結婚十年目の夫から「結婚契約更新書」なるものが届いた。彼は「送り間違えた」というけれど、それはそれで問題なのでは?

ぽんた

文字の大きさ
1 / 3

1.

しおりを挟む
 その日は快晴だった。

 領地内はいま、小麦の収穫に追われている。

 このマカリスター侯爵領は、メイトランド王国の国境一帯を所有している。肥沃な土地と豊富な鉱物資源により、メイトランド王国でも一、二位を争う豊かさを誇っている。

 そして、それらの管理や経営をしているのが、マカリスター侯爵夫人であるこのわたし。

 マカリスター侯爵家に嫁いですでに十年。自分でいうのもなんだけど、いまやわたしがいなければ成り立たないほど、管理や経営を担っている。

 しかも小麦も鉱物もこのメイトランド王国のみならず、近隣諸国でも一番の収穫と産出量を誇っているため、この時期になると眠る暇もないほど忙しくなる。

 領民にまじり、小麦の収穫に全力を注ぐ。あるいは、鉱山に行ってみんなを激励する。

 この日も、いつもと同じように朝から晩まで奔走し、暗くなってからやっと屋敷に戻ってきた。

 じつは、この時期は義弟のクリフトンがかならず訪れてくれる。彼は夫の弟ながらわたしと同年代ともあり、わたしがマカリスター侯爵家に嫁いだ当初から気にかけてくれていた。わたしが嫁いで二年すると、彼は事情があって養子に入ることになり王都に行ってしまった。それでも、たまに帰ってきてはいろいろ手伝ってくれたり相談にのってくれている。おざなりの婚儀でほんのわずか時間顔を合わせて以降、帰ってくるどころか顔さえ忘れてしまった夫よりも、クリフの方がよほど頼りになる。

 もっとも、夫がこの屋敷によりつかない理由はわかっている。夫とわたしは、いわゆる政略結婚。わたしは、隣国のオグバーン国の出身でこの王国にやってきた。そして、当時はまだマカリスター侯爵子息だった夫に嫁いだわけだ。はやい話が、夫は好きでもなんでもないわたしの顔などみたくないということだろう。まぁ、それはわたしにもいえることだけど。それでも、嫁いだ以上はマカリスター侯爵子息夫人として、あるいはマカリスター侯爵夫人として、やるべきことはやっている。責任と義務は、きっちり果たしている。

 それはともかく、夫がこんな状態だからクリフは時間の許す帰って来てくれるのだ。

 この日は、もちろん彼もいっしょだった。

 領民たちも、いまでは夫よりも弟である彼を信頼し、期待しているようだ。

 その証拠に、どこにいってもクリフは人気者だ。彼は、それほどまでにこのマカリスター侯爵領内で頼られているというわけ。

「奥様。夕食の準備ができています」

 屋敷に戻ると、メイドのブレンダが待ち構えていた。

 それから、執事のローレンスも。

「奥様、旦那様より書類が届いております」
「書類?」

 当惑した。

 今年で結婚十周目になる夫は、政治活動とやらでずっと王都にいる。こちらが手紙を出してもいっさい返事が来ない。急使をだしても同様だ。

 訂正。夫は、二か月に一度まとまった金を要求してくる。政治資金に必要だからというが、彼は政治家ではない。しかもそんな金の要求も、走り書きのメモ程度にすぎない。

 その夫から書類が送られてくるなんて、当惑して当然だろう。

「なにかしらね?」

 クリフにわかるはずはないのに、彼を見ていた。

 案の定、彼は両肩をすくめただけだ。

「とりあえず、夕食の前に見た方がよさそうね」

 嫌な予感しかしない。

 可能性としては、金絡みだ。しかも書類ともなれば、なにかしらのトラブルに巻き込まれたか起こしたかで、多額の金額を要求してきたのかもしれない。

 そんなことを考えつつ、執務室に向った。クリフもついてきた。

 夫とわたしの関係についてある程度の事情を知っている彼である。いまさら拒否る必要はない。

「いったいなにかしらね?」

 執務机上にある書類袋を、ペーパーナイフを使って開けて丁寧にそこから取り出した。

 入っていたのは、たった一枚の紙片だった。

 それに目を通してみた。

 クリフも、わたしの横からのぞきこんでいる。

『結婚契約更新書』

 から始まっていた。

『これより十年間、夫婦の関係を更新する。手当金の額については前回の契約と同額とし、二か月に一度支払うものとする。同意するなら、署名欄に署名の上返送されたし』

 そのように記載されている。

「これってどういうこと?」

 クリフが尋ねてきた。

「それはわたしの台詞ね、きっと」

 そう応じるだけでせいいっぱいだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約者の私を見捨てたあなた、もう二度と関わらないので安心して下さい

