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第05話 アゼル視点
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白銀の塔がそびえる王都の中心に建てられたその城は、晴天の光さえもどこか冷たく反射させている。磨き抜かれた大理石の廊下を、衛兵たちが規則正しく整列し剣を構える姿にも一切の乱れはない。全てが無駄なく整えられた、王国という名の巨大な機構――その中枢である場所だった。
アゼル・ヴァルメルシュタインは、政務室へと向かっていた。
深紅と黒を基調とした正装を纏い、貴族として完璧な足取りを崩すことなく。その精悍な顔立ちと、どこまでも冷静な灰銀の瞳は歩くだけで空気を引き締める。
「――入室を許可する」
扉の前に立つ兵士が告げた。
重厚な扉は、音ひとつ立てずに開く。
政務室には、三人の王族関係者が揃っていた。
中央に座るのは、第一王子・ライナルト殿下。即位こそしていないが、すでに実務のほとんどを担い事実上の【王】としての権限を持つ若き王族だ。
その右に宰相・ミランダ公爵。左には、軍部を統べる老将・バルデン将軍の姿もある。
アゼルはすっとその場に一礼し、静かに言葉を発した。
「本日は、お招きいただき光栄に存じます。ヴァルメルシュタイン家当主として、また陛下の忠臣として参上仕りました」
その声音に、嘘ではない。
アゼルは、王家に忠誠を誓っている。ただし――その忠誠に、人間性は不要だ。
「……アゼル、早速なのだが【魔術研究報告】の件について再度、君の所見を聞かせてほしい」
ライナルトが、静かに促す。無駄のない言葉と視線に対し、それに応えるようにアゼルは一歩前へ出る。
「……魔術兵器としての研究は、ここ十年で大きく進展しました。現在は【生体魔術】に頼る必要はありません。既に過去の段階です」
そこまで述べると、視線がわずかに揺れる。
「我が弟――【ハイデン・ヴァルメルシュタイン】。彼の魔力量は、確かに規格外であり過去に類を見ない天賦の才です」
だが、と言葉を区切る。
「同時に、制御困難であり世論にとっても不安定な象徴となり得ます」
ミランダ公爵が眉を顰めた。
「彼が、王国にとっての脅威になりかねないとそう申すか?」
「いえ。あくまでも【可能性】としての提示です。王国の未来において予測されるいかなる局面においても、選択肢を備えておくべきかと」
言葉には、一切の揺らぎがない。計算され尽くした冷静さと、必要最低限の抑揚。アゼルの言葉に対し、バルデン将軍が胡坐をかいたまま顎を撫でた。
「魔術師という存在が時代にそぐわなくなってきているのは確かだ。だが……あの青年の【魔力】を凌駕できる者は、未だおらんだろう」
「はい。ゆえにこそ【崩れる前】に処遇を見直す必要があるのです」
その声には、確かな実感が滲んでいた。
――ハイデンは危うい。
その力は、彼自身の意志を超えている。
従者を失った今、魔力の制御は困難を極め、封じるか、それとも生かすか、それ以外に道はない。もし制御が外れれば、王都ひとつが吹き飛ぶ可能性さえある。
アゼルは、それを誰よりも知っていた。
弟が、何を抱え何を奪われ、どれほど孤独に生きてきたか――最も近くでそれを見ていたのは、他でもないこの兄だった。
(……だが、それは私の問題ではない)
ヴァルメルシュタインの当主として、王国に忠義を尽くす。そのために、感情など必要ない。
アゼルには、それを切り捨てる覚悟があった。
「既に、彼を王都から遠ざける手はずは整えてあります。必要であれば監視下で静かに……【凍結】という形で処遇することも可能です」
ミランダが頷く。
「排除ではなく、制御不能になる前の封印、か……殿下、いかがされます?」
ミランダの言葉に対し、ライナルトは書類に視線を落としながらアゼルを見据えた。
