「戻ってきてもいいぞ?」という傲慢――許せませんわ。

ちゅんりー

文字の大きさ
22 / 28

22

しおりを挟む
「待ってください! 認めませんわぉ! こんなの、ただのパフォーマンスですわぉ!」

泡を吹いて倒れたはずのシュガー様が、執念で起き上がり、王妃様の前に立ちはだかった。
その髪は振り乱れ、ドレスには先ほどのピンクのシロップがべったりと付着している。

「王妃様、騙されてはいけませんわぉ! この女は、神聖な祭典の場で野蛮にも鍋を振り回し、観衆を煽っただけですのぉ! 料理とは、もっと静謐で、甘美なものであるべきですわぉ!」

シュガー様の叫びに、周囲の観客たちがざわめき出す。
確かに、広場の真ん中で煙を上げながらジャムを煮る姿は、伝統的な貴婦人の振る舞いからは程遠い。

私は、おたまをマイクのように握り直し、一歩前へ出た。

「皆様、お聞きください!」

私の通る声に、広場の視線が再び一点に集まる。

「シュガー様は『野蛮』と仰いました。ですが、料理とは本来、命を繋ぐための熱い営みではありませんか? 出来立ての温かさ、立ち上がる香り、そして作り手の熱量。それを分かち合うことが、なぜ否定されなければならないのです?」

「そ、それは……! 品格というものがありますわぉ!」

「品格、ですか。では皆様に伺いますわ! こちらの『シュガー・タワー』と、私の『ライブ・マーマレード』。どちらが皆様の胃袋を、そして心を震わせましたか!?」

私の問いかけに、最前列にいた恰幅の良い市民が拳を突き上げた。

「決まってるだろ! あのお嬢さんのジャムだ! 煮ているところを見て、香りを嗅いで、俺たちの腹はもう鳴りっぱなしなんだよ!」

「そうだ! あのピンクの塔なんて、見てるだけで歯が浮いてくるぜ!」

「食べ物の恨みは恐ろしいんですのよ、シュガー様」

私はニヤリと笑い、ダージリン様に合図を送った。
彼は待ってましたとばかりに、昨夜荒らされた保管庫から「証拠品」のピンクの瓶を一つ持ってきた。

「皆様、これをご覧ください。私のジャムが、今朝方、何者かによってこの『着色料の塊』にすり替えられていましたの。……シュガー様、このシロップの出どころ、心当たりはありませんこと?」

「な、ななな、何のことですわぉ!? シュガーは知りませんわぉ!」

「あら、おかしいわね。この瓶の底、シュガー様がいつも愛用している『超強力・粘着マシュマロ香料』のラベルが微かに残っていますわよ?」

ダージリン様が瓶を観衆に見せびらかすように掲げる。
客たちから「卑怯者!」「正々堂々と戦え!」という罵声が飛び交い始めた。

「……う、うう……。シュガー、もうやめるんだ……。……皆が見ている……」

レモン殿下が、シュガー様の袖を弱々しく引いた。
だが、シュガー様はその手を振り払い、狂ったように笑い出した。

「いいえ! シュガーの甘みが一番ですわぉ! 殿下だって、あんなに『甘い、甘い』って喜んで……」

「喜んでなどいない! 私は……私はただ、断るのが怖かっただけだ! お前の菓子を食べるたびに、私の血管は砂糖菓子のように脆くなり、心は絶望に染まっていったのだ!」

殿下の魂の叫びに、会場が静まり返る。
王子が、自らの婚約者の料理を「絶望」と断じたのだ。これ以上の敗北はない。

「……王妃様。これが、砂糖で塗り固めた世界の成れの果てですわ。……甘さは、苦味があってこそ輝くもの。独りよがりの甘みは、毒でしかありませんの」

私は、王妃様に深く一礼した。
王妃様は、蔑むような冷ややかな目でシュガー様を一瞥し、そして私に優しく微笑みかけた。

「マーマレード嬢。あなたの言葉、そしてあなたのジャムが、何よりの真実を語っています。……不潔な真似をした者は、この広場から退場していただきましょう」

王妃様の護衛たちが、シュガー様とレモン殿下の脇を固める。

「離しなさい! シュガーは、シュガーは世界一可愛いんですわぉ! お砂糖こそが正義なんですわぉぉぉ!!」

シュガー様の叫び声が遠ざかっていく。
レモン殿下は、力なく引きずられながら、最後に私の方を振り返った。
その目は、謝罪でも未練でもなく、ただ「一口、そのジャムを……」という、飢えた獣のような渇望に満ちていた。

