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第一章 十数年前
日いずる国の三人の田舎者
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ものすごい数のミサイルとともに西の大帝国が我が国に攻めてくる……この空想話は三人の田舎の高校生達が考えた創作SFだった。
この空想が後に現実となる。
今から十数年前の我が国の、ある田舎である。
田舎にもささやかな青春はあったがドラマはなかった。
田舎にも美男美女はいたがおれではない。
おれは峰正次。
高校三年生のとき或弖堯助と菊野舜助と同じ組になった。
三人は中学生の頃からSFの同好会を作り持ち回りで各家に集まり会合を開いていた。
ときには拙くても自作を発表することになっていた。
田舎らしい古い大きな家に住んでいた堯助はいつも学業成績がほぼ一位で、しかもギリシャ神話の太陽神アポローンのような美青年。
真っすぐな眉毛の下にクヮッと開いた大きな眼と定規のような高い鼻がギリシャ彫刻を想わせた。
ところが性格は穏やか過ぎる上、見かけと裏腹に月の様に陰気。
押しの弱さは他の二人が心配するほどだった。
彼が創作する物語はSFで、最後のところですべてが崩壊して終わるとか、主人公も語り手も死んでしまうというのが多かった。
「なぜそんな結末を好むのか?」
「中秋の名月を見ながら故人を偲ぶ情緒をうまく描写したいからだ」
「全員が死んだ後の部分は誰が語っているのか?」
「……」
彼は予言が好きな癖にアポローンと違いよく外した。
太陽神に月神アルテミスという妹がいたように彼にも妹がいた。
その美詩亜は彼とは対照的に太陽のように明るく美しかった。
おれたちが彼の家で会合しているとき、子供っぽさが残る中学生だった彼女はデニムの半ズボン姿でおやつを運んで来た。
そのまま小さな椅子に逆座りして楽しそうにおれ達の話をよく聞いていた。
ある日、おれだけが早く来過ぎた。
するとソファに美詩亜一人が体を丸めて昼寝していた。
フランス人形のような寝顔、丸出しの脚がすらっとして匂い立つような清楚な色気はまさに処女神だった。
ふくらはぎが細かったことをよく憶えている。
兄の堯助が入ってきて雑誌でスコンと彼女の頭を叩いた。
あくびをした美詩亜はおれと眼が合って
「あっ!」
ハッとして赤くなり両手で頬を覆い何度も振り返りながら出て行った。
街中の小さな木造二階建てに住んでいた舜助は背が高すぎるくらい高くて成績も堯助と一位を争うほど優秀だった。
流行にあまり興味を持たず気分の解りにくいオタク的気配が濃厚で、おびただしい本に囲まれた狭い穴蔵のような所が彼の好みの部屋だった。
古武士のように渋みを含んだ締りのある顔つきだった。
腕力があったのに喧嘩は好まなかった。
好みの物語は歴史物と戦争物で、特に大東亜戦争のエピソードに詳しかった。
冗談を言うのが好きだが下手だった。
人と感覚がずれていて冗談が分かりにくかった。
中途半端な知ったかぶりをするおれを分かりにくい冗談でよくからかった。
彼は一人っ子で母子家庭だった。
その母瑤子は大柄でまだ若く美人だが中学生のおれ達には色気過剰で、会うのがいつも少し恥ずかしかった。
彼女の職業は知らない。
彼の家に集まる時瑤子がいれば愛想よく迎えてケーキなどの豪勢なおやつを注文してくれるいい親だった。
彼女のやけに大きな胸が目の前をブルンと廻って通り過ぎるとき中途半端に色気づき始めた年頃のおれ達は緊張した。
そんな彼女にも慣れてきた初夏の頃、たまたま或る部屋の前を通り過ぎようとしたときベッドに昼寝している瑤子が見えた。
おれの足は止まり、ぼんやり寝姿を見ていた。
大人の体に興味が湧いたのだろう。
そのとき急に寝返りしてシーツがおちて、こちら向きになって眠り続ける瑤子は全裸だった。
初めて見た女体は全く予想外の形だった。
吐き気がするほど驚いて慌てて逃げていった。
玄関に注連縄を張っている家に住んでいたおれは四人兄弟の末っ子で健康だけが取り柄の平凡な学生だった。
中学の頃は、おれはいじめっ子から二人を守る防波堤になっていた。
いじめっ子の怖い父親が、地域の氏神の神主をやっているおれのオヤジを尊敬していたからだ。
おれたち三人は皆性格が違うのになぜか気が合って一緒にいることが多かった。
意見が分かれる状況ではおれが孤立することが多かったが気にならなかった。
中学の時は何とも思わなかったのに高校になると教師も驚く凄い成績を上げるようになった友人二人に挟まれて自分の凡庸さを痛感した。