「ハイデン本人が、万が一にも行動を起こした場合――その時は、君が対処せよ、アゼル」
その言葉と同時に空気が、わずかに冷えた。
だがアゼルは、動じない。
「――承知しております。弟であろうとも王国に仇なす存在となれば――私の手で」
それは決して、強がりではなかった。
ただの事実。国家にとって【不要な駒】を盤面から除く。それが自分自身の役目の一つだと言う事を、理解している。
アゼルは深く一礼し、アゼルは背を向けた。
▼ ▼ ▼
政務室を出ると、廊下に差し込む陽光がアゼルの横顔を照らした。
その光にふと、瞳の奥が揺れ――思いがけず、過去の情景がよみがえった。
幼い頃のハイデン。
まだ身体も小さく、魔力制御に失敗するたびに指先を震わせていた日々。それでも泣くまいと、必死に笑おうとしていた。
兄の背を追い、何度も転びながらも手を伸ばしてきた。
『……に、兄さま』
――あの頃は、確かに手を取っていた。
弟の才能を誇らしく思い、未来に希望すら抱いていたそんな時期が確かに存在していた。
けれど、それは――
(……あの日を境に、すべて変わった)
【あの事件】は突然だった。
誰もが、何一つ、正しく対処できなかった。自分も。ハイデンも。ハイデンの従者さえも。
あの時、彼は何を思ったのか。なぜあれほどまでに、孤独を選んだのか。今となっては、アゼルにもわからない。
だが一つだけ、確かなことがある。
――それ以来、ハイデンは二度とアゼルの目を見て笑う事もなければ問いかけに応じる事もなかった。
まるで、【拒絶】しているかのように、ハイデンはアゼルを見るのをやめ、全てをあきらめてしまったかのような表情になった。
最後に会ったハイデンの顔を思い出したアゼルは目を閉じ、ゆっくりと息を吐く。記憶は胸の奥に封じるようにして、表情を変えぬまま再び歩き出した。
「……忠誠に、情は不要だ」
ぽつりと落とした声は、誰にも届かないほど小さかった。
アゼル・ヴァルメルシュタインーー彼の中にあるのは、王国の秩序と未来のみ。
例えその道が、嘗て手を取った弟を――【守る】のではなく【切り捨てる】モノであったとしても。その決意は、今や誰にも揺るがせない。
政務室の扉は、静かに――そして、冷たく閉じられた。
アゼル・ヴァルメルシュタインは、政務室へと向かっていた。
深紅と黒を基調とした正装を纏い、貴族として完璧な足取りを崩すことなく。その精悍な顔立ちと、どこまでも冷静な灰銀の瞳は歩くだけで空気を引き締める。
「――入室を許可する」
扉の前に立つ兵士が告げた。
重厚な扉は、音ひとつ立てずに開く。
政務室には、三人の王族関係者が揃っていた。
中央に座るのは、第一王子・ライナルト殿下。即位こそしていないが、すでに実務のほとんどを担い事実上の【王】としての権限を持つ若き王族だ。
その右に宰相・ミランダ公爵。左には、軍部を統べる老将・バルデン将軍の姿もある。
アゼルはすっとその場に一礼し、静かに言葉を発した。
「本日は、お招きいただき光栄に存じます。ヴァルメルシュタイン家当主として、また陛下の忠臣として参上仕りました」
その声音に、嘘ではない。
アゼルは、王家に忠誠を誓っている。ただし――その忠誠に、人間性は不要だ。
「……アゼル、早速なのだが【魔術研究報告】の件について再度、君の所見を聞かせてほしい」
ライナルトが、静かに促す。無駄のない言葉と視線に対し、それに応えるようにアゼルは一歩前へ出る。
「……魔術兵器としての研究は、ここ十年で大きく進展しました。現在は【生体魔術】に頼る必要はありません。既に過去の段階です」
そこまで述べると、視線がわずかに揺れる。
「我が弟――【ハイデン・ヴァルメルシュタイン】。彼の魔力量は、確かに規格外であり過去に類を見ない天賦の才です」
だが、と言葉を区切る。
「同時に、制御困難であり世論にとっても不安定な象徴となり得ます」
ミランダ公爵が眉を顰めた。
「彼が、王国にとっての脅威になりかねないとそう申すか?」
「いえ。あくまでも【可能性】としての提示です。王国の未来において予測されるいかなる局面においても、選択肢を備えておくべきかと」
言葉には、一切の揺らぎがない。計算され尽くした冷静さと、必要最低限の抑揚。アゼルの言葉に対し、バルデン将軍が胡坐をかいたまま顎を撫でた。
「魔術師という存在が時代にそぐわなくなってきているのは確かだ。だが……あの青年の【魔力】を凌駕できる者は、未だおらんだろう」
「はい。ゆえにこそ【崩れる前】に処遇を見直す必要があるのです」
その声には、確かな実感が滲んでいた。
――ハイデンは危うい。
その力は、彼自身の意志を超えている。
従者を失った今、魔力の制御は困難を極め、封じるか、それとも生かすか、それ以外に道はない。もし制御が外れれば、王都ひとつが吹き飛ぶ可能性さえある。
アゼルは、それを誰よりも知っていた。
弟が、何を抱え何を奪われ、どれほど孤独に生きてきたか――最も近くでそれを見ていたのは、他でもないこの兄だった。
(……だが、それは私の問題ではない)
ヴァルメルシュタインの当主として、王国に忠義を尽くす。そのために、感情など必要ない。
アゼルには、それを切り捨てる覚悟があった。
「既に、彼を王都から遠ざける手はずは整えてあります。必要であれば監視下で静かに……【凍結】という形で処遇することも可能です」
ミランダが頷く。
「排除ではなく、制御不能になる前の封印、か……殿下、いかがされます?」
ミランダの言葉に対し、ライナルトは書類に視線を落としながらアゼルを見据えた。
「ハイデン本人が、万が一にも行動を起こした場合――その時は、君が対処せよ、アゼル」
その言葉と同時に空気が、わずかに冷えた。
だがアゼルは、動じない。
「――承知しております。弟であろうとも王国に仇なす存在となれば――私の手で」
それは決して、強がりではなかった。
ただの事実。国家にとって【不要な駒】を盤面から除く。それが自分自身の役目の一つだと言う事を、理解している。
アゼルは深く一礼し、アゼルは背を向けた。
▼ ▼ ▼
政務室を出ると、廊下に差し込む陽光がアゼルの横顔を照らした。
その光にふと、瞳の奥が揺れ――思いがけず、過去の情景がよみがえった。
幼い頃のハイデン。
まだ身体も小さく、魔力制御に失敗するたびに指先を震わせていた日々。それでも泣くまいと、必死に笑おうとしていた。
兄の背を追い、何度も転びながらも手を伸ばしてきた。
『……に、兄さま』
――あの頃は、確かに手を取っていた。
弟の才能を誇らしく思い、未来に希望すら抱いていたそんな時期が確かに存在していた。
けれど、それは――
(……あの日を境に、すべて変わった)
【あの事件】は突然だった。
誰もが、何一つ、正しく対処できなかった。自分も。ハイデンも。ハイデンの従者さえも。
あの時、彼は何を思ったのか。なぜあれほどまでに、孤独を選んだのか。今となっては、アゼルにもわからない。
だが一つだけ、確かなことがある。
――それ以来、ハイデンは二度とアゼルの目を見て笑う事もなければ問いかけに応じる事もなかった。
まるで、【拒絶】しているかのように、ハイデンはアゼルを見るのをやめ、全てをあきらめてしまったかのような表情になった。
最後に会ったハイデンの顔を思い出したアゼルは目を閉じ、ゆっくりと息を吐く。記憶は胸の奥に封じるようにして、表情を変えぬまま再び歩き出した。
「……忠誠に、情は不要だ」
ぽつりと落とした声は、誰にも届かないほど小さかった。
アゼル・ヴァルメルシュタインーー彼の中にあるのは、王国の秩序と未来のみ。
例えその道が、嘗て手を取った弟を――【守る】のではなく【切り捨てる】モノであったとしても。その決意は、今や誰にも揺るがせない。
政務室の扉は、静かに――そして、冷たく閉じられた。
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