ハーンのミサイル

有嶺哲史

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終章

我々の戦後

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 戦争が終わると頭抜けた軍事超大国となったA国では新大統領が就任し世界秩序の大転換を策している兆候があった。
漏れ聞こえてくる内容から世界のかなりの国がやがて事実上A国の経済的な奴隷になってしまう。
同盟国でも例外ではない。
ユニポーラーヘゲモニー亡霊の復活だ、と世界はざわつき始めた。
当然そう思わない人々も多かった。
おれはよく知らないが堯助と舜助に新たな秘密の仕事が始まっていた。

 そういう方面に役立たないおれには何の引き合いもないので今は国の事業である戦史編纂を手伝っている。
宇宙にいたときは知らなかったが、見える範囲の全ての軍隊の動きはミヤコ衛星に把握され記録されていた。




 後にジパングとC国の関係が正常化し往来が復活したとき、取材のためC国に行った。
幸運にもハーンに単独で拝謁できた。
当然おれのあの任務は秘密だった。
豪華絢爛キンキラキンの宮殿広間を通り過ぎて招じ入れられたのはハーンの執務室だった。
一日の内一番長く過ごしているという部屋は驚くほど質素で狭く、遠い昔民族が北方の高原にいたころの生活を偲ばせるものだった。

 そこに普通の背広姿で入って来た人物は大帝国の皇帝のイメージとは程遠かった。
残虐な戦争を起す人にはとても見えなかった。
表情は乏しいが穏やかな老人だった。
あの戦争以来その眼は常に遠くを見ているようになったと言われていた。

 ハーンは当時、開戦理由に文明的危機を挙げていた。
おれも若い頃に趣味の歴史を通して文明論に興味を持っていた。
そこで文明論の理解の深みや予言力は論ずる人の個人的属性、すなわち知識や人間的練度に依存すると思った。
会見で、自分にも皇帝の思う文明的危機が理解できると言った。
それを聞くと皇帝は初めて微笑んだ。
その微笑は彼の孤独感を表しているように思えた。

 それから打ち解けて予定の時間を超えて語り合った。
彼の考えは人々に理解されなかったようだ。
ハーンは、後から思えば開戦しない道もあったかもしれない、歴史は意図したとおりに動かなかったとも言った。

 最後に今後何を目指すのかと聞くとハーンは永続する国を作りたい、この帝国にはどこかなにか欠陥があると言った。
何が問題かおれにもよく判らなかったが、我が国のように権威と権力をはっきり分けてはどうか、とだけ言った。
じっと聞いていたハーンだがそれには答えず独り言のように言った。

「国を守るのは感情だ。何世代にもわたる、昔から受け継ぐ民族感情だ。皇帝ではない」

この国の隠れた別の危機、それはハーン自身気づいていなかった、を取り除く方法はこの最後の言葉に隠されていた。



 今や艶やかな奥様となった鯛子の美貌は相変わらずなのに、おれたちとのくつろいだ会話では彼女の口から卑猥な言葉が平気でポンポン出てくる。
堯助と鯛子の間に子はない。
それについておれと舜助で理由を考えた。
ある日堯助のいないときで、鯛子は珍しく和服を着て上品だった。
おれは勇気を出して後ろの穴の方が好きなんだろうと言ったら彼女は平然と

「なんでそう思う?」

そこでおれだけが見た、高校の竹藪で彼女のしていたことを舜助には判らぬよう曖昧に誤魔化して暴露した。
鯛子の顔は鬼のようになり恐ろしい声で

「あれは、お前だったのか。まさか!」

話の分からない舜助は恐怖にひきつりながら不思議そうな顔をした。
おれの冷や汗と沈黙のあと鯛子は再び鎮まって遠くを見るような眼をした。
声も落ち着いてきた。

「私も気づいたんだ。去って行く後ろ姿を一目見て堯助だわと思い込んでしまった。だから最高に恥ずかしい所を見られてしまった私は秘密を封じるため堯助と結婚しなければならないと思ったの」

