2 / 17
スープ (1/2)
しおりを挟む
ここは『Ω館』と呼ばれる屋敷。
数を減らすΩたちが様々な理由で集められ、国によって管理されている。ほとんどはαと番うため高額取引されているわりに、館で暮らす彼ら自身の生活は貧相だった。
その建物は労働者が行きかう大通り沿いにあって、灰色をした屋敷の入口には”Ω販売中”の看板が年中出ている。
……
ある雨の日
小さな部屋で暮らす20代の青年──レブの話。
鉄の首輪をつけられ、短く切られた金髪はボサボサのまま
成人にしてはサイズの合っていない大きな上着を身につけている。
部屋の家具はベッドとトイレのみで、それを囲う壁は何年も使い古されているのか黒く、ベッドシーツは染みだらけだった。
「ほら、飯だぞ」
扉についたのぞき窓があいて、そこから液体の入った器が差し出される。
さび付いているせいか、のぞき窓が耳障りな音を出す。
「……」
レブはベッドを下りて、腕を伸ばし器を取った。そのまま少しだけ液体を唇につけると顔を歪ませる。
「水より不味い……」
液体を一気に飲み干すと、空になった器を元の位置へ戻す。
「雨の街ってどんな感じだろ。はあ、どんな店があるんだろうな」
ベッドに腰かけ、雨音を追うように部屋の上部にある喚起口に視線を移した。
「早く買ってもらわないと」
……
ぼーっと横になって時間を過ごしていると、夕方頃やけに外が騒がしくなった。
「ん……?」
そっと扉に近づいて耳を近づける。
扉の向こうでは慌ただしく階段を上る足音と、見張り役の話声がした。
「おいおい、とんでもねぇ上客が来たぞ! 今受付にいる旦那、大袋に金貨をどっさりだ」
「なんだと? 今は品薄だってのに……あっ、旦那!!」
話していた声がパッと明るくなったと思うと、後から革靴の音が響いた。
「っ!」
その足音が扉の前で止まったので、レブも慌ててベッドへ戻る。
「こちらの部屋にも?」
扉の向こうから優し気な男性の声がした。レブはベッドシーツを握りしめる。
「ええっと、一応いますけどここに居るのは成人してまして……しかも生意気な奴なんです。上の階に10代がいるんでそちらを先に見てみては……」
向こうから別の声が聞こえたとき、レブは咄嗟に「嫌だ」と呟いた。するとまるで返事をするように、扉越しの穏やかな声が答える。
「構いません。見せてください」
「えっと……?」
「どんな人かだけでも」
数秒後、ガチャリと扉の施錠が外れて向こうから差した光にレブは目を細めた。
「初めまして」
その先にいた男性の挨拶がはっきり聞こえた。後ろであたふたする商人と見比べると190㎝以上ある長身で、丸眼鏡と黒いスーツを着ている。
「……」
「声を聞かせてくれませんか? お名前は?」
「──レブ、です」
久しぶりに声を出したような気がしたレブは、相手の優し気であるが魂の抜けたような喋り方に混乱する。
黒スーツの男性は、透ける様な肌と血色の薄い唇のせいでまるで幽霊のようだ。
微かな恐怖がレブの顔を曇らせたが、唇を噛みしめた後に声を出す。
「……俺を、選んでくれませんか」
呟いたレブの言葉に、男性の眉が微かに動いた。会話の流れを変えるように、後ろに居た商人が明るい声を出す。
「さ、さあ、旦那。上へご案内しやす」
「どうか……」
「勝手に喋るんじゃない!」
商人はレブを睨みつける。
しかし旦那と呼ばれる男性は片手でそれを制止した。眼鏡の奥にある目を細め、じっとレブのほうへ顔を向けている。
「私はフューネと申します。あなたを幸せにするとは限りませんよ? それでも来たいですか?」
「α、なんでしょ……?」
「ええ、αではありますが」
「なら、俺を自由にしてくれる人だ。どんな場所でも構いませんから」
商人は「こいつ!」と歯をむき出して今にも怒鳴りだしそうだ。それでもレブはフューネの顔をじっと見た。
「レブ、良い名前ですね。本当に、来ますか?」
「旦那?!」
「っ、はい!」
一番驚いていたのはレブだが、瞳いっぱいに彼を映して返事をした。真剣な表情で沈黙していると、商人はフューネに聞き返す。
「行きましょう」
「いえ、この人にします」
