56 / 56
55話 番外編2
しおりを挟む
「論理」と「効率」を重んじるヴァイスハルト邸に、珍しく**「計算不能な不協和音」**が響きました。
それは、ルミナ・ヴァイスハルトがこれまでの人生で一度も直面したことのない、極めて低俗で、極めて強烈な**「嫉妬」**という感情のエラーでした。
事の端端は、領地の教育機関に新しく赴任してきた女性教授と、サイラスが談笑している姿を目撃したことでした。
彼女はサイラスの「論理」を瞬時に理解できるほどの知性を持ち、二人は新しい経済モデルの持続可能性について、驚くほど滑らかなテンポで言葉を交わしていました。サイラスのあの冷徹な瞳が、知的な刺激によってわずかに温度を上げているのを、ルミナは見逃しませんでした。
「……あんなに楽しそうに話す必要はないはずよ」
自室に戻ったルミナは、開いたままの書類を睨みつけました。
「論理的に分析しましょう。サイラスは私の夫であり、契約の履行者。彼は不誠実な行動がもたらす『信頼の毀損』と『社会的損失』を誰よりも理解している。ゆえに、浮気の可能性は$0.01%$以下。彼らはただ、共通の知的関心に基づいて情報を交換しているだけ。これは領地の発展にとって極めて有益なコミュニケーションであり、推奨されるべき事象だわ」
ルミナはペンを置きました。
「……なのに、なぜ私の胸の中の『不快感』という変数は、増大し続けているのかしら」
その夜、執務室に現れたサイラスは、いつも通り完璧な温度の紅茶を淹れました。しかし、彼はルミナの視線が鋭いことに即座に気づきました。
「ルミナ様。バイタルデータに乱れがあります。交感神経が有意に優位となっていますが、体調に異変が?」
「いいえ。ただ、今日のあなたの行動について、一点だけ確認したいことがあったの」
ルミナは努めて冷静に、事務的なトーンで切り出しました。
「新任の教授との打ち合わせ、ずいぶんと長引いていたわね。彼女の提案した『流動資産の最適化案』に、そこまで時間を割く価値があったのかしら? 私の計算では、あと15分は短縮できたはずだけど」
サイラスは瞬きもせず、淡々と答えました。
「おっしゃる通りです。しかし、彼女の思考アルゴリズムは独特で、私の未知の領域を補完する可能性がありました。情報の網羅性を高めるための投資としては、極めて効率的な時間配分であったと判断しています」
「投資、ね……。彼女、あなたの隣でずいぶんと距離が近かったわ。物理的な接触はなかったけれど、あれは『親密さ』という非言語情報を周囲に発信するリスク行為よ。領主の夫としての立ち振る舞いとして、効率的とは言えないのではないかしら?」
ルミナの言葉に、サイラスはわずかに首を傾げました。
「……ルミナ様。あなたの論理には、珍しく飛躍があります。物理的距離と業務効率に直接の相関関係はありません。もしかして、あなたは私に……」
「ええ、そうよ! 私は今、極めて非効率で、感情的で、論理破綻した『嫉妬』というエラーを起こしているの!」
ルミナはついに立ち上がり、サイラスの胸元を指差しました。
静寂が部屋を包みました。
ルミナは自分の口から出た言葉の「非論理性」に顔を赤くし、視線を落としました。
「……最低だわ。自分で自分が嫌になる。彼女が優秀なのはわかっているし、あなたが彼女を愛するはずがないことも計算で導き出せている。それなのに、私以外の女性と知性を共有している姿を見るだけで、胸が焼けそうなの」
すると、目の前に影が落ちました。
サイラスがルミナの前に膝をつき、彼女の震える手を取ったのです。
「ルミナ様。私の計算ミスでした」
「え……?」
「『嫉妬』というエラーが発生する可能性を、私はあなたの知性への信頼ゆえに低く見積もりすぎていた。しかし、このエラーは……」
サイラスは、無表情なまま、しかしどこか満足げにルミナを見上げました。
「私の存在が、あなたの論理回路において『代替不可能な絶対変数』であることを証明しています。これほどまでに効率的に、私の存在価値を証明するデータは他にありません」
彼はルミナの指先に、そっと唇を寄せました。
「今後は、他者とのコミュニケーションにおける物理的距離、および会話の情緒的密度に制限をかけます。あなたの精神的な安定こそが、この領地の『最大幸福』の前提条件ですから」
「……それ、本気で言ってるの?」
「はい。夫としての義務です。それに……」
サイラスの瞳に、ほんの少しだけ、人間らしい悪戯っぽい光が宿りました。
「あなたのその『エラー』は、私の計算機を狂わせるほど、魅力的でした」
ルミナは深くため息をつき、彼の冷たい頬に手を添えました。
「……やっぱり、あなたには勝てないわね。この非効率な感情も、あなたの論理で解決してくれるの?」
「もちろんです。今夜一晩かけて、私が誰の『永続性の礎』であるかを、あなたの脳が忘れないように徹底的に再定義させていただきます」
二人の夜は、愛と論理が入り混じる、甘く複雑な「計算」で更けていくのでした。
ルミナの「嫉妬」というエラーを解決するため、サイラスが導き出した答えは、彼の性格を反映した極端なものでした。
翌朝、ヴァイスハルト邸と領地全体は、サイラスが発動した**「対女性接触拒絶プロトコル」**によって、奇妙な混乱に包まれることになります。
執務室に向かう廊下で、昨日の新任教授がサイラスに声をかけようと近づきました。
「サイラス様、昨日の流動資産の件で追加の資料が——」