神崎 ルナ
恋愛
第三王女ロクサーヌには婚約者がいた。騎士団でも有望株のナイシス・ガラット侯爵令息。その美貌もあって人気がある彼との婚約が決められたのは幼いとき。彼には他に優先する幼なじみがいたが、政略結婚だからある程度は仕方ない、と思っていた。だが、王宮が魔導師に襲われ、魔術により天井の一部がロクサーヌへ落ちてきたとき、彼が真っ先に助けに行ったのは幼馴染だという女性だった。その後もロクサーヌのことは見えていないのか、完全にスルーして彼女を抱きかかえて去って行くナイシス。  嘘でしょう。  その後ロクサーヌは一月、目が覚めなかった。  そして目覚めたとき、おとなしやかと言われていたロクサーヌの姿はどこにもなかった。 「ガラット侯爵令息とは婚約破棄? 当然でしょう。それとね私、力が欲しいの」  もう誰かが護ってくれるなんて思わない。  ロクサーヌは力をつけてひとりで生きていこうと誓った。  だがそこへクスコ辺境伯がロクサーヌへ求婚する。 「ぜひ辺境へ来て欲しい」  ※時代考証がゆるゆるですm(__)m ご注意くださいm(__)m  総合・恋愛ランキング1位(2025.8.4)hotランキング1位(2025.8.5)になりましたΣ(・ω・ノ)ノ  ありがとうございます<(_ _)>

旦那様。私が悪女ならば、愛人の女は何になるのかしら?

白雲八鈴
恋愛
 我が公爵家主催の夜会の最中。夫が愛人を連れてやってきたのです。そして、私を悪女という理由で離縁を突きつけてきました。  離縁して欲しいというのであれば、今まで支援してきた金額を全額返済していただけません?  あら?愛人の貴女が支払ってくれると?お優しいわね。  私が悪女というのであれば、妻のいる夫の愛人に収まっている貴女は何なのかしら?

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵令息から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

婚約者だと思っていた人に「俺が望んだことじゃない」と言われました。大好きだから、解放してあげようと思います

kieiku
恋愛
サリは商会の一人娘で、ジークと結婚して商会を継ぐと信じて頑張っていた。 でも近ごろのジークは非協力的で、結婚について聞いたら「俺が望んだことじゃない」と言われてしまった。 サリはたくさん泣いたあとで、ジークをずっと付き合わせてしまったことを反省し、解放してあげることにした。 ひとりで商会を継ぐことを決めたサリだったが、新たな申し出が……

私のことを愛していなかった貴方へ

矢野りと
恋愛
婚約者の心には愛する女性がいた。 でも貴族の婚姻とは家と家を繋ぐのが目的だからそれも仕方がないことだと承知して婚姻を結んだ。私だって彼を愛して婚姻を結んだ訳ではないのだから。 でも穏やかな結婚生活が私と彼の間に愛を芽生えさせ、いつしか永遠の愛を誓うようになる。 だがそんな幸せな生活は突然終わりを告げてしまう。 夫のかつての想い人が現れてから私は彼の本心を知ってしまい…。 *設定はゆるいです。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

捨てられた私が今度はあなたを捨てる

nanahi
恋愛
「お前なんか愛していなかった」愛しいあなたは私にそう言い放った──侯爵令嬢エルザは美形の靴職人グレイと恋に落ち全てを投げ打ち結婚した。だがある日突然、グレイは置き手紙を残し消えてしまった。ようやくグレイと会えた時「お前なんか愛していなかった」と彼はエルザに冷たく言い放った。絶望の中、残されたエルザはなんと子どもをみごもっていた。しかも数年後、グレイは男爵令嬢と結託しエルザの大事な子を奪いにやって来た。

天然と言えば何でも許されると思っていませんか

今川幸乃
恋愛
ソフィアの婚約者、アルバートはクラスの天然女子セラフィナのことばかり気にしている。 アルバートはいつも転んだセラフィナを助けたり宿題を忘れたら見せてあげたりとセラフィナのために行動していた。 ソフィアがそれとなくやめて欲しいと言っても、「困っているクラスメイトを助けるのは当然だ」と言って聞かず、挙句「そんなことを言うなんてがっかりだ」などと言い出す。 あまり言い過ぎると自分が悪女のようになってしまうと思ったソフィアはずっともやもやを抱えていたが、同じくクラスメイトのマクシミリアンという男子が相談に乗ってくれる。 そんな時、ソフィアはたまたまセラフィナの天然が擬態であることを発見してしまい、マクシミリアンとともにそれを指摘するが……

処理中です...