何もかも全て諦めてしまったラスボス予定の悪役令息は、死に場所を探していた傭兵に居場所を与えてしまった件について

桜塚あお華

文字の大きさ
28 / 51

第28話

しおりを挟む
 リリアたちの襲撃から数週間後――まさかの人物が訪れた事に、ハイデンは何も言い返せなかった。
 この屋敷に引っ越してから一度も会いに来る事はなかった人物――血の繋がりのある兄であるアゼルだ。
 きっと、彼女たちの件で来たのだろうと思いながら、怪訝そうな顔をしつつ、静かに息を吐いて掃除も行き届いていない応接室に座っているアゼルに声をかける。

「……兄上」

 懐かしい呼び方だったが、目の前の男にとってはきっと呼ばれたくないであろう。
 アゼルは兄として、かつては優しかった。厳しくも頼れる存在で、あの頃は一緒に未来を語り合っていた。
 ノアも含めた三人の時間は、きっと幻ではなかったはずだ。
 けれど今、目の前にいる男の瞳には、かつての温もりはどこにもない。
 冷たい瞳で、ハイデンを見る。

 ハイデンが近くの椅子に腰を下ろすと、アゼルは息を静かに吐いた後、まるで当たり前のように告げた。

「……ハイデン・ヴァルメルシュタイン。国の命に従いお前を拘束させてもらう」
「……は?」

 その声音は冷たい鋼のように。
 そして納得のいかない言葉に、ハイデンは驚いた。

「……っ、何を言って――」
「お前の魔力は制御が困難だ……暴走の兆候が現れた時点で、それは国家にとって【脅威】となる」
「だ、だから誰もいないこの屋敷に閉じこもったのではありませんか!それなのに突然拘束って……ノアも確か拘束しにきたと言っておりましたが……本当に、僕を拘束するつもりなのですか、兄上」
「……」

 唇を噛みしめながら答えるハイデンに対し、遮るように告げられた言葉は、容赦なかった。

「もう二度と、同じ悲劇を繰り返させるわけにはいかない。私はそれを防ぐ義務がある」
「っ……」
「お前は実の母をその【暴走】で殺しただろう?」
「あ……」

 【同じ悲劇】――その言葉の奥に、あの夜の記憶が刺さった。
 焦げた空気。血の匂い。崩れ落ちた使用人たち。……そして、命を落とした母。
 魔力が壮大だったせいもあり、ある日制御が出来なくなってしまった日、ハイデンは周りの人間を巻き込んで殺してしまった。

(でも、あれは……)

 言い訳の言葉は喉で止まった。
 見ていた――アゼルも、ノアも、何が起きたのか、何を失ったのか――全部。

(……結局は、諦めなければいけないのか)

 せっかく、生きる意味を見出せたと思った。
 それなのに、目の前の肉親はそれを諦めろと言っているかのように。

「……昔は、あなたと同じ未来を夢見ていたんです。ノアと三人で、笑って生きていけるって……信じていた……でも、僕だけが取り残されて……化け物のような存在になってそれでも、僕は、今でもあなたの弟で……いえ、すみません。そんな事を言っても無駄ですよね、兄上」
「……」
「あなたは、私を見る事すらしなくなったのだから!」

 叫ぶように言葉をぶつけた。自分でも驚くほど、感情があふれ出していく。
 思い出の中の笑顔が、現実の冷たい顔に飲まれていく。血が通っていたはずの関係が、どんどん【国家】という壁に変わっていく。
 震える声で、それでもハイデンは言った。

「私だって……あなたと同じ血が流れて、生きているんですよ、兄上!!」

 静寂が落ちてもアゼルの表情は微動だにしない。
 ただ、感情を押し殺すように、ほんのわずかに睫毛が揺れた。
 そして、ゆっくりと懐から取り出されたのは――魔道具。金属で編まれた拘束具に魔力封じの呪紋が刻まれている。
 ハイデンはそれを見た瞬間、体が冷たくなるのを感じた。

(ああ――僕は、もう【家族】ですらないんだ……何を言っても、無駄なんだな)

