海のそばの音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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 演奏が終わった。椅子を持って来て、頭をつき合わせるように細かく確認し合った。各パートの構成と役割、リズムが形になってきた。しかし、手ごたえを感じているというのに、夏樹が沈んでいる。

 悩んでいるのは、ヴォーカルのステージ・パフォーマンスのことだ。普通に立って歌うよりは、観客を煽って盛り上げた方が楽しめると思う。しかし、得意不得意というものがある。メンバー全員の意見としては、無理をして違和感があるぐらいなら、やらないでいようというものだ。それでも、本人は何とかしようとしている。だから、俺達はアイデアを出し合った。

「絡みたい楽器の方を向いて歌うとか、そばに寄っていくとかだよ」
「指さしてソロを振ってあげるとか……」
「うっうっ」

 どれも夏樹の苦手なことだ。気が強いくせに、恥ずかしがり屋で、引っ込み思案な面を持っている。すると、早瀬が言った。

「夏樹君。気負わなくてもいい。ズレるのが怖くて動けないんだろう?ドラムやベースが、どんなリズムを刻み始めるのか。そこに意識を向けるといいよ」
「うん!でも緊張するんだよ……」

 好きなバンドのライブのように、カッコよくやりたいと言っている。ライブDVDを見ながら、イメージトレーニングもやっている。練習風景を見せてもらったことがあるが、家の中は自然にやれていた。

「うーーん……」
「……夏樹」
「黒崎さん……、いたたた!頬っぺたをつねるなひょー」
「キッチンで歌いながら、踊っているだろう。家に居ると思え」
「家と外じゃ違うんだよ~」
「キッチングッズを持って歌え。炊飯器のシャモジ、菜箸。他にもあるぞ」
「それは……」
「ぷくく……っ」
「はははーーっ」

 メンバーから笑い声が起こった。こうなればそれしかないと言うと、夏樹が表情を明るくさせた。本気で持つのだろうか?

「あ……、いいこと思いついた」
「どんなことー?」
「家に居るつもりになれるし、心強いアイテムがあるよ!」

 すると、トートバックからうちわを取り出した。それを目にした全員が大笑いをした。黒崎さんが今まで女性達から受け取ったメッセージカードが両面に貼り付けられた物だったからだ。夏樹の家の近くの書店で、手作りうちわのキットが売っていて、それを買って作った物だと言っていた。浮気防止らしい。

「これが一緒なら、大丈夫かも」
「ははは~、上手に作ってるあるね」
「黒崎さん。これを持って歌うよ。いつも通りに」
「おい、やめろ」
「さあ、練習しようよ!」

 黒崎さんが嫌がっている。しかし、夏樹は本気だ。さっそく練習を始めると、信じられないことが起きた。夏樹が、家の中のように自由に動き回っていたからだ。ごく自然な動作で無理がない。何よりも楽しそうだ。

 あっという間に練習時間が終わり、次回の練習のミーティングをやった。うちわを使うことになり、夏樹が喜んでいる。『愛情うちわ』という名前までつけていた。俺達も嬉しい。早瀬が笑っている。

「さあ、帰ろうか」
「うん」
「悠人君の『愛情うちわ』を作りたいから、キットを買いに寄ろうね」
「ひいいいいっ」

 早瀬がいじめっ子の顔で笑った。俺はメッセージカードを貰っていないから、作れないだろう。それを言うと、俺の写真を両面に貼り付けて作るのだと言われた。それを必死で止めつつ、スタジオを後にした。
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