一番悪いのは誰

jun

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庭師の小さな優しさ

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俺はここの庭師をして早三十年。
すっかり爺さまになった。
王宮の専属庭師は俺の師匠であり親父がやっていた。俺はそれを引き継いだだけだ。

この庭園も俺の自信作だ。
王族の皆さんのそれぞれが気に入ってる花を植え、その花がそれぞれの執務室から見えやすい位置に植えて作った庭園だ。
少しでも仕事の疲れが取れるようにと丹精込めて作り上げた庭園だ。
本来ならばそんな庭園は一般の貴族は入れない。

なのにここ最近、一人のご婦人が月に一度車椅子に乗ってやってくる。
そしてどの執務室からも一番見えるだろう場所で、歩く練習のようなことをするようになった。
どうやら近衛隊の隊長さんの嫁さんらしい。
あの隊長さん、いつもぶっきらぼうでおっかない人だと思っていたが、これが驚くほど嫁さんの前では感情豊かで初めて見た時は口が開きっぱなしだった。

最初は立つ練習らしく奥さんは何度も車椅子に座ってしまうが、諦めずに何度も立とうとする奥さんに感心した。
そしてそれをハラハラしながら見守る隊長。
少しでも立てたら、「凄いよ、ローラ!」と褒め、倒れそうになると風のように早く奥さんを抱きしめる隊長。
奥さんが笑うと何がそんなに?ってほど嬉しそうに笑う隊長。
過保護過ぎる隊長に、
「もうビーは離れてて!」
と言われた時は吹き出しそうになった。

あの隊長がビー⁉︎ビーって奥さんに呼ばれてんの⁉︎
帰ってうちの嫁さんに教えたね、俺は!

そん時はいろんな事が驚きで、なんで庭園でそんな事やり始めたのかとか、なんで月一なのか、そもそもなんで王族に近いこの庭園への出入りを許可されたのかなんて疑問はわかなかった。

二回目の練習の時、隊長さんは仕事なのかいなかった。
侍女に車椅子を押されやってきた奥さんは、今日も立つ練習を始めた。
先月よりもふらつきが減り、少し長く立てるようになっていた。
奥さんは数秒でも長くと、今日も何度も挑戦する。
その時、急に風が強く吹き、奥さんが倒れそうになった。

「あ‼︎」と声が出たと同時に、何処からか誰かが出てきて、奥さんを支えて車椅子に座らせるとすぐ消えた。

え⁉︎と思ってる時にふと城の方見たら、王族の方の執務室の窓に、張り付いてる人がたくさんいた。

「え⁉︎」と思い、よく見ると陛下、王妃様、王太子殿下、第二王子殿下、第一王女殿下の執務室にガラスに手を付いてこちらを見ている王族方だと気が付いた。

全員見てんの⁉︎とこっちも驚いて、そりゃあこんなとこでこんな事やってたら気になるよなと思ったが、まさか王族の方々全員が気にしていてるとは思わなかった。

二ヶ月続いたならまた来るだろうと思い、俺は奥さんが通るであろう歩道の小石や雑草をマメに掃除するようにし、歩道に敷いているレンガも凸凹がないかチェックして回った。

そして三回目も奥さんはやってきた。
三回目は隊長も一緒だ。

執務室の方を見ると、王太子殿下の窓辺に王太子が立っているのが見えた。
王太子殿下も待っていたのだなと思い、俺も奥さんの練習を離れた所から見ていた。
今日は立ってもふらつく事はないし、かなり立っていられるようになった。
立っているだけなのに、奥さんは何故か汗だくだ。
なんだ?と思って見ていたら、歯を食いしばり、苦しそうな顔をしている。
ずっと見ていて気付いた。
足を動かそうとしているのか、と。

たった一歩足を出す事の難しさがこれほどなのかと、軽い気持ちで見ていた自分が恥ずかしくなった。
休憩を入れながら、何度も立ち上がり、歯を食いしばり、足を出そうとする奥さんに、いつしか『頑張れ!』と応援するようになっていた。
執務室を見ると、今回も王族の方々は窓辺に集まって手を胸に組んで奥さんを応援しているのが分かった。

『頑張れ、頑張れ』と応援した。

すると、奥さんの足がほんの少し前に出た。

「うわ!やった!」と思わず声が出た。

奥さんは嬉しかったのか泣いていた。
隊長も奥さんを抱きしめながら泣いていた。

執務室に張り付いていた王族の方々も泣いているようだ。

俺も涙が出た。

俺には娘がいる。孫も出来た。ちょうど孫と同じ位の奥さんのこんな姿を見たら、泣かずにはいられんだろ。

俺は家に帰って嫁さんに報告して、また泣いた。
嫁さんも、「良かった、良かった」と泣いた。
嫁さんは会った事もないのに、すっかり自分の孫のように思っているようだ。

それからも奥さんの練習は続いたが、奥さんが歩けなくなった原因が、どうやら王族の方々に関係する人らしいというのをチラッと聞いた。
だからこの庭園にも入れるし、王族の方々が奥さんを気にしているのも、そういう事だったのかと納得した。

一年経った頃、奥様は一歩、二歩、三歩歩いた。

この時は拍手喝采だった。

気付けば、奥さんの練習を気にかけていた人が隠れるように大勢いた事が分かった。
もちろん執務室の窓には王族の方々。

俺は立つ練習から見ていたから、この三歩の凄さが分かる。
汗だくになり、歯を食いしばり、何度も何度も諦めずに努力した結果だという事を知っている。

帰ってからも屋敷で練習しているだろう。
辛く苦しい練習も、いつでも奥さんは笑顔だった。
泣く時は成功した時だけ。

それを知っている人だからこそ、この拍手なのだろう。

今日は家で嫁さんと祝杯だ!

あ~来月はどれほど歩けるようになるのだろうか。

少しでも奥さんが歩きやすいように、俺も庭園の管理を頑張らねば!
俺は拍手を送りながら、そう思った。














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