「本気でこいつにするんですか?」
「何かの縁かと」
「……そうですかい」
はあと息を吐く商人は若干のあきらめからか無表示になっていた。それから腰にぶら下がった鍵束をはずし、一本の鍵を掴むとレブの首輪にさす。
「ほらよ。この旦那がお前の新しい家族だ」
音を立てあっけなく外れた首輪の跡をレブは指で確かめる。商人に動くようにうながされ、恐る恐るもフューネに近づいた。
「さあ、行きましょう。下に馬車を用意してます」
「ええっと……」
フューネが差し出した手をレブは迷いながら、そっと触れた。彼の青白い肌はひやりと冷たく、しっとりしている。
「まいどあり」
やる気のない商人の声がして、レブはフューネとそのまま手を繋いだ。案内されながら二人は階段を下って、玄関へ移動していく。
手を引かれながら、レブは建物の内部を見渡した。久しぶりに見る屋敷の中はそんなに広くはないが、内装は煌びやかで金の装飾が至る所にみえる。
「手続きをお願いします」
「……へい」
商人が居なくなり、一階奥のテーブルから顔を覗かせた受付らしい人物が睨んできた。目が合ったレブは小さく身体を縮めてフューネの影に隠れる。
「レブ、どうしました? ただの受付ですよ」
「い、威圧感が……」
「彼もαですからね。大丈夫、早く済ませます」
肩を撫でられたレブは少し落ち着いたのか、一度頷くとじっとしていた。その間に受付の人物がテーブルに用紙を持ってきて、フューネが手際よくサインしていく。
「さあ、終わりましたよ。あの馬車へ」
「う、うん……!!」
横に立っていたレブが入口を向くと、玄関の外はまだ雨が降っていた。灰色の雲に覆われた空の下で、一つ真っ黒な車体の馬車がとまっているのが見える。
「っ、凄い! 雨が降ってる!!」
「ふふ、そんなに上を見てたら濡れてしまいますよ」
「なんだか全部が光ってるみたい……あ、行かないとですね」
そうして手をつないだ二人は、ザアザア降りの道を速足で進んで黒い馬車へ乗り込んでいった。
数を減らすΩたちが様々な理由で集められ、国によって管理されている。ほとんどはαと番うため高額取引されているわりに、館で暮らす彼ら自身の生活は貧相だった。
その建物は労働者が行きかう大通り沿いにあって、灰色をした屋敷の入口には”Ω販売中”の看板が年中出ている。
……
ある雨の日
小さな部屋で暮らす20代の青年──レブの話。
鉄の首輪をつけられ、短く切られた金髪はボサボサのまま
成人にしてはサイズの合っていない大きな上着を身につけている。
部屋の家具はベッドとトイレのみで、それを囲う壁は何年も使い古されているのか黒く、ベッドシーツは染みだらけだった。
「ほら、飯だぞ」
扉についたのぞき窓があいて、そこから液体の入った器が差し出される。
さび付いているせいか、のぞき窓が耳障りな音を出す。
「……」
レブはベッドを下りて、腕を伸ばし器を取った。そのまま少しだけ液体を唇につけると顔を歪ませる。
「水より不味い……」
液体を一気に飲み干すと、空になった器を元の位置へ戻す。
「雨の街ってどんな感じだろ。はあ、どんな店があるんだろうな」
ベッドに腰かけ、雨音を追うように部屋の上部にある喚起口に視線を移した。
「早く買ってもらわないと」
……
ぼーっと横になって時間を過ごしていると、夕方頃やけに外が騒がしくなった。
「ん……?」
そっと扉に近づいて耳を近づける。
扉の向こうでは慌ただしく階段を上る足音と、見張り役の話声がした。
「おいおい、とんでもねぇ上客が来たぞ! 今受付にいる旦那、大袋に金貨をどっさりだ」
「なんだと? 今は品薄だってのに……あっ、旦那!!」
話していた声がパッと明るくなったと思うと、後から革靴の音が響いた。
「っ!」
その足音が扉の前で止まったので、レブも慌ててベッドへ戻る。
「こちらの部屋にも?」
扉の向こうから優し気な男性の声がした。レブはベッドシーツを握りしめる。
「ええっと、一応いますけどここに居るのは成人してまして……しかも生意気な奴なんです。上の階に10代がいるんでそちらを先に見てみては……」
