ハーンのミサイル

有嶺哲史

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第一章  十数年前

日の没する処の王朝交代

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 少年は初めての狩で獲物にトドメを刺した。
その様子をしげしげと見ながら

「この子の福は、はかりしれない」

と言ったのは大族長である祖父だった。
そして少年の中指に獲物の血脂を塗ってやった。
北方遊牧民族の狩は終わった。
日没が山の向こうの空を紅に染め、大草原を流れる川面が茜色に光っていた。
氷点下の寒さの中で少年の体は火照り、薄明の中で大勢が篝火かかりびを囲み踊っていた。
狩の祭りは忘れがたく、何十年経っても懐かしく想い出された。

 その当時、大陸の中央には巨大な国家が出来ていた。
先の大戦直後に建国された独裁政権で、三十年近く続いたが民衆はひどく貧しいままだった。
独裁者が死ぬと内乱状態になった。
その状況を横目で見ていた北方の遊牧民族が突然疾風のように高原から駆けおりて広大な地域を瞬く間に席巻し、新たな支配者として入れ替わった。
新しい統治者は国名に遠い昔存在した大帝国の始祖の名を付け帝国と宣言し、自らを皇帝ハーンと呼ばせた。
諸外国は頭文字をとってC国と略称した。
C国の支配者は広大な地を迅速に統治するために前政権の民衆統治機構(徴税役人など)を当面そのまま利用した。
国家レベルの居抜きであり、庶民や諸外国は国の名前が変わっただけのように思った。
しかし同じ独裁でも腐敗し夢想的だった前政権とは性格が異なっていた。

 少年の中指に血脂を塗ってやった祖父である建国の父、初代皇帝は六十代で偉業を成し遂げた。
質素を好む好々爺の彼はそのとき自分が膨大な貧乏人達を抱え込んでしまったことに気づきハタと困惑した。
そこに知恵者が現れた。
その提案を採用して諸外国に門戸開放宣言をした。
皇帝は、我々は前政権のように閉鎖的夢想的ではないと言って資本や技術を大いに呼び込んだ。
政権は強力だったので植民地化される懸念もなく、そのうち地下資源も発見されて開放政策の狙いは当たった。
時とともに国の経済規模がどんどん大きくなって税収も大幅に増えた。

 二代目皇帝は派手好みで壮大な事業を行った。
あちこちに立派な宮殿を建てた。
街並みが古い欧州のように美しくなった。
やがて軍事に関心を向け、潤沢になった財力で軍備を休むことなく近代化し増強した。
あるとき大飢饉により収入不足が発生した。
このとき初めて国債を発行した。
滅びた前の独裁政権が既に核実験を成功させていたので二代目皇帝はICBM(大陸間弾道ミサイル)を開発し有力な核保有国となった。
その開発費は10億両に達し、国家予算を揺るがせた。
このため再び国債を発行した。
以後しばしば国債を発行するようになった。
多くの公共事業を行ったのにこの皇帝は経済政策に無関心だった。
幸運にも恵まれて〝神の見えざる手〟に任せた自由主義的経済に近いものがいつのまにか独裁国家に実現していた。
その自由をいつでも制約できる皇帝の大権は担保されていた。
二代目皇帝は最後に先祖の故地に近い場所を選び上都シャンドゥと名付け、夏の離宮の建設に着手したが基礎工事を終えた所で亡くなった。

 建国三十年目に三代目の現皇帝が即位した。
まだ北方の高原にいた少年のころから彼は祖父の初代皇帝にことのほか愛され、自らも祖父を尊敬していた。
即位してみると一見豊かな帝国も永年の軍拡によって既に国の貯金は底を尽いていた。
彼は気力充実した中年でありしかも先代、先々代と違って豊かな教養があった。
節約しながらも軍備増強は休まず、ほかに海外投資や外交を成功させ世界に大きな影響を与えるようになっていた。
統治は割とうまく行っていたため前の共和国時代より言論も含め自由が多かった。
そのころ帝国の軍事力が世界のトップクラスに躍り出て、同じく核兵器を持ち世界最大の軍事大国であるA国と対峙していた。
資源や経済力では少なからぬ差があったものの、軍事的には両国の勢力が均衡し、核兵器による相互確証破壊(MAD)の状態で平和が保たれていた。

 初代皇帝の始めの頃の予算規模はGDPのだいたい六分の一、2億両が国の一般会計の規模だった。
両とはテールと読むC国の通貨単位で、一両は3万円くらいだった。
門戸開放宣言のあと高度成長を続け、建国十年目で二代目皇帝に代わるころには10億両の国家予算が組めた。
その二十年後の三代目皇帝即位時には100億両になり、三代目の十年目までは毎年経済成長が続き150億両に達した。
そこで成長は頭打ちになった。
一方債務の方は先代皇帝以来溜まっているはずだったがなぜか統計が公表されなかった。
建国以来の徴税吏に蔓延するネコババ、かつては高い倫理性を誇っていた遊牧系支配階級の腐敗による桁外れの収賄など、計算することもできなかった。

 産業は盛んとなり国全体が繁栄を享受し中間層が増えていたが、とくに元は高原の民族であった上級貴族と地方軍閥に富が集まる傾向があった。
彼等は人口比が小さい支配的少数者だった。
外国の専門家の中には、近代的な都市風景にも関わらず先進国と認めない者もいた。
先代の自由放任的経済政策の弊害が目立つようになり、その調整が必要と思われたがそれだけではない。
順風満帆としか見えない帝国の三代目皇帝である彼の眼は債務以外の、もっと根本的な問題が静かに潜行して広がりつつある様子を見ていた。
〝神の見えざる手〟がいつのまにか〝外国の見えざる手〟に変わろうとしていた。
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