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第47話 リリア視点
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崩壊の兆しはすでに至るところに現れていた。
魔術陣が刻まれた床にはひびが走り、空間は歪み、天井のアーチは軋む音を立ててゆっくり崩れ始めていた。
時間そのものが震えている。世界は、巻き戻る寸前だった。
リリアの指先がかすかに震える。光を宿した血管が皮膚の下で脈打ち、もう魔術が身体を蝕んでいることを彼女自身が理解していた。
(……それでも)
「私は……間違ってない……間違えたくない……もう、あんな思い、するくらいなら……!」
魔術陣の中心――リリアの足元には古の闇術によって開かれた【原初】への扉が広がっていた。世界の根に繋がる時の井戸、そこに魔力を注ぎ込むことでリリアは因果を遡ろうとしていた。
今度こそやり直せる――アレンも、ライオネルも、カミルも、ちゃんとヒロインである【自分】を愛してくれるはず。
そして、ハイデンは――今度こそ、ただの【敵】であってくれるはずだった。
「ヒロインが、幸せにならない物語なんて……間違ってるのよ……!」
自分の身体から吹き出すようにして魔力が流れ出ていく。
儀式の負荷で神経が焼けつき、喉の奥から血の味が広がる。それでも、止まれない。止まりたくなかった。
「全部、戻すの……私が、最初に戻して、書き換えるの……!」
唇を噛みしめながらそのように呟いてたその時、空間の震えの中、重なり合う幻影の向こう側、時のざわめきの奥から、一歩、音を立てて踏み込む気配があった。
そして、光の向こうに一人の影が現れる。
「……はい、でん?」
そこに居たのは、ハイデン・ヴァルメルシュタイン。
焼けた空気の中、煤と灰を纏ったその姿は、それでも凛とした光を纏っていた。
魔力の奔流に逆らうように、揺るぎない足取りでリリアに近づいてくる。
リリアは目を見開いた。
「……なんで……あなたが、ここに……」
その問いは、心からの叫びだった。
「あなたは……【ラスボス】のくせに……!」
震える声で叫ぶ。
「どうして……そんな目で、私を見つめるの……っ」
敵意も、怒りも、軽蔑もない。
彼の瞳に宿っていたのは、ただひとつ――慈しみの光だった。
「それは簡単だ……君が、泣いているように見えたからだ」
ハイデンは、静かに言った。
その声が、崩壊しかけた彼女の世界に、まるで雨のしずくのように染み渡ってくる。
「僕は……君にとっては【敵】かもしれない。けど、僕は君の事は【敵】だと思っていない」
彼は歩みを止めず、儀式の中心へと踏み込む。
「僕たちは誰かの都合で動いて、選ばれた台詞を言うような……そんな存在じゃない」
「っ……じゃあ、私は何なの?私は都合のいい主人公だったっていうの?そんなの、あんまりよ……!」
リリアは叫ぶ。
言葉にならない叫びだった。悔しさ、苦しさ、憎しみ、愛――そのすべてが、声にならず喉に詰まる。
だが、ハイデンは首を振った。
「君も、そうじゃないだろう?」
「……え?」
「この世界はゲームじゃない。君は【ヒロイン】じゃない。だって君は生きているのだから、ただのリリアとして、泣いて、笑っているじゃないか」
「……っ」
その一言が、魔術の回路に揺らぎをもたらした。
リリアの中で、何かが崩れかけていく。
「でも、私は……私は……幸せになりたかったのよ!ただ、それだけだったのに……!」
「わかってる……僕も、同じだった」
ハイデンは一歩、また一歩、近づいてくる。
「僕も、消される運命の中で、君が現れた死ぬつもりだった。だけど今はただ生きたいって願ってしまった。誰かの望む破滅じゃなくて、自分のために生きたかった」
魔術陣の光が激しく揺れる。
リリアの体から供給される魔力が、感情の動揺と共に制御を失っていた。
「ねぇ、リリア」
「なによ……」
「別にやり直ししなくても、いいじゃないか」
「え……?」
「考えたんだけど、未来は【今】から作っていける。君が壊したいと思ったこの世界でも、まだ――君は笑える場所を見つけられると思うんだけど、どうかな?」
その声は優しく、けれど確かな意志を宿していた。
ハイデンが、手を伸ばす。
「リリア……帰ろう。君が、君として生きられる場所へ。僕がその手を取るから」
リリアは、震える指先で、そっとその手に触れ、手のひらから伝わる体温が、現実をつなぎ止めてくる。
まるで、長い夢の終わりに差し込む朝の光のようだった。
「……そんな手、差し出さないで。そんなの……反則よ……」
涙が、ぼた、と落ちた。
「どうして……私、あなたを……敵として、憎むはずだったのに……」
「君がヒロインじゃないとしたら、僕だって敵じゃないよ」
それは、幻想を壊す一撃、そして同時に――救いの言葉だった。
リリアの身体から魔術が抜け落ちていき、彼女の魔術刻印が、儀式陣の光とともに崩れていった。
まるで、二度とその手を放すつもりはないかのように、ハイデンは、彼女の手を離さなかった。
魔術陣が刻まれた床にはひびが走り、空間は歪み、天井のアーチは軋む音を立ててゆっくり崩れ始めていた。
時間そのものが震えている。世界は、巻き戻る寸前だった。
リリアの指先がかすかに震える。光を宿した血管が皮膚の下で脈打ち、もう魔術が身体を蝕んでいることを彼女自身が理解していた。
(……それでも)
「私は……間違ってない……間違えたくない……もう、あんな思い、するくらいなら……!」
魔術陣の中心――リリアの足元には古の闇術によって開かれた【原初】への扉が広がっていた。世界の根に繋がる時の井戸、そこに魔力を注ぎ込むことでリリアは因果を遡ろうとしていた。
今度こそやり直せる――アレンも、ライオネルも、カミルも、ちゃんとヒロインである【自分】を愛してくれるはず。
そして、ハイデンは――今度こそ、ただの【敵】であってくれるはずだった。
「ヒロインが、幸せにならない物語なんて……間違ってるのよ……!」
自分の身体から吹き出すようにして魔力が流れ出ていく。
儀式の負荷で神経が焼けつき、喉の奥から血の味が広がる。それでも、止まれない。止まりたくなかった。
「全部、戻すの……私が、最初に戻して、書き換えるの……!」
唇を噛みしめながらそのように呟いてたその時、空間の震えの中、重なり合う幻影の向こう側、時のざわめきの奥から、一歩、音を立てて踏み込む気配があった。
そして、光の向こうに一人の影が現れる。
「……はい、でん?」
そこに居たのは、ハイデン・ヴァルメルシュタイン。
焼けた空気の中、煤と灰を纏ったその姿は、それでも凛とした光を纏っていた。
魔力の奔流に逆らうように、揺るぎない足取りでリリアに近づいてくる。
リリアは目を見開いた。
「……なんで……あなたが、ここに……」
その問いは、心からの叫びだった。
「あなたは……【ラスボス】のくせに……!」
震える声で叫ぶ。
「どうして……そんな目で、私を見つめるの……っ」
敵意も、怒りも、軽蔑もない。
彼の瞳に宿っていたのは、ただひとつ――慈しみの光だった。
「それは簡単だ……君が、泣いているように見えたからだ」
ハイデンは、静かに言った。
その声が、崩壊しかけた彼女の世界に、まるで雨のしずくのように染み渡ってくる。
「僕は……君にとっては【敵】かもしれない。けど、僕は君の事は【敵】だと思っていない」
彼は歩みを止めず、儀式の中心へと踏み込む。
「僕たちは誰かの都合で動いて、選ばれた台詞を言うような……そんな存在じゃない」
「っ……じゃあ、私は何なの?私は都合のいい主人公だったっていうの?そんなの、あんまりよ……!」
リリアは叫ぶ。
言葉にならない叫びだった。悔しさ、苦しさ、憎しみ、愛――そのすべてが、声にならず喉に詰まる。
だが、ハイデンは首を振った。
「君も、そうじゃないだろう?」
「……え?」
「この世界はゲームじゃない。君は【ヒロイン】じゃない。だって君は生きているのだから、ただのリリアとして、泣いて、笑っているじゃないか」
「……っ」
その一言が、魔術の回路に揺らぎをもたらした。
リリアの中で、何かが崩れかけていく。
「でも、私は……私は……幸せになりたかったのよ!ただ、それだけだったのに……!」
「わかってる……僕も、同じだった」
ハイデンは一歩、また一歩、近づいてくる。
「僕も、消される運命の中で、君が現れた死ぬつもりだった。だけど今はただ生きたいって願ってしまった。誰かの望む破滅じゃなくて、自分のために生きたかった」
魔術陣の光が激しく揺れる。
リリアの体から供給される魔力が、感情の動揺と共に制御を失っていた。
「ねぇ、リリア」
「なによ……」
「別にやり直ししなくても、いいじゃないか」
「え……?」
「考えたんだけど、未来は【今】から作っていける。君が壊したいと思ったこの世界でも、まだ――君は笑える場所を見つけられると思うんだけど、どうかな?」
その声は優しく、けれど確かな意志を宿していた。
ハイデンが、手を伸ばす。
「リリア……帰ろう。君が、君として生きられる場所へ。僕がその手を取るから」
リリアは、震える指先で、そっとその手に触れ、手のひらから伝わる体温が、現実をつなぎ止めてくる。
まるで、長い夢の終わりに差し込む朝の光のようだった。
「……そんな手、差し出さないで。そんなの……反則よ……」
涙が、ぼた、と落ちた。
「どうして……私、あなたを……敵として、憎むはずだったのに……」
「君がヒロインじゃないとしたら、僕だって敵じゃないよ」
それは、幻想を壊す一撃、そして同時に――救いの言葉だった。
リリアの身体から魔術が抜け落ちていき、彼女の魔術刻印が、儀式陣の光とともに崩れていった。
まるで、二度とその手を放すつもりはないかのように、ハイデンは、彼女の手を離さなかった。
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