しかし、サイラスは彼女が半径2メートルに接近した瞬間、無言で、しかし電光石火の速さでステップを踏み、物理的な距離を保ちました。
「発言はそこからで結構です。あなたの声のデシベル数であれば、その距離でも十分に聞き取れます」
「え……? でも、資料を……」
「資料はそこに置いてください。3分後に、男性職員が回収に伺います」
サイラスは一切目を合わせず、定規で測ったかのような正確さで、彼女を視界から排除しました。
その徹底ぶりは、邸宅内だけに留まりませんでした。
メイドとの接触: 掃除の際、メイドが部屋に入ろうとすると「私が不在の間に完了させてください。酸素消費量の重複を避けるためです」と、意味不明な理由で回避。 街での視察: 領民の女性が感謝の印にパンを渡そうとすると、サイラスは即座に背後にいた男性騎士を盾にし、「彼の胃袋に収めることが、この場のエネルギー効率において最適です」と断言。 ルミナの困惑と「再修正」
午後、ルミナのもとには各所から困惑の声が届きました。
「サイラス様が急に壁を作られた」「何か失礼なことをしたのではないか」と、女性職員たちが泣きそうな顔をしています。
ルミナは頭を押さえながら、執務室にサイラスを呼び出しました。
「……サイラス。極端すぎるわ。私は『他の女性と距離を置いてほしい』とは言ったけれど、物理的に隔離しろなんて言っていないわ」
サイラスは、至って真剣な表情で答えました。
「ルミナ様。曖昧な定義はエラーの元です。昨夜、私は『他者とのコミュニケーションにおける物理的距離に制限をかける』と宣言しました。その結果、あなたの精神的安定という最優先目標を達成するためには、接触確率を限りなくゼロにするのが最も効率的なアルゴリズムであると判断したまでです」
「それはそうかもしれないけれど……領地の運営が滞ったら本末転倒でしょう? みんな怖がっているわ」
「他者の恐怖は、私の計算機において『変数』ではありません。あなたの微笑みが$1%$でも増えるなら、それ以外の全変数を切り捨てる用意があります」
ルミナは苦笑し、一歩、サイラスに近づきました。彼は今度は避けません。
「サイラス、あなたは私のために『影』になってくれている。でも、その影が濃すぎて、周りの光まで消してしまったら、私の『光の設計図』は完成しないの」
ルミナは彼のネクタイを少し強く引き寄せ、耳元で囁きました。
「それに……あなたが他の女性に冷たくしすぎると、『私のためにあんなに冷徹になっているのね』と、私があなたを独占している優越感で、また別の『傲慢なエラー』が起きてしまうわ。それでもいいの?」
サイラスの瞳が、わずかに揺れました。
「……それは、私の想定していた『精神的安定』の定義に含まれていませんでした。……ルミナ様の独占欲という、新たな変数を追加する必要があります」
結局、サイラスは「業務上必要な接触」と「不必要な親密さ」をより精密にフィルタリングするよう、自身の行動指針をアップデートしました。
相変わらず他の女性に対しては氷のように冷淡ですが、ルミナがいる前では、あえて「事務的かつ礼儀正しい」態度を維持し、ルミナが不安を感じる隙を与えない**「完璧な夫」**を演じることに決めたようです。
「わかりました、ルミナ様。では、今後は『嫉妬を誘発させず、かつ業務効率を下げない』動的な最適化を試みます」
「ええ、期待しているわ。……でも、たまには、あんなふうに極端に避けてくれるのも、私が特別だって再確認できて、悪くはなかったけれどね」
ルミナが少しいたずらっぽく笑うと、サイラスは深く、優雅に一礼しました。
「承知しました。その『特別な報酬』は、二人きりの時のみ、無制限に提供させていただきます」
ヴァイスハルト領の平和は、こうして(一応の)平穏を取り戻しました。しかし、サイラスの計算機の中では、今日も「ルミナの機嫌」という名の、世界で最も複雑な数式が解かれ続けているのです。
サイラスの極端な「女性回避」が落ち着いた数日後。ルミナは執務室で、わざとらしく一枚の招待状を眺めていました。
「サイラス。隣領の若き伯爵から、新しい教育統計学についての意見交換をしたいと招待が届いたわ。彼は非常に柔軟な思考の持ち主で、私の『光の設計図』を補完する素晴らしい変数になりそうなの」
サイラスが紅茶を注ぐ手が、わずか1ミリだけ止まりました。
「……隣領の伯爵ですか。彼の提案書は以前拝読しましたが、論理の構築に甘さが見受けられました。ルミナ様の貴重な時間を120分も割く価値があるかは疑問です」
「あら、でも対面での対話は、書面では得られない非言語情報を生むわ。彼、容姿も端麗で社交的だから、有益な『刺激』になると思うのだけれど?」
ルミナはサイラスの顔を覗き込みます。彼は無表情ですが、カップをソーサーに置く音がいつもより0.5デシベルほど大きく響きました。
「ルミナ様。再計算が必要です」
サイラスはルミナの背後に立ち、淡々と、しかしどこか早口で告げました。
「その伯爵との接触は、領地の利益よりも、私の『心理的リソースの浪費』という損失が上回ります。私が不快感を抱くことで計算速度が低下すれば、結果としてヴァイスハルト領全体の効率が$3%$低下します。これは看過できないリスクです」
「あら? あなた、以前言っていたわよね。感情は計算の対象外だって。私の嫉妬は『私の存在価値を証明するデータ』として歓迎していたじゃない。……なら、あなたの今のその焦りも、私の価値を証明する素晴らしいデータではないかしら?」
ルミナは椅子をくるりと回し、サイラスの服の裾をくいっと引きました。
