【改稿版】猫耳王子に「君の呪われた力が必要だ」と求婚されています

こうしき

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11話 港町ミュラー

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 港町ミュラーは王都より馬車でおよそ一時間半。町の二方が海に面した、年間を通して温暖な気候の町である。

 町の特産は豊かな海で捕れる魚類が主で、加工から流通まで、幅広く手掛ける町のようだ。

 色とりどりの町並みは、東側の海に並ぶ漁船と揃いの色だ。漁師たちは自慢の船と大切な家を同じ色で塗り、帰港時に我が家を見つけて笑顔を浮かべるのだという。

 南側の大きな港には、貿易船が停泊する。この港からハルヴェルゲン王国は多くの品を輸出入し、国を豊かにしてきたのだ。

「とても素敵な町ね……」

 町の入口から中心部までは静かなものだった。エステル達の乗る馬車を出迎えるのは暖色系でまとめられた目を引く外壁の家々だった。馬車の外を行き交うのは穏やかな表情の半猫たちばかり。それが町の中心部を過ぎ、港に近づくにつれて人の姿がまばらになり、ついにはプツンと人影が途絶えてしまった。

『うにゃあ』

 コンコンと馬車の窓が叩かれるので、エステルは壁となったベルナールの陰に隠れながら、外の様子を伺った。案内役の大柄の半猫が、緊張した面持ちでこちらを見つめていた。

「どうしました?」
『にゃーにゃんっ──間もなく港に着きます。その前の広場からひどい有様なので……お気をつけ頂きたく』

 顔を見合わせたエステルとベルナールの喉がごくりと鳴る。ベルナールはエステルに腰を下ろすよう声を掛けると、腰を落としたまま剣を握る手に力を込めた。

 ここからの馬車での移動は危険だと忠告を受け、四人は馬車を降りて建物の陰に隠れながら前進する。

「これは……」

 目の前に開けた町の荒れ果てた惨状に、エステル達は目を疑った。

「なんてこと……」

 色とりどりの家々の壁に残る傷跡は猫の爪によるものか。幾重にも重なった傷は深く、外壁を少しずつ抉り取る。食い散らかされた魚の残骸がそこかしこに散らかり、悪臭が漂っている。とても資料で見た絵と同じ町だとは思えない、荒れ果てた状態だった。  

 案内役のうち小柄な男は、鼻に布を押し当てて前を進む。何でも、魚の匂いを嗅ぎすぎた者から猫化が一気に進行しているようだ、というのがこの町の有識者達の見立てらしい。

 その言葉にアルフは、ライナスの鼻を覆い隠すように慌てて布を巻いた。自分の顔にも同じように布を巻き付けると、ライナスを見てゆっくりと頷く。

『うにゃあに──港の近くはもっと荒れております。力ずくで止めようとしたのですが……武器を持たない我々に出来ることは限られておりまして』

 ハルヴェルゲン王国では、平民が武器を持つことは禁止されている。剣を持つことが許されているのは騎士や衛兵、それに王族と限られた者たちだけだ。その辺りのことも一夜漬けで頭に叩き込んでいたエステルは、うんうんと頷きながら男に笑顔を向けた。

「大丈夫ですわ。こちらには腕利きの騎士が三人おりますの」
『にゃお──おお、なんと心強い!』
『にゃん──三人?』

 ライナスが不思議そうにエステルを見つめる。エステルのいう三人というのは、ベルナール、アルフ、そしてエステルの三人だ。

「うちのベルナールは、こう見えても腕が立ちますの。アルフもベルナール以上だとお見受けしました」

 ベルナールが得意げに顎を突き上げる。それを見たアルフは気の毒そうに肩をすくめた。

『にゃにゃ──エステル、君……本当に剣を振るうのか?』 
「ええ。家から出してもらえませんでしたので……暇を潰す為に、ベルナールに長年鍛えてもらっておりました」
『にゃあん──昨日の話は冗談だと思っていたが、本当に剣を振るうとは……』

 家の庭で木剣を振るっていた日々が懐かしく思えてしまう。十年以上殆ど毎日ベルナールに相手をしてもらっていたので、お互いに剣の腕は上がっていると思うのだ。

「お嬢様は強いですよ~!」
『にゃおん──そうなのか……!』
「殿下のこと、しっかりとお守りします」

 エステルは小さな拳で自分の胸を叩く。

『にゃーん──いや私も……剣があれば戦うんだがな』
『にゃあん──皆様お静かに! 見えてきました』

 何隻もの船が浮かぶその手前に、数十人の半猫の塊が。皆四つん這いになり、にゃあにゃあと鳴きながら魚を奪い合っているように見える。

『にゃにゃん──同じ町の住民ですから、傷つけたくはありません。しかしこのままでは町は荒れ、皆傷つく一方です』
『うにゃぁ──我らとて、このようなことで国民を傷つけるなど断じてない』

 ライナスは案内役の男の肩に手を乗せ、深く頷く。

『にゃにゃん──ありがとうございます。我らの希望としては、出来るだけ傷つけずに捕まえ、落ち着くまでは牢で過ごしてもらうことなのです。牢に入ってもらうのは心が痛みますが……一番の妥協案がそれかと』
『うにゃ──違いない』

 頷くライナスを一瞥すると、アルフが建物の陰から飛び出した。抜いた剣には布がぐるぐると巻かれ、刃物としての役割は果たせそうにない。代わりに彼はその剣を鈍器のように扱い、住民たちを次々に気絶させてゆく。

「わたくしも行きます」

 アルフを真似て剣を布でぐるぐる巻きにしたエステルは、タンっと飛び出すと猫化が進行した住民たちの急所を突いてゆく。倒れた住民たちの手足を縛ってゆくのは、出遅れてしまったベルナールの役目だ。

『にゃお……』

 ライナスが感嘆の声を上げる。次々に気絶してゆく住民たちの山を、案内役が呼び寄せた仲間たちが少しずつ運び去ってゆく。

 このまま事態は収束するかのように思えた。

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