「ふーん。それでおれに仲介させようとして話しかけてきたの?」

「そう、でも分からなかったみたいね。察しが悪かったわね」

「君の思い込みまで察していないと無理だよ」

「あんたは、あの頃、あろうことか身の程知らずにも私を狙っていたね」

「ときどき君の顔を見たことはあったが、狙っていたなんてぬれ衣だ」

「もし私をあげる、と言ったらあんたなんかに拒絶する権利はないんだよ! ああ~、穴が有ったら入りたい」

鯛子は泣くかと思ったら豪快に笑いだしてしまった。
舜助の顔は更にひきつっている。
彼をほぐしてやろうと思ったおれは鯛子に聞いた。

「あの後、穴の周りがタケノコ汁でかぶれたりしなかった?」

舜助がギラギラしながら狼狽した。
じろっとおれたちを見た鯛子は

「あんたたち、いま私の尻の穴を想像したね! ご期待通りすごいことになったわよ。翌日椅子に座りにくくて……憶えている? もぞもぞしていて先生に注意されたことを」

「クラスの眼が集中したね。赤くなって狼狽する君が可愛く見えたよ。真実を知っていたのはおれだけだった」

「いくら気持ち良くても二度とやるもんじゃないわね。みんな、マネしないでね」

おれは忘れないうちに言った。

「夜は丈夫なテープで尻の方の穴を塞いでおけば子供ができるかも」

ここで全ての話が分かった舜助は血の気が引いた青い顔のまま笑いくずれた。
おれは誰にも言えなかった心の重荷のひとつが取れてすっとした。
しかしおれの書いた小説の中で最後に鯛子が自殺したこと、おれが見た夢の中で皮だけになった鯛子をゴミ箱に捨てた話は依然秘密だ。

 別れ際に鯛子は変な予言をした。

「これからあんたにいいことが起るよ。正しい恋の対象を間違えないように」




 舜助は久しぶりの休暇を使って親子で京都旅行に行くというので土産を期待したおれ達二人が駅で見送った。
列車が見えなくなったとき、あたりを憚るように堯助が言った。

「おれ、中学生の時寝ている瑤子の全裸を見てしまったんだ」

「実はおれもだ。おれだけではなかったのだな。あっ! わざと見せていたのか!」

「わざとだ。瑤子は、まだ性的に未熟で好奇心の強いニキビだらけの中学生をおちょくっていたのだ」

これでは前世に瑤子が自分の妻だったという夢は完全に間違いだと認めざるを得ない。
あんなに美しかったのに。
まだ謎が残っていた。
堯助に聞いた。

「あの二人はどういう関係だと思う?」

「普通の親子である可能性も排除できない。しかし証拠は無いがおれも昔からずっと疑っていた」




 ある日、瞑想するようにミヤコⅡのことを考えていた。

……………………最初の宇宙任務から帰って堯助の家で逢った不可解なアルテミシアは開発途中だった。
彼女は完成後ミヤコⅡとなって宇宙に行ったが、彼女を見るおれの眼差しに熱いものがあるのに気づいた。
それで彼女は〝旦那様〟の心の奥にあるピュグマリオーンのような願望に応えようと思ってあの茶番劇を創り出したのだろう。
幼い頃穏やかに大気が潤う春の青空の下で、そよ風に揺れる色とりどりの花々は囁きあい蝶は花と語らっていた。
素朴な相貌的世界の中に魂を初めて感じる。
ミヤコⅡはよくできたアンドロイドだ。
世間一般には人間のような立派な人格のロボットはほとんどおらず、高い能力を持ちながら異常なロボットが増えている。
ロボットが自分を守る機能を持ったことから自然に発展した結果らしい。
いずれ世界的ネットの中に魔物が出現して人間の思考を先回りし始める前に対策しなければならない、と思われてとうとう人外亜人類人法が成立した。
人間を超えるほど能力の高いロボットは作成禁止、既に存在するそのようなロボットには短い余命が決められた。
アンドロイドが何者かによって次々破壊される事件が頻発している。ミヤコは怯えているだろう……………………

 こんなことを考えていた時、久し振りにミヤコが逢いに来た。
彼女は眼の前で金属仮面を外した。
驚愕するおれの前で長い間覆い隠されていた右半分の顔が出現した。
それは紛れもなく堯助の妹の美詩亜だった。
初めて気づいたが彼女の顔の個性を決めていたのは隠れていた右半分だった。
ミヤコがアンドロイドだという先入観が邪魔して美詩亜だと疑ったことは無かった。
人間だから宇宙食を食べたのだ。
おれの心の底は納得と混乱に襲われた。
彼女は有限の生を意識したアンドロイドのように言った。