「ねえ、サイラス。今、胸のあたりが少し熱くて、思考がまとまらないんじゃない? それを世間では『嫉妬』と呼ぶのよ。あなたの論理で、今の自分の状態を定義してみて」
「……」
サイラスは沈黙しました。彼の脳内では、今まさに「論理的であるべき自分」と「ルミナを他の男に会わせたくないという衝動」が激しく衝突し、エラーログが止まらなくなっています。
サイラスはゆっくりと膝をつき、ルミナの膝に顔を埋めました。降参のポーズです。
「……定義不能です。私の論理回路は、あなたが他の男性を称賛した瞬間にフリーズしました。……お返しにしては、あまりにも過剰な負荷です、ルミナ様」
ルミナは勝利を確信し、彼の柔らかな髪を優しく撫でました。
「ふふ、やっと認めたわね。私を困らせた罰よ。……安心なさい、招待はお断りしたわ。私にとって、あなた以上の『変数』なんて、この世界のどこを探してもいないもの」
サイラスは顔を上げ、少しだけ潤んだ(あるいは計算疲れした)瞳でルミナを見つめました。
「……意地悪な方だ。ですが、この不快な動悸さえも、あなたが私を揺さぶるために仕掛けた『戦略』だと思うと、不思議と納得がいってしまう。私は一生、あなたの手のひらの上で計算を狂わされ続ける運命のようです」
「ええ。それが私たちの『愛と論理の永続性』の形だもの」
ルミナは満足げに微笑み、二人はそのまま、どちらがより相手を独占したいかという「世界で最も非効率な議論」に一晩中花を咲かせました。
翌朝、ルミナが上機嫌で庭園のガゼボに向かうと、そこには母エルナが優雅にハーブティーを楽しんでいました。
昨夜、サイラスを「論理の迷宮」に追い込み、降参させた勝利の余韻がルミナの足取りを軽くしていましたが、エルナの慈愛に満ちた、しかしすべてを見透かすような瞳とぶつかった瞬間、ルミナは思わず足を止めました。
「あら、ルミナ。随分と楽しそうな顔をしているわね。昨夜はよほど『効率的な』夜を過ごしたのかしら?」
「お、お母様。……ええ、まあ。サイラスと少し、概念の再定義について議論を深めていただけよ」
ルミナは平静を装ってエルナの向かい側に座りましたが、エルナはクスクスと鈴を転がすように笑いました。
「概念の再定義? 執務室から聞こえてきたサイラス君の、あんなに困り果てた溜息は初めて聞いたわよ。ルミナ、あの子をいじめるのもほどほどにしてあげなさいな」
「いじめるなんて、人聞きの悪い……。彼が始めたことなのよ? 私の嫉妬をデータとして喜ぶなんて言うから、彼にも同じ『バグ』を味わってもらっただけだわ」
ルミナが口を尖らせて事情を説明すると、エルナはティーカップを置き、愛おしそうに娘を見つめました。
「ふふ、本当に似た者同士ね。サイラス君は、あなたへの愛を認めるのが怖くて『論理』という鎧を着ている。そしてあなたは、彼への甘えを隠したくて『知略』という剣を振るっている……」
エルナは身を乗り出し、ルミナの手を優しく包み込みました。
「でもね、ルミナ。あの子にとって、あなたの言葉は『絶対的な真実』なの。あなたが冗談で言った『他の男性への称賛』も、彼の計算機にとっては世界が崩壊するほどの衝撃になり得るのよ。あの子、今朝はキッチンの在庫管理で、砂糖と塩のグラム数を間違えそうになっていたわ」
「えっ……あのサイラスが、計算ミスを?」
ルミナの顔から余裕が消えました。サイラスにとって計算ミスは、普通の人間が階段から転げ落ちる以上の異常事態です。
「彼はあなたを守るために『闇』を引き受けているけれど、その心を支えている唯一の光は、あなたからの信頼なのよ。……もちろん、たまに可愛く困らせるのは夫婦のスパイスだけど、あの子の回路を焼き切らないように気をつけてあげてね」
ルミナは少し反省したように、視線を落としました。
「……そうね。彼の論理を狂わせるのは私だけでいいけれど、壊してしまったら元も子もないわ」
「そう。愛とは、相手を支配することではなく、相手が一番心地よくいられる場所を、計算ではなく『心』で作ってあげること。パパを見ていればわかるでしょう?」
その時、遠くからレオンが「エルナ!庭のバラが君の瞳のように輝いているよ!」と、相変わらずの情熱的な声を上げながら歩いてくるのが見えました。
ルミナは苦笑しながら、立ち上がりました。
「わかったわ、お母様。サイラスには、昨夜の『お返し』のさらに『お返し』として、今日は彼の好みの温度のコーヒーを私が淹れてあげることにするわ。……もちろん、私の愛という『非論理的なスパイス』をたっぷり込めてね」
エルナとの会話を終えたルミナが執務室へ向かっている頃、邸宅のテラスでは、ヴァイスハルト家の新旧「影の守護者」が並んで立っていました。
「……サイラス君。砂糖と塩を間違えるとは、よほどルミナに揺さぶられたようだね」
レオンが快活に笑いながら、サイラスの肩を叩きました。サイラスはいつになく精彩を欠いた表情で、遠くを見つめています。
「レオン様。ルミナ様の予測不能な精神的攻撃に対し、私の論理防壁は機能不全に陥りました。……妻という変数は、あまりにも強大です」
「ははは! いいかい、サイラス君。ヴァイスハルト家の女を相手にするのに、計算なんて捨ててしまいなさい。彼女たちは『論理』で納得させようとする男より、『愛』で完敗を認める男に弱いんだ」
レオンは少し声を低くし、かつて「氷の貴公子」と呼ばれた頃の片鱗を見せながら、秘策を伝授しました。
「心得その一。『言葉で勝とうとするな、体温で制せ』。
