何もかも全て諦めてしまったラスボス予定の悪役令息は、死に場所を探していた傭兵に居場所を与えてしまった件について

桜塚あお華

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第48話

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 静かだった。
 崩壊しかけた儀式場の奥――歪んだ空間の中心に、リリアが膝をつき、うつむいていた。
 彼女の身体にはまだ、古い魔力の余波が残っている。魔力は制御を失い、暴走と暴発の狭間を揺れ動いていた。そのままでは、彼女も、世界も、全てが引き裂かれる。
 ハイデンは、リリアの肩にそっと手を置いた。

「もう、大丈夫だ。俺が止めるから」

 リリアはわずかに震え、でも、もう抵抗する意思はなかった。まるで壊れかけた人形のように、静かに彼の手を受け入れた。
 ハイデンは目を閉じる。
 暴走した魔力と、それに等しいだけの魔力をぶつけ、相殺する術式を作り、本来は高度な魔術師同士が交差した魔力の暴走を食い止めるためのもの。だが今回は、彼自身の中に残る【全て】を、リリアの魔術に重ねて――打ち消す。
 彼の魔力は、異常な量を宿していた。
 だからこそ、できる芸当。

(昔、いたずらで作っていたものが役に立つとは思わなかったな……これで、いい。これで……)

 ハイデンは、儀式陣の中心で、ただ静かに力を解き放つ。
 轟音も、閃光もなかった。
 ただ、世界がひとつ、深く呼吸するように――すべての魔力が、溶けていった。
 リリアの魔力の刻印がが、細かく砕けて地に落ちる。次の瞬間、彼女の身体から負荷が抜け、呼吸が落ち着いていくのがわかった。
 よかった、と、心からそう思った。
 けれど――その瞬間。

「……あれ?」

 ハイデンの足元が、崩れはじめた。
 光が、皮膚の表面から溢れ出し、指先が薄く透け、身体が、輪郭ごと解けていくような錯覚。

「……っ、あ……」

 ああ、これは、理解が追いついていく。
 魔力をすべて手放した代償。
 自分の存在は【この世界】と強制的に接続された異常な魔力の上に成り立っていた。それが失われた今、肉体は境界に耐えられず、世界にいられなくなる。

「魔力が……消えていく……」

 すでに、指先は光に包まれていた。

「……ああ、僕はもう、【この世界】の一部じゃ……なくなるんだな……」

 消えるのではない――接続を失った、ただの外側のモノに戻っていく。かつて【何か】の力に引き寄せられて存在していた異物として。
 遠ざかる音。霞む視界。
 リリアが倒れ、意識を手放すのが見えた。その姿に、どこか救われる気持ちと、抗えない虚無が交錯した。

(僕は、これで……終わりだ)

 このまま消えてなくなるのであろう――そのように認識した瞬間、温かいものが、背中から包み込んだ。
 それは――腕、それも、知っている懐かしい体温だった。

「っ……待て、ハイデン……!!どこに、行くつもりだ!!」

 振り返る間もなく、ぐっと強く引き寄せられる。
 その声には、怒りも、悲しみも、必死さも、すべてが詰まっていた。

 ――クリス。

「ふざけるな……っ置いていくなって言っただろう!」

 肩に回された腕の力が、尋常じゃないほど強い。

 でも、どうして、この感触が、現実として届いている?

「クリス……でも、俺……魔力が――もう、繋がれなくて……」
「いい、大丈夫だ。代わりに繋いでやる。俺の魔力で、お前の身体、引き止めてやる」

 その言葉に、ハイデンの瞳が揺れる。

「それ……無茶だ。お前の魔力じゃ――」
「……俺のばあちゃん聖女だったんだよって言っただろう?忘れたか?」

 ハイデンは息を詰めた。

「お前、まさか……」
「ああ、やってやる。ばあちゃんから兄貴と一緒に逃げまくってたからうまく使えるかわからないが……お前を助ける事が出来るのであれば、俺がどんな手でも使ってやる」
 強引な言い方。いつものクリスの口調。
 でも――今だけは、胸に突き刺さるほど温かい。

「……帰ってこいよハイデン。俺のそばに」

 その言葉は、迷いなく届いた。
 迷いを断ち切るように、彼の心に触れた。

(……そうか……僕はまだ、【ここ】に、生きていいんだ)

 ハイデンは、力の抜けたような声で静かに笑う。
 光は静かに収束していき、クリスの魔力が彼の身体に流れ込み、【接続】を繋ぎとめる。
 失われかけた存在が、再び世界と結ばれ――そして、夜が明けるのだった。

 ハイデンは静かに、クリスの体を強く抱きしめながら、笑みを零していたのだった。
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