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第29話 クリス視点
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空気が張り詰める。
クリスはただならぬ気配に気づき、屋敷の廊下を駆け抜ける足音が響く。応接間の扉の先からは、魔力が揺れる気配――そしてハイデンの声が一瞬、震えて聞こえた。
必死な声で何かを訴えようとしてくるハイデンの声を聞きながら、クリスは走り続けた。
(――間に合え!)
次の瞬間、扉が音を立てて弾ける。
木片が飛び散る中、鋭い眼光と共に飛び込んだのは、ハイデンに少し似ている男。
クリスの鍛えられた体躯が、まるで風の刃のように室内へと滑り込んだ。
「っ!!」
目を見開くと同時に、鋼の剣が抜かれる音が響く。
それとほぼ同時、アゼルの手にあった拘束魔道具が青白く起動しかけていた――だが、その手首が一瞬にして斬られた。
「……ッ!」
鋭い金属音と、短い悲鳴。アゼルはすぐさま後方に跳んで出血を最小限に抑えつつ距離を取る。
だが――その一瞬の隙を、クリスは逃さなかった。
怒りを剥き出しにしながら、すぐさまアゼルとの間合いを詰める。剣を握る手に力が込められ、その刃が今にも振り下ろされようとしたのだが、すぐさまハイデンが叫ぶ。
「やめろクリス!!」
叫びが空気を裂いた。
クリスの動きが、ぴたりと止まる。振り返った先にいたハイデンは顔を強張らせ、恐怖と悲しみを滲ませていた。
「やめてくれ……殺さないでくれ、兄上……兄さまを……」
その声に、クリスの瞳が僅かに揺れる。
だがすぐに、彼は険しい顔を戻し低く呟いた。
「だが、このまま見逃せばまたお前が狙われるぞ?」
再び剣を握り直し、アゼルに向けて身を翻そうとする。
だが、その腕を――ハイデンが迷わず掴んだ。
「……っハイデン?」
「……ごめんクリス。今は、戦う時じゃない」
彼の掌から、小さな魔力が放たれる。
瞬間、白い光が弾け、辺りにフラッシュのような強烈な閃光が走った。
「――っ!」
視界を奪われ、アゼルの反応が遅れる。その一瞬の隙に、ハイデンはクリスの手を引いて駆け出した。
「よし、行こう今のうちに……!」
「ハイデン!お前、今の……!」
「あとで叱ってくれていいから!今は早く、逃げるぞ!」
言いながらも、クリスの腕を離さず、必死に走った。
▼ ▼ ▼
森の入り口を越えた瞬間、足元の土が深く沈んでいく。乾いた風が枝葉を揺らしながら、木々の間から斜めに差し込む光が逃げる二人の姿を映し出す。
ハイデンは途中まではクリスの腕を引っ張っていたのだが、途中から息切れが出てしまったので逆になる。クリスはハイデンの身体をしっかりと抱えた状態で、無言で森の中を駆けていく。
彼の腕の中にあるその体は、今にも熱に呑まれそうなほど燃えていて、呼吸は浅く不安定だった。
――それでも、手放すことなど考えられなかった。
背後からは、もう誰の足音もしない。だが、追われている感覚だけは胸を焼き続けていた。
「……っ、くそ……」
心臓が悲鳴を上げている。走るたびに、肺に突き刺さるような痛み。
それでも立ち止まれなかった。
ただ、生きていてほしかった。この腕の中にある命が、どうか、今度こそ誰にも奪われずにいてほしいと考えながら。
「……ごめん、な……重いだろ……?」
掠れるような声が、微かに耳に届く。
ハイデンは意識が朦朧としているはずなのに、彼はなお、気遣うような言葉を吐いた。
クリスは息を呑み、それが、無性に悔しくて哀しかった。
「うるさい黙って寝てろ……お前は、何も考えなくていいから」
それだけを言い捨てて、クリスはさらに深く彼を抱き寄せる。
そのまま森の中、細く獣道のように続く小道を選びながら葉擦れの音に紛れながら進んでいく。
やがて、視界の奥に、かつて物資の隠し場所として使われていた小さな小屋が現れる。扉は朽ちかけていたが、雨風はしのげそうだった。
「……ここなら、少しは休める」
そう呟いて、扉を押し開ける。
薄暗い小屋の中、埃っぽい空気の中でクリスはそっとハイデンを古びた寝台に下ろした。
その額に手を当ててみると、体温は変わらず高く汗が滲んでいる。
「……熱、下がらないな」
クリスは拳を握りしめ、声もなく歯を噛む。
本来ならば、近くの医者に見せるのが当たり前なのだが、そんな事をしたらあの男――ハイデンの兄が間違いなく拘束してくるに違いない。
あの時一瞬、ハイデンを見ていたあの男の瞳に冷たさを持っている。それを考えるだけ嫌気を感じる。
しかし、それでもハイデンはアゼルをかばった。
それがすごく許せなかった。
その時、不意にハイデンが彼の手を掴む。目は開いていない。
それでも、その手の力は微かに震えながらも、確かにクリスを求めていた。
クリスは動けない――その手を握り返し、ただじっと、寝台に横たわる彼の顔を見つめる。
頬に、まだ薄く汗が伝わり、唇は青白く、眉間にはうっすらと痛みの皺。
その全てが、あまりにも――生々しく、愛おしかった。
「……ハイデン」
呼ぶ声は、今にも崩れそうなほど震えていた。
「頼むから……俺の前からいなくならないでくれ」
応えはない――けれど、握られた手はまだそこにあった。
それだけが、今のクリスを支えていたのだった。
クリスはただならぬ気配に気づき、屋敷の廊下を駆け抜ける足音が響く。応接間の扉の先からは、魔力が揺れる気配――そしてハイデンの声が一瞬、震えて聞こえた。
必死な声で何かを訴えようとしてくるハイデンの声を聞きながら、クリスは走り続けた。
(――間に合え!)
次の瞬間、扉が音を立てて弾ける。
木片が飛び散る中、鋭い眼光と共に飛び込んだのは、ハイデンに少し似ている男。
クリスの鍛えられた体躯が、まるで風の刃のように室内へと滑り込んだ。
「っ!!」
目を見開くと同時に、鋼の剣が抜かれる音が響く。
それとほぼ同時、アゼルの手にあった拘束魔道具が青白く起動しかけていた――だが、その手首が一瞬にして斬られた。
「……ッ!」
鋭い金属音と、短い悲鳴。アゼルはすぐさま後方に跳んで出血を最小限に抑えつつ距離を取る。
だが――その一瞬の隙を、クリスは逃さなかった。
怒りを剥き出しにしながら、すぐさまアゼルとの間合いを詰める。剣を握る手に力が込められ、その刃が今にも振り下ろされようとしたのだが、すぐさまハイデンが叫ぶ。
「やめろクリス!!」
叫びが空気を裂いた。
クリスの動きが、ぴたりと止まる。振り返った先にいたハイデンは顔を強張らせ、恐怖と悲しみを滲ませていた。
「やめてくれ……殺さないでくれ、兄上……兄さまを……」
その声に、クリスの瞳が僅かに揺れる。
だがすぐに、彼は険しい顔を戻し低く呟いた。
「だが、このまま見逃せばまたお前が狙われるぞ?」
再び剣を握り直し、アゼルに向けて身を翻そうとする。
だが、その腕を――ハイデンが迷わず掴んだ。
「……っハイデン?」
「……ごめんクリス。今は、戦う時じゃない」
彼の掌から、小さな魔力が放たれる。
瞬間、白い光が弾け、辺りにフラッシュのような強烈な閃光が走った。
「――っ!」
視界を奪われ、アゼルの反応が遅れる。その一瞬の隙に、ハイデンはクリスの手を引いて駆け出した。
「よし、行こう今のうちに……!」
「ハイデン!お前、今の……!」
「あとで叱ってくれていいから!今は早く、逃げるぞ!」
言いながらも、クリスの腕を離さず、必死に走った。
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森の入り口を越えた瞬間、足元の土が深く沈んでいく。乾いた風が枝葉を揺らしながら、木々の間から斜めに差し込む光が逃げる二人の姿を映し出す。
ハイデンは途中まではクリスの腕を引っ張っていたのだが、途中から息切れが出てしまったので逆になる。クリスはハイデンの身体をしっかりと抱えた状態で、無言で森の中を駆けていく。
彼の腕の中にあるその体は、今にも熱に呑まれそうなほど燃えていて、呼吸は浅く不安定だった。
――それでも、手放すことなど考えられなかった。
背後からは、もう誰の足音もしない。だが、追われている感覚だけは胸を焼き続けていた。
「……っ、くそ……」
心臓が悲鳴を上げている。走るたびに、肺に突き刺さるような痛み。
それでも立ち止まれなかった。
ただ、生きていてほしかった。この腕の中にある命が、どうか、今度こそ誰にも奪われずにいてほしいと考えながら。
「……ごめん、な……重いだろ……?」
掠れるような声が、微かに耳に届く。
ハイデンは意識が朦朧としているはずなのに、彼はなお、気遣うような言葉を吐いた。
クリスは息を呑み、それが、無性に悔しくて哀しかった。
「うるさい黙って寝てろ……お前は、何も考えなくていいから」
それだけを言い捨てて、クリスはさらに深く彼を抱き寄せる。
そのまま森の中、細く獣道のように続く小道を選びながら葉擦れの音に紛れながら進んでいく。
やがて、視界の奥に、かつて物資の隠し場所として使われていた小さな小屋が現れる。扉は朽ちかけていたが、雨風はしのげそうだった。
「……ここなら、少しは休める」
そう呟いて、扉を押し開ける。
薄暗い小屋の中、埃っぽい空気の中でクリスはそっとハイデンを古びた寝台に下ろした。
その額に手を当ててみると、体温は変わらず高く汗が滲んでいる。
「……熱、下がらないな」
クリスは拳を握りしめ、声もなく歯を噛む。
本来ならば、近くの医者に見せるのが当たり前なのだが、そんな事をしたらあの男――ハイデンの兄が間違いなく拘束してくるに違いない。
あの時一瞬、ハイデンを見ていたあの男の瞳に冷たさを持っている。それを考えるだけ嫌気を感じる。
しかし、それでもハイデンはアゼルをかばった。
それがすごく許せなかった。
その時、不意にハイデンが彼の手を掴む。目は開いていない。
それでも、その手の力は微かに震えながらも、確かにクリスを求めていた。
クリスは動けない――その手を握り返し、ただじっと、寝台に横たわる彼の顔を見つめる。
頬に、まだ薄く汗が伝わり、唇は青白く、眉間にはうっすらと痛みの皺。
その全てが、あまりにも――生々しく、愛おしかった。
「……ハイデン」
呼ぶ声は、今にも崩れそうなほど震えていた。
「頼むから……俺の前からいなくならないでくれ」
応えはない――けれど、握られた手はまだそこにあった。
それだけが、今のクリスを支えていたのだった。
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