心得その二。『彼女の知略を、そのまま情熱への変換効率に上書きしてしまえ』。
いいか、彼女が理屈で攻めてきた時こそ、君の『義務』という名の鎧を脱ぎ捨てて、ただの『一人の男』として彼女を抱きしめるんだ。計算外の行動こそが、彼女の最強の武器を封じる唯一の手立てだよ」
サイラスの瞳に、新たな「解」を見出したかのような光が宿りました。
「……計算外の行動による、主導権の再確保。……理解しました、義父上。試行してみます」
しばらくして、ルミナは自分で淹れたコーヒーを持って執務室に入りました。
「サイラス、お疲れ様。……昨日はちょっと意地悪が過ぎたわね。お詫びに、あなたの好きな豆を挽いてきたわ」
ルミナは「これで彼の機嫌も直るはず」と、勝利者の余裕を持ってカップを差し出しました。しかし、サイラスはデスクから立ち上がると、コーヒーを受け取るよりも早く、ルミナの腰を力強く引き寄せました。
「きゃっ……! サイラス? コーヒーがこぼれるわ……」
「問題ありません。溢れた分は、後で私が清掃します」
サイラスの声は、いつもより一段低く、熱を帯びていました。彼はルミナの手から危うい手つきでカップを奪ってデスクに置くと、そのまま彼女を壁際へと追い詰め、逃げ道を塞ぎました。
「サ、サイラス? 何の真似……? 論理的な説明を……」
「説明は不要です。あなたの『意地悪』という攻撃に対し、私の論理回路は防衛を諦め、『全面的な報復』を選択しました」
サイラスはルミナの耳元に唇を寄せ、熱い吐息とともに囁きました。
「ルミナ様。あなたが私を揺さぶりたいのなら、言葉など必要ありません。……こうして、私に心拍数を上げさせ、思考を停止させるだけで十分です。そして、その責任は……今からあなたが取ってください」
「……っ!」
ルミナの知略は一瞬で霧散しました。いつもは「義務」として触れてくる彼の手が、今は明らかに「欲」を持って彼女を求めている。レオン直伝の「計算外の情熱」は、ルミナの予測モデルを遥かに超えていました。
「……サイラス、あなた……誰にそんなこと教わったの……」
「私の『永続性の礎』としての新機能です。……お気に召しましたか?」
サイラスはわずかに口角を上げると、驚きで固まるルミナの唇を、深い口づけで塞ぎました。それは「光の設計図」には決して描かれることのない、二人だけの熱い闇の始まりでした。
翌朝、ルミナが腰をさすりながら「パパの余計な入れ知恵のせいね……」と赤面して呟く姿を見て、エルナだけがすべてを察して楽しそうに笑うのでした。
それは、ルミナ・ヴァイスハルトがこれまでの人生で一度も直面したことのない、極めて低俗で、極めて強烈な**「嫉妬」**という感情のエラーでした。
事の端端は、領地の教育機関に新しく赴任してきた女性教授と、サイラスが談笑している姿を目撃したことでした。
彼女はサイラスの「論理」を瞬時に理解できるほどの知性を持ち、二人は新しい経済モデルの持続可能性について、驚くほど滑らかなテンポで言葉を交わしていました。サイラスのあの冷徹な瞳が、知的な刺激によってわずかに温度を上げているのを、ルミナは見逃しませんでした。
「……あんなに楽しそうに話す必要はないはずよ」
自室に戻ったルミナは、開いたままの書類を睨みつけました。
「論理的に分析しましょう。サイラスは私の夫であり、契約の履行者。彼は不誠実な行動がもたらす『信頼の毀損』と『社会的損失』を誰よりも理解している。ゆえに、浮気の可能性は$0.01%$以下。彼らはただ、共通の知的関心に基づいて情報を交換しているだけ。これは領地の発展にとって極めて有益なコミュニケーションであり、推奨されるべき事象だわ」
ルミナはペンを置きました。
「……なのに、なぜ私の胸の中の『不快感』という変数は、増大し続けているのかしら」
その夜、執務室に現れたサイラスは、いつも通り完璧な温度の紅茶を淹れました。しかし、彼はルミナの視線が鋭いことに即座に気づきました。
「ルミナ様。バイタルデータに乱れがあります。交感神経が有意に優位となっていますが、体調に異変が?」
「いいえ。ただ、今日のあなたの行動について、一点だけ確認したいことがあったの」
ルミナは努めて冷静に、事務的なトーンで切り出しました。
「新任の教授との打ち合わせ、ずいぶんと長引いていたわね。彼女の提案した『流動資産の最適化案』に、そこまで時間を割く価値があったのかしら? 私の計算では、あと15分は短縮できたはずだけど」
サイラスは瞬きもせず、淡々と答えました。
「おっしゃる通りです。しかし、彼女の思考アルゴリズムは独特で、私の未知の領域を補完する可能性がありました。情報の網羅性を高めるための投資としては、極めて効率的な時間配分であったと判断しています」
「投資、ね……。彼女、あなたの隣でずいぶんと距離が近かったわ。物理的な接触はなかったけれど、あれは『親密さ』という非言語情報を周囲に発信するリスク行為よ。領主の夫としての立ち振る舞いとして、効率的とは言えないのではないかしら?」
ルミナの言葉に、サイラスはわずかに首を傾げました。
「……ルミナ様。あなたの論理には、珍しく飛躍があります。物理的距離と業務効率に直接の相関関係はありません。もしかして、あなたは私に……」
「ええ、そうよ! 私は今、極めて非効率で、感情的で、論理破綻した『嫉妬』というエラーを起こしているの!」
ルミナはついに立ち上がり、サイラスの胸元を指差しました。
静寂が部屋を包みました。
ルミナは自分の口から出た言葉の「非論理性」に顔を赤くし、視線を落としました。