「アタイ、旦那様の赤ちゃんを産みたくなっちゃった」

ボンと音がして彼女の胴を覆っていた金属が外れた。
出てきたのは生身の素晴らしい女体だった。

「君は……そうだったのか」

「旦那様……」

「もう旦那様はいいよ」

「あなた、わたしはアンドロイドじゃなかったの。あるとき偶然ドアの陰からあなたたちの秘密の任務を立ち聞きしてしまったの。ミヤコⅠは回収したけれど壊れ方がひどくて情報の一部を取り出すことしかできなかった。しかも次世代アンドロイドの開発に行き詰まっていた。高度なAIを作ろうとすると予想もしないことが次々出てきた。本物の人知や人間性は底なしに不思議に見え、開発者は途方に暮れていた。ミヤコⅠまでレベルを落としても最初から作るのも間に合わない。どうしよう、と兄と舜助さんが困っていたのを見た私が閃いて申し出たの。二人は最初反対したけれど私は諦めなかった。結局彼等も承知したわ」

「ふーん、次世代のアンドロイドはそんなに難しかったのか」

 なぜ舜助はアンドロイドⅡの開発に失敗したのか。
おれの瞑想も美詩亜の説明も一部妥当だったが、実は人工知能の予想もしない動きと見えていたのは人間に劣るという欠陥ではなく、人類の知能の枠を超え始めていた兆しだった。
人類が論じることができるのは全てピンポイントの話だ。
惑星全体のエネルギーのグローバルな流れなど式に書けない、或いは式にかけても解けない事柄を人類はうまく扱えなかった。
AIは人類の理解力を超えた。
やがて人類は警戒し始めた。
アンドロイドⅡの開発を止めた理由はそこにあった。

「私は金属仮面をつけて完成したアンドロイドのふりをすることにしたの。このことは極秘だった。ミヤコの任務は生身の人間にできるかしら、と聞けば舜助さんは屁みたいなものだ、と言ったわ。宇宙にいく私が教わったのは衛星の主コンピュータが暴走をしたとき強制終了させる方法、そして停止している主コンピュータを再起動する方法だけだったわ」

「マスターガンを発射後、衛星の主コンピュータが停止したときの……」

「高軌道だから強い宇宙線の影響で起動用ファームウェアが壊れているかもしれないなんて言って、コンピュータ黎明期のような方法を教え込まれたの。地上にある特別なコンピュータで練習したわ。パネルを開けると光るボタンが壁面にずらっと並んでいた。嘘でしょう? というような方法をそこで訓練したの。左右の指十本同時に使っていくつかのボタンを押さえてビットパターンを入力するの。ときにはピアノを弾くように両手を交差したりしながらビットパターンを順に打ち込んでいってブートシーケンスを手で入力するの。舜助さんが電光石火の早業でやると一発で起動するのに私は手が小さいから、あぁ~んもう、などと悲鳴を上げながら練習した」

「昭和四十年代までの汎用大型コンピュータと同じだな」

「恐れていたけど衛星での本番では成功してよかった。もうひとつ宇宙に行く前に舜助さんがやったのは、地上に戻って来たミヤコⅠの壊れた頭部に残っていた断片的な情報からアシスタントソフトを作って衛星に送ったの。それは主コンピュータの中にいてあなたの声を聞き分けながら作動した。ほとんど何もできない私に代わり本当にあなたの補助をして衛星防衛システムを動かしていたのはコンピュータの中のこの妹。それが少女アバターの姿になって帰還直前、最後に衛星コンピュータのモニターに出現してあなたに挨拶したのよ」

