本当に別れることが出来た。久弥も同じ気持ちだと言った。晴れやかな顔になっている。自分もそうだろうか?悠人に自信を持って会えるだろうか?きっと今、心配しているだろう。
「悠人のところへ戻るよ」
「謝っていたって伝えてくれる?直接、伝えたいけど無理だろう?」
「ああ、やめておいてくれ」
「そうか。悠人君のことが気に入ったのは本心だよ。自分にないものを持っているから。邪魔するかも。ままごと婚だから」
「やめろ」
「へえ、燃えてきたよ」
「久弥!」
「怖い顔をするなよ。出番を呼びに来るだろうから戻るよ。控え室は反対方向だから良かったね」
「……」
佐久弥が手をヒラヒラと振って去って行った。少しでも早く悠人の不安を取り除きたくて、すぐに戻れる距離だが、電話をかけた。2コールで電話がつながった。
「もしもしっ、裕理さん」
「おまたせ。今からそっちへ行く」
「遠いの?迎えに行くよ」
「1分以内に着く。寝ていていいよ」
「寝ないよ!」
「ほんとかな?じっとしていろ、迷子になるから」
プツ。電話を切った後、ホッとした。居場所がここにあると感じたからだ。すぐに悠人が待つ部屋へと向かった。泣いているなら苛めてやろうと思いながら。
0
あなたにおすすめの小説
恋人はメリーゴーランド少年だった~永遠の誓い編
夏目奈緖
BL
「恋人はメリーゴーランド少年だった」続編です。溺愛ドS社長×高校生。恋人同士になった二人の同棲物語。束縛と独占欲。。夏樹と黒崎は恋人同士。夏樹は友人からストーカー行為を受け、車へ押し込まれようとした際に怪我を負った。夏樹のことを守れずに悔やんだ黒崎は、二度と傷つけさせないと決心し、夏樹と同棲を始める。その結果、束縛と独占欲を向けるようになった。黒崎家という古い体質の家に生まれ、愛情を感じずに育った黒崎。結びつきの強い家庭環境で育った夏樹。お互いの価値観のすれ違いを経験し、お互いのトラウマを解消するストーリー。
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
僕の恋人は、超イケメン!!
刃
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?
学校一のイケメンとひとつ屋根の下
おもちDX
BL
高校二年生の瑞は、母親の再婚で連れ子の同級生と家族になるらしい。顔合わせの時、そこにいたのはボソボソと喋る陰気な男の子。しかしよくよく名前を聞いてみれば、学校一のイケメンと名高い逢坂だった!
学校との激しいギャップに驚きつつも距離を縮めようとする瑞だが、逢坂からの印象は最悪なようで……?
キラキライケメンなのに家ではジメジメ!?なギャップ男子 × 地味グループ所属の能天気な男の子
立場の全く違う二人が家族となり、やがて特別な感情が芽生えるラブストーリー。
全年齢
握るのはおにぎりだけじゃない
箱月 透
BL
完結済みです。
芝崎康介は大学の入学試験のとき、落とした参考書を拾ってくれた男子生徒に一目惚れをした。想いを募らせつつ迎えた春休み、新居となるアパートに引っ越した康介が隣人を訪ねると、そこにいたのは一目惚れした彼だった。
彼こと高倉涼は「仲良くしてくれる?」と康介に言う。けれど涼はどこか訳アリな雰囲気で……。
少しずつ距離が縮まるたび、ふわりと膨れていく想い。こんなに知りたいと思うのは、近づきたいと思うのは、全部ぜんぶ────。
もどかしくてあたたかい、純粋な愛の物語。
回転木馬の音楽少年~あの日のキミ
夏目奈緖
BL
包容力ドS×心優しい大学生。甘々な二人。包容力のある攻に優しく包み込まれる。海のそばの音楽少年~あの日のキミの続編です。
久田悠人は大学一年生。そそっかしくてネガティブな性格が前向きになれればと、アマチュアバンドでギタリストをしている。恋人の早瀬裕理(31)とは年の差カップル。指輪を交換して結婚生活を迎えた。悠人がコンテストでの入賞等で注目され、レコード会社からの所属契約オファーを受ける。そして、不安に思う悠人のことを、かつてバンド活動をしていた早瀬に優しく包み込まれる。友人の夏樹とプロとして活躍するギタリスト・佐久弥のサポートを受け、未来に向かって歩き始めた。ネガティブな悠人と、意地っ張りの早瀬の、甘々なカップルのストーリー。
<作品時系列>「眠れる森の星空少年~あの日のキミ」→「海のそばの音楽少年~あの日のキミ」→本作「回転木馬の音楽少年~あの日のキミ」
ミルクと砂糖は?
もにもに子
BL
瀬川は大学三年生。学費と生活費を稼ぐために始めたカフェのアルバイトは、思いのほか心地よい日々だった。ある日、スーツ姿の男性が来店する。落ち着いた物腰と柔らかな笑顔を見せるその人は、どうやら常連らしい。「アイスコーヒーを」と注文を受け、「ミルクと砂糖は?」と尋ねると、軽く口元を緩め「いつもと同じで」と返ってきた――それが久我との最初の会話だった。これは、カフェで交わした小さなやりとりから始まる、静かで甘い恋の物語。
雪解けを待つ森で ―スヴェル森の鎮魂歌(レクイエム)―
なの
BL
百年に一度、森の魔物へ生贄を捧げる村。
その年の供物に選ばれたのは、誰にも必要とされなかった孤児のアシェルだった。
死を覚悟して踏み入れた森の奥で、彼は古の守護者である獣人・ヴァルと出会う。
かつて人に裏切られ、心を閉ざしたヴァル。
そして、孤独だったアシェル。
凍てつく森での暮らしは、二人の運命を少しずつ溶かしていく。
だが、古い呪いは再び動き出し、燃え盛る炎が森と二人を飲み込もうとしていた。
生贄の少年と孤独な獣が紡ぐ、絶望の果てにある再生と愛のファンタジー
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる