【改稿版】猫耳王子に「君の呪われた力が必要だ」と求婚されています

こうしき

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12話 買い物へ行こう

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「はぁっ……こんなものかしら」

 額の汗を拭いながら、エステルは周囲を見渡した。あれだけ多く群れていた猫化の進行した住民たちは皆地に伏せ、ベルナールの作業が追いついていないのだ。

(何の罪も無いというのに……痛い思いをさせて、気絶させてしまって、申し訳ないわ……)

 目を閉じて胸に手を当てたエステルは、頭を垂れた。そしてベルナールを手伝おうと足を進めた、その時だった。

「お嬢様後ろっ!」
「え?」

 ベルナールの声にエステルは振り返る。彼女に襲いかからんと後ろを取った男が二人、エステルの肩を掴んで押し倒そうと体重を掛けた。地べたに広がった魚の残骸がべちゃりとエステルの髪やドレスを汚す。

「くっ……!」
『ニ゙ァァァァッ!』

 皿のように見開かれた、黄色く濁った瞳。頬は毛で覆われ、長く鋭い爪はエステルの白い腕に食い込みそうだ。とても人としての自我が残っているようには見えず、気の荒い猫のように唸り声をあげ続けている。

(こんな……! こんなことになってしまって……なんて……なんてひどい。半猫化の魔法、許せないわ!)

 住民の顔を見てしまっては攻撃が出来ないだろうと思ったエステルは、攻撃中に彼らの首から上を見ることはしなかった。まさかこんなことになっていようとは夢にも思わず、魔女への怒りが募ってゆく。

(それよりも我が身よ……!)

 体格の良い男二人を跳ね除けるのは至難の業だが、エステルが藻掻いている間にもこちらに駆け寄ってくる足音が。アルフかベルナールが助けに来てくれたのかと、エステルは頭を──

『ウニャァァァァッ!?』

 ──上げた瞬間、二匹──否、くの字に曲がった半猫二人の体が吹き飛んだ。エステルの隣で拳を握りしめているのはライナスだった。

「殿下!? 何を……!」
『にゃあん──君を助けに』
「危険です!」
『うにゃ──大丈夫だ。拳があれば君を守れることがわかった』

 エステルの肩を支えて起き上がらせると、ライナスは押し倒された時に怪我をしていないか入念に確認をした。大丈夫だと何度言っても、ライナスは許してくれなかった。

『にゃんにゃん──医者に診てもらおう』
「大丈夫ですから。自分の体のことは自分が一番わかります」

 痛むところはないが、押し倒されたせいで自分が酷く魚臭いのだ。エステルとしては、それを一刻も早くどうにかしたいところだ。

 吹き飛ばされた住民を含め、気絶した他の住民達も全員縛り上げてゆく。猫化の住民が片付いた港には水が撒かれ、元の姿を取り戻した。

 エステルは魚臭い体に顔をしかめながら、案内役の男とライナスを引き合わせて話を進める。細やかなことについては明後日話し合う予定は変えず、とりあえずのところは明後日まで漁に出ぬように、と釘を刺す。港に上がる魚が少なければ、寄ってくる半猫たちも減るだろう。

『にゃう──すまない、頼みがあるのだが』
『うみゃ──何なりと』
『にゃんにゃ──エステルの身を清めてやりたい』
『うみゃあ──そういうことでしたら我が家へ。家に妻がおりますので、ご安心下さい』

 この町で一番広い町長の邸宅を使ってほしいと案内役の男は言うが、町長は猫化が激しく囚われの身だという。浴室を貸してもらえるだけで十分ありがたいとエステルとライナスは丁重に礼を言い、男の家へと向かった。

「着替え……どうしましょう」
『にゃお?──着替え?』
「ええ……荷物を積んだ馬車は先に行ってしまったでしょう?」
『……にゃおぉ──……そうだったな』

 次の町への到着が遅れると伝えるために、荷物を積んだ馬車は先へと行かせてしまった。まさかここまでの事態になるとは思わず、馬車の荷台には着替えの入ったトランクが積まれたままだ。
 
(仕方がないわ……買いに行くしか)

 エステルは自分の体を見下ろす。果たしてこんな汚れた姿で店に入ることが出来るだろうか。王太子妃になる予定の者だと言ってライナスを伴えばすんなり入れそうだが、権力を振りかざして店に迷惑をかけることはしたくない。

 こんな汚れた格好で王室の馬車に乗るわけにもいかず、エステルは途方にくれた。

『にゃ──よし、私が買い付けに行こう』
「え、殿下?」
『にゃにゃ──エステルは先に身を清めさせてもらうといい』
「あ、あの……!」

 王太子殿下が女性物のドレスを買い付けるなど、見たことも聞いたこともなかった。果たして彼に買い物が出来るのか、エステルは不安でしかない。

「大変申し上げにくいのですが……」
『みゃおん?──どうした?』

 汚れたドレスをぎゅっと握り、エステルは視線を彷徨わせる。いつまでもこうしているわけにはいかず、意を決して口を開いた。

「ド、ドレスの下もその……魚の油で汚れてしまって……倒れた時に染み込んできてしまって」
『……つまりは下着も買わねばならないということか』
「申し訳ありません! 殿下にこのようなこと……」
『うにゃ──いや、私は君の夫になるのだから……このくらい……!』

 ライナスは平然としているが、心の中はそれなりに乱れているようだ。

「ベルナールを連れて行って下さい」
『うみゃにゃん──アルフではなく?』
「諸々のサイズはベルナールが知っていますので、役に立つかと」

 こういう時に侍女を伴っていないと本当に困ると身に沁みた。侍女のように動いてくれるベルナールには感謝ばかりが山となってゆく。

『にゃあ──わかった。アルフ、エステルを頼むぞ』
『みゃ──はい』

 ベルナールを伴ったライナスが、町へと消えてゆく。男二人は一体どんなドレスと下着を買ってくるのか、エステルは心配でならなかった。



 案内役の男の家は、海から離れた町のはずれにあった。目印となる背の高い青い旗を見れば、買い物に出た二人も迷わずにここへ来ることが出来るだろう。外にアルフが控えているので、まず大丈夫なはずだ。

『みゃみゃう──申し訳ありませんね、エステル様。私めの服を着てもらうわけにもいかず……』

 サナと名乗った案内役の男の妻は申し訳なさそうに頭を下げる。エステル本人は構わないと言ったのだが、薄汚れた町民服を王太子妃に着せるわけにはいかないと、彼女が差し出したのは新品のガウンだった。

「いいのよ奥様、体を洗えただけでも本当にありがたいの」

 生臭さとお別れし、サナが用意してくれた香油を髪に馴染ませると心が落ち着いた。うっとりする香りに、何度も自分の髪を嗅いでしまう。

「奥様、これはなんの香りですの?」
『にゃあにゃ──この町でよく取れる花の香りなんです。特産としても輸出していて』
「本当にいい香り」

 暖炉の前の椅子に腰掛けているので、暖かさも相まってウトウトとまどろんでしまいそうになる。おまけにこの香り。エステルが眠りに落ちそうになっていたところで玄関扉がノックされ、姿を現したのは大きな紙袋を持ったベルナールとライナスだった。

 

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