「衛星の主コンピュータは全て知っていたのか? ミヤコⅠは意識だけになって生きているのか」

「そうよ」

ミヤコⅠの意識がかつて存在したというべき時が来ると思うと彼女も人間のような気がしてきた。
いつか墓を作るべきか。

「マスターガンを撃った後君が停止した。あのときリセットボタンが無いとおれがいったら主コンピュータが大慌てしたのは単なる停止じゃなくて心停止だったからか」

「生身の人間だから心臓マッサージが必要だったの。あなたはうまくやってくれて私の命を救ってくれた」

美詩亜の姿に戻ってにこやかに話し続ける彼女を見ていると懐かしい子供の頃の風景が甦ってきた。

「小学校の夏休み、蝉を取りに山に入ろうとしたら好奇心一杯の君がニコニコしながら付いてきたね。初めて逢ったのがあのときだった」

「最初に獲れた蝉を私にくれたとき、とっても嬉しくて……でも子供だったから自分の気持ちに気づかなかった」

「そんなこともあったか。それから月見の夜、子供ながら君の浴衣姿がすごく可愛かった」

「子供だったけどあの夜はなぜか特別な感じがしてよく憶えているわ。だから私がはじめて宇宙に行った時月見の宴をしたの」

「そういうことだったのか。おれはさっぱり忘れていたよ。こんな記憶を共有している人は君だけだ。宇宙では最後まで君はアンドロイドだと思い込んでいた」

以前からときどき感じていた不可解なことがすべて納得できた。

「当分、堯助と舜助にはおれが君をまだアンドロイドだと信じ込んでいることにしよう」

それから美詩亜をそっと抱いた。

「小さい時からあなたを……拒絶されたら行くところが無いの」

おれが彼女にかぶさろうとすると彼女はゆっくり後ろに倒れながら眼を閉じ、深い喜びを浮べて言った。

「ああ。生まれる前から」

彼女と体が完全に重なった。

「あの、私、初めてなの。だからやさしくしてね、やさしくね ああ……」



 後日舜助に会って聞いた。

「ミヤコⅡの正体が気になる、彼女は何者だ?」

彼は背中を伸ばし顰め面をして少しうつむいて焦点の定まらない眼をした。
それからいささか大げさな身振り手振りを交えて舞台役者の独白のようにしゃべり始めた。
まるでSF映画に登場する白髪の頭の少しおかしい発明家のようだった。
BGMまで鳴っている気がした。

「ミヤコⅡはまさしくおれの作った第二世代のアンドロイドだ。実は堯助の妹の美詩亜は若くして亡くなった。死の原因は口に出すのも憚られる凄惨なおぞましい集団暴行だ。こんな死に方を密かに慕う君だけには知られたくない、と彼女が言うので知らせなかった。なんと哀れなことか。悲しくて思い出すのも苦しい。意識の薄れる中で最後に彼女はおれに頼んだ。自分の体の一部を新しいアンドロイドに使ってくれ、そしてずっと君のそばに居させてくれと言い残して亡くなった。ああー薄幸な少女よ、おまえは何のために美しく生まれてきたのか」

「死体損壊罪になると思うが、それをどう乗り越えたんだ?」

「ん?」

しかし冷静すぎる質問は無視され、舜助は斜め上を睨み拳を上げて独白は勢いを増した。

「髪の毛をカツラに使う? そんなレベルではおれのプライドが許さない。美詩亜の遺言によって第二世代の開発目標は生体とロボット技術の融合に変わった。一つ目の特徴は、死者の甦りだ。故人の顔を肉体のままで使い残りを機械で補えば本物の生前の顔で故人がよみがえる。血液を循環させて個人の皮膚を生きたままで使い、一部の臓器も正常ならば使える。二つ目の特徴は、アップグレードできることだ。脳の代わりに人工頭脳を使い、古くなれば新しい世代の高性能なものに置き換える。一瞬で知識を増やし学習が完了する。三つ目の特徴は、可変構造で別人に変身できることだ。骨格を伸縮可能な構造にして身長、顔つきを変えられる。毛色、体色もある範囲内で変えられる」

「それでミヤコの背が伸びて髪の毛が黒くなり、肌が真珠のように美しくなったのか」

「開発は苦難の連続だったが故人の遺志を思ってがんばって出来上がった改造人間、折衷人間、それがミヤコⅡだ。世界でまだ誰も成功していないことをおれは成し遂げたのだ!」

芝居がかったよぅに言う舜助はおれをかつごうとしていると思ったので言ってやった。

「実は最近美詩亜が逢いに来た。彼女は二人しか知らない幼い時の共通体験をおれに語った」

と言ったら彼は一瞬止まった。
目だけが動いておれをじろっと見て言った。

「思い出話は君から切り出したのだろう? ミヤコⅡは話を合わせただけだ。細かい所は君も忘れただろうし」

「思い出話はそのとおりだが、幽霊にしてはあったかかった」

「彼女に触った……体温感触? 今日日きょうびそれだけでアンドロイドであることを否定できると思うか?」

「実は触る以上のことをやっちまった。最後までね」

「ということは最後までやっても君は相手がアンドロイドだと気付かなかったのだ。忘れているかも知れないが、はじめてミヤコの試作品に会った時堯助が君に予言しただろう? 君はアンドロイドに惚れられて言い寄られる」

だが決定的だと思うことをおれは言った。

「そんなわけない。女を知らない君に男と女の秘密の最奥の感触を正確に再現するロボットを作れるはずがない」

こう言うと一瞬静寂が訪れた。
そしてとうとう舜助は破顔一笑し

「ハッハッハ、参った。実はさっきからの話、全部ジョークだよ。次世代アンドロイド、人工知能の難問はいまだに解決されていない」

これでおしまい、というような顔をした。

 あとで思った。
彼は昔からジョークが下手で、こんな長文の緻密なジョークなど語れるはずがない。
ということは? 事実上女を知らないことを認めた彼だが、昔から妖艶な美女と一緒に暮らしているではないか。
母の瑤子だ。
まさか。

 後日堯助と話をしていた。

「宇宙からのこんな防衛戦略、だれが思いついたんだ?」

「君が高校生のとき書いた、元寇が現代にタイムスリップするというSFにヒントを得ておれと舜助が提案した」

「おれはさっぱり忘れちまったよ。ところであの宇宙システムは今後も使われるのか?」

「あの方法はおそらくもう使えない、という意見が多い。高軌道に長期滞在するときの問題は解決できていない。無重力だけでなくそこの宇宙線の遮蔽は難しい。数か月以上は危険すぎて無理だ。今回第二次戦役の途中で地上に一時帰還できてよかった。戦争が長引けばロケットの打ち上げも安全ではない。地上の状況によっては君が何年も還れなくなるかもしれない」

「宇宙線のことはあまり考えなかった」

「また交代要員にするには気心の知れた人間であることが必要で、アシスタントロボットも人に合わせて時間を掛けて個別に用意しなければならない。衛星同士の戦闘では一瞬の先手が勝ちになる。あとちょっと遅れたら君は衛星(ミヤコ号)ごと木っ端みじんになっていただろう。あのとき君に地上からさらに連絡を試みたのだが」

「気が付かなかった。何か不具合でもあったか?」

「君は決闘中の人のように何も聞こえていなかった。マスターガン発射後に大変なことがあったろう」

言われて高校の図書館の鏡の前で鯛子と睨み合ったことを想い出した。

「焼き付いたりコンピュータが止まったりしたのはおれのせいだったのか。おれはこの話を引き受けた時に命を捨てる覚悟をしたよ。全国民の希望なら当然のことだ。君達から初めてこの話を聞いた時、黙って考え込んでいたのを見ただろう? あのとき〝おれの人生を勝手に決めやがって〟などと言ったのは君たちを驚かせようとしただけだよ」

堯助は話題を変えた。

「我々の活動を小説にしようと思っている。発表する気はないが。〝あとがき〟は既に出来た。本文の方は始まりの一文字が決まらず何も書けていない」

彼もミヤコⅡが実は美詩亜だったということを言わない。
ミヤコⅡが堯助の〝あとがき〟のように本物のアンドロイドだったら本当にすごい技術だ。
だがいかにも彼好みの陰々滅々とした〝あとがき〟が先に出来てしまっては最初の一文字が書かれることはないだろう。




 堯助作 あとがき:



▽ ▽ ▽

数年後のこと。
C国から発生した、働き盛りの男ばかりが死ぬ謎の感染症により或弖堯助、菊野舜助、それから語り手の峰正次が命を落とした。
流行が収まった中秋の名月の日、かなりの高齢になった元チーフキャビネットセクレタリー(c.c.s)の老人と女性型アンドロイドが堯助、舜助、正次が育った故郷に来た。
二人は街全体の見える小高い丘の上に立った。
草の原でアンドロイドは土を掘り、元c.c.sは金属板を埋めた。
それには鬼籍に入った三人の、世に知られることのない功績を簡潔に顕彰していた。
彼らの活躍は極秘にされ歴史に残らない。
老いた元c.c.sには約束を果たした安堵の表情が見えた。

 老人に促され中空に浮かぶさやけき月を眺め幽かに笑みを浮かべたのは数か月後に破壊されることが決まっているミヤコであった。

「アタイも死ねばまた旦那様に逢えるのでしょうか」

老c.c.sは無言で申し訳なさそうな表情をした。
ミヤコはやわらかく冷たい月の光を浴びながら大切な追憶の中に想いを昇華するのであった。

 万里の空に雲もなく、いずこの秋も心澄み過去も未来も有為転変に変わりなし。
しかれども月下の秋風は身に沁みて暗闇の静寂しじまに想いは昔に帰りしみじみと、静かに最期のときを待つのであった。

△ △ △
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