 それを認めるのが、何よりも、苦しかった。
 そして、あの頃に戻れる事はもう二度とないんだと、悟るのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

冤罪で追放された王子は最果ての地で美貌の公爵に愛し尽くされる 凍てついた薔薇は恋に溶かされる

尾高志咲/しさ
BL
旧題:凍てついた薔薇は恋に溶かされる 🌟2025年11月アンダルシュノベルズより刊行🌟 ロサーナ王国の病弱な第二王子アルベルトは、突然、無実の罪状を突きつけられて北の果ての離宮に追放された。王子を裏切ったのは幼い頃から大切に想う宮中伯筆頭ヴァンテル公爵だった。兄の王太子が亡くなり、世継ぎの身となってからは日々努力を重ねてきたのに。信頼していたものを全て失くし向かった先で待っていたのは……。 ――どうしてそんなに優しく名を呼ぶのだろう。 お前に裏切られ廃嫡されて最北の離宮に閉じ込められた。 目に映るものは雪と氷と絶望だけ。もう二度と、誰も信じないと誓ったのに。 ただ一人、お前だけが私の心を凍らせ溶かしていく。 執着攻め×不憫受け 美形公爵×病弱王子 不憫展開からの溺愛ハピエン物語。 ◎書籍掲載は、本編と本編後の四季の番外編:春『春の来訪者』です。 四季の番外編:夏以降及び小話は本サイトでお読みいただけます。 なお、※表示のある回はR18描写を含みます。 🌟第10回BL小説大賞にて奨励賞を頂戴しました。応援ありがとうございました。 🌟本作は旧Twitterの「フォロワーをイメージして同人誌のタイトルつける」タグで貴宮あすかさんがくださったタイトル『凍てついた薔薇は恋に溶かされる』から思いついて書いた物語です。ありがとうございました。

【完結】伯爵家当主になりますので、お飾りの婚約者の僕は早く捨てて下さいね?

MEIKO
BL
 【完結】伯爵家次男のマリンは、公爵家嫡男のミシェルの婚約者として一緒に過ごしているが実際はお飾りの存在だ。そんなマリンは池に落ちたショックで前世は日本人の男子で今この世界が小説の中なんだと気付いた。マズい!このままだとミシェルから婚約破棄されて路頭に迷う未来しか見えない!  僕はそこから前世の特技を活かしてお金を貯め、ミシェルに愛する人が現れるその日に備えだす。2年後、万全の備えと新たな朗報を得た僕は、もう婚約破棄してもらっていいんですけど?ってミシェルに告げる。なのに対象外のはずの僕に未練たらたらなのどうして? ※R対象話には『*』マーク付けます。

攻略対象の婚約者でなくても悪役令息であるというのは有効ですか

中屋沙鳥
BL
幼馴染のエリオットと結婚の約束をしていたオメガのアラステアは一抹の不安を感じながらも王都にある王立学院に入学した。そこでエリオットに冷たく突き放されたアラステアは、彼とは関わらず学院生活を送ろうと決意する。入学式で仲良くなった公爵家のローランドやその婚約者のアルフレッド第一王子、その弟のクリスティアン第三王子から自分が悪役令息だと聞かされて……?/見切り発車なのでゆっくり投稿です/オメガバースには独自解釈の視点が入ります/魔力は道具を使うのに必要な程度の設定なので物語には出てきません/設定のゆるさにはお目こぼしをお願いします/2024.11/17完結しました。この後は番外編を投稿したいと考えています。

お前らの目は節穴か?BLゲーム主人公の従者になりました!

