ハーンのミサイル

有嶺哲史

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第三章  戦争への動き

国防意識の高揚

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 おれは自宅にいた。
春に退職して秋にミヤコと対面し、それから正月まで中途半端に暇だった。
その間次第に宇宙に行ける楽しみよりもなんとなく不安が広がってきた。
宇宙線の強さは地磁気に守られた低軌道でも大気に守られた地表の3桁倍、何も守られていない静止軌道では低軌道の数倍、というような記事を見つけるたびに心が揺れた。
そんな時期のある夜、三つの鮮やかな夢を見た。



 第一の夢では夕日の差す故郷の町中をさまよっていた。
歩いているというより浮遊していた。
卒業した高校の上も通過した。
舜助の家の前に来ていた。
卒業式での挨拶以来だったことを思い出し、瑤子は元気かなと思いつつ玄関に入ったが物音がしない。
そのまま上がり寝室の前まで行くとドアが開いていて夕日が廊下に漏れている。
そこに寝室の中を覗いている少年がいた。
少年はおれに気づかない。
しばらくして彼は何かに驚いて逃げて行った。
少年は中学生のころのおれだった。
寝室に入ると床にシーツが落ちていてベッドに眠りこけていたのははじけそうな豊かな胸の裸体だった。
まだ若いときの瑤子だ。

「瑤子。いま帰ったよ」

なぜこの言葉が出たのかわからない。
眠ったまま瑤子は微笑んだ。
おれは前世に戻っていて、音大生である若い瑤子の夫だった。
中学生の時、瑤子の寝姿を覗き見したのは性的興味ではなく、無意識に前世の妻を見ていたのだ。
前世のおれは、夢の中ではプロの演奏家だった。
ベッドの横にあるピアノを弾き始めた。
ピアノの響きが眼に見えていた。
それは蔦のように床、壁、天井を這い伸びた。
所々に青、赤、黄色の鮮やかな花が咲き、夕日に照らされる花は美しい和音になった。
演奏しながら振り向くとヴィーナスのような裸体の瑤子が眠っていた。
二人はオルガン奏者とヴィーナスを描いたルネサンス絵画の中に入り、永遠の停止に入った。



 そこから第二の夢に変わった。
初夏の高校だった。
窓の外は明るい光に溢れ爽やかな風が花をそよがせ、緑したたる環境の教室にいた。
そこに七緒先生とおれだけがいた。
先生はアニメのお決まりどおり爆破されてレオタードはボロボロに破れ全身がスス汚れしていた。
そのため却って女体の丸みが強調されるようで刺激的で、目のやり場に困った。
仮面を取った笑顔にはひと仕事終えた泥棒らしい迫力があった。
そのため美しさは危険水準を超えていた。
女豹のような眼でおれを見つめて言った。

「峰君、私の正体を見たわね」

「もとから判っていました。手元にラーメン代くらいしかありません。私から盗めるものは無くて申し訳ないです」

「あなたが持っている、私の服を返してよ」

いつの間にかおれは先生の紺の上着とミニスカートを盗んでいた。

「返してくれたらあなたの妻になってあげる。約束するから」

何も考えず即座に返した。
着替えた先生はきれいになり、昔と同じバチッとスキのない色気したたる若い女教師ぶりだ。

 先生は古文の授業を始めた。
あれ? 物理の先生だったはずだが。
万葉集の歌の解説だった。

「君が行く道の長手を繰り畳ね焼き滅ぼさむ天の火もがも」

これはワープ航法と衛星レーザー兵器を読み込んだ歌だった。
千三百年前の歌人の想像力に舌を巻いた。
ところが先生の話は古語の文法の細かい迷宮に入っていった。
昔、古文の授業は無上の睡眠薬だった。
古手の女教師の無味乾燥なしゃべりを聞きながらいつも寝落ちしていた。

…………春の園遊会に招待されていた。
C国の攻撃から国を守った功績で呼ばれたのだ。
並んでいると順番が来て聖上が二言三言言葉をかけてくださった。
次に聖上は隣にいるおれの妻と話し始めた。
おれの妻? 誰だろうと見てみたら七緒先生だった。
高級そうな桜色の和服を着てC国の伝説の珍兵器を盗んだ話から始まって、世界中でやった泥棒仕事を話していた。
聖上は笑いこけ…………

はて、おれは極秘任務だったはずだからこんな晴れがましいところに呼ばれるのはおかしいと思ったら目が覚めた。
スーツ姿の先生が間近でおれを覗き込み微笑んでいる。
今の先生はドロボーではなく、とても気品がある。
学生の頃のあこがれの女教師が眼の前にいる、ああ、夢の中とはいえこの七緒先生がおれの妻だった。
じーんと胸が熱くなった。