「……ふん。最後まで浅ましい男だ」

アールグレイ公爵が、私の肩を抱き寄せ、観衆の前に立った。

「皆様! 悪しき味覚は去った! これより、真の優勝者であるマーマレード嬢のジャムを、広場にいる全員に振る舞うことを許可しよう! 代金は……すべて、私が持つ!」

「「「うおおおおおおおおお!!」」」

広場に、地響きのような歓声が上がった。

「閣下! またそんな勝手なことを! 私のジャムが足りなくなっちゃいますわ!」

「案ずるな。足りないなら、また煮ればいい。……今度は、私の愛も隠し味に混ぜてな」

「……もう! そんな恥ずかしいこと、大声で言わないでくださいまし!」

私は真っ赤になりながらも、再び木ベラを握った。
観客たちの笑顔、そして隣にいる心強いパートナー。
私の「リベンジ」は、ただの復讐を超えて、新しい時代の味覚を創り上げる「革命」へと昇華したのである。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約者様への逆襲です。

有栖川灯里
恋愛
王太子との婚約を、一方的な断罪と共に破棄された令嬢・アンネリーゼ=フォン=アイゼナッハ。 理由は“聖女を妬んだ悪役”という、ありふれた台本。 だが彼女は涙ひとつ見せずに微笑み、ただ静かに言い残した。 ――「さようなら、婚約者様。二度と戻りませんわ」 すべてを捨て、王宮を去った“悪役令嬢”が辿り着いたのは、沈黙と再生の修道院。 そこで出会ったのは、聖女の奇跡に疑問を抱く神官、情報を操る傭兵、そしてかつて見逃された“真実”。 これは、少女が嘘を暴き、誇りを取り戻し、自らの手で未来を選び取る物語。 断罪は終わりではなく、始まりだった。 “信仰”に支配された王国を、静かに揺るがす――悪役令嬢の逆襲。

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!

たぬきち25番
恋愛
 気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡ ※マルチエンディングです!! コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m 2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。 楽しんで頂けると幸いです。 ※他サイト様にも掲載中です

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

今さら救いの手とかいらないのですが……

カレイ
恋愛
 侯爵令嬢オデットは学園の嫌われ者である。  それもこれも、子爵令嬢シェリーシアに罪をなすりつけられ、公衆の面前で婚約破棄を突きつけられたせい。  オデットは信じてくれる友人のお陰で、揶揄されながらもそれなりに楽しい生活を送っていたが…… 「そろそろ許してあげても良いですっ」 「あ、結構です」  伸ばされた手をオデットは払い除ける。  許さなくて良いので金輪際関わってこないで下さいと付け加えて。  ※全19話の短編です。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

あの日々に戻りたくない!自称聖女の義妹に夫と娘を奪われた妃は、死に戻り聖女の力で復讐を果たす

青の雀
恋愛
公爵令嬢スカーレット・ロッテンマイヤーには、前世の記憶がある。 幼いときに政略で結ばれたジェミニ王国の第1王子ロベルトと20歳の時に結婚した。 スカーレットには、7歳年下の義妹リリアーヌがいるが、なぜかリリアーヌは、ロッテンマイヤー家に来た時から聖女様を名乗っている。 ロッテンマイヤーは、代々異能を輩出している家柄で、元は王族 物語は、前世、夫に殺されたところから始まる。

ある王国の王室の物語

朝山みどり
恋愛
平和が続くある王国の一室で婚約者破棄を宣言された少女がいた。カップを持ったまま下を向いて無言の彼女を国王夫妻、侯爵夫妻、王太子、異母妹がじっと見つめた。 顔をあげた彼女はカップを皿に置くと、レモンパイに手を伸ばすと皿に取った。 それから 「承知しました」とだけ言った。 ゆっくりレモンパイを食べるとお茶のおかわりを注ぐように侍女に合図をした。 それからバウンドケーキに手を伸ばした。 カクヨムで公開したものに手を入れたものです。

正妃として教育された私が「側妃にする」と言われたので。

水垣するめ
恋愛
主人公、ソフィア・ウィリアムズ公爵令嬢は生まれてからずっと正妃として迎え入れられるべく教育されてきた。 王子の補佐が出来るように、遊ぶ暇もなく教育されて自由がなかった。 しかしある日王子は突然平民の女性を連れてきて「彼女を正妃にする!」と宣言した。 ソフィアは「私はどうなるのですか?」と問うと、「お前は側妃だ」と言ってきて……。 今まで費やされた時間や努力のことを訴えるが王子は「お前は自分のことばかりだな!」と逆に怒った。 ソフィアは王子に愛想を尽かし、婚約破棄をすることにする。 焦った王子は何とか引き留めようとするがソフィアは聞く耳を持たずに王子の元を去る。 それから間もなく、ソフィアへの仕打ちを知った周囲からライアンは非難されることとなる。 ※小説になろうでも投稿しています。

処理中です...