MEIKO
BL
 本編完結しています。お直し中。第12回BL大賞奨励賞いただきました。  僕、エリオット・アノーは伯爵家嫡男の身分を隠して公爵家令息のジュリアス・エドモアの従者をしている。事の発端は十歳の時…家族から虐げられていた僕は、我慢の限界で田舎の領地から家を出て来た。もう二度と戻る事はないと己の身分を捨て、心機一転王都へやって来たものの、現実は厳しく死にかける僕。薄汚い格好でフラフラと彷徨っている所を救ってくれたのが完璧貴公子ジュリアスだ。だけど初めて会った時、不思議な感覚を覚える。えっ、このジュリアスって人…会ったことなかったっけ?その瞬間突然閃く!  「ここって…もしかして、BLゲームの世界じゃない?おまけに僕の最愛の推し〜ジュリアス様!」  知らぬ間にBLゲームの中の名も無き登場人物に転生してしまっていた僕は、命の恩人である坊ちゃまを幸せにしようと奔走する。そして大好きなゲームのイベントも近くで楽しんじゃうもんね〜ワックワク!  だけど何で…全然シナリオ通りじゃないんですけど。坊ちゃまってば、僕のこと大好き過ぎない?  ※貴族的表現を使っていますが、別の世界です。ですのでそれにのっとっていない事がありますがご了承下さい。

不遇の第七王子は愛され不慣れで困惑気味です

新川はじめ
BL
 国王とシスターの間に生まれたフィル・ディーンテ。五歳で母を亡くし第七王子として王宮へ迎え入れられたのだが、そこは針の筵だった。唯一優しくしてくれたのは王太子である兄セガールとその友人オーティスで、二人の存在が幼いフィルにとって心の支えだった。  フィルが十八歳になった頃、王宮内で生霊事件が発生。セガールの寝所に夜な夜な現れる生霊を退治するため、彼と容姿のよく似たフィルが囮になることに。指揮を取るのは大魔法師になったオーティスで「生霊が現れたら直ちに捉えます」と言ってたはずなのに何やら様子がおかしい。  生霊はベッドに潜り込んでお触りを始めるし。想い人のオーティスはなぜか黙ってガン見してるし。どうしちゃったの、話が違うじゃん!頼むからしっかりしてくれよぉー!

無能扱いの聖職者は聖女代理に選ばれました

芳一
BL
無能扱いを受けていた聖職者が、聖女代理として瘴気に塗れた地に赴き諦めたものを色々と取り戻していく話。(あらすじ修正あり)***4話に描写のミスがあったので修正させて頂きました(10月11日)

白い結婚を夢見る伯爵令息の、眠れない初夜

西沢きさと
BL
天使と謳われるほど美しく可憐な伯爵令息モーリスは、見た目の印象を裏切らないよう中身のがさつさを隠して生きていた。 だが、その美貌のせいで身の安全が脅かされることも多く、いつしか自分に執着や欲を持たない相手との政略結婚を望むようになっていく。 そんなとき、騎士の仕事一筋と名高い王弟殿下から求婚され──。 ◆ 白い結婚を手に入れたと喜んでいた伯爵令息が、初夜、結婚相手にぺろりと食べられてしまう話です。 氷の騎士と呼ばれている王弟×可憐な容姿に反した性格の伯爵令息。 サブCPの軽い匂わせがあります。 ゆるゆるなーろっぱ設定ですので、細かいところにはあまりつっこまず、気軽に読んでもらえると助かります。 ◆ 2025.9.13 別のところでおまけとして書いていた掌編を追加しました。モーリスの兄視点の短い話です。

義理の家族に虐げられている伯爵令息ですが、気にしてないので平気です。王子にも興味はありません。

竜鳴躍
BL
性格の悪い傲慢な王太子のどこが素敵なのか分かりません。王妃なんて一番めんどくさいポジションだと思います。僕は一応伯爵令息ですが、子どもの頃に両親が亡くなって叔父家族が伯爵家を相続したので、居候のようなものです。 あれこれめんどくさいです。 学校も身づくろいも適当でいいんです。僕は、僕の才能を使いたい人のために使います。 冴えない取り柄もないと思っていた主人公が、実は…。 主人公は虐げる人の知らないところで輝いています。 全てを知って後悔するのは…。 ☆2022年6月29日 BL 1位ありがとうございます!一瞬でも嬉しいです! ☆2,022年7月7日 実は子どもが主人公の話を始めてます。 囚われの親指王子が瀕死の騎士を助けたら、王子さまでした。https://www.alphapolis.co.jp/novel/355043923/237646317

処理中です...