「戻ってきてもいいぞ?」という傲慢――許せませんわ。

ちゅんりー

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「……却下ですわ! 断固として却下! そんな恐ろしいお話、私の耳がオレンジの皮になるまで聞き流して差し上げますわ!」

隣国の王宮、その最高級の応接室に私の叫びが響き渡った。

目の前では、この国の宰相が真っ白な髭を震わせ、困り果てたような顔で私を見つめている。
そして、その隣には、いつも以上に涼しい顔で紅茶を啜るアールグレイ公爵閣下がいた。

「マーマレード嬢、そう仰らずに。レモン王子の廃嫡(はいちゃく)が決まり、我が国の王室も混乱しております。今、国民が最も信頼し、愛しているのは、呪いの森を黄金に変えたあなたと公爵閣下なのです」

「信頼と愛でジャムは煮られませんわ! 王妃ですって? 冗談じゃありませんわよ!」

私はテーブルを叩いて立ち上がった。

「王妃になったら、朝から晩まで重苦しいドレスを着て、動かない置物のように微笑んでいなければならないのでしょう? そんなの、私の右手が鈍ってしまいますわ! 誰がオレンジを剥くのですか! 誰がアクを取るのですか!」

「……マーマレード。落ち着け。宰相が泡を吹いているぞ」

公爵が、そっと私の袖を引いた。

「閣下こそ、なぜそんなに落ち着いていらっしゃるのですか! あなたが次期国王候補だと言われているのですよ? つまり、私が王妃になるということは、閣下と結婚して……あ、それは別にいいですけれど!」

「……ほう。それは初耳だな。私との結婚は『別にいい』のか。……なら、話は早い」

公爵はカップを置くと、ニヤリと不敵に微笑んだ。

「宰相。条件がある。私が王位を継ぐ代わりに、この国の王宮のど真ん中に、国で一番巨大な『王妃専用・ジャム工房』を建設することを許可しろ」

「ええっ!? 王宮の真ん中に……工房を!?」

「そうだ。そして、王妃の公務は一日のうち三時間のみ。残りの時間はすべてオレンジの皮剥きとパンの研究に充てる。これに異論があるなら、私は今すぐ隠居してマーマレードと一緒に森へ帰るが?」

宰相は、顔を真っ赤にしたり真っ青にしたりして絶句した。
しかし、国民の圧倒的な支持を得ている公爵と私を逃すわけにはいかない。

「……わ、わかりました! 国王陛下にも許可を取りましょう! 『調理する王妃』……。新しい国の象徴として、国民には……そう、食育の女神として宣伝すればなんとかなるはずです……!」

「話がわかって嬉しいですわ。……でも閣下、工房には最新式の石窯と、特注の銅鍋を二十個用意していただきますわよ?」

私が追い打ちをかけると、公爵は満足げに頷いた。

「ああ。ついでに、玉座の隣に小さなコンロを設置させよう。会議の合間に、いつでも焼きたてが食べられるようにな」

「……閣下、それは流石に職権乱用ですわ」

そこへ、またしても扉を蹴破らんばかりの勢いでダージリン様が飛び込んできた。

「お嬢さん! 閣下! 聞きましたよ! 『王妃様監修・国家予算レベルのジャム』ですね!? これはすごいです、一瓶で村が一つ買える値段をつけましょう!」

「ダージリン様、あなたは相変わらず金の匂いに敏感すぎますわ」

私は呆れながらも、窓の外に広がる王都の街並みを眺めた。
かつては「悪役令嬢」として追放された私。
それが今や、ジャムの鍋を抱えたまま、一国の王妃になろうとしている。

「……閣下。私、本当にやっていけるかしら。格式高い王妃の挨拶で、うっかり『隠し味にはタイムが最高ですわ!』なんて言ってしまわないか心配ですの」

「……構わんさ。そんな君だからこそ、私は愛しているんだ。……それに、苦味を知る君が王妃になれば、この国はきっと、甘いだけの腐った国にはならないだろう」

公爵……いいえ、私の婚約者は、優しく私の手を取った。

「……まあ。お上手ですわね。……いいでしょう。この国全体を、最高に甘酸っぱくて、ピリリと苦味の効いた最高の『マーマレード王国』に作り替えて差し上げますわ!」

私の力強い宣言に、王宮の空気が一気に明るくなった。

新しい国、新しい王妃。
私のリベンジは、ついに「国家」という巨大な鍋をかき混ぜる段階へと突入したのである。
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