「……最低だわ。自分で自分が嫌になる。彼女が優秀なのはわかっているし、あなたが彼女を愛するはずがないことも計算で導き出せている。それなのに、私以外の女性と知性を共有している姿を見るだけで、胸が焼けそうなの」
すると、目の前に影が落ちました。
サイラスがルミナの前に膝をつき、彼女の震える手を取ったのです。
「ルミナ様。私の計算ミスでした」
「え……?」
「『嫉妬』というエラーが発生する可能性を、私はあなたの知性への信頼ゆえに低く見積もりすぎていた。しかし、このエラーは……」
サイラスは、無表情なまま、しかしどこか満足げにルミナを見上げました。
「私の存在が、あなたの論理回路において『代替不可能な絶対変数』であることを証明しています。これほどまでに効率的に、私の存在価値を証明するデータは他にありません」
彼はルミナの指先に、そっと唇を寄せました。
「今後は、他者とのコミュニケーションにおける物理的距離、および会話の情緒的密度に制限をかけます。あなたの精神的な安定こそが、この領地の『最大幸福』の前提条件ですから」
「……それ、本気で言ってるの?」
「はい。夫としての義務です。それに……」
サイラスの瞳に、ほんの少しだけ、人間らしい悪戯っぽい光が宿りました。
「あなたのその『エラー』は、私の計算機を狂わせるほど、魅力的でした」
ルミナは深くため息をつき、彼の冷たい頬に手を添えました。
「……やっぱり、あなたには勝てないわね。この非効率な感情も、あなたの論理で解決してくれるの?」
「もちろんです。今夜一晩かけて、私が誰の『永続性の礎』であるかを、あなたの脳が忘れないように徹底的に再定義させていただきます」
二人の夜は、愛と論理が入り混じる、甘く複雑な「計算」で更けていくのでした。
ルミナの「嫉妬」というエラーを解決するため、サイラスが導き出した答えは、彼の性格を反映した極端なものでした。
翌朝、ヴァイスハルト邸と領地全体は、サイラスが発動した**「対女性接触拒絶プロトコル」**によって、奇妙な混乱に包まれることになります。
執務室に向かう廊下で、昨日の新任教授がサイラスに声をかけようと近づきました。
「サイラス様、昨日の流動資産の件で追加の資料が——」
しかし、サイラスは彼女が半径2メートルに接近した瞬間、無言で、しかし電光石火の速さでステップを踏み、物理的な距離を保ちました。
「発言はそこからで結構です。あなたの声のデシベル数であれば、その距離でも十分に聞き取れます」
「え……? でも、資料を……」
「資料はそこに置いてください。3分後に、男性職員が回収に伺います」
サイラスは一切目を合わせず、定規で測ったかのような正確さで、彼女を視界から排除しました。
その徹底ぶりは、邸宅内だけに留まりませんでした。
メイドとの接触: 掃除の際、メイドが部屋に入ろうとすると「私が不在の間に完了させてください。酸素消費量の重複を避けるためです」と、意味不明な理由で回避。 街での視察: 領民の女性が感謝の印にパンを渡そうとすると、サイラスは即座に背後にいた男性騎士を盾にし、「彼の胃袋に収めることが、この場のエネルギー効率において最適です」と断言。 ルミナの困惑と「再修正」
午後、ルミナのもとには各所から困惑の声が届きました。
「サイラス様が急に壁を作られた」「何か失礼なことをしたのではないか」と、女性職員たちが泣きそうな顔をしています。
ルミナは頭を押さえながら、執務室にサイラスを呼び出しました。
「……サイラス。極端すぎるわ。私は『他の女性と距離を置いてほしい』とは言ったけれど、物理的に隔離しろなんて言っていないわ」
サイラスは、至って真剣な表情で答えました。
「ルミナ様。曖昧な定義はエラーの元です。昨夜、私は『他者とのコミュニケーションにおける物理的距離に制限をかける』と宣言しました。その結果、あなたの精神的安定という最優先目標を達成するためには、接触確率を限りなくゼロにするのが最も効率的なアルゴリズムであると判断したまでです」
「それはそうかもしれないけれど……領地の運営が滞ったら本末転倒でしょう? みんな怖がっているわ」
「他者の恐怖は、私の計算機において『変数』ではありません。あなたの微笑みが$1%$でも増えるなら、それ以外の全変数を切り捨てる用意があります」
ルミナは苦笑し、一歩、サイラスに近づきました。彼は今度は避けません。
「サイラス、あなたは私のために『影』になってくれている。でも、その影が濃すぎて、周りの光まで消してしまったら、私の『光の設計図』は完成しないの」
ルミナは彼のネクタイを少し強く引き寄せ、耳元で囁きました。
「それに……あなたが他の女性に冷たくしすぎると、『私のためにあんなに冷徹になっているのね』と、私があなたを独占している優越感で、また別の『傲慢なエラー』が起きてしまうわ。それでもいいの?」
サイラスの瞳が、わずかに揺れました。
「……それは、私の想定していた『精神的安定』の定義に含まれていませんでした。……ルミナ様の独占欲という、新たな変数を追加する必要があります」
結局、サイラスは「業務上必要な接触」と「不必要な親密さ」をより精密にフィルタリングするよう、自身の行動指針をアップデートしました。
相変わらず他の女性に対しては氷のように冷淡ですが、ルミナがいる前では、あえて「事務的かつ礼儀正しい」態度を維持し、ルミナが不安を感じる隙を与えない**「完璧な夫」**を演じることに決めたようです。
「わかりました、ルミナ様。では、今後は『嫉妬を誘発させず、かつ業務効率を下げない』動的な最適化を試みます」
「ええ、期待しているわ。……でも、たまには、あんなふうに極端に避けてくれるのも、私が特別だって再確認できて、悪くはなかったけれどね」
ルミナが少しいたずらっぽく笑うと、サイラスは深く、優雅に一礼しました。
「承知しました。その『特別な報酬』は、二人きりの時のみ、無制限に提供させていただきます」
ヴァイスハルト領の平和は、こうして(一応の)平穏を取り戻しました。しかし、サイラスの計算機の中では、今日も「ルミナの機嫌」という名の、世界で最も複雑な数式が解かれ続けているのです。
サイラスの極端な「女性回避」が落ち着いた数日後。ルミナは執務室で、わざとらしく一枚の招待状を眺めていました。
「サイラス。隣領の若き伯爵から、新しい教育統計学についての意見交換をしたいと招待が届いたわ。彼は非常に柔軟な思考の持ち主で、私の『光の設計図』を補完する素晴らしい変数になりそうなの」
サイラスが紅茶を注ぐ手が、わずか1ミリだけ止まりました。
「……隣領の伯爵ですか。彼の提案書は以前拝読しましたが、論理の構築に甘さが見受けられました。ルミナ様の貴重な時間を120分も割く価値があるかは疑問です」
「あら、でも対面での対話は、書面では得られない非言語情報を生むわ。彼、容姿も端麗で社交的だから、有益な『刺激』になると思うのだけれど?」
ルミナはサイラスの顔を覗き込みます。彼は無表情ですが、カップをソーサーに置く音がいつもより0.5デシベルほど大きく響きました。
「ルミナ様。再計算が必要です」
サイラスはルミナの背後に立ち、淡々と、しかしどこか早口で告げました。
「その伯爵との接触は、領地の利益よりも、私の『心理的リソースの浪費』という損失が上回ります。私が不快感を抱くことで計算速度が低下すれば、結果としてヴァイスハルト領全体の効率が$3%$低下します。これは看過できないリスクです」
「あら? あなた、以前言っていたわよね。感情は計算の対象外だって。私の嫉妬は『私の存在価値を証明するデータ』として歓迎していたじゃない。……なら、あなたの今のその焦りも、私の価値を証明する素晴らしいデータではないかしら?」
ルミナは椅子をくるりと回し、サイラスの服の裾をくいっと引きました。
「ねえ、サイラス。今、胸のあたりが少し熱くて、思考がまとまらないんじゃない? それを世間では『嫉妬』と呼ぶのよ。あなたの論理で、今の自分の状態を定義してみて」
「……」
サイラスは沈黙しました。彼の脳内では、今まさに「論理的であるべき自分」と「ルミナを他の男に会わせたくないという衝動」が激しく衝突し、エラーログが止まらなくなっています。
サイラスはゆっくりと膝をつき、ルミナの膝に顔を埋めました。降参のポーズです。
「……定義不能です。私の論理回路は、あなたが他の男性を称賛した瞬間にフリーズしました。……お返しにしては、あまりにも過剰な負荷です、ルミナ様」
ルミナは勝利を確信し、彼の柔らかな髪を優しく撫でました。
「ふふ、やっと認めたわね。私を困らせた罰よ。……安心なさい、招待はお断りしたわ。私にとって、あなた以上の『変数』なんて、この世界のどこを探してもいないもの」
サイラスは顔を上げ、少しだけ潤んだ(あるいは計算疲れした)瞳でルミナを見つめました。
「……意地悪な方だ。ですが、この不快な動悸さえも、あなたが私を揺さぶるために仕掛けた『戦略』だと思うと、不思議と納得がいってしまう。私は一生、あなたの手のひらの上で計算を狂わされ続ける運命のようです」
「ええ。それが私たちの『愛と論理の永続性』の形だもの」
ルミナは満足げに微笑み、二人はそのまま、どちらがより相手を独占したいかという「世界で最も非効率な議論」に一晩中花を咲かせました。
翌朝、ルミナが上機嫌で庭園のガゼボに向かうと、そこには母エルナが優雅にハーブティーを楽しんでいました。
昨夜、サイラスを「論理の迷宮」に追い込み、降参させた勝利の余韻がルミナの足取りを軽くしていましたが、エルナの慈愛に満ちた、しかしすべてを見透かすような瞳とぶつかった瞬間、ルミナは思わず足を止めました。
「あら、ルミナ。随分と楽しそうな顔をしているわね。昨夜はよほど『効率的な』夜を過ごしたのかしら?」
「お、お母様。……ええ、まあ。サイラスと少し、概念の再定義について議論を深めていただけよ」
ルミナは平静を装ってエルナの向かい側に座りましたが、エルナはクスクスと鈴を転がすように笑いました。
「概念の再定義? 執務室から聞こえてきたサイラス君の、あんなに困り果てた溜息は初めて聞いたわよ。ルミナ、あの子をいじめるのもほどほどにしてあげなさいな」
「いじめるなんて、人聞きの悪い……。彼が始めたことなのよ? 私の嫉妬をデータとして喜ぶなんて言うから、彼にも同じ『バグ』を味わってもらっただけだわ」
ルミナが口を尖らせて事情を説明すると、エルナはティーカップを置き、愛おしそうに娘を見つめました。
「ふふ、本当に似た者同士ね。サイラス君は、あなたへの愛を認めるのが怖くて『論理』という鎧を着ている。そしてあなたは、彼への甘えを隠したくて『知略』という剣を振るっている……」
エルナは身を乗り出し、ルミナの手を優しく包み込みました。
「でもね、ルミナ。あの子にとって、あなたの言葉は『絶対的な真実』なの。あなたが冗談で言った『他の男性への称賛』も、彼の計算機にとっては世界が崩壊するほどの衝撃になり得るのよ。あの子、今朝はキッチンの在庫管理で、砂糖と塩のグラム数を間違えそうになっていたわ」
「えっ……あのサイラスが、計算ミスを?」
ルミナの顔から余裕が消えました。サイラスにとって計算ミスは、普通の人間が階段から転げ落ちる以上の異常事態です。
「彼はあなたを守るために『闇』を引き受けているけれど、その心を支えている唯一の光は、あなたからの信頼なのよ。……もちろん、たまに可愛く困らせるのは夫婦のスパイスだけど、あの子の回路を焼き切らないように気をつけてあげてね」
ルミナは少し反省したように、視線を落としました。
「……そうね。彼の論理を狂わせるのは私だけでいいけれど、壊してしまったら元も子もないわ」
「そう。愛とは、相手を支配することではなく、相手が一番心地よくいられる場所を、計算ではなく『心』で作ってあげること。パパを見ていればわかるでしょう?」
その時、遠くからレオンが「エルナ!庭のバラが君の瞳のように輝いているよ!」と、相変わらずの情熱的な声を上げながら歩いてくるのが見えました。
ルミナは苦笑しながら、立ち上がりました。
「わかったわ、お母様。サイラスには、昨夜の『お返し』のさらに『お返し』として、今日は彼の好みの温度のコーヒーを私が淹れてあげることにするわ。……もちろん、私の愛という『非論理的なスパイス』をたっぷり込めてね」
エルナとの会話を終えたルミナが執務室へ向かっている頃、邸宅のテラスでは、ヴァイスハルト家の新旧「影の守護者」が並んで立っていました。
「……サイラス君。砂糖と塩を間違えるとは、よほどルミナに揺さぶられたようだね」
レオンが快活に笑いながら、サイラスの肩を叩きました。サイラスはいつになく精彩を欠いた表情で、遠くを見つめています。
「レオン様。ルミナ様の予測不能な精神的攻撃に対し、私の論理防壁は機能不全に陥りました。……妻という変数は、あまりにも強大です」
「ははは! いいかい、サイラス君。ヴァイスハルト家の女を相手にするのに、計算なんて捨ててしまいなさい。彼女たちは『論理』で納得させようとする男より、『愛』で完敗を認める男に弱いんだ」
レオンは少し声を低くし、かつて「氷の貴公子」と呼ばれた頃の片鱗を見せながら、秘策を伝授しました。
「心得その一。『言葉で勝とうとするな、体温で制せ』。
心得その二。『彼女の知略を、そのまま情熱への変換効率に上書きしてしまえ』。
いいか、彼女が理屈で攻めてきた時こそ、君の『義務』という名の鎧を脱ぎ捨てて、ただの『一人の男』として彼女を抱きしめるんだ。計算外の行動こそが、彼女の最強の武器を封じる唯一の手立てだよ」
サイラスの瞳に、新たな「解」を見出したかのような光が宿りました。
「……計算外の行動による、主導権の再確保。……理解しました、義父上。試行してみます」
しばらくして、ルミナは自分で淹れたコーヒーを持って執務室に入りました。
「サイラス、お疲れ様。……昨日はちょっと意地悪が過ぎたわね。お詫びに、あなたの好きな豆を挽いてきたわ」
ルミナは「これで彼の機嫌も直るはず」と、勝利者の余裕を持ってカップを差し出しました。しかし、サイラスはデスクから立ち上がると、コーヒーを受け取るよりも早く、ルミナの腰を力強く引き寄せました。
「きゃっ……! サイラス? コーヒーがこぼれるわ……」
「問題ありません。溢れた分は、後で私が清掃します」
サイラスの声は、いつもより一段低く、熱を帯びていました。彼はルミナの手から危うい手つきでカップを奪ってデスクに置くと、そのまま彼女を壁際へと追い詰め、逃げ道を塞ぎました。
「サ、サイラス? 何の真似……? 論理的な説明を……」
「説明は不要です。あなたの『意地悪』という攻撃に対し、私の論理回路は防衛を諦め、『全面的な報復』を選択しました」
サイラスはルミナの耳元に唇を寄せ、熱い吐息とともに囁きました。
「ルミナ様。あなたが私を揺さぶりたいのなら、言葉など必要ありません。……こうして、私に心拍数を上げさせ、思考を停止させるだけで十分です。そして、その責任は……今からあなたが取ってください」
「……っ!」
ルミナの知略は一瞬で霧散しました。いつもは「義務」として触れてくる彼の手が、今は明らかに「欲」を持って彼女を求めている。レオン直伝の「計算外の情熱」は、ルミナの予測モデルを遥かに超えていました。
「……サイラス、あなた……誰にそんなこと教わったの……」
「私の『永続性の礎』としての新機能です。……お気に召しましたか?」
サイラスはわずかに口角を上げると、驚きで固まるルミナの唇を、深い口づけで塞ぎました。それは「光の設計図」には決して描かれることのない、二人だけの熱い闇の始まりでした。
翌朝、ルミナが腰をさすりながら「パパの余計な入れ知恵のせいね……」と赤面して呟く姿を見て、エルナだけがすべてを察して楽しそうに笑うのでした。
13
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
運命の番より真実の愛が欲しい
サトウミ
恋愛
田舎娘のゾーイは龍族の王子・シャウロンの『運命の番』だった。
ロマンチックな恋を夢見るゾーイは『運命の番』であるシャウロンと会えるのを楽しみにしていた。
しかし、シャウロンはゾーイに対して素っ気ない。
運命の番だからといって、必ずしも愛し合う関係だとは限らないらしい。
それを悟ったゾーイは、シャウロンのもとから去ることを決意した。
さようなら、私の初恋
しょくぱん
恋愛
「さよなら、私の初恋。……もう、全部お返しします」
物心ついた時から、彼だけが世界のすべてだった。 幼馴染の騎士団長・レオンに捧げた、十数年の純粋な初恋。 彼が「無敵」でいられたのは、アリアが無自覚に与え続けた『治癒の加護』があったから。
だが婚約直前、アリアは知ってしまう。 彼にとって自分は、仲間内で競い合う「賭けの対象」でしかなかったことを。
「あんな女、落とすまでのゲームだよ」
愛のある政略結婚のはずでしたのに
ゆきな
恋愛
伯爵令嬢のシェリナ・ブライスはモーリス・アクランド侯爵令息と婚約をしていた。
もちろん互いの意思などお構いなしの、家同士が決めた政略結婚である。
何しろ決まったのは、シェリナがやっと歩き始めたかどうかという頃だったのだから。
けれども、それは初めだけ。
2人は出会ったその時から恋に落ち、この人こそが運命の相手だと信じ合った……はずだったのに。
「私はずっと騙されていたようだ!あなたとは今日をもって婚約を破棄させてもらう!」
モーリスに言い放たれて、シェリナは頭が真っ白になってしまった。
しかし悲しみにくれる彼女の前に現れたのは、ウォーレン・トルストイ公爵令息。
彼はシェリナの前に跪くなり「この時を待っていました」と彼女の手を取ったのだった。
ブスすぎて嫁の貰い手がないから閨勤侍女になれと言われたので縁を切ります、完全に!完全縁切りの先にあったのは孤独ではなくて…
ハートリオ
恋愛
ルフスは結婚が決まった従姉の閨勤侍女になるよう父親に命令されたのをきっかけに父に無視され冷遇されて来た日々を終わらせようとブラコン父と完全に縁を切る決意する。
一方、従姉の結婚相手はアルゲンテウス辺境伯とのことだが、実は手違いがあって辺境伯が結婚したいのはルフス。
そんなこんなの異世界ファンタジーラブです。
読んでいただけると嬉しいです。
で、お前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか?
Debby
恋愛
ヴェルトが友人からの手紙を手に辺境伯令嬢であるレィディアンスの元を訪れたのは、その手紙に「詳細は彼女に聞け」と書いてあったからだ。
簡単にいうと、手紙の内容は「学園で問題を起こした平民──エボニーを妻として引き取ってくれ」というものだった。
一方その話を聞いてしまった伯爵令嬢のオリーブは動揺していた。
ヴェルトとは静かに愛を育んできた。そんな自分を差し置いて、言われるがまま平民を妻に迎えてしまうのだろうか。
そんなオリーブの気持ちを知るはずもないエボニーは、辺境伯邸で行儀見習いをすることになる。
オリーブは何とかしてヴェルトを取り戻そうと画策し、そのことを咎められてしまう。もう後は無い。
オリーブが最後の望みをかけてヴェルトに自分を選んで欲しいと懇願する中、レィディアンスが静かに口を開いた。
「で、そろそろお前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか」
「はい?」
ヴェルトは自分が何を言われたのか全く理解が出来なかった。
*--*--*
覗いてくださりありがとうございます。(* ᴗ ᴗ)⁾⁾
★全31話7時19時更新で、全話予約投稿済みです。
★★「このお話だけ読んでいただいてもOKです!」という前提のもと↓↓↓
このお話は独立した一つのお話ですが、「で。」シリーズのサイドストーリーでもあり、第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」の「エボニーその後」でもあります(あるいは「最終話」のその後)。
第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」
第二弾「で、あなたが私に嫌がらせをする理由を伺っても?」
第三弾「で、あなたが彼に嫌がらせをする理由をお話しいただいても?」
どれも女性向けHOTランキングに入り、特に第二弾はHOT一位になることが出来ました!(*´▽`人)アリガトウ
もしよかったら宜しくお願いしますね!
王太子は妃に二度逃げられる
たまこ
恋愛
デリンラード国の王太子アーネストは、幼い頃から非常に優秀で偉大な国王になることを期待されていた。
初恋を拗らせ、七年も相手に執着していたアーネストが漸く初恋に蹴りを付けたところで……。
恋愛方面にはポンコツな王太子とそんな彼をずっと支えていた公爵令嬢がすれ違っていくお話。
※『拗らせ王子と意地悪な婚約者』『先に求めたのは、』に出てくるアーネストのお話ですが、こちらだけでも楽しめるようになっております。
離婚寸前で人生をやり直したら、冷徹だったはずの夫が私を溺愛し始めています
腐ったバナナ
恋愛
侯爵夫人セシルは、冷徹な夫アークライトとの愛のない契約結婚に疲れ果て、離婚を決意した矢先に孤独な死を迎えた。
「もしやり直せるなら、二度と愛のない人生は選ばない」
そう願って目覚めると、そこは結婚直前の18歳の自分だった!
今世こそ平穏な人生を歩もうとするセシルだったが、なぜか夫の「感情の色」が見えるようになった。
冷徹だと思っていた夫の無表情の下に、深い孤独と不器用で一途な愛が隠されていたことを知る。
彼の愛をすべて誤解していたと気づいたセシルは、今度こそ彼の愛を掴むと決意。積極的に寄り添い、感情をぶつけると――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる