ハーンのミサイル

有嶺哲史

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終章

グーテ・ノイエ・ツァイト

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 夏の早朝。
上都シャンドゥの地平線の空が曙色に染まり、彼方の草の間から太陽が顔をのぞかせた。
まだ少し暗い快晴の空は深く青かった。
朝日に輝く壮麗な新離宮を遠くに見ながら老皇帝ハーンと老丞相バヤンが涼冷な空気の中を並んで騎行していた。
丘陵地帯の谷に近づくと樹木がぽつぽつ増えてきた。
足元には色とりどりの花々が暗がりの中に咲いていた。
次第に艶(なま)めく朝日に真横か照らされる樹木の若葉は原色の緑に、影は黒く潰れていた。
景色全体が薄暗いながら色鮮やかだった。
渓谷への斜面を降りるハーンは影に入りつつ語り始めた。

「なぜ朕はここにおるのか」

「はっ?」

「あの戦争が思い出される。ご先祖様と同じ結末になった。最後は卿の働きで帝国の崩壊を免れた」

「臣などなんの。陛下の果断なる決断によるものと承知いたしております」

「戦い続ければ財政どころか何もかも崩壊しておったな」

「一部軍閥が反乱の狼煙を上げたものの、命を惜しまぬ硬漢は今の時代にはおらぬようで何の不安もありませんでしたぞ」

「一度目の開戦の決断はシャンドゥ離宮でやった。ココジンが紫の花を贈ってくれたあの年じゃ。二度目の戦役を決断する直前、娘は泣きながら朕を諫めた」

「そんなことがありましたのか。陛下が沈思黙考された、雪の積もる寒い日でしたな」

「いまでこそ言える。止めておれば……あのとき先祖の荒々しい声が聞こえていた」

「戦争ももはや時の彼方。その後陛下の御世で帝国はすばらしく発展いたしました。陛下が仕留められた大きな獲物は国内にいましたな。皇女様のあの花も後に大きく成長してピンクに変わったとか」

ココジンは遠国に嫁ぎ若くして亡くなっていた。そのとき

「陛下、あれは……臣の空耳でしょうか」

ハーンの耳にも疾駆してくる蹄の音が聞こえた。
やがて蹄の音はハーンを通り抜けて去っていった。

「娘よ!」

明るくなった空に輝くような笑顔の面影が見えた。
永年追い続けて今も得られぬ彼の理想と重なった。



 ハーンが亡くなると後継争いが起こった。
元丞相バヤンの奮闘でハーンの遺志どおりココジンの産んだ子が少年ながら即位した。
この少年皇帝に信頼できる補佐が付いた。
忠臣バヤンはそれを見届けるとすぐ亡くなった。
祖父ハーンの晩年の語りを聞いていた後継皇帝は統治原理を変えた。
立憲君主制とし、議会選挙を導入した。
議会政治は脆さを抱えながらも透明になって、やがて外国にも近代国家であると認められるようになった。
新しい理念はC国の文明を変貌させ始め、古来の易姓革命の輪廻から解脱できそうだった。
ハーンが抱いた懸念は解消し海外侵寇も考えられなくなった。
併合した南の島国の再独立さえ議論できるようになった。
平和を脅かすものは見られなくなり、誰もが未来に希望を持てて仕事に研究に集中でき、生活に交友に人生を楽しむことが出来るようになった。
東アジアにグーテ・ノイエ・ツァイトが出現した。
ステゴちゃん達は墓場軌道に移動して眠りについた。



                  (第三部 ハーンのミサイル 終わり)
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