何もかも全て諦めてしまったラスボス予定の悪役令息は、死に場所を探していた傭兵に居場所を与えてしまった件について

桜塚あお華

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第28話

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 リリアたちの襲撃から数週間後――まさかの人物が訪れた事に、ハイデンは何も言い返せなかった。
 この屋敷に引っ越してから一度も会いに来る事はなかった人物――血の繋がりのある兄であるアゼルだ。
 きっと、彼女たちの件で来たのだろうと思いながら、怪訝そうな顔をしつつ、静かに息を吐いて掃除も行き届いていない応接室に座っているアゼルに声をかける。

「……兄上」

 懐かしい呼び方だったが、目の前の男にとってはきっと呼ばれたくないであろう。
 アゼルは兄として、かつては優しかった。厳しくも頼れる存在で、あの頃は一緒に未来を語り合っていた。
 ノアも含めた三人の時間は、きっと幻ではなかったはずだ。
 けれど今、目の前にいる男の瞳には、かつての温もりはどこにもない。
 冷たい瞳で、ハイデンを見る。

 ハイデンが近くの椅子に腰を下ろすと、アゼルは息を静かに吐いた後、まるで当たり前のように告げた。

「……ハイデン・ヴァルメルシュタイン。国の命に従いお前を拘束させてもらう」
「……は?」

 その声音は冷たい鋼のように。
 そして納得のいかない言葉に、ハイデンは驚いた。

「……っ、何を言って――」
「お前の魔力は制御が困難だ……暴走の兆候が現れた時点で、それは国家にとって【脅威】となる」
「だ、だから誰もいないこの屋敷に閉じこもったのではありませんか!それなのに突然拘束って……ノアも確か拘束しにきたと言っておりましたが……本当に、僕を拘束するつもりなのですか、兄上」
「……」

 唇を噛みしめながら答えるハイデンに対し、遮るように告げられた言葉は、容赦なかった。

「もう二度と、同じ悲劇を繰り返させるわけにはいかない。私はそれを防ぐ義務がある」
「っ……」
「お前は実の母をその【暴走】で殺しただろう?」
「あ……」

 【同じ悲劇】――その言葉の奥に、あの夜の記憶が刺さった。
 焦げた空気。血の匂い。崩れ落ちた使用人たち。……そして、命を落とした母。
 魔力が壮大だったせいもあり、ある日制御が出来なくなってしまった日、ハイデンは周りの人間を巻き込んで殺してしまった。

(でも、あれは……)

 言い訳の言葉は喉で止まった。
 見ていた――アゼルも、ノアも、何が起きたのか、何を失ったのか――全部。

(……結局は、諦めなければいけないのか)

 せっかく、生きる意味を見出せたと思った。
 それなのに、目の前の肉親はそれを諦めろと言っているかのように。

「……昔は、あなたと同じ未来を夢見ていたんです。ノアと三人で、笑って生きていけるって……信じていた……でも、僕だけが取り残されて……化け物のような存在になってそれでも、僕は、今でもあなたの弟で……いえ、すみません。そんな事を言っても無駄ですよね、兄上」
「……」
「あなたは、私を見る事すらしなくなったのだから!」

 叫ぶように言葉をぶつけた。自分でも驚くほど、感情があふれ出していく。
 思い出の中の笑顔が、現実の冷たい顔に飲まれていく。血が通っていたはずの関係が、どんどん【国家】という壁に変わっていく。
 震える声で、それでもハイデンは言った。

「私だって……あなたと同じ血が流れて、生きているんですよ、兄上!!」

 静寂が落ちてもアゼルの表情は微動だにしない。
 ただ、感情を押し殺すように、ほんのわずかに睫毛が揺れた。
 そして、ゆっくりと懐から取り出されたのは――魔道具。金属で編まれた拘束具に魔力封じの呪紋が刻まれている。
 ハイデンはそれを見た瞬間、体が冷たくなるのを感じた。

(ああ――僕は、もう【家族】ですらないんだ……何を言っても、無駄なんだな)

 それを認めるのが、何よりも、苦しかった。
 そして、あの頃に戻れる事はもう二度とないんだと、悟るのだった。
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