向こうから別の声が聞こえたとき、レブは咄嗟に「嫌だ」と呟いた。するとまるで返事をするように、扉越しの穏やかな声が答える。
「構いません。見せてください」
「えっと……?」
「どんな人かだけでも」
数秒後、ガチャリと扉の施錠が外れて向こうから差した光にレブは目を細めた。
「初めまして」
その先にいた男性の挨拶がはっきり聞こえた。後ろであたふたする商人と見比べると190㎝以上ある長身で、丸眼鏡と黒いスーツを着ている。
「……」
「声を聞かせてくれませんか? お名前は?」
「──レブ、です」
久しぶりに声を出したような気がしたレブは、相手の優し気であるが魂の抜けたような喋り方に混乱する。
黒スーツの男性は、透ける様な肌と血色の薄い唇のせいでまるで幽霊のようだ。
微かな恐怖がレブの顔を曇らせたが、唇を噛みしめた後に声を出す。
「……俺を、選んでくれませんか」
呟いたレブの言葉に、男性の眉が微かに動いた。会話の流れを変えるように、後ろに居た商人が明るい声を出す。
「さ、さあ、旦那。上へご案内しやす」
「どうか……」
「勝手に喋るんじゃない!」
商人はレブを睨みつける。
しかし旦那と呼ばれる男性は片手でそれを制止した。眼鏡の奥にある目を細め、じっとレブのほうへ顔を向けている。
「私はフューネと申します。あなたを幸せにするとは限りませんよ? それでも来たいですか?」
「α、なんでしょ……?」
「ええ、αではありますが」
「なら、俺を自由にしてくれる人だ。どんな場所でも構いませんから」
商人は「こいつ!」と歯をむき出して今にも怒鳴りだしそうだ。それでもレブはフューネの顔をじっと見た。
「レブ、良い名前ですね。本当に、来ますか?」
「旦那?!」
「っ、はい!」
一番驚いていたのはレブだが、瞳いっぱいに彼を映して返事をした。真剣な表情で沈黙していると、商人はフューネに聞き返す。
「行きましょう」
「いえ、この人にします」
「本気でこいつにするんですか?」
「何かの縁かと」
「……そうですかい」
はあと息を吐く商人は若干のあきらめからか無表示になっていた。それから腰にぶら下がった鍵束をはずし、一本の鍵を掴むとレブの首輪にさす。
「ほらよ。この旦那がお前の新しい家族だ」
音を立てあっけなく外れた首輪の跡をレブは指で確かめる。商人に動くようにうながされ、恐る恐るもフューネに近づいた。
「さあ、行きましょう。下に馬車を用意してます」
「ええっと……」
フューネが差し出した手をレブは迷いながら、そっと触れた。彼の青白い肌はひやりと冷たく、しっとりしている。
「まいどあり」
やる気のない商人の声がして、レブはフューネとそのまま手を繋いだ。案内されながら二人は階段を下って、玄関へ移動していく。
手を引かれながら、レブは建物の内部を見渡した。久しぶりに見る屋敷の中はそんなに広くはないが、内装は煌びやかで金の装飾が至る所にみえる。
「手続きをお願いします」
「……へい」
商人が居なくなり、一階奥のテーブルから顔を覗かせた受付らしい人物が睨んできた。目が合ったレブは小さく身体を縮めてフューネの影に隠れる。
「レブ、どうしました? ただの受付ですよ」
「い、威圧感が……」
「彼もαですからね。大丈夫、早く済ませます」
肩を撫でられたレブは少し落ち着いたのか、一度頷くとじっとしていた。その間に受付の人物がテーブルに用紙を持ってきて、フューネが手際よくサインしていく。
「さあ、終わりましたよ。あの馬車へ」
「う、うん……!!」
横に立っていたレブが入口を向くと、玄関の外はまだ雨が降っていた。灰色の雲に覆われた空の下で、一つ真っ黒な車体の馬車がとまっているのが見える。
「っ、凄い! 雨が降ってる!!」
「ふふ、そんなに上を見てたら濡れてしまいますよ」
「なんだか全部が光ってるみたい……あ、行かないとですね」
そうして手をつないだ二人は、ザアザア降りの道を速足で進んで黒い馬車へ乗り込んでいった。
2
あなたにおすすめの小説
ジャスミン茶は、君のかおり
霧瀬 渓
BL
アルファとオメガにランクのあるオメガバース世界。
大学2年の高位アルファ高遠裕二は、新入生の三ツ橋鷹也を助けた。
裕二の部活後輩となった鷹也は、新歓の数日後、放火でアパートを焼け出されてしまう。
困った鷹也に、裕二が条件付きで同居を申し出てくれた。
その条件は、恋人のフリをして虫除けになることだった。
流れる星、どうかお願い
ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる)
オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年
高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼
そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ
”要が幸せになりますように”
オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ
王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに!
一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので
ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが
お付き合いください!
【8話完結】僕の大切な人はBLゲームの主人公でした。〜モブは主人公の幸せのためなら、この恋も諦められます〜
キノア9g
BL
転生先は、まさかのBLゲームの世界。
モブであるリセルは、恋を自覚した瞬間、幼馴染・セスがこの世界の“主人公”だと気づいてしまう。
このまま一緒にいても、いつか彼は攻略対象に惹かれていく運命——それでも、今だけは傍にいたい。
「諦める覚悟をしたのに、どうしてこんなにも君が愛おしいんだろう」
恋の終わりを知っているモブと、想いを自覚していく主人公。
甘さと切なさが胸を締めつける、すれ違いから始まる運命の物語。
全8話。
【16話完結】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /チャッピー
AI比較企画作品
【完結】選ばれない僕の生きる道
谷絵 ちぐり
BL
三度、婚約解消された僕。
選ばれない僕が幸せを選ぶ話。
※地名などは架空(と作者が思ってる)のものです
※設定は独自のものです
※Rシーンを追加した加筆修正版をムーンライトノベルズに掲載しています。
妹に奪われた婚約者は、外れの王子でした。婚約破棄された僕は真実の愛を見つけます
こたま
BL
侯爵家に産まれたオメガのミシェルは、王子と婚約していた。しかしオメガとわかった妹が、お兄様ずるいわと言って婚約者を奪ってしまう。家族にないがしろにされたことで悲嘆するミシェルであったが、辺境に匿われていたアルファの落胤王子と出会い真実の愛を育む。ハッピーエンドオメガバースです。
【完結】獣王の番
なの
BL
獣王国の若き王ライオネルは、和平の証として差し出されたΩの少年ユリアンを「番など認めぬ」と冷酷に拒絶する。
虐げられながらも、ユリアンは決してその誇りを失わなかった。
しかし暴走する獣の血を鎮められるのは、そのユリアンただ一人――。
やがて明かされる予言、「真の獣王は唯一の番と結ばれるとき、国を救う」
拒絶から始まった二人の関係は、やがて国を救う愛へと変わっていく。
冷徹な獣王と運命のΩの、拒絶から始まる、運命の溺愛ファンタジー!
愛しい番に愛されたいオメガなボクの奮闘記
天田れおぽん
BL
ボク、アイリス・ロックハートは愛しい番であるオズワルドと出会った。
だけどオズワルドには初恋の人がいる。
でもボクは負けない。
ボクは愛しいオズワルドの唯一になるため、番のオメガであることに甘えることなく頑張るんだっ!
※「可愛いあの子は番にされて、もうオレの手は届かない」のオズワルド君の番の物語です。
※他サイトでも連載中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる