誰も愛してくれないと言ったのは、あなたでしょう?〜冷徹家臣と偽りの妻契約〜

山田空

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53話 誰も愛してくれないと言ったのは、あなたでしょう?

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​偽りの妻契約を結んだルミナとサイラスは、馬車でヴァイスハルト領へと戻る道を静かに進んでいた。夜明けの光が森を照らし始めていたが、馬車の内部は、二人の間に漂う異様な緊張感で満たされていた。

​ルミナは、サイラスの隣で、自分の指に視線を落とした。左手の薬指には、まだ何も嵌まっていないが、彼女の存在は、すでにサイラスの「論理」によって**『サイラスの妻』**という新しい役割で定義されていた。

​ルミナは、静寂を破り、尋ねた。

​「サイラス。あなたは、私を**『道具』ではない、『役割』として扱おうとしてくれた。私の自己嫌悪**というエラーを、契約という最も効率的な手段で解決しようとした」

​ルミナは、サイラスの冷たい横顔を見上げた。

​「なぜ、そこまで私に尽くすの? あなたの論理の中で、私が安定することに、どれほどの個人的な利益があるというの?」

​サイラスは、手綱を握ったまま、一切表情を変えずにルミナを見つめ返した。彼の黒い瞳は、いつも通り、感情を排した深淵だった。

​「ルミナ様。それは、あなたの疑問です」

​「私の疑問?」

​サイラスは、わずかに目を細めた。

​「**『誰も愛してくれない、一人ぼっちだ』と、非効率な感情を吐露したのは、あなた様です。あなた様の『愛されないことへの不安』は、『光の設計図』**を放棄させるほどの強力なリスク要因となった」

​サイラスは、馬車を停め、ルミナに体を向けた。

​「私は、レオン様によって、**『計算』という才能を認められました。私は、効率と論理の体現者です。そして、あなた様の『光の論理』**は、私がこれまで見た中で、最も効率的で、最も永続性のある、人類の幸福を導く設計図だと、私の計算が証明している」

​彼の言葉は、愛ではなく、純粋な崇拝だった。

​「私の論理が、**『誰も愛してくれない』という、たった一つの感情的なエラーによって、究極の効率を持つ『光の設計図』**が破綻することを許容できるでしょうか?」

​サイラスは、ルミナの目を見つめた。

​「私の論理の最大の目標は、『永続性』です。あなた様の『孤独』というエラーを排除し、設計図を永続させることこそ、私にとっての最大の効率です」

​彼は、ルミナの孤独を解消することが、彼の存在意義であり、彼の計算の帰結だと断言した。それは、ルミナの自己嫌悪(人を道具にする自分)から、彼女を完全に解放する言葉だった。サイラスにとって、ルミナの幸福は、道具ではなく、論理的な必須条件だったのだ。

​ルミナは、彼の言葉を反芻した。彼は、**「愛」という非効率な手段ではなく、「論理」**という彼の唯一の手段で、彼女を永遠に支えることを誓っていた。

​「そうか……サイラス。あなたは、私を愛しているのではない。あなたは、私が描く『光の設計図』の永続性を、誰よりも深く信じているのね」

​サイラスは、無表情だが、確固たる口調で言った。

​「私の論理は、愛を計算できません。しかし、あなた様の存在は、私の論理にとって、最も重要な変項です。私は、変項の安定を、夫としての義務として遂行します」

​ルミナは、深く、静かに微笑んだ。彼女は、**「偽りの妻契約」が、世界で最も誠実な契約であることを悟った。彼女の愛と、サイラスの論理は、「光の設計図の永続性」**という共通の目標によって、初めて完全に融合したのだ。

​ヴァイスハルト領の門が、朝日に輝いていた。ルミナとサイラスが馬車から降り立つと、レオンとエルナが静かに彼らを迎えた。

​レオンは、ルミナの顔を見て、すべてを察したように頷いた。エルナは、ルミナの手を握り、そしてサイラスに向かって微笑んだ。

​「サイラス君。あなたは、ルミナの**『光』**を、**最も長く、最も遠くまで届かせるための『永続性の礎』**になってくれたのね」

​サイラスは、珍しく戸惑った表情を見せた後、すぐにいつもの冷静な顔に戻った。

​「エルナ様。これは、論理的な帰結です」

​ルミナは、両親に報告した。

​「パパ、ママ。私は、サイラスと結婚します。私たちは、**『愛と論理の永続性』**を、この領地で証明します」

​彼女の瞳には、もはや孤独の影はなく、**「愛という名の非効率性」を、「論理」**によって守り抜くという、新たな決意の光が宿っていた。

​ルミナとサイラスの結婚は、王国の貴族社会に新たな衝撃を与えた。愛も格式もない、純粋な**「知恵と効率」**に基づくその関係は、ヴァイスハルト家の理念そのものだった。

​彼らは、**『愛と論理の永続性』を掲げ、ヴァイスハルト領を、名実ともに王国の未来を牽引する「光の設計図」**の中枢として確立した。ルミナの教育機関は国境を越え、彼女の「平和の収益率」は、王国の軍事・財政政策の主流となりつつあった。バルバロッサ公爵が率いた古い体制は、静かにその力を失っていった。

​だが、光の裏には必ず影がある。

​サイラスは、ルミナの**「光の設計図」を完璧に守るために、彼の持つ冷徹な計算と効率の論理**を、かつてレオンが侯爵のために使った以上に深く、王国の闇へと浸透させていった。

​彼が排除する対象は、もはや公爵のような古い貴族だけではなかった。

​「ルミナ様。この新興商会は、教育機関の卒業生を不当な賃金で雇用しています。彼らの存在は、『知識による自由』という理念の永続性にとって、$15%$のリスクとなります」

​サイラスは、感情を挟まず、淡々とその商会を経済的に追い詰める最も効率的な計画を実行した。また、教育機関の理念を歪曲して利用しようとする若手貴族がいれば、サイラスは彼の弱点を冷静に分析し、論理的な手段で静かに社会から排除した。

​ルミナの理念が王国に広がるほど、サイラスの**『影の仕事』もまた、より大きく、より冷徹になっていった。彼は、ルミナの愛が生み出す光が、闇を生み出す余地**を、すべて計算で埋めていった。

​その影がやがて国を蝕むかもしれない。

​サイラスの行動は、常に**「ルミナの理念の永続性」という一つの目標に従っていたが、その過程で、彼の冷徹な計算は、多くの人間にとって「非情な支配」**として映り始めた。彼は、ルミナの光を覆い隠す、必要悪の存在となった。

​ルミナはそのすべてを知っていた。彼女は、サイラスの行動が、自分の**「傲慢な計算」が生み出した代償であり、同時に「自由」を守るための盾**であることを理解していた。

​「サイラス」

​ある夜、執務室でルミナは静かに夫に語りかけた。

​「あなたは、私の**『光』を守るために、『闇』**を引き受けている。その重さに、いつかあなたが耐えられなくなる日が来るのではないかと、私は恐れているわ」

​サイラスは、ルミナの肩にそっと手を置いた。それは、感情のない、義務としての行為だった。

​「ルミナ様。私にとって、『感情的な重さ』は、計算の対象外です。私が計算すべきは、『この行動が、あなたの光をどれだけ長く持続させるか』、というただ一つの変数だけです」

​そして彼は、その冷たい瞳の奥に、永遠の決意を込めて言った。

​「私は、あなたの『愛』と『自由』が、この王国から失われるという『非効率』を、決して許容しません」

​ルミナは、サイラスが**『愛』を理解できずとも、その『愛』が世界にもたらす最高の利益**を、誰よりも信じていることを知っていた。

​それでも彼らはずっと戦ってゆくのだった。

​ルミナは、表舞台で愛と知識を説く光の設計者として。

​サイラスは、その設計図の永続性を保証するために、計算と冷徹さをもって闇を排除し続ける影の守護者として。

​二人は、愛と論理という、この世界で最も複雑で、最も強固な同盟を組み、光と影が交差する王国の未来を、永遠に築き続けていくのだった。
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