「眠ってしまって申し訳ありませんでした」

先生は怒らずおれの手を取った。
寒い卒業式の日に戻っていた。
あのときのあたたかな先生の手の感触が戻った。
手を繋いで二人だけでもう誰もいない教室に戻った。

「昔君が私を女として見ていた。分かっていたのよ。だからあのとき個人面談で順番を最後になるようにしたの。二人だけになった教室で白いブラウスの下も紺のミニスカートの下も何も身に着けていなかったのよ。私のスカートの中に君が手を入れるだけでよかったのよ! たちまち二人は愛の天国に……私期待していたのよ。でもまだモジモジしているから君に〝私、きれい?〟って訊いたでしょ? どうして何もしてくれなかったのよ。泣きながら帰ったわ」

えっ、あのとき先生は高笑いしながら帰っていったのに。

「あのときの続きですよ。やりましょう、真面目にね。これは授業ですっ!」

「何の授業ですか?」

「保健体育。性教育の実習よっ! 君は自分の本能を解放しなさいっ!」

こんな授業があったとは知らなかった。
七緒先生は物理と国文学のみならず性の心理生理学など広範な授業のできる、やはり偉大な教育者だ。
先生は清楚な紺スーツの上半身にスッポンポンの下半身という格好になった。
寒くない? 気が付くといつの間にか再び初夏に戻っていた。
先生の実習は怯える新米女教師の芝居で始まった。
瑤子と同じ形状の股間の黒い森を両手で隠しながら華奢な上半身とは対照的に豊満な腰をゆっくり左右に振っていた。
それから哀れっぽく色っぽく女子高生のように言った。

「スカートを返してぇ」

おれの下半身に眼を落し、男性のそれを初めて見て息をのむウブな女の子のように口を開けた。
口を隠そうと両手を顔に上げたので覆っていた先生の股間は丸見えになった。
先制の眼は依然おれの男性器を凝視していた。
しかしさっきからおれは金縛りにあって棒立ちだ。

「何それ……きゃーっ、膨らんできた、怖いっ! えっ、あなた生徒でしょっ。なぜっ? 若く美しい担任女教師に向かってそれを……それを膨らませて何しようとするのよっ!」

などと言いハアハア喘ぎながら自ら後ろ向きになって胸を机の天板に乗せた。
初夏の机はひんやりして気持ちいい。
先生は乳房を出して雑巾がけのように机を拭き始めた。
大きな生白い丸い尻が突き出されておれの顔のすぐ前で前後に揺れていた。
おれはその尻に吸われる気がした。
しかしおれの体は動かない。
すると先生自ら自分の尻を左右に引っ張り、真ん中の穴を開いた。

「見て。ああっ、空気がスースー出入りする……涼しくって気持ちいいわっ!」

おれは何も言えない。
先生は悶えながら下半身を振り始めた。
興奮した性器の臭い、喘ぎと卑猥な言葉は演技ではなかった。
経験の無いおれでもそれが判った。
どうすることもできない金縛りのおれに見せつけて先生はどんどん自分一人の性の悦楽に耽り始めた。



 ここで急に第三の夢に替わった。
明るく楽しい母校の夢は遠く離れた地方の夕暮れどきの幼稚園に変わった。
薄暗さが不穏な雰囲気を醸し出していた。
おれ達の卒業後、七緒先生は高校教師を辞めて幼稚園を始めていたようだ。
園長は七緒先生。
この時間には彼女だけがいた。
その美しさは薄暗がりの中でも光り輝くようだった。
このとき周りにただならぬ気配があったのに先生は気づいていない。
おれは雲に乗ったように俯瞰していた。
突然十人以上の男たちが乱入して来た。
彼等は外国の言葉を話していた。
七緒先生は一瞬で下着まで剥ぎ取られ素っ裸にされて茫然としていた。
そこから夢は早送りになった。
わずか十秒の間だった。
眼にも止まらぬ速さで全員に輪姦された。
あっという間にぼろ雑巾になって床の上に投げだされバラバラになって散らばった。
男たちは軍隊らしく隊列を整え、散らばった七緒先生の方向に顔を向け〝頭右(かしらあ~みぎっ)!〟の隊礼をしたのち外国の軍歌を高吟しつつ行進しながら出て行った。
おれは雲から降りてとっちらかった七緒先生の体をかき集め御神像のように復元し、神妙に拝礼して

「不肖この私が先生の御恨みを晴らします」

怒りとともに誓いながら目が覚めた。
夢の怒りはその後も続き、七緒先生をはじめわが民族の女性達を思うたびおれの国防意識は高まっていった。
国民の雰囲気はまだ国防に固まっていなかった。
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