彼らと別クラスだった高校二年のおれの担任は若い女教師で、同姓がいたため七緒先生と、下の名でよばれていた。
彼女はテレビアニメの敵役である泥棒一味の女ボスに似ていて、たいそう美しくて危険そうでかっこよかった。
朝礼のときは校庭に教員一同が並んだ。
そのときどの教員の顔も平凡でド田舎丸出しだったが七緒先生だけは東京の映画スターのように場違いに輝いていた。
おれは七緒先生のクラスになって俄かに学校が楽しくなった。
彼女は当時流行の、刺激的な膝上十センチのミニスカートを好んで穿いていた。
七緒先生が授業しながら机間を巡って来ておれの席の横で立ちどまることがあった。
なまめかしく温かい太ももがわざとかと思うほど接近して視界を塞ぎ、つられるように奥のもっと熱い場所を想ってしまうのだった。
第二学年がはじまってすぐ個人面談があった。
よく解らないが趣向とやらで、いつもと変えて名簿順の逆、すなわちおれが最後の番だった。
すると今日は彼女とゆっくり話が出来るかもしれない。
ひょっとして彼女は裏で本当にどろぼうをしているんじゃないか? そんな気がしてきた。
〝一緒に泥棒やんない?〟と誘ってくれないかな、胸を膨らませて待っていた。
おれの番になった。
先生は書類をじっと見ていた。
間近に見る引き締まった横顔は女王様のように畏れ多く、熟し切った女の気配に酔っていた。
ゆっくりこちらを向いて、茫然と見とれているおれに掛ける声は子守歌のように聞こえた。
「峰君は昔から或弖君と菊野君をよく知ってるんだって?」
膝も声も震えながら
「はい。中学生のとき、彼らと同じSF同好会にいました。いまでも時々三人で集まってやっています」
まるで不良の先輩からおまえの美人の姉を紹介しろ、と脅されているような怖さを感じた。
七緒先生は疣を見るようにおれの顔を覗き込んだ。
間近に見ると疣を食いちぎる獰猛だが整った顔の肉食魚類に見えた。
それから彼らのことばかり聞かれたような気がする。
本当にどろぼうをやるんだろうか、と思い始めた時女教師はいきなり胸を突き出し体をひねり、片手を腰にやりもう一方の手を頭に上げ、見下ろす決めポーズをしてニヤッと笑い
「私、きれい?」
「はっ、はい……すっごくきれいです、先生」
それ以上言葉が続かなかった。
七緒先生は高らかに笑い、固くなっているおれを置いてさっと帰った。
なんでこうなったのか、おれ自身について何を聞かれたか覚えていない。
この空想が後に現実となる。
今から十数年前の我が国の、ある田舎である。
田舎にもささやかな青春はあったがドラマはなかった。
田舎にも美男美女はいたがおれではない。
おれは峰正次。
高校三年生のとき或弖堯助と菊野舜助と同じ組になった。
三人は中学生の頃からSFの同好会を作り持ち回りで各家に集まり会合を開いていた。
ときには拙くても自作を発表することになっていた。
田舎らしい古い大きな家に住んでいた堯助はいつも学業成績がほぼ一位で、しかもギリシャ神話の太陽神アポローンのような美青年。
真っすぐな眉毛の下にクヮッと開いた大きな眼と定規のような高い鼻がギリシャ彫刻を想わせた。
ところが性格は穏やか過ぎる上、見かけと裏腹に月の様に陰気。
押しの弱さは他の二人が心配するほどだった。
彼が創作する物語はSFで、最後のところですべてが崩壊して終わるとか、主人公も語り手も死んでしまうというのが多かった。
「なぜそんな結末を好むのか?」
「中秋の名月を見ながら故人を偲ぶ情緒をうまく描写したいからだ」
「全員が死んだ後の部分は誰が語っているのか?」
「……」
彼は予言が好きな癖にアポローンと違いよく外した。
太陽神に月神アルテミスという妹がいたように彼にも妹がいた。
その美詩亜は彼とは対照的に太陽のように明るく美しかった。
おれたちが彼の家で会合しているとき、子供っぽさが残る中学生だった彼女はデニムの半ズボン姿でおやつを運んで来た。
そのまま小さな椅子に逆座りして楽しそうにおれ達の話をよく聞いていた。
ある日、おれだけが早く来過ぎた。
するとソファに美詩亜一人が体を丸めて昼寝していた。
フランス人形のような寝顔、丸出しの脚がすらっとして匂い立つような清楚な色気はまさに処女神だった。
ふくらはぎが細かったことをよく憶えている。
兄の堯助が入ってきて雑誌でスコンと彼女の頭を叩いた。
あくびをした美詩亜はおれと眼が合って
「あっ!」
ハッとして赤くなり両手で頬を覆い何度も振り返りながら出て行った。
街中の小さな木造二階建てに住んでいた舜助は背が高すぎるくらい高くて成績も堯助と一位を争うほど優秀だった。
流行にあまり興味を持たず気分の解りにくいオタク的気配が濃厚で、おびただしい本に囲まれた狭い穴蔵のような所が彼の好みの部屋だった。
古武士のように渋みを含んだ締りのある顔つきだった。
腕力があったのに喧嘩は好まなかった。
好みの物語は歴史物と戦争物で、特に大東亜戦争のエピソードに詳しかった。
冗談を言うのが好きだが下手だった。
人と感覚がずれていて冗談が分かりにくかった。
中途半端な知ったかぶりをするおれを分かりにくい冗談でよくからかった。
彼は一人っ子で母子家庭だった。
その母瑤子は大柄でまだ若く美人だが中学生のおれ達には色気過剰で、会うのがいつも少し恥ずかしかった。
彼女の職業は知らない。
彼の家に集まる時瑤子がいれば愛想よく迎えてケーキなどの豪勢なおやつを注文してくれるいい親だった。
彼女のやけに大きな胸が目の前をブルンと廻って通り過ぎるとき中途半端に色気づき始めた年頃のおれ達は緊張した。
そんな彼女にも慣れてきた初夏の頃、たまたま或る部屋の前を通り過ぎようとしたときベッドに昼寝している瑤子が見えた。
おれの足は止まり、ぼんやり寝姿を見ていた。
大人の体に興味が湧いたのだろう。
そのとき急に寝返りしてシーツがおちて、こちら向きになって眠り続ける瑤子は全裸だった。
初めて見た女体は全く予想外の形だった。
吐き気がするほど驚いて慌てて逃げていった。
玄関に注連縄を張っている家に住んでいたおれは四人兄弟の末っ子で健康だけが取り柄の平凡な学生だった。
中学の頃は、おれはいじめっ子から二人を守る防波堤になっていた。
いじめっ子の怖い父親が、地域の氏神の神主をやっているおれのオヤジを尊敬していたからだ。
おれたち三人は皆性格が違うのになぜか気が合って一緒にいることが多かった。
意見が分かれる状況ではおれが孤立することが多かったが気にならなかった。
中学の時は何とも思わなかったのに高校になると教師も驚く凄い成績を上げるようになった友人二人に挟まれて自分の凡庸さを痛感した。
彼らと別クラスだった高校二年のおれの担任は若い女教師で、同姓がいたため七緒先生と、下の名でよばれていた。
彼女はテレビアニメの敵役である泥棒一味の女ボスに似ていて、たいそう美しくて危険そうでかっこよかった。
朝礼のときは校庭に教員一同が並んだ。
そのときどの教員の顔も平凡でド田舎丸出しだったが七緒先生だけは東京の映画スターのように場違いに輝いていた。
おれは七緒先生のクラスになって俄かに学校が楽しくなった。
彼女は当時流行の、刺激的な膝上十センチのミニスカートを好んで穿いていた。
七緒先生が授業しながら机間を巡って来ておれの席の横で立ちどまることがあった。
なまめかしく温かい太ももがわざとかと思うほど接近して視界を塞ぎ、つられるように奥のもっと熱い場所を想ってしまうのだった。
第二学年がはじまってすぐ個人面談があった。
よく解らないが趣向とやらで、いつもと変えて名簿順の逆、すなわちおれが最後の番だった。
すると今日は彼女とゆっくり話が出来るかもしれない。
ひょっとして彼女は裏で本当にどろぼうをしているんじゃないか? そんな気がしてきた。
〝一緒に泥棒やんない?〟と誘ってくれないかな、胸を膨らませて待っていた。
おれの番になった。
先生は書類をじっと見ていた。
間近に見る引き締まった横顔は女王様のように畏れ多く、熟し切った女の気配に酔っていた。
ゆっくりこちらを向いて、茫然と見とれているおれに掛ける声は子守歌のように聞こえた。
「峰君は昔から或弖君と菊野君をよく知ってるんだって?」
膝も声も震えながら
「はい。中学生のとき、彼らと同じSF同好会にいました。いまでも時々三人で集まってやっています」
まるで不良の先輩からおまえの美人の姉を紹介しろ、と脅されているような怖さを感じた。
七緒先生は疣を見るようにおれの顔を覗き込んだ。
間近に見ると疣を食いちぎる獰猛だが整った顔の肉食魚類に見えた。
それから彼らのことばかり聞かれたような気がする。
本当にどろぼうをやるんだろうか、と思い始めた時女教師はいきなり胸を突き出し体をひねり、片手を腰にやりもう一方の手を頭に上げ、見下ろす決めポーズをしてニヤッと笑い
「私、きれい?」
「はっ、はい……すっごくきれいです、先生」
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七緒先生は高らかに笑い、固くなっているおれを置いてさっと帰った。
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