海のそばの音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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 19時。

 今、晩ご飯の時間を迎えている。ダイニングテーブルには、大好物のビーフシチュー、海老とホタテのアンチョビガーリック炒め、田中屋のフランスパン、大盛りサラダ、オレンジ入りにんじんのラぺが並んでいる。

 テーブルの向かいでは、早瀬がうちわで扇いでいる。スタジオの帰りに手づくりキットを買い、帰ってきた後、すぐに作っていた。そして、さっそく使っている。うちわの両面には俺の写真が貼り付けられている。ものすごく恥ずかしい。

「げえええっ。使うなよー!」
「いいじゃないか。愛情うちわだ」
「やめてよーっ」
「2枚作ったよ。会社用と家用だ」
「ひいいいいっ」

 どんなに嫌がっても逆効果だ。早瀬のそばに立って奪おうとしたが、反射神経では勝てなかった。おまけに、うちわを高く持ち上げられて届かない。

「ほーら、取ってごらん~?」
「もう!腹立つーー」
「悠人~?こっちだよ~?パタパターー」
「俺はネコじゃないから!」

 早瀬の肩にすがりついてジャンプをしていると、うちわをキャッチすることが出来た。これを部屋の中に隠してしまおうと決めた。そして、奪えて達成感を得ていると、抱きしめられた。強い力だ。

「力が強いよーーっ」
「これぐらいしないと逃げるだろう?」
「裕理さんがいじめっ子だからだよ」
「苛めたい衝動にかられる」
「もう離してよ。お腹が空いたから……」
「ダーメ」
「んん?ん、ん、んん!?」
「悠人、好きだ」
「うん……」

 軽いキスをされた後、深いものに変化していった。さっきシャワーを浴びたばかりだから、早瀬の体からは、俺と同じボディーソープの匂いがしている。同じ家にいる証拠だ。胸が痛くなった。すると、早瀬に体をあちこち触られた。

「ゆうりさ……ん、痴漢みたいだよ」
「ん?俺の体だぞ?いいだろう?」
「お腹が空いてること、分かっているよね?グーグー鳴ってるんだよーー」
「俺は別の意味で腹ペコだ。3日も食べていない」

 その意味は分かっている。バンド練習と早瀬の1泊2日の出張があったからだ。3日も何もしていない。自分としても寂しい。それでも言えない。今夜から一緒に寝られるから良かったと。

「悠人君はどう?」
「どこに触っているんだよ!ご飯を食べてからだよ!あ……」

 言ってしまった。顔が熱くなった。早瀬が笑いながら首筋に吸い付いてきた。キスマークが薄くなったからだろう。そして、彼の肩を押して離れようとした時、佐久弥からの話を思い出した。

「いつも同じ場所に付けるよね?」
「……迷子の予防だよ」
「前からそうなのー?」
「いや、初めてだ。面倒くさがりだからね……」
「そうなんだ……」
「佐久弥から嘘を吹き込まれたのか?」
「えーっと……」
「俺は嘘をつかない。分かったか?」
「うん……」
「返事は『はい』だよ」
「はーい!」

 ほんの少しだけ反発した返事をした。鼻をつままれてしまったが、優しい力だった。疑問に思うことは何でも聞いてくれと言われた。そして、怒らないし、俺に怒ることを君が言うわけがないから、何でも話してごらんと言われた。

 早瀬はそれだけ言うと、別の話題に変えてくれた。バンドコンテスト後の楽しい計画の話だ。これからも一緒にいるよ。そう早瀬から囁かれた後、頷いた。俺も同じだ。彼の体にすがりつくように抱きつき、大